上 下
13 / 52
第一章 初めての依頼

13.蘭の館

しおりを挟む
 蘭の館の存在なら、私も入学説明会で聞いたことがある。記憶が正しければ、英蘭学園ではとても特別な建物だったはずだけど……。


(そんな気軽に行ける場所なのかな?関係ないからって聞き逃さなきゃ良かった!)


 周りの様子を伺いながら歩く私と違って、三人はずんずん進んでいく。私の手はまだ颯馬くんに掴まれたままだから、ほとんど連行されているのように歩いている。逃げられたら困るとオウジサマが断ったせいで、いまだに解放してもらえないのだ。


「あれが蘭の館だ」


 校舎を出て、よく手入れされている植物園を通りぬけると、その先にはオシャレなクラブハウスがあった。紫色の屋根と真っ白な壁のおかげでその存在感は強く、正面の壁はガラス張りなっている。


(やっぱりパンフレットで見た建物だ!)


 英蘭会という、英蘭学園のエリートの中でも家柄や財力などの厳しい条件をクリアした生徒だけが使える施設だったはず。シェフ付き喫茶室と防音性に優れた鍵付き個室などがあり、まるで高級ホテルのような写真がのっていた。
 パソコンなどの設備も整っている特別な建物で、私みたいな普通の子は英蘭会のメンバーから招待されないと中に入れないのだ。


「ユキちゃん、ぼくが言った”花持ち”って言葉覚えてる?」
「覚えてるよ。あ、もしかして英蘭会と関係あるの?」
「うん。ほら、一条と白鳥のブレザーの襟に金色のバッチがついてるでしょ」


 白鳥って、オウジサマのことかな。


(ちゃんとした名前あるじゃん)


 颯馬くんは私の手を引っ張って進んでいるので、白鳥くんの襟をみる。私の視線に気づいた白鳥くんは私の近くまできて、見やすいように襟を引っ張ってくれた。
 休み時間はバタバタしていたから気づかなかったが、確かに花を象った小さなバッチがそこについていた。


「これは胡蝶蘭の形だよ。幸せが飛んで来るっていう花言葉があるんだって」


 素直に感心しかけて、はたと現状を思い出す。
 もしかして私、そんな注目の的である蘭の館に連れていかれようとしてる……?


「待って、私は招待を受けてないから入れないよ!」
「俺が招待するから大丈夫だ」


 颯馬くんは驚くほど軽快にそう言った。


「ぜんぜん大丈夫じゃないよ!私には不相応だし、あとで一条くんが笑われちゃうかもしれないのに」


 慌てて断る。ただでさえ人気な二人と関わってしまったんだ。こんな平凡なやつが蘭の館なんかに入ったら、それこそ全校生徒が敵に回ってしまう。
 だけど隣にいた白鳥くんはふっと口角を上げると、ぱちりと片目をつむってみせた。


「そんなことはないよ。あの日、ユキは詐欺師を黙らせたじゃん。もっと自分を誇っていいんだよ」


 突然親し気に呼ばれて顔が熱くなった。
 愛称なんて呼ばれ慣れていないから、すごくそわそわする。


「ちょっと、なにどさくさに紛れてユキって親しげに呼んでんの」
「だってオレ、ユキの名前知らないし」


 別に仲良くなろうとしたわけじゃなくて、仕方がないからそう呼んだだけなんだ。少しだけがっかりした。勘違いしちゃって恥ずかしい……。


「あの人が適当に嘘をついていたからだよ。たまたま私が伊万里焼を知っていただけ」


 名前の話題から離れたくて話を戻す。
 だけど、颯馬くんは朗らかな笑顔のまま首を振った。


「全部聞いていたから分かるが、かなり専門的な知識だったぞ。偶然であいつを言い負かせられるもんか」
「え、えへへ……昔から骨董商とかが好きだから、そのおかげかな?」
「なら、十分に館に招かれる資格はある。遠慮するな」
「遠慮とかじゃなくて」


 死活問題なんだよ……!私が颯馬くんに招待されたって綾小路さんが知ったら恐ろしいことになるっ!
 私は穏やかに普通の中学生として生活したいんだ。


「心配するな、お前は俺の大事な招待客だ。誰にも文句を言わせない」


 振り返った颯馬くんは、自信に満ちた表情をしていた。
 真っ黒な瞳が夕日を受けて、あざやかにきらめく。その目に見つめられていると、私は、なんだかすごく価値のある存在になったような気がした。
 ここまで丁重に扱われてしまえば、さすがに断れない。心の中で白い旗を振りながら、私は小さく笑った。


「じゃあ、今日だけ、お邪魔しようかな……」


 考えてみれば、私は何も悪いことをしていない。
 むしろ良いことをしたお礼だというなら、ちょっとくらい楽しんだ方がいいよね。こんな機会でもなければ、蘭の館なんてもう二度と入れないだろうし。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...