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プロローグ
02.スタッフルームの騒動
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工芸展の前まで来て、私はやっと一息をついた。
(嫌な事があったけど、その分思いっきり楽しもう!)
しかし私の期待とは裏腹に、工芸展の階だけガランとしていた。
確かにこういう展示エリアは空いていることが多いが、ここの周りでは私以外誰もいなかった。まさか営業していないのかと慌てて看板を確認するが、普通に開館中の文字がそこにあった。
……ただ本当に人気がないだけ、ということだろう。少し寂しいけど、貸切だと思えばむしろラッキーだよね!
気持ちを切り替えて中に入ろうとしたとき、入り口の近くから男の子の……それも同世代と思われる大きな声が聞こえた。
「それは家の蔵にずっと大切に保存されてきたものだ!偽物なはずがないだろ!」
(さっきのことといい、今日の私……やっぱりツイてないのかなあ)
わずかに上がっていたテンションが一瞬にして落ちて、思わず苦い顔をする。
陰口を言われたばかりというのもあって、私には関係ないと分かっているのについ声の主を探してしまう。
(あっ、あそこに部屋がある!)
言い争っているような声は、『スタッフオンリー』という張り紙がある部屋から聞こえているようだった。普通なら閉まっているはずの扉は半開きになっていて、そのせいで外まで話し声がはっきり届いたのだろう。
「残念ながら名家が大切に保管してきた品でも、実は偽物だったというのはよくあることなんです。大変申し上げにくいのですが、こちらの陶器もそういう物かと」
骨董品の話だと気づいて、離れようとした足がピタリと止まる。
よくないと思いつつもどうしても内容が気になって、私は半開きのドアに隠れてそっと部屋の中の様子をうかがった。
「でも、家から持ち出す前にちゃんと鑑定してるんだ!証拠だってある」
「と言われましても、私には模造品にしか見えないんですよね。それに、鑑定は一条家お抱えの鑑定士が行たんでしょう?」
「もちろんだ。」
「これはお抱えにありがちなことですが……個人で雇われている方って、忖度をなさることが多いんですよ」
一人はスーツを着た神経質そうな男の人で、イライラしているように何度も眼鏡のブリッジを触っていた。そしてもう一人は予想通り、私とそう年が変わらない男の子だった。ドアに背を向けているので顔は見えないが、背丈は私よりちょっと高いくらいだ。
彼が着ている黒いセーターはかなり有名なブランドの新作で、話の内容から一般家庭の子じゃないとすぐに気づいた。
「っ、お前は、俺たちの目が節穴だと言いたいのか?」
「そんなまさか!天下の一条家を疑うわけがないじゃないですか」
「……何が言いたい」
「人間は誰しも間違いをするものです。この陶器を鑑定した者が、たまたまミスをしてしまっただけではないかと。……というか、坊ちゃんは骨董品の真偽など分からないでしょう?プロの私を信じてください」
どこか馬鹿にしたような物言いに、ドア越しても男の子の怒りを感じる。
……正直、関係のない私が聞いてても気分がいい話じゃない。やれやれと言ったように男は首を振ったが、とても真剣な態度には見えない。それに、例え男の子が骨董品に詳しくない子供だったとしても、私は仕事ならしっかり説明するべきだと思う。
思わず眼鏡のつるに手をかけてしまう。
――私の目が役に立つかもしれない。
どれだけ本気で向き合っても相手にされない無力感は私も良く知っている。それに、あの陶器がかわいそうだ。このままじゃ真実をそっちのけで偽物にされてしまう。
この目で辛い思いもたくさんしたから、できればもう使いたくなかったけど。何も言い返せない男の子が可哀そうで、このまま見て見ぬふりはしたくなかった。
(大丈夫、誰もいないし。とりあえずあの陶器を視てみよう。本当に偽物ならこのまま立ち去ろう)
私は生まつき、他の人とは違うものが見えていた。幽霊のようで妖精のようなそれらを、私は付喪神と呼んでいる。
――まぶたを閉じる。大きく息を吸って、眼鏡をはずす。
祖母から貰ったもので、これをかけている間は何故か不思議なモノを見ることはない。眼鏡を持つ手が震える。私は肺を空にするように息を吐きながら、ゆっくりと目を開けた。
(嫌な事があったけど、その分思いっきり楽しもう!)
