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第二章 軍属大学院 入学 編

86.詳細は学校にて-Ⅱ

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 そんな無言の決意をしていると、ハヴァリーさんが話しかけてきた。

「そういえばタケル様、昨日テッチ殿に朝起こすように頼まれておりましたが、本日は何かご予定でもおありなのですかな?」

「今日はソフィアたちが帝都を案内してくれるらしくって、九時にアイラの家の……確か『グランツ商会』だったっけ? の前で待ち合わせしてるんです」

「んあ? その組み合わせって事はまさか、ボウズが森で助けたってのはラグルスフェルトん所の長女か?」

「え? あ、はい。たぶんそうだと思います」

 確かそんな感じの家名だった気がする。
 申し訳ない話だが、正直ソフィアは『ソフィア』というイメージしかないのであまり家名の方を覚えていない。
 しかし、軍属大学院の学院長であるティストさんに名前を憶えられているとは、やはりソフィアは結構有名なのだろうか。

「ソフィアって有名なんですか?」

「そりゃお前有名も何も……ってそうか、常識も何も無ぇんだもんな」

 その言い方だと少しばかり語弊が無いだろうか。
 まあ間違ってはいないから別に良いのだが。

「半年より前の記憶が殆ど無いもので……」

「んあ? 記憶が無ぇのか? そんな事ジジイの手紙に書いてたっけか……?」

 しまった。
 そういう設定にしたのにおじいちゃんと口裏を合わせるのを忘れていた。
 本当に当たり障りのない程度にはおじいちゃんには前の世界での事を少しばかり話しているので、出発前にそういう設定にしたのだと説明しておくべきだったであろう。

「"常識が無い"でも意味にそれ程差は無いですから、それで伝わると思ったんじゃないですかね? それで、ソフィアって有名なんですか?」

 自然さの溢れ出す感じに話を元に戻す。
 焦りから強引に話を元に戻したなんて事は全く無い。
 もし仮にそうであったとしてもきっと悟られる事なんてないであろう。
 寧ろ自然すぎて逆に怪しまれないか心配なくらいだ。

「……まあいいか。お前の言うソフィアってのが私の考えてるのと同じ奴なら、そりゃあ四大貴族の長女なんだから有名に決まってんだろ」

「"四大貴族"……ですか?」

 この世界の政治体制なんて全く知らないが、言葉の響きからして凄く地位が高そうだ。

「四大貴族ってのは……そうだな……まあ大学院に入ったら歴史の授業でその内習うだろうからそれまでは地位の高ぇ奴らって思っとけ」

「面倒くさくなりましたわねティスト様……」

 エフィさんの呆れ気味な指摘に対してティストさんはそっぽを向いて口笛を吹く。

(そんなベタな……。ん? というより今……)

「あの、ティストさん? ひょっとしてですけど、僕って昨日の試験合格したんですか?」

 今の口ぶりから察するに、そういう様に捉えられたのだが。

「んあ? 言ってなかったか? あんだけできりゃ合格に決まってんだろうが。あれで不合格なら国軍の人員が足らなくなるわっ!」

「いや、そんなキレ気味に言われても……」

 昨日は「甘ちゃん」だの「クソ雑魚」だの散々言っていたので、正直合格が危ういかもしれないと思っていたのだが、実は余裕で合格だったのだろうか。
 困惑する自分を余所にティストさんは続ける。

「ああそれとな、正直なところ軍属大学院に入学するガキ共に昨日言った様な覚悟を持って入学する奴なんて殆どいねぇからあんま気負いすぎなくてもいいぞ」

「えっ!? でもみんな死ぬ可能性のある試験を受けて入学するって……」

「それに関しちゃ確かにそうだが、それを理解して受けてる学生は少数だろうな。大部分がある程度危険はあれど軍人がついてるからどうにかなると思ってただろうよ。まあそれも間違いじゃねぇんだがな……。ボウズが助けた奴らの班がとびっきり運が悪かったってぇとこだ」

 どこから出したのか、爪楊枝で歯の間を掃除しながらそんなことを言った。
 ならば何故ティストさんは昨日あんな言い方をしたのか。
 それは――

「……でも、そうだったとしても、本来は持っておくべき覚悟なんですよね?」 

「おう、わかってんじゃねーか。周りの心持ちがどうかなんていうのは、別にボウズ自身の心持ちを変えなきゃならねぇものじゃねぇからな。まあでも、生きていく内で何かに死ぬ気で取り組む事なんて、本来はそうそうあるもんじゃねぇからな……。その辺りの心持ちも教えてやるのが私たちの役目ってわけだ」

("死ぬ気で取り組む事"、か……)

 確かに人が普通に生きていく中で、死ぬ気で何かに取り組む事なんてそうそうあるものではないはずだ。
 そうして取り組める何かに出会える事すら本来ならば稀であろう。
 何かしらの夢を持っている人ならばきっとたくさん、それこそ星の数ほどいるだろう。
 だが、死ぬほどその夢を叶えたくて取り組んでいる人となると、どうだろうか。
 何か一つの目的に対して命を懸けて取り組めるという事は、人によっては正気の沙汰では無いと忌避される事かもしれない。
 しかし自分にとっては、それは何にも代えがたい人生の一価値であると感じられ、そうして頑張れる人がかっこいいと、自分もそんな人間になりたいと思える――いや、ずっと思ってきたのだ。
 それはまさに、かつて自分の目の前で行われ、そして自分の目標としてきた両親の姿そのものなのだ。
 昨日ティストさんと相対した事で自分は、本当の意味で命を懸けて――"死ぬ気で何かを護る"という感覚を知れた。
 同時に自分の甘さも知ることになったわけだが、これもまた経験であろう。

「記憶喪失だか何だかは知らねぇが、少なくとも周りよりも色々と足りねぇ状態でボウズは入学するわけだ。足りねぇならせめて、覚悟くらいは他より先を行っておけって事だよ」

「――はい、わかりました」

 ティストさんの言葉に対して返事を返す。
 相変わらず強めな言い方ではあるが、結局は自分の事を心配して言ってくれているのだ。
 やはり――

「昨日も思いましたけど、やっぱりティストさんは優しい人ですね!」

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