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陽炎氷柱

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第一章 赤い封筒

副会長の放課後

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 山どころか山脈を築き上げている書類をさばきながら、パソコンにデータを入力していく。同じ動作が繰り返される。変わって行くのは生徒会室に差し込む光の角度と書類の場所だけだ。


「……いつまでそうしていらっしゃるつもりですの」


 ヘスティアは顔を上げることなく、ソファにて我が物顔でくつろいでいる男に問いかけた。
 他人の弱みを握ることが生きがいだと笑顔で語るような奴だが、さすがに三時間も居座られては無視もできない。男の仕事を考えると特に。


「おや、副会長殿のお仕事を邪魔してしまったかな?ああ私の存在感が強いばかりに申し訳ない!お詫びにこのライオネル特製のノロイカエースクッキーをあげよう」
「怪しい人から不審物を貰ってはいけないと教わったので結構ですわ」
「この名門オスクリタで呪術の教授をしている私に怪しいなど……光栄だね!」


 この書類の山が見えないのかしら。
 さすがに苛立ちを覚えたヘスティアは、顔を上げて大ぶりな動きをする男をにらんだ。それでも変わらずにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべた男はライオネル・アビッソ。
 腹が立つことに見目はいいが、夜を捕まえたような髪と黒曜石の瞳にじっと見つめられると呪われそうだと生徒には避けられている。

 そんなライオネルは呪術の分野において圧倒的な才を持ち、乞われて若くしてこの学校の教師になった傍ら独自で怪異の研究も進めている。


「要件がその毒々しいクッキーの実験台でしたらぜひお帰りくださいな。わたくしはこの通り忙しいんですの」
「最近、校内の怪異界隈が妙に落ち着いているんだ。日々怪異報告書をまとめている副会長殿なら何か知っているのではないかと思ってね」


 思わず手を止めてライオネルを見上げた。その黒い瞳からは何も読み取れなかったが、想像より重い話に胃が重くなる。
 思えば常に時間が足りないと嘆き、一方的に用件を話していくライオネルだ。そんな彼がこうしていることが何よりの異常を示していた。


「オスクリタは怪異のみほんい……ゴホン、宝庫だろう?常に上がり続ける超常現象の報告が我々を悩ませていたのに、最近はめっきり減ってしまって」
「……それは、消滅したということじゃなくって?」


 言い直したことでよりひどくなった表現には言及しなかった。


「それがねえ、そういう形跡もないんだ。もちろん浄化された跡もなかったとも」
「潜伏や他の怪異に取り込まれた、あるいは学園から離れたということも」
「何もなかったさ。急遽休講にしていろいろ調べ回ったが、すべてハズレだよ」


 ヘスティアは考えられる可能性を並べてみたが、やはりというかすでにライオネルは調査してあるようだ。
 休講は教師として褒められた行為ではないが、怪異関係ともなれば仕方がないだろう。


「他の先生方にも聞きまわったけど、どうも存在自体が消失しているようなんだ」
「存在消失?それは消滅と何が違うんですの?」
「消滅させるというのは、怪異を物理的に消し去ることだ。当然怪異を消せるほどの力量がもとめられる」


 怪異のランクに応じて倒すのが難しくなるが、これは魔法使いなら誰もができる最も簡単な討伐方法だ。
 うん、やはりパワー。圧倒的な力がすべてを解決するのだ。


「浄化魔法による討伐も消滅に当たるのでしょう?」
「もちろんだとも。浄化魔法は穢れにとってのウィークポイント。少ない魔力で大ダメージを与える上に後遺症も残さない優れものだけど、直接的な方法であることには変わらないからね」


 浄化魔法の欠点と言えば、個人の適正に大きく左右されるといったことくらいだ。才能が無ければどんなに魔力が秀でていようが全く使えない属性だ。かくいうヘスティアも浄化魔法は得意ではない。


「さて、魔法の技量を問うのが消滅だが、存在消失はその逆なんだ。一切魔法を使わずに、概念的な方法で怪異の討伐していることを指すのさ」
「概念的な方法?」
「現段階ではそうとしか言えない。なにしろ調査しようにも、全て終わった後なんだよ。とでもいうようなデータばかりだ」


 そう言うライオネルの表情は輝いていて楽し気ですらある。怪異への好奇心が人一倍強い男だから、しばらくはこの件にかかりっきりになるだろう。
 ヘスティアはそっとため息をついて、ライオネルから与えられた情報を理解するのに集中した。


「アビッソ先生は、怪異の存在消失についてどうお考えで?」
「まず間違いなく人為的なものだろう。タイミングから考えて新入生なのは間違いないが……心当たりはないかね」
「それでわざわざ生徒会にいらしたのね。残念ながらわたくしは何も存じ上げませんわ」


 ふと脳裏に魔力量が優れた金髪の少女が過ったが、ヘスティアは黙殺することにした。せっかくの気概のある新入生をライオネルの実験台にするわけにはいかない。


「ちなみに、ナニが消失したのかしら」
「有名なのが突き落とし女、でも一番目につくのが『餓鬼』だ」
「っ!?危険度Sの中でも即死級じゃありませんの!」


 オスクリタ魔法学園の生徒は”ガキ”と呼ばれる年齢層ではあるが、ある怪異のせいで学園内ではその呼称は避けられている。ゆえに、オスクリタで『餓鬼』と呼ばれるのはその怪異しかいない。


(そんな報告は上がっておりませんわよ!?)


 その怪異はやせ細った子供の姿をしており、一度視界に入れてしまった人は「お腹を空かせている、かわいそう」という考えに思考を乗っ取られてしまう。
 操られるように助けようと餓鬼に近づけば、抵抗することもできず怪異に食われるのだ。幸い出現率は低いが、目が合うだけで思考を乗っ取られるので優先的に教わる怪異である。


「有望な生徒が生徒会に入ったから待ち伏せてみたんだが、期待ハズレだったかな」


 毎年、入学試験の総合成績で上位になった三名は強制的に生徒会に入れられてしまう。他の部署にも成績優秀者は居るのだが、どういても特化型の生徒が多い。
 今日ここにきたということは、ライオネルが目をつけている生徒はで間違いないだろう。


「実に残念だけど、今日は引き上げることにするよ」
「そうしてくださいまし。先生がいては気が散るわ」
「あぁ、あと一つだけ」


 ライオネルが目を三日月に細めると読めない笑みを浮かべた。


「聞きましょう」
「怪異をどうにかした”だれか”を見つけたら、すぐに知らせてくれ。私の好奇心とは関係なく、君たちの安全にかかわっているからね」
「……気に止めておきますわ」


 ヘスティアのその返事に満足したのか、ライオネルは愉快そうに軽い足取りで生徒会室から出ていった。
 面倒事の予感にこめかみを抑えたヘスティアだが、後から思えばこれがフラグだったのかもしれない。
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