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第一章 初めての依頼
13.蘭の館
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蘭の館の存在なら、私も入学説明会で聞いたことがある。記憶が正しければ、英蘭学園ではとても特別な建物だったはずだけど……。
(そんな気軽に行ける場所なのかな?関係ないからって聞き逃さなきゃ良かった!)
周りの様子を伺いながら歩く私と違って、三人はずんずん進んでいく。私の手はまだ颯馬くんに掴まれたままだから、ほとんど連行されているのように歩いている。逃げられたら困るとオウジサマが断ったせいで、いまだに解放してもらえないのだ。
「あれが蘭の館だ」
校舎を出て、よく手入れされている植物園を通りぬけると、その先にはオシャレなクラブハウスがあった。紫色の屋根と真っ白な壁のおかげでその存在感は強く、正面の壁はガラス張りなっている。
(やっぱりパンフレットで見た建物だ!)
英蘭会という、英蘭学園のエリートの中でも家柄や財力などの厳しい条件をクリアした生徒だけが使える施設だったはず。シェフ付き喫茶室と防音性に優れた鍵付き個室などがあり、まるで高級ホテルのような写真がのっていた。
パソコンなどの設備も整っている特別な建物で、私みたいな普通の子は英蘭会のメンバーから招待されないと中に入れないのだ。
「ユキちゃん、ぼくが言った”花持ち”って言葉覚えてる?」
「覚えてるよ。あ、もしかして英蘭会と関係あるの?」
「うん。ほら、一条と白鳥のブレザーの襟に金色のバッチがついてるでしょ」
白鳥って、オウジサマのことかな。
(ちゃんとした名前あるじゃん)
颯馬くんは私の手を引っ張って進んでいるので、白鳥くんの襟をみる。私の視線に気づいた白鳥くんは私の近くまできて、見やすいように襟を引っ張ってくれた。
休み時間はバタバタしていたから気づかなかったが、確かに花を象った小さなバッチがそこについていた。
「これは胡蝶蘭の形だよ。幸せが飛んで来るっていう花言葉があるんだって」
素直に感心しかけて、はたと現状を思い出す。
もしかして私、そんな注目の的である蘭の館に連れていかれようとしてる……?
「待って、私は招待を受けてないから入れないよ!」
「俺が招待するから大丈夫だ」
颯馬くんは驚くほど軽快にそう言った。
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!私には不相応だし、あとで一条くんが笑われちゃうかもしれないのに」
慌てて断る。ただでさえ人気な二人と関わってしまったんだ。こんな平凡なやつが蘭の館なんかに入ったら、それこそ全校生徒が敵に回ってしまう。
だけど隣にいた白鳥くんはふっと口角を上げると、ぱちりと片目をつむってみせた。
「そんなことはないよ。あの日、ユキは詐欺師を黙らせたじゃん。もっと自分を誇っていいんだよ」
突然親し気に呼ばれて顔が熱くなった。
愛称なんて呼ばれ慣れていないから、すごくそわそわする。
「ちょっと、なにどさくさに紛れてユキって親しげに呼んでんの」
「だってオレ、ユキの名前知らないし」
別に仲良くなろうとしたわけじゃなくて、仕方がないからそう呼んだだけなんだ。少しだけがっかりした。勘違いしちゃって恥ずかしい……。
「あの人が適当に嘘をついていたからだよ。たまたま私が伊万里焼を知っていただけ」
名前の話題から離れたくて話を戻す。
だけど、颯馬くんは朗らかな笑顔のまま首を振った。
「全部聞いていたから分かるが、かなり専門的な知識だったぞ。偶然であいつを言い負かせられるもんか」
「え、えへへ……昔から骨董商とかが好きだから、そのおかげかな?」
「なら、十分に館に招かれる資格はある。遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて」
死活問題なんだよ……!私が颯馬くんに招待されたって綾小路さんが知ったら恐ろしいことになるっ!
私は穏やかに普通の中学生として生活したいんだ。
「心配するな、お前は俺の大事な招待客だ。誰にも文句を言わせない」
振り返った颯馬くんは、自信に満ちた表情をしていた。
真っ黒な瞳が夕日を受けて、あざやかにきらめく。その目に見つめられていると、私は、なんだかすごく価値のある存在になったような気がした。
ここまで丁重に扱われてしまえば、さすがに断れない。心の中で白い旗を振りながら、私は小さく笑った。
「じゃあ、今日だけ、お邪魔しようかな……」
考えてみれば、私は何も悪いことをしていない。
むしろ良いことをしたお礼だというなら、ちょっとくらい楽しんだ方がいいよね。こんな機会でもなければ、蘭の館なんてもう二度と入れないだろうし。
(そんな気軽に行ける場所なのかな?関係ないからって聞き逃さなきゃ良かった!)
