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第二章 軍属大学院 入学 編

133.巧妙な恩返し-Ⅰ

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「さて、茶でも入れるからそこの椅子にでも座っておいてくれるかのう?」

 ディムロイさんは自分を自室に招くやいなや、そう言って出入り口とは別にあるもう一つの扉へと消えていった。
 信頼してくれるのは嬉しいのだが、いくらなんでも初対面の人間を自室に一人にしておくというのは不用心ではなかろうか。
 この部屋に来るまでに通った廊下の所々に設置されていた絵画やら焼き物やらも、自分にはよくわからないがきっと高い物なのだろうが、見る限り本当にただ設置されているだけであった。
 まあきっと魔法的な何かしらの措置がされてはいるのだろうし、自分程度ひねり潰せる戦力がこの屋敷には揃っているのだろう。

(まあそもそも盗みなんてしない――ん? なんだあれ?)

 部屋の隅にある大きな本棚に並べられた本のうちの一冊に目を奪われる。
 その本は、明らかに異質であった。
 他の本が高級感のあるハードカバーに包まれているいるというのに、そいつだけはカバーすら無く、紙をただ纏めただけの物なのだ。
 本と言うよりは資料といった雰囲気を感じさせられる。
 背表紙を見る限りかなり日焼けをしているようで、下手につつけば破損させてしまうかもしれない。
 普段ならばそもそも他人の所有物なので勝手に手に取るような事はしないはずなのだが、自分はその本につい手を伸ばしてしまった。
 感じるのだ、おじいちゃんの魔力を――

「……『精霊学術研究報告書』?」

 見た目のわりにしっかりとしている本の表紙には、そんなタイトルがつけられていた。
 表紙の裏には何やら魔方陣が書き込まれており、おじいちゃんの魔力をそこから感じる。
 恐らく本を保護するための魔方陣魔法をおじいちゃんが刻み込んだのだろう。
 その隣のページには目次のような物が書かれており、それに軽く目を通す。

「『精霊の起源』……『精霊の行動原理』……ん? 『闇精霊の実態』? 闇精霊って何――」

 そんな疑問を抱き、記されたページを見にいこうとしたその時、扉の開く音と共に湯飲みを浮かせながら運んできたディムロイさんが入室してくる。

「待たせたのう少年」

「うわわわっ!? ごめんなさい別に盗もうとしてたとかそんなんじゃないんですごめんなさい!?」

 驚いたのも相まって突拍子も無い言い訳をしてしまう。
 これは確実に怪しまれる――

「……別に疑ってはおらぬが、そう慌てられると逆に怪しいのう。ん? ああ、なるほどのう。大方セイルの魔力でも感じて気になったんじゃろう?」

 ほぼ百パーセントの正解を導き出した洞察力に驚いていると、さらにディムロイさんは続ける。

「一応セイルが保護の魔方陣を刻んでおるが、それほど強力なものではないからのう。大事に扱ってくれるかの?」

「あ、いえ、何でおじいちゃんの魔力を感じるのか気になっただけなので……」

「そうかの、ならばそこの椅子にでも掛けるがよい」

「わ、わかりました」

 精霊について書かれているらしいその本を元あった場所へと戻し、促された椅子へと腰掛けると、目の前の机の上に湯飲みが静かに空中を移動してきて置かれる。
 自分の感覚が正しいのならば、ディムロイさんは風の魔法で湯飲みを操作しているはずだ。
 何でも無い様にやってのけているが、中のお茶に波一つ立たせる事無く魔法で物を動かすというのは、流動的に動く風魔法を用いてならば殊更難しい事のはずだ。
 おじいちゃんに比べれば肉体的な強度は実に弱そうに見え、パッと見では風が吹けば倒れてしまう様なヨボヨボのおじいさんにしか見えないのだが、正直接近戦であっても勝てる気がしない。
 そう感じさせられる何かがあるのだ。
 おじいちゃんといいハヴァリーさんといい、今目の前で腰を労るように椅子へと座ったこのディムロイさんといい、本当にこの世界の老人は恐ろしく強い人しかいないのだろうか。
 それに、この人と話していると何だか――

「ん? ワシの顔に何かついておるかのう?」

「あ、いえ、その……何だかディムロイさんの話し方とか雰囲気がおじいちゃんと似てるなぁって……」

 それを聞いたディムロイさんは少し勢いよく笑いを漏らして、上機嫌に続ける。

「ふぅっ、そうかそうか。あやつもワシと同じ程度には丸くなったか!」

「え? おじいちゃんって昔はああじゃなかったんですか?」

「ああ、若い頃など尖りに尖っておったぞ! まあ確かに年を重ねるごとにあやつも丸くはなっていっておったが――いや、丸くなると言うよりは、覇気が無くなっておったと言うべきかのう。じゃから手紙を読んだ時には随分と驚かされたぞ!」

 自分にはとても尖った性格のおじいちゃんなど想像がつかないが、正直とても気にはなる。

「少年、確か名はタケル君じゃったかのう? そいでそっちの小っこいのがキュウじゃったか?」」

「は、はい、それであってます」

『そうだよ!』

「そうかそうか、ではタケル君、パーティーまでの少しの間ではあるが、最近のセイルの様子でも聞かせてはくれんかのう?」

「わ、わかりました! えっと、まず何から話しましょうか……?」

「そうよのう……まあせっかくじゃから初めて会った時の話でもしてくれんか?」

「はい! おじいちゃんと初めて会ったのは――」

 よく考えれば、帝都に来てからおじいちゃんの話をここまで堂々とするのは初めての気がする。
 ハヴァリーさんやティストさんには特に詳しくは聞かれなかったし、屋敷の外で迂闊に話す事は出来なかったからだ。
 今の今まで気がつかなかったが、大事な人の話が出来ないというのは意外と辛い事なのかもしれない。
 時偶合いの手を挟みつつ微笑みながら話を聞いてくれるディムロイさんを相手に、自分はこの時を待ちわびていたかの様に、ひたすら森でのおじいちゃんとの思い出を語った。
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