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陽炎氷柱

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第一章 赤い封筒

狙われた副会長

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「失礼します、ルチア・サンタリオです。怪異報告書を提出しに来ました」
「ご苦労さま。こちらに置いてくださいまし」


 ライオネルとは打って変わって礼儀正しい後輩の姿にヘスティアは少し癒される。
 ここで一度休憩を入れてもいいだろうとヘスティアは席を立とうとした時、妙な臭いが鼻についた。

 肉が腐ったような臭いが。


「ルチアさん、焼却所に行かれましたか?」
「いえ、まっすぐこちらに来ましたが……どうかされましたか?」
「何か、臭いませんか?」
「えっ、私臭いですか!?た、確かに副会長のように香水をつけたりしていませんが、お風呂には毎日入っているんですよ!」


 何を勘違いしたのか、慌てて自分の匂いを確かめ出したルチアに気が抜けてしまう。でもその様子を見るに、彼女は違和感を感じ無かったようだ。


(ここ最近忙しかったからかしら……?)


 ほんの一瞬だったため、ヘスティアはこれ以上言及することをやめた。


「どうやらわたくしの勘違いだったみたいね。ルチアさんもとても素敵な香りですわよ」
「本当ですか?私に気を使っているわけじゃないんですよね??」


 訝しげにこちらを見ながらも、ルチアは手に持っていた書類をヘスティアに渡す。


「ルチアさん……?」


 突然、ルチアはピタリと動きを止めた。匂いのことを気にしているのかと思ったが、ルチアの真剣な表情に口を噤んだ。


「副会長、最近疲れやすかったりしますか?肩が重かったり、寝ても眠いとか……そういえばさっき臭いを気にされていましたよね?」
「と、突然どうされたんですの?匂いのことを根に持っていらっしゃるのでしたら」
「質問に答えてください」
「えっ!?そ、そうね……確かに最近疲れがとれない日が多いわ。でも、新入生が多いこの時期ならよくある事よ。って、ルチアさん!わたくしのデスクを勝手に漁らないでくださいまし!?」


 いつも礼儀正しい後輩の豹変に、ヘスティアは止める間もなく引き出しを漁られてしまう。呆然としている間に暴行は続き、ルチアが引き出しを取り外し始めたころにやっと我に返る。


「……副会長。こんなものが奥にあったんですけど、ラブレターですか?」


 デスクの中から出てきたルチアが持っていたのは、半分ほど赤く染った封筒だった。
 それを見た瞬間、ヘスティアの背筋に悪寒が走った。


「そんな悪趣味なラブレターがあってたまるものですか!ルチアさん、今すぐにソレから手を離しなさい!」
「あ、コレそんなに強くないのですぐに消せますよ」
「油断なさらないで。しっかり浄化魔法もかけなさい」
「はーい」


 一瞬で封筒を燃やしたルチアが浄化魔法を周りにかけるのを確認しながら、ヘスティアは緊急アラートを流す。すぐに騒がしくなった掲示板を流し見しながら、封筒についてルチアに説明する。
 まったく……怪異の正体も分からずに、よくあんな正確な対応ができるものだ。


「今日はもう仕事はできませんし、ルチアさんも保健室に行きましょう」
「赤い封筒って、そんなにヤバイんですか?」
「ルチアさんは狙われていないので大丈夫かと思いますが、念の為ですわ。アレに魔力を吸われると瘴気耐性が下がって他の怪異に目をつけられやすくなるんですの」
「副会長の封筒、半分くらい染まっていましたよね」
「ええ、知らないうちにかなり魔力を吸われてしまったわ」


 どんな魔法使いも常に自分の魔力に包まれている。いわば見えないバリアのようなもので、魔力の保有量によって強度やサイズが変化していく。この魔力のヴェールのおかげで、魔法使いはほとんど無意識で防御できているのだが。

 魔力でできている以上、魔力が減るとその強度も大きく下がってしまう。しかも封筒自体も瘴気を放っているせいで、今のヘスティアの状態はあまり良いとは言えない。


「それで、特定できました?」
「先日邪神召喚に手を出して退学になった方ですわ」
「それはまた命知らずな……」
「ええ、本当に」


 『赤い封筒』はランダムに出現する怪異で、根絶できないタイプだ。その代わり頻繁に出現する低級怪異なので、すでに対象を変える方法が生み出されている。
 もちろん相応の知識と技術が必要だが。


「それにしても逆恨みで宛先を副会長に書き換えるなんて、回りくどいことをするんですね」
「無駄に呪術に詳しくて面倒ですわ。どうしてその熱意を勉学に向けられないのかしら」
「物騒ですねえ」


 捕えられてもヘスティアを陥れたいその執念だけは一人前だ。
 もしルチアが見つけていなかったら、そして対象がヘスティアではなく魔力や耐性のない人だったら、手遅れになっていたとしてもおかしくない。


「うふふ、この学園に身を置きながら怪異に手を出すなんて、なんて愚かな人かしら。退学程度じゃ生温かったみたいね」


 用意周到なのに、仕掛けた怪異は低級。
 どうせなら恨んでいる相手全員を巻き込める致死性の高いモノにすればいいのに、『上手く行けば死んでくれるかも』という肝心なところでひよった考えが気に入らない。
 そして何より、この程度の仕掛けに気づかなかった自分にも腹が立つ。

 ひとまずデスクの引き出しを戻しながら教師の到着を待っていると、ライオネルが机の上に置いた前衛的なクッキーが目に入った。


「ノロイカエスクッキー……!あの男、わたくしの状況を分かってて渡してきやがったわね!」


 ルチアは紫色の瞳をこの上なく釣り上がらせたヘスティアから少し距離を取った。生徒会長からヘスティアはバーサーカーという言葉を思い出したからだ。
 実際、今彼女の周りでは炎の魔法がわずかに漏れているせいで部屋の温度が上がっている。


「もっと他に怒るポイントがあるような気がするのですが……」
「そもそもわたくしが気に入らないのなら決闘を申し込むべきですわ!何のために制服に手袋がついていると考えているのかしら!」
「少なくとも投げるためでは無いと思います」


 というかこれはもう話を聞いてないな?
 そう悟ったルチアは、遠い目で真紅の髪をなびかせて勢いよく生徒会室から出ていくヘスティアの背中を見守った。

 そして、見てしまった。

 ドアの向こう側に広がっていた、どう見ても校舎の廊下では無い異界の光景を。
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