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第三章 物と付喪神

29.秋兎の特技

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「いやいやいや、ピッキングが得意って何!?」


 先に衝撃から立ち直ったのは、白鳥くんだった。
 湖面のように青い瞳をまん丸にして、アキくんの肩をガシリと掴んだ。


「うん、この際なんでピッキングが得意なのかは聞かないけど、開けられるのってアレだよね?普通の家の鍵とか、電子ロックとか」
「桜二、お前も混乱してるぞ。電子ロックはピッキングじゃなくてハッキングだろ」

(それはどうでもいいよ!)


 やっぱりいつ聞いてもインパクトの強い特技だ。私は初めてアキくんの特技を知った日を思い出して、思わず遠い目をした。


「昔、刑事ドラマで見たピッキング技術がかっこよくてさ、いろんな錠前とかの鍵開けとかしてたんだ~」
「趣味の悪い子供だな」


 えへへと照れ臭そうに笑ったアキくんに、白鳥くんは引いたように半目になる。それからため息をつくと、やれやれといった感じで首を振った。


「あのね、この屋敷の鍵が市販のものと同じだと思わない方がいいよ。一見古臭そうなセキリュティでも、全部最新式の特注モノに取り換えられてる。母屋の蔵とか、国立銀行と同じレベルだよ」
「桜二、お前今まで俺んちの鍵が古臭いと思ってたのか?」
「やだなあ、言葉のあやだよ。ははっ」


 そういわれても、アキくんは柔らかい笑顔を崩さなかった。


「うん、知ってるよ。さっき道すがらにいろいろ見たけど、使われてなさそうなところは見た目通りの古い鍵で、人通りが多いところはパスワード入力に指紋認証、声紋認証だよね?」
「…………よく見てるんだな」


 颯馬くんははっきりとは肯定しなかったが、その返事が答えだった。


「それくらいならちょっと工夫すれば開くよ。手先が器用なの知ってるでしょ?」
「それは手先が器用で済ませられることか?」
「まあ、実際に鍵の形を確認するまでは絶対に開くとは言えないけど、試してみる価値はあるんじゃない?」


 アキくんはそういいながら、ボストンバッグから小さなプラスチック容器を取り出した。乳白色のそれは中の物が少し透けて見える。セロハンテープと……細長い針金のようなものがたくさん入ってる。


「秋兎、お前ピッキング道具常備してるのか……」
「はは、もう行く気満々じゃん。よし、オレも気になってきたし、お手並み拝見だな」
「桜二が許可を出すな」


 颯馬くんは楽しそうに立ち上がった白鳥くんにじとりとした視線を向ける。しかし鋭い視線を軽々と受け流した白鳥くんは、真っ当な指摘をしている幼馴染みに反論した。


「別にいいじゃん、物置になりかけてる部屋の鍵を開けるくらい。オレたちがちゃんと見てるから中身なんて盗らせないし、アキはそんなコトしないでしょ」
「――それはそうだが」


(納得しちゃったーっ!)


 かくして、探し物をしに来た私たちは、人の家をピッキングすることになった。
 家主がいるし、きっと犯罪じゃないはず!



。。。



 椿の間は、千代さんの部屋の真逆のところにある。そのため、どうしても中央にある大広間の近くを通らなければならなかった。
 中に入らなくてもよさそうだが、それでも大人がたくさんいるだろう。うろうろするなと叱られそうで少し怖い。
 そして、悪い予感ほどよく当たるものだ。


「クッソ!なんでこんなに見つからねえんだよ!もう一週間は探してるんだぞ!?」


 大広間を少し過ぎたところにある部屋の中から、男の人の声が聞こえた。


「落ち着けよ兄さん。そんな大声出したら聞かれるだろ」
「みんな鍵探しに夢中でここには誰もいねえよ!」


 私たちはそっと通り過ぎようとしたが、耳に入ってくる会話に颯馬くんが足を止めた。


「ったく、やっと婆さんの喪があけて本家に来れたのに、今度は爺さんの別邸の鍵が見つからないときた!中には爺さんが大切にしてたもんがあるんだろ?」
「ああ、なんでも地下に宝物庫があるらしい。全部売れば一生遊んで暮らせる金が手に入る話だぞ」
「ふん、当主さまもさっさと扉なんて壊しちまえばいいのによ、わざわざ鍵探しなんて面倒なことして」


 私はてっきりみんな親切心で鍵を探しているのだと思っていた。一条くんみたいに、大切にしていたものをなくしたままにしたくないっていう気持ちと同じだと思ってた。


(でも、この人たちは違う)


 お金のために動いてる。物を大切にしようって、少しも考えてない。
 男たちの話を聞いてるうちにムカつきはじめて、鍵なんて一生見つからなければいいと思った。


「一条くん、椿の間に行こうよ」
「……そうだな」


 こんな話、これ以上聞かせたくなかった。早くこの場から離したくて、私は立ち尽くしていた颯馬くんの背中を押した。

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