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第一章 赤い封筒
その異常性はすでに
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生徒会副会長の名前で届けられた怪異報告書が届いた瞬間、アーノルドは現地調査の一年生を押しのけてそこに記載された内容を舐めるように読んだ。
書類の内容を頭に叩き込んでから保健室に先回りをして待っていれば、疲れたような顔をしたヘスティアとルチアが入ってきた。さっと防音魔法と施錠魔法を保健室に掛かると、魔法の気配に気づいたヘスティアが嫌そうな顔をしてアーノルドをにらんだ。
そんなヘスティアの反応でルチアは初めてアーノルドの存在に気付き、ぺこりと小さくお辞儀をしてくれた。アーノルドはどうも後輩に舐められた態度を取られがちなので、こういう礼儀正しい姿は嫌いではない。
管理パソコンで確認したルチアの能力を反芻しながら、アーノルドは興奮していると悟られないようにできるだけ冷静に振る舞った。
確認も含めて聞き取りをしていけば、アーノルドはルチアが正しく自分の力を理解してないことに気付いた。
「怪異スカーレットの姿を正したのは、間違いなくサンタリオだ」
そう言えば、ルチアはサファイアのような瞳を大きく見開いた。
「え……ええっ!?私ですか!?」
数秒ほどの沈黙を経て、アーノルドの言葉を理解したルチアは声を裏返らせながらなんとか言葉を捻り出していた。
確か彼女の出身地であるアトラティスは鎖国気味ではあるが、周りの誰も彼女の特異性を指摘しなかったのだろうか。
「そういえば、確かルチアさんは〈真実の目〉を持っているのでしたっけ」
「あ!そういえば、入学した時の健康診断でそんなこと言われました」
「……本当に今まで生きていて気づかなかったんだな」
「あはは、私の村でお化けの話は禁止されていたんですよ。ええと、禁止っていうか、あんまり話すなよーって感じですが」
「あら、それはまた変わった風習ですわね」
「そういう話をするとお化けが近寄って来ちゃうっていう言い伝えがあったんです。なので見えても見て見ぬふりしろ、ヤバそうだったら対処できる人だけに相談するっていう感じでした」
なるほど、地域の風習か。
ここ最近頭を悩ませていた疑問が解決して、アーノルドは思わず遠い目をした。思い出すのはそう、西館三階の正面階段に用があった日のことだ。
遠目でルチアが階段を上っていたのを見て、アーノルドは彼女に駆け寄る二年生とは別に魔法で助けようと魔導書を取り出した。
しかしアーノルドは、ルチアと目があった突き落とし女が煙のように消える瞬間を目の当たりにしてしまうことになる。
下階にいた二年生には見えなかっただろうが、三階にいたアーノルドには怪異が消失する一連の出来事がはっきりと目に焼き付いていた。
(なっ、全く魔法を使った気配がなかったぞ!?)
だが、魔法を使わずして怪異を消失させたルチア本人が何事も無かったようにどこかへ行ったせいで、アーノルドはすっかり声をかけるきっかけを失ってしまったのだ。
まるで白昼夢のような出来事だったが、その一週間後。
書庫の整理をしていたアーノルドは危険度Sランクの『餓鬼』が大蜘蛛に変質する所を目撃してしまった。夢であれと強く願ったが、手から滑り落ちた本が足の小指に当たった痛みが現実をつきつけてきた。
(あれは即死級の怪異だぞ!?魔法も使わずにいったいどうやって消失させてるんだ……?)
怪異情報管理もしているアーノルドだから知っていることだが、オスクリタ生を何十人と喰ってきた餓鬼の元の姿はアシダカグモだった。
十数年前に在籍していたとある生徒の使い魔であったが、主に犯罪の手段として何度も使われたらしい。その生徒は法的処分され、使い魔の蜘蛛も封印処置されたのだが。
(しかし、魔獣だった蜘蛛がある日突然怪異となって生徒を襲い始めた。専門家ですらお手上げの怪異だというのに)
そんな怪異たちの本当の姿を、一目見ただけで看破して歪みを修正したルチア。アーノルドはその日からルチアの特異性に注意するようにしている。
アーノルドはルチアの未来を想像して、やめた。
この礼儀正しい後輩のためにも、彼女の能力を調べなければならない。現在怪異に悩まされている国は少なくない。これほどの魔力と能力があれば、強制的にエクソシストにされてしまうだろう。
アーノルドとて本人が望まないうちに後輩をそんな殉職率の高い職業に就かせるつもりはない。
「君の能力を確かめたいんだが」
真意を何十ものオブラートに包んで話す。
幸い、ここには大量の実験体がある。信用できる筋にかけ合わせれば、もっと幅広く経験を積ませられるだろう。
「明日、信用できる友人を数人連れて情報室に来てほしい。可能であれば瘴気耐性と魔力が高い方がいいな」
「あの、まだ入学して間もないんですけど」
「あらルチアさん、友人がいらっしゃらないの?」
「誰が都会に溶け込めない芋臭い田舎者ですか!!」
