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第二章 軍属大学院 入学 編

136.正体不明の感情-Ⅰ

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「……」

 三つの月の柔らかな光に照らされる美しい庭園の中、ぽつんと置かれた滑らかな大石を背もたれにして座り込む。

「ッ――すぅ……はぁ……」

 漏れ出しそうになった嗚咽を飲み込んで、荒くなった呼吸を整えるために深呼吸をする。
 澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込み、淀んだ空気を吐き出せば、胸を満たしていた重く暗い感情も幾分か吐き出せた様な気がした。

『もう大丈夫になった?』

「……うん、大分マシになったかな」

 こめかみを伝うじっとりとした汗をハンカチで拭い、心配そうに自分の顔をのぞき込むキュウの頭を撫でる。
 こうしてキュウを撫でるだけでも、随分と心が落ち着いてくるものだ。
 余裕が出来たためか、広い庭園のどこかから細流の様な音も聞こえてきた。
 自然に包まれて居るような気分になって思わず安心してしまう。

「……キュウは強いな。お前も同じ様なものを感じたんだろ?」

『ううん、キュウは嫌だって思ったら知らんぷりできるから大丈夫なんだよ。……でもひょっとしたら、キュウが知らんぷりしたから武に行っちゃったのかも……』

「そっか、まあそれでお前に被害が出ないならそれでいいさ」

『でも……』

「良いんだよ。そもそも本当にそれが原因かもわかんないんだから、キュウがあんなもの感じる必要は無いさ」

 未だにどこか不満げではあるが、キュウ自身も明確な解決策が無いのはわかっているようで、頬を少し膨らませながらも話を変えた。

『……パーティーってあんまり楽しくないね』

「ああ、ちょっと思っていたのとは違ったな」

 少なくとも自分やキュウがかつて想像していた華やかで上品な楽しい場所というイメージは覆された。
 いや、外面だけならば確かにイメージ通りだっただろう。
 ソフィアに話しかける人々は誰も彼もが服装は煌びやかで所作からは気品が感じられた。
 しかし自分たちは、その貼り付けた様な笑顔の裏に隠されたどす黒い思惑が透けて見えてしまったのだ。
 ソフィアの合格を祝うための席であるはずなのに、周りからはその意思が一切感じられず、誰もが地位と名誉を求め、嫉妬し、他者を蹴り落とし這い上がろうとしていた。
 他者の失態や弱点を探り出そうと――いや、寧ろ引きだそうとする様な感情で溢れかえっていたのだ。
 苦しかった。
 ただ、苦しかった。
 同じ人間であるはずの彼らが、何故そうまで他者の不幸を願うのかがわからなかった。
 目の前で話す人々の言葉と感情の乖離に翻弄され、流れ込んでくる陰湿で険悪な汚らしい感情から目を逸らしたいのに、どこを向いても同じ性質の感情が流れ込んでくるという状態に目眩と吐き気すら覚えた。
 あの空間そのものが、一つの悪意の様に感じられたのだ。
 それに堪えられず、またどうする事も出来ない自分はあの会場を飛び出し、偶然辿り着いたこの場所に落ち着いているわけだ。
 ソフィアたちはあの場所で堪えているというのに――

「……なんで、あんな風になるのかな……?」

 他者の不幸を幸福と感じてしまうという状態の人がいる事実が、何だかたまらなく悲しくなる。
 それを感じた空間が、友人を祝うためのはずの場所であるという事実を思えば、尚一層辛い。

『みんながいっぱい笑ってるの見る方が、キュウは好きなの……』

「……うん、僕もそうだよ。誰かの苦しむ姿なんて、見てて辛いだけだ……」

「そんな所でなに当然の事を言ってるんですの……?」

「え……?」

 突然頭上から降りかかる声に驚いて俯けていた顔を上げると、目の前にはソフィアと同じ翡翠色の髪を持つ少女――メアリーがいた。

わたくしと違ってあなたはパーティーに参加してるはずでは――ななななっ、何で泣いてるんですの!?」

「え? ああ、うん。大丈夫、何でも無いよ」

 頬を伝っていた涙をハンカチで拭って気丈に振る舞う。

「何でも無いのにあなたは涙を流すんですの?」

「あはは……まあ、そういう事もあるかな?」

「……相変わらず変な人ですわね」

 戯ける自分に怪訝そうな表情でメアリーはそう言うが、発言から察するにパーティーに参加していないメアリーに、大好きな姉であるソフィアが今も悪意に晒されているのに、自分は堪えられず何もせず逃げてきたなんて情けない事を言えるわけは無かった。
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