しかし私の期待とは裏腹に、工芸展の階だけガランとしていた。
確かにこういう展示エリアは空いていることが多いが、ここの周りでは私以外誰もいなかった。まさか営業していないのかと慌てて看板を確認するが、普通に開館中の文字がそこにあった。
……ただ本当に人気がないだけ、ということだろう。少し寂しいけど、貸切だと思えばむしろラッキーだよね!
気持ちを切り替えて中に入ろうとしたとき、入り口の近くから男の子の……それも同世代と思われる大きな声が聞こえた。
「それは家の蔵にずっと大切に保存されてきたものだ!偽物なはずがないだろ!」
(さっきのことといい、今日の私……やっぱりツイてないのかなあ)
わずかに上がっていたテンションが一瞬にして落ちて、思わず苦い顔をする。
陰口を言われたばかりというのもあって、私には関係ないと分かっているのについ声の主を探してしまう。
(あっ、あそこに部屋がある!)
言い争っているような声は、『スタッフオンリー』という張り紙がある部屋から聞こえているようだった。普通なら閉まっているはずの扉は半開きになっていて、そのせいで外まで話し声がはっきり届いたのだろう。
「残念ながら名家が大切に保管してきた品でも、実は偽物だったというのはよくあることなんです。大変申し上げにくいのですが、こちらの陶器もそういう物かと」
骨董品の話だと気づいて、離れようとした足がピタリと止まる。
よくないと思いつつもどうしても内容が気になって、私は半開きのドアに隠れてそっと部屋の中の様子をうかがった。
「でも、家から持ち出す前にちゃんと鑑定してるんだ!証拠だってある」
「と言われましても、私には模造品にしか見えないんですよね。それに、鑑定は一条家お抱えの鑑定士が行たんでしょう?」
「もちろんだ。」
「これはお抱えにありがちなことですが……個人で雇われている方って、忖度をなさることが多いんですよ」
一人はスーツを着た神経質そうな男の人で、イライラしているように何度も眼鏡のブリッジを触っていた。そしてもう一人は予想通り、私とそう年が変わらない男の子だった。ドアに背を向けているので顔は見えないが、背丈は私よりちょっと高いくらいだ。
彼が着ている黒いセーターはかなり有名なブランドの新作で、話の内容から一般家庭の子じゃないとすぐに気づいた。
「っ、お前は、俺たちの目が節穴だと言いたいのか?」
「そんなまさか!天下の一条家を疑うわけがないじゃないですか」
「……何が言いたい」
「人間は誰しも間違いをするものです。この陶器を鑑定した者が、たまたまミスをしてしまっただけではないかと。……というか、坊ちゃんは骨董品の真偽など分からないでしょう?プロの私を信じてください」
どこか馬鹿にしたような物言いに、ドア越しても男の子の怒りを感じる。
……正直、関係のない私が聞いてても気分がいい話じゃない。やれやれと言ったように男は首を振ったが、とても真剣な態度には見えない。それに、例え男の子が骨董品に詳しくない子供だったとしても、私は仕事ならしっかり説明するべきだと思う。
思わず眼鏡のつるに手をかけてしまう。
――私の目が役に立つかもしれない。
どれだけ本気で向き合っても相手にされない無力感は私も良く知っている。それに、あの陶器がかわいそうだ。このままじゃ真実をそっちのけで偽物にされてしまう。
この目で辛い思いもたくさんしたから、できればもう使いたくなかったけど。何も言い返せない男の子が可哀そうで、このまま見て見ぬふりはしたくなかった。
(大丈夫、誰もいないし。とりあえずあの陶器を視てみよう。本当に偽物ならこのまま立ち去ろう)
私は生まつき、他の人とは違うものが見えていた。幽霊のようで妖精のようなそれらを、私は付喪神と呼んでいる。
――まぶたを閉じる。大きく息を吸って、眼鏡をはずす。
祖母から貰ったもので、これをかけている間は何故か不思議なモノを見ることはない。眼鏡を持つ手が震える。私は肺を空にするように息を吐きながら、ゆっくりと目を開けた。
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