「そこまで言ってなくってよ!」
めんどくさい予感がしたので、ややこしくしたヘスティアに押し付けてアーノルドはさっさとその場を離れた。
アーノルドにはまだやるべきことが山のようにあるので。
書類の内容を頭に叩き込んでから保健室に先回りをして待っていれば、疲れたような顔をしたヘスティアとルチアが入ってきた。さっと防音魔法と施錠魔法を保健室に掛かると、魔法の気配に気づいたヘスティアが嫌そうな顔をしてアーノルドをにらんだ。
そんなヘスティアの反応でルチアは初めてアーノルドの存在に気付き、ぺこりと小さくお辞儀をしてくれた。アーノルドはどうも後輩に舐められた態度を取られがちなので、こういう礼儀正しい姿は嫌いではない。
管理パソコンで確認したルチアの能力を反芻しながら、アーノルドは興奮していると悟られないようにできるだけ冷静に振る舞った。
確認も含めて聞き取りをしていけば、アーノルドはルチアが正しく自分の力を理解してないことに気付いた。
「怪異スカーレットの姿を正したのは、間違いなくサンタリオだ」
そう言えば、ルチアはサファイアのような瞳を大きく見開いた。
「え……ええっ!?私ですか!?」
数秒ほどの沈黙を経て、アーノルドの言葉を理解したルチアは声を裏返らせながらなんとか言葉を捻り出していた。
確か彼女の出身地であるアトラティスは鎖国気味ではあるが、周りの誰も彼女の特異性を指摘しなかったのだろうか。
「そういえば、確かルチアさんは〈真実の目〉を持っているのでしたっけ」
「あ!そういえば、入学した時の健康診断でそんなこと言われました」
「……本当に今まで生きていて気づかなかったんだな」
「あはは、私の村でお化けの話は禁止されていたんですよ。ええと、禁止っていうか、あんまり話すなよーって感じですが」
「あら、それはまた変わった風習ですわね」
「そういう話をするとお化けが近寄って来ちゃうっていう言い伝えがあったんです。なので見えても見て見ぬふりしろ、ヤバそうだったら対処できる人だけに相談するっていう感じでした」
なるほど、地域の風習か。
ここ最近頭を悩ませていた疑問が解決して、アーノルドは思わず遠い目をした。思い出すのはそう、西館三階の正面階段に用があった日のことだ。
遠目でルチアが階段を上っていたのを見て、アーノルドは彼女に駆け寄る二年生とは別に魔法で助けようと魔導書を取り出した。
しかしアーノルドは、ルチアと目があった突き落とし女が煙のように消える瞬間を目の当たりにしてしまうことになる。
下階にいた二年生には見えなかっただろうが、三階にいたアーノルドには怪異が消失する一連の出来事がはっきりと目に焼き付いていた。
(なっ、全く魔法を使った気配がなかったぞ!?)
だが、魔法を使わずして怪異を消失させたルチア本人が何事も無かったようにどこかへ行ったせいで、アーノルドはすっかり声をかけるきっかけを失ってしまったのだ。
まるで白昼夢のような出来事だったが、その一週間後。
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(あれは即死級の怪異だぞ!?魔法も使わずにいったいどうやって消失させてるんだ……?)
怪異情報管理もしているアーノルドだから知っていることだが、オスクリタ生を何十人と喰ってきた餓鬼の元の姿はアシダカグモだった。
十数年前に在籍していたとある生徒の使い魔であったが、主に犯罪の手段として何度も使われたらしい。その生徒は法的処分され、使い魔の蜘蛛も封印処置されたのだが。
(しかし、魔獣だった蜘蛛がある日突然怪異となって生徒を襲い始めた。専門家ですらお手上げの怪異だというのに)
そんな怪異たちの本当の姿を、一目見ただけで看破して歪みを修正したルチア。アーノルドはその日からルチアの特異性に注意するようにしている。
アーノルドはルチアの未来を想像して、やめた。
この礼儀正しい後輩のためにも、彼女の能力を調べなければならない。現在怪異に悩まされている国は少なくない。これほどの魔力と能力があれば、強制的にエクソシストにされてしまうだろう。
アーノルドとて本人が望まないうちに後輩をそんな殉職率の高い職業に就かせるつもりはない。
「君の能力を確かめたいんだが」
真意を何十ものオブラートに包んで話す。
幸い、ここには大量の実験体がある。信用できる筋にかけ合わせれば、もっと幅広く経験を積ませられるだろう。
「明日、信用できる友人を数人連れて情報室に来てほしい。可能であれば瘴気耐性と魔力が高い方がいいな」
「あの、まだ入学して間もないんですけど」
「あらルチアさん、友人がいらっしゃらないの?」
「誰が都会に溶け込めない芋臭い田舎者ですか!!」
「そこまで言ってなくってよ!」
めんどくさい予感がしたので、ややこしくしたヘスティアに押し付けてアーノルドはさっさとその場を離れた。
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