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第二章 軍属大学院 入学 編

92.それでも肩書は偉大-Ⅱ

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「あ……開けるよ……?」

「何だかこっちまで緊張してきちゃうじゃない……。さっさと開けなさいよ」

 慎重に慎重を重ねて箱の蓋を開けると、中には確かに腕時計が入っていた。
 やたらと頑丈そうな金属製の腕時計で、あれだけの重みがあったのも納得できる見た目である。
 時計部分にはむき出しの歯車の様な無数の魔方陣を背景に針が動いており、見る限り確かにただの腕時計だ。
 腕時計の話をしていた時のアイラが何か悪い顔をしていたので、下手をすれば大量の宝石で飾られた様な凄まじい腕時計でも出てくるのではと心配していたのだが、どうやら取り越し苦労だったようだ。

「どうよ? あんたの要望通り"シンプルに時間だけわかる"時計でしょ?」

「う、うん……確かにそうだね……」

 何だろうか。
 そこはかとなく嫌な予感がして仕方がないが、確かに自分の要望通り"シンプルに時間だけわかる"時計だ。
 ひょっとしたら自分はアイラの純粋な善意を疑い過ぎていたのかもしれない。
 これは申し訳ない事をしてしまった。
 アイラに一言詫びを入れようと口を開こうとしたその時、自分よりも先にサキトがアイラに向けて質問を飛ばす。

「で? アイラのことだからこの腕時計何かしら凄ぇんだろ? どこが凄ぇんだ? 見た感じ本当にただの頑丈な腕時計って感じだけどな」

「ふっふっふ……聞いて驚きなさい! この腕時計はなんとグランツ商会とあのゼムナス閣下との共同開発第一号――の試作品なのよ!」

 ゼムナス閣下とはいったい誰の事だろうか。
 というよりも、やっぱりただの時計ではなかった様だ。

「マジかよ!? ゼムナス閣下ってあのゼムナス閣下だろ? よくわかんねぇけど凄ぇ!」

 サキトの反応を見る限りかなり有名な人の様だが、重要な何がどう凄いのかが全くわからない。
 そもそもサキト自身も何が凄いのかがわかっていない様子だ。
 埒が明かないので聞いてみる。

「えーっと、そのゼムナス閣下って誰なの?」

「現在この国の宰相をされている方の事ですよ。長年に渡って帝国のまつりごとに携わって皇帝陛下を支えてきた名相なんです。……でもアイラちゃん、ゼムナス閣下と腕時計の共同開発ってどういう事?」

 ソフィアのおかげでゼムナス閣下とやらについては何となくわかったが、どうやらソフィアもこの腕時計がどう凄いのかについてはわからない様だ。
 となればこれはもうアイラに聞くしかあるまいと、サキトとソフィアと共に視線を向けると――

「しっかたないわねぇ! 私が分かりやすく教えてあげるわ! じゃあサキト、一般的な時計において一番よく言われている問題点は何かわかる?」

「んー……、寝ぼけて思いっきり目覚まし止めたら壊れちまった所とかか?」

「あんたに聞いた私が間違いだったわ……。っていうかまさかあんたまた壊したの?」

「いや、今朝のアレは正直不可抗力というかだな……」

「しかも今朝の話なんだねサキトくん……」

 何にどう不可抗力が働くと目覚まし時計が壊れるのかはわからないが、なんともサキトらしい日常エピソードである。
 というよりも確かこの世界の生活用品には程度に差はあれど、基本的に魔方陣魔法による強化術式が付与されているはずなのだが、いったいどれほどの怪力を発揮したのだろうか。

「まあいいわ……。じゃあソフィア、わかる?」

「えーっと、定期的な魔力補給と時刻修正がいること……かな?」

「まあ概ね正解ね。腕時計に関しては使用者から魔力を直接補給するからある程度マシだけど、設置型の時計っていうのは魔力残量と魔方陣を描くのに使われている素材の循環効率の影響でちょっとずつ時間がずれていっちゃうのよね」

 何か難しい事を言っているが、要するにこの世界の時計はそれ程正確に時間を刻めないということなのだろうか。
 でもだとしたら――

「時計がちょっとずつずれちゃうなら、何で時間合わせるの?」

 そんな自分の素朴な疑問に、アイラが答える。

「ああそっか、知らないのよね。魔力の循環効率が一番良い素材がピカレスの木って事は知ってる?」

「うん、何となくは……」

 前にそんなことをおじいちゃんが言っていたはずだ。

「そのピカレスの木を魔方陣に使った"標準時計"ってものが王城の一般人でも入れる場所にあるのよ。それを見て時間を合わせるってわけ。ピカレスの木を材料につかった時計なんて持ってる人がいるわけないしね」

「俺なんかは質の悪い魔力粉使ってる安物使ってるから二週間に一回くらいは合わせないといけねぇんだけど、王城まで行くのがめんどくせぇからさ。定期的に時計の時刻修正してくれてる近所の店とかで合わせてるぜ」

 恐らく殆どの人がサキトの言う様な合わせ方をしているのだろう。
 魔力粉とは確か、初めて魔法を使った時に得意属性を調べるのに使った粉だったはずだ。

「安物だとそんなに頻繁に合わせないとダメなんだ……」

 つまりこの世界での時計の価値というのは、装飾やデザインよりもまずは時間の正確性だというわけだ。
 当たり前ではあるが、確かに最も重要でわかりやすい価値だ。
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