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第二章 軍属大学院 入学 編

146.知らぬが故に知り得ぬ感情-Ⅰ

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「おいボウズ、私はちょっと用事済ませてくるから長めに休憩とっとけ」

 いつものように特訓をつけてもらっていたある日の昼下がり、突然ティストさんがそんな事を告げてきた。

「長めってどれくらいですか?」

「んあ? あー、二時間くらい適当にしてていいぞ」

「いや、適当にって言われても……」

 こんな殺風景なただの訓練場で何をして時間を潰せというのであろうか。

「それだったら庭園エリアにでも行ってみたらどう?」

 どうしたものかと悩んでいると、ハルカ先輩の特訓を見ていたリオナさんがそんな提案をしてきた。

「庭園エリア……ですか?」

「この学院の地下施設の一つにそういう場所があるの。本当は学院関係者しか入っちゃ駄目なんだけど、魔力登録もしてるし講義も受けてるから、もう学生みたいなものでしょ?」

「いや、そんな適当でいいんですか……? 行ってみたいですけど、流石に入学前から校則違反をするのは嫌なんですけど……」

 そういう校則的なものがあるのならば、折角の提案ではあるがやめておいた方が良いのではないだろうか。

「んあ? なんだボウズ、お前入学したら校則破る気なのかよ? 破るんならバレねぇようにこっそりやれよ。流石に目の前でやられたら立場上見過ごせねぇからよ」

「べ、別に破るつもりは……というか立場上って言うなら目の前じゃなくっても見過ごさないでくださいよ」

 規律を作る側の人間が何を率先して破らせようとしているのか。

「超えちゃならねぇ部分さえ超えなきゃかまわねぇよ。その辺りの線引きがお前らくらいの歳になっても出来ねぇ様な奴をあぶり出すのも校則の役割ってもんだ」

 なるほど、そう言われてみれば確かに――

「――いや、何を得意気な顔でとんでもない事言ってるんですか!? ちょっと納得しかかっちゃいましたけど、ルール守らない時点でアウトですから! 本当にそういう狙いがあるにしてもトップがそんな事を堂々と言っちゃ駄目でしょ!」

「ったくなよなよしてるくせに頭の堅ぇ事を言う野郎だなぁ……」

「なよなよしてるのと頭が堅いのは関係ないでしょ! っていうか別になよなよしてませんし!」

「ちょ~っと何かある度にメソメソ泣き喚く奴のどこがなよなよしてねぇってんだよ?」

「うっ……それは確かに、そうですけど……」

 あれはどうしようも無く勝手に溢れてくるものなのだ。
 自分の意思とは関係ない。
 つまり自分がなよなよしているわけではないのだ。

「うん、我ながら完璧な理論だ」

「んあ? 急に何言ってんだお前?」

「……いえ、何でも無いです。って、そんな事より庭園ですよ庭園! 校則で禁止してるなら入れちゃ駄目ですよティストさん!」

「私が率先して入れてるみたいに言うなよ……。ってか別にそんな校則は無ぇぞ?」

 ここに来て意外な事実が飛び出した。

「え、でもさっきリオナさん駄目って言ってませんでしたっけ……?」

「ええ、私は校則で決まってるって聞いてたんだけど……」

 どうやら聞き間違いではなかったようだ。
 困惑する自分たちにティストさんが少し面倒くさそうに説明を始める。

「ここの施設利用の許可を得た部外者ってのがそもそも少ねぇ上に、わざわざ庭園エリアに行きたがるようなもの好きもいねぇからな。結果的にそうなって勘違いされてるってだけだ。わざわざ周知し直す様な内容でもねぇって思って放っておいたが……」

 そこまで口にし、こちらを見たかと思うと、小さく鼻を鳴らしてさらに続ける。

「まあ、ボウズみてぇな物好きもいるわけだし、その内それとなく周知しとくか」

「も、物好きで悪うございました……」

「まああんまり期待しすぎんなよ。屋敷とか森のに比べりゃただの草っ原だからな」

「いやまあ、そりゃそうでしょうよ……」

 流石に屋内にあれほど広大な花畑の様な庭園を求めるのは酷だろう。

「ま、時間も無ぇしそろそろ行くわ。戻ってくる時間はだいたいでいいけど、あんまり遅れ過ぎんなよ」

「遅れませんよ。時計持ってますし――遅れた時が怖いですし……」

「んあ? 何か言ったか?」

「いえ、何でも」

「……まあいい、そんじゃまた後でな」

 少し不満げな表情でそう言い残し、ティストさんはモートゥスへと乗り込んで去って行った。

「――って、ああっ!? 僕も乗せてもらえば良かった……」

 そこまで急いでいるわけではないが、なんだか損した気分になり思わずそう口にすると、リオナさんが不思議そうに首を傾げる。

「へ? どうして? 行き先全然違うわよ?」

「え? 行き先……? いやまあそりゃ違いますけど、一緒のに乗らないと待ち時間が……」

「え?」

「え?」

 どうも話がかみ合っていない。
 どうしたものか――

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