周りの様子を伺いながら歩く私と違って、三人はずんずん進んでいく。私の手はまだ颯馬くんに掴まれたままだから、ほとんど連行されているのように歩いている。逃げられたら困るとオウジサマが断ったせいで、いまだに解放してもらえないのだ。
「あれが蘭の館だ」
校舎を出て、よく手入れされている植物園を通りぬけると、その先にはオシャレなクラブハウスがあった。紫色の屋根と真っ白な壁のおかげでその存在感は強く、正面の壁はガラス張りなっている。
(やっぱりパンフレットで見た建物だ!)
英蘭会という、英蘭学園のエリートの中でも家柄や財力などの厳しい条件をクリアした生徒だけが使える施設だったはず。シェフ付き喫茶室と防音性に優れた鍵付き個室などがあり、まるで高級ホテルのような写真がのっていた。
パソコンなどの設備も整っている特別な建物で、私みたいな普通の子は英蘭会のメンバーから招待されないと中に入れないのだ。
「ユキちゃん、ぼくが言った”花持ち”って言葉覚えてる?」
「覚えてるよ。あ、もしかして英蘭会と関係あるの?」
「うん。ほら、一条と白鳥のブレザーの襟に金色のバッチがついてるでしょ」
白鳥って、オウジサマのことかな。
(ちゃんとした名前あるじゃん)
颯馬くんは私の手を引っ張って進んでいるので、白鳥くんの襟をみる。私の視線に気づいた白鳥くんは私の近くまできて、見やすいように襟を引っ張ってくれた。
休み時間はバタバタしていたから気づかなかったが、確かに花を象った小さなバッチがそこについていた。
「これは胡蝶蘭の形だよ。幸せが飛んで来るっていう花言葉があるんだって」
素直に感心しかけて、はたと現状を思い出す。
もしかして私、そんな注目の的である蘭の館に連れていかれようとしてる……?
「待って、私は招待を受けてないから入れないよ!」
「俺が招待するから大丈夫だ」
颯馬くんは驚くほど軽快にそう言った。
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!私には不相応だし、あとで一条くんが笑われちゃうかもしれないのに」
慌てて断る。ただでさえ人気な二人と関わってしまったんだ。こんな平凡なやつが蘭の館なんかに入ったら、それこそ全校生徒が敵に回ってしまう。
だけど隣にいた白鳥くんはふっと口角を上げると、ぱちりと片目をつむってみせた。
「そんなことはないよ。あの日、ユキは詐欺師を黙らせたじゃん。もっと自分を誇っていいんだよ」
突然親し気に呼ばれて顔が熱くなった。
愛称なんて呼ばれ慣れていないから、すごくそわそわする。
「ちょっと、なにどさくさに紛れてユキって親しげに呼んでんの」
「だってオレ、ユキの名前知らないし」
別に仲良くなろうとしたわけじゃなくて、仕方がないからそう呼んだだけなんだ。少しだけがっかりした。勘違いしちゃって恥ずかしい……。
「あの人が適当に嘘をついていたからだよ。たまたま私が伊万里焼を知っていただけ」
名前の話題から離れたくて話を戻す。
だけど、颯馬くんは朗らかな笑顔のまま首を振った。
「全部聞いていたから分かるが、かなり専門的な知識だったぞ。偶然であいつを言い負かせられるもんか」
「え、えへへ……昔から骨董商とかが好きだから、そのおかげかな?」
「なら、十分に館に招かれる資格はある。遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて」
死活問題なんだよ……!私が颯馬くんに招待されたって綾小路さんが知ったら恐ろしいことになるっ!
私は穏やかに普通の中学生として生活したいんだ。
「心配するな、お前は俺の大事な招待客だ。誰にも文句を言わせない」
振り返った颯馬くんは、自信に満ちた表情をしていた。
真っ黒な瞳が夕日を受けて、あざやかにきらめく。その目に見つめられていると、私は、なんだかすごく価値のある存在になったような気がした。
ここまで丁重に扱われてしまえば、さすがに断れない。心の中で白い旗を振りながら、私は小さく笑った。
「じゃあ、今日だけ、お邪魔しようかな……」
考えてみれば、私は何も悪いことをしていない。
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