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第二章 軍属大学院 入学 編

104.誰かにとっての『当たり前』-Ⅱ

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「そ、そうなんだ……。その……ごめん……」

 両親の死に、その姿に、自分は誇りを抱いている。
 それは確かだ。
 だが、だからと言って「居なくてよかった」などと感じた事は一度として無い。
 いつだって居てほしかった。
 朝家を出るときに「いってらっしゃい」と言ってくれる人が居てほしかった。
 帰ってきたら「おかえりなさい」と言ってくれる人が居てほしかった。
 その日起きた出来事を、他愛のない話を聞いてくれる人が居てほしかった。
 そんな誰かにとって『当たり前』の何かが無い日常を思い起こすだけで何だか切なくなる。
 だからこそ、森の家を出たときの家族おじいちゃんからの言葉が涙が出る程嬉しくてたまらなかったのだ。
 それなのに、同じまでとは言わずとも近しい想いを抱いた事があるであろうサキトに対して、それを想起させるような事を言ってしまった。
 その事に対する謝罪だったのだが、サキトから返ってきた言葉は――

「ん? 別に謝る事なんてないじゃねぇか。――俺には兄貴も義姉さんも居たし、それに今はみんなと一緒にいられて幸せだし、これからもっともっと幸せになるつもりだしな!」

 ――そんな喜色に満ち溢れた様な言葉であった。
 しかし、その表情はやはりどこか寂しさを含んでいる様な気もした。
 過去に対してどこか消極的な自分の偏見かもしれないが。
 サキトはさらに続ける。

「兄貴が言ってたんだ。『どう歩んできたかも大事だが、もっと大事なのは今どう歩んでいるかと、これからどう歩んでいくかだ』ってな! だから俺は前見て歩いてくって事にしてんだよ!」

 歯を見せて笑うそんなサキトに圧倒される。
 というよりも、純粋に憧れてしまった。
 自分にもそんな生き方が出来るであろうかと。
 無かった事を嘆くのではなく、これから何を得るのかを考えられる生き方を。

「――前ばっか見過ぎて足元見ないから危なっかしくてしかたが無いのはどうにかして欲しいけどね」

「う、うるせぇなぁ……。俺だって一応気を付けるように気を付けようと気を付けるくらいの事はして――」

「はいはいわかったわかった。というかそれ全然気を付けられてないじゃない……。それじゃあ説明つづけるわよ」

 アイラのからかい気味な軽口にサキトが弱気に反論するが、アイラはそれを軽く流して話を元の流れに戻す。

「それで高等学院を卒業した人の中で、軍の下――というよりも国の下ね。そこで働きたいって人が通うのがあの軍属大学院って場所よ。私たちみたいな軍人になりたいって人が通う武官コースと、役所勤めみたいな戦闘系じゃない方面の国の仕事がしたいって人が通う文官コースっていうのがあるの。四年通って卒業したらそのまま軍なり役所なりに配属されるって感じね。だいたいわかった?」

「うん、だいたいわかったよ。ありがとうアイラ」

「別に良いわよこれくらい」

 アイラのおかげでこの世界の学校については、自分がいかに特例であるかも含めてだいたいわかった。
 というよりも、そもそもどうしてこの説明を受けていたのであったか。

「それで、えーっと……そうだ! メアリーちゃんはどうして軍属大学院に行ったかだ!」

「そういえばそういう話でしたね」

 ソフィアが苦笑しながらそう答える。
 自分の思考が脱線してしまいがちという癖がみんなにも伝染してしまっているのかもしれない。

「私と違ってメアリーには攻撃魔法――特に風系統の攻撃魔法の才能があるので、軍属大学院の訓練所を使って今のうちから訓練をしているんです。センスっていうのも確かに重要なんですけど、やっぱり制御能力については鍛えた時間が物を言ったりもしますからね……」

 続けてそう言ったソフィアの表情は誇らしげだ。
 しかしどこか心配気でもある。

「何か心配なの?」

 自分の質問にソフィアは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに苦笑しながら答える。

「――はい。うちの家がどちらかと軍閥の家系というのもあって、お父様たちからの期待からプレッシャーも相当受けてるとは思いますし……。何よりもあの子はとっても頑張り屋ですから、無理しすぎないかが心配で……」

 なるほど実に"お姉ちゃん"らしい心配である。
 自分がキュウのやんちゃな行動に対して感じる心配とどこか通ずる部分があるかもしれない。
 性質には天と地ほどの差がありそうだが、まあきっと似ているだろう。

『……』

 キュウの「どの口が」とでも言いたげな視線が突き刺さるが、気にせずソフィアへと話しかける。

「そっか。でも、ソフィアがそうして心配して、ちゃんと接してあげてるうちはたぶん大丈夫だと思うよ。凄く楽しみにしてたみたいだし、今日はいっぱい話してあげてね」

 誰かが自分の事を想って心配してくれていると、そう実際に感じるだけでも力になるものだ。
 だからきっと、お互いがお互いを想い合っているこの姉妹がしっかりとその想いを感じあえるのなら、これほどお互いの力となる事もそうないであろう。

「――って、別にこれは僕が言う事でもないか」

 こんな事はきっと当人たちの方がよっぽどわかっている事だ。
 ほんのさっき少しの間だけその関係性に触れただけの様な奴にとやかく言われるのは逆に不快だったりするかもしれない。
 しかし、あのほんの数分のやり取りを見ていただけでもそう思えたのもまた事実だ。
 昨日も感じた兄弟愛や姉妹愛と呼ばれる様なそれに対して、実に美しくかけがえが無いと――いや、単純に羨ましいと感じたのだ。
 だからきっと、お節介の様に口をついて言葉が出てきてしまったのだろう。
 踏み込み過ぎて気分を害していないかと少し心配になったが――

「――いえ、そうですね……。うん、確かに私しかいませんし……。よし、わかりました! ありがとうございますタケルくん!」

 そんなお節介にもソフィアは笑顔で応えてくれた。
 何やら色々考えていたみたいだが、ソフィアなりに纏まったようで何よりである。
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