ここは超常現象お悩み相談所ではありません

陽炎氷柱

文字の大きさ
上 下
8 / 25
第一章 赤い封筒

狙われた副会長

しおりを挟む
「失礼します、ルチア・サンタリオです。怪異報告書を提出しに来ました」
「ご苦労さま。こちらに置いてくださいまし」


 ライオネルとは打って変わって礼儀正しい後輩の姿にヘスティアは少し癒される。
 ここで一度休憩を入れてもいいだろうとヘスティアは席を立とうとした時、妙な臭いが鼻についた。

 肉が腐ったような臭いが。


「ルチアさん、焼却所に行かれましたか?」
「いえ、まっすぐこちらに来ましたが……どうかされましたか?」
「何か、臭いませんか?」
「えっ、私臭いですか!?た、確かに副会長のように香水をつけたりしていませんが、お風呂には毎日入っているんですよ!」


 何を勘違いしたのか、慌てて自分の匂いを確かめ出したルチアに気が抜けてしまう。でもその様子を見るに、彼女は違和感を感じ無かったようだ。


(ここ最近忙しかったからかしら……?)


 ほんの一瞬だったため、ヘスティアはこれ以上言及することをやめた。


「どうやらわたくしの勘違いだったみたいね。ルチアさんもとても素敵な香りですわよ」
「本当ですか?私に気を使っているわけじゃないんですよね??」


 訝しげにこちらを見ながらも、ルチアは手に持っていた書類をヘスティアに渡す。


「ルチアさん……?」


 突然、ルチアはピタリと動きを止めた。匂いのことを気にしているのかと思ったが、ルチアの真剣な表情に口を噤んだ。


「副会長、最近疲れやすかったりしますか?肩が重かったり、寝ても眠いとか……そういえばさっき臭いを気にされていましたよね?」
「と、突然どうされたんですの?匂いのことを根に持っていらっしゃるのでしたら」
「質問に答えてください」
「えっ!?そ、そうね……確かに最近疲れがとれない日が多いわ。でも、新入生が多いこの時期ならよくある事よ。って、ルチアさん!わたくしのデスクを勝手に漁らないでくださいまし!?」


 いつも礼儀正しい後輩の豹変に、ヘスティアは止める間もなく引き出しを漁られてしまう。呆然としている間に暴行は続き、ルチアが引き出しを取り外し始めたころにやっと我に返る。


「……副会長。こんなものが奥にあったんですけど、ラブレターですか?」


 デスクの中から出てきたルチアが持っていたのは、半分ほど赤く染った封筒だった。
 それを見た瞬間、ヘスティアの背筋に悪寒が走った。


「そんな悪趣味なラブレターがあってたまるものですか!ルチアさん、今すぐにソレから手を離しなさい!」
「あ、コレそんなに強くないのですぐに消せますよ」
「油断なさらないで。しっかり浄化魔法もかけなさい」
「はーい」


 一瞬で封筒を燃やしたルチアが浄化魔法を周りにかけるのを確認しながら、ヘスティアは緊急アラートを流す。すぐに騒がしくなった掲示板を流し見しながら、封筒についてルチアに説明する。
 まったく……怪異の正体も分からずに、よくあんな正確な対応ができるものだ。


「今日はもう仕事はできませんし、ルチアさんも保健室に行きましょう」
「赤い封筒って、そんなにヤバイんですか?」
「ルチアさんは狙われていないので大丈夫かと思いますが、念の為ですわ。アレに魔力を吸われると瘴気耐性が下がって他の怪異に目をつけられやすくなるんですの」
「副会長の封筒、半分くらい染まっていましたよね」
「ええ、知らないうちにかなり魔力を吸われてしまったわ」


 どんな魔法使いも常に自分の魔力に包まれている。いわば見えないバリアのようなもので、魔力の保有量によって強度やサイズが変化していく。この魔力のヴェールのおかげで、魔法使いはほとんど無意識で防御できているのだが。

 魔力でできている以上、魔力が減るとその強度も大きく下がってしまう。しかも封筒自体も瘴気を放っているせいで、今のヘスティアの状態はあまり良いとは言えない。


「それで、特定できました?」
「先日邪神召喚に手を出して退学になった方ですわ」
「それはまた命知らずな……」
「ええ、本当に」


 『赤い封筒』はランダムに出現する怪異で、根絶できないタイプだ。その代わり頻繁に出現する低級怪異なので、すでに対象を変える方法が生み出されている。
 もちろん相応の知識と技術が必要だが。


「それにしても逆恨みで宛先を副会長に書き換えるなんて、回りくどいことをするんですね」
「無駄に呪術に詳しくて面倒ですわ。どうしてその熱意を勉学に向けられないのかしら」
「物騒ですねえ」


 捕えられてもヘスティアを陥れたいその執念だけは一人前だ。
 もしルチアが見つけていなかったら、そして対象がヘスティアではなく魔力や耐性のない人だったら、手遅れになっていたとしてもおかしくない。


「うふふ、この学園に身を置きながら怪異に手を出すなんて、なんて愚かな人かしら。退学程度じゃ生温かったみたいね」


 用意周到なのに、仕掛けた怪異は低級。
 どうせなら恨んでいる相手全員を巻き込める致死性の高いモノにすればいいのに、『上手く行けば死んでくれるかも』という肝心なところでひよった考えが気に入らない。
 そして何より、この程度の仕掛けに気づかなかった自分にも腹が立つ。

 ひとまずデスクの引き出しを戻しながら教師の到着を待っていると、ライオネルが机の上に置いた前衛的なクッキーが目に入った。


「ノロイカエスクッキー……!あの男、わたくしの状況を分かってて渡してきやがったわね!」


 ルチアは紫色の瞳をこの上なく釣り上がらせたヘスティアから少し距離を取った。生徒会長からヘスティアはバーサーカーという言葉を思い出したからだ。
 実際、今彼女の周りでは炎の魔法がわずかに漏れているせいで部屋の温度が上がっている。


「もっと他に怒るポイントがあるような気がするのですが……」
「そもそもわたくしが気に入らないのなら決闘を申し込むべきですわ!何のために制服に手袋がついていると考えているのかしら!」
「少なくとも投げるためでは無いと思います」


 というかこれはもう話を聞いてないな?
 そう悟ったルチアは、遠い目で真紅の髪をなびかせて勢いよく生徒会室から出ていくヘスティアの背中を見守った。

 そして、見てしまった。

 ドアの向こう側に広がっていた、どう見ても校舎の廊下では無い異界の光景を。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は月森和也(語り部)となります。転校生の神代渉はバディ訳の男子です》 【投稿開始後に1話と2話を改稿し、1話にまとめています。(内容の筋は変わっていません)】

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...