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第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編

18.魂の力とおばあちゃん-Ⅲ

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 湿った熱気と共に飛び出してきた木の香りは、湿り気を帯びたことによってズッシリと重みを感じさせながらも爽やかさを保ってより特徴的になり、環境に慣れ始めていた脳に、ここがログハウスであることを思い出させる。

 浴室は本当に小さな旅館の大浴場程の広さがあり、テッチは慣れた様子でシャワーの前まで行き、シャワーを浴び始めた。
 キュウも真似してノズルを捻ったが上手く捻りきれなかったようで、まるで滝行のようになっている。

「これは……花がいっぱい浮かんでる……綺麗だな」

 爽やかな香りの中にまた違った爽やかさを持つ甘い香りを感じとり湯船を見てみると、広々とした浴槽には所々に色とりどりの花が浮かんでいた。

「そんなにいっぱい入ってないのにこんなに香るんだね」

「それもこうやって使うために女房が育てた花じゃからのぅ。なかなか良い香りじゃろ?」

「うん。早く入りたいや!」

 なんだかんだ水浴びなどはしていたが、お湯を張った風呂にはかれこれ一週間程も入っていないので早く入りたい。

 さっさと体を洗おうとシャワーの方を見ると、キュウがいまだに滝行を続けていた。
 目を細めて本当に悟りでも開きそうな顔をしている。

「ったく。仕方ないなぁ……」

「キュ?」

 キュウの近くに椅子を構えて座り、シャワーを少し強めてから大きな耳に水が入らないように気を付けながらお湯をかけていく。
 隣ではセイルがテッチを洗い始めた。
 シャンプーの類いは見当たらず、色の違う石鹸がいくつか置かれているだけなので、とりあえず一つ手に取り泡立ててみると、こちらからも何か花の香りがしはじめた。

「おじいちゃん。これもひょっとして……」

「うむ。うちの自家製じゃぞ」

 恐らくほとんど自給自足なのだろうなどと考えながらキュウを洗っていく。

「キュ……キュ、キュ……」

 恐らく始めてであろう不思議な感覚にキュウはされるがままのようだ。
 再び耳や目に入らないように気を付けながら泡を流してやり、自分も頭や体を洗いはじめる。
 体を洗っている時にふと後ろに目をやると、待つ間暇だったのか、キュウは泡を足につけて床を滑って遊んでいた。
 楽しそうでなによりである。

 体を清め終わり、ようやっとお待ちかねの湯船である。
 手をつけて湯加減をみる。
 少し熱めだが寧ろこれくらいの方が風呂に入っている実感が湧くだろう。
 キュウを抱えてからゆっくりと湯船に浸かる。

「ふぅ~……」

「キュ~……」

 実に一週間振りの入浴は、熱が体に染み入るようで心地好い。
 キュウもお気に召したようで、体をこちらに預けてリラックスしている。

 セイルとテッチも隣で湯船に浸かり、声を洩らしている。
 特にテッチなどは湯船の縁に頭を預けて体を自由にし、リラックスした様子で鼻をスンスンと鳴らして香りを楽しんでいるようだ。

「テッチは特にこの風呂が好きじゃからのぅ」

 確かに入る前は随分と待ちきれない様子であった。
 前の世界では入浴剤など使ったことはなかったが、なるほどこれはいいものだ。

「女房の趣味で始めた入り方じゃったが、今ではわしもこの入り方が一番気に入っておるわい」

「おばあちゃんってどんな人だったの?」

 心地好い温かさと香りで思考がボヤけていたためか、そんな聞き方をしてしまった。
 セイルは少しだけ笑い、特に咎める様子もなく話始めた。

「そうじゃのぅ……。名前はプリムというての。何度か言うたと思うが、とにかく花が好きで……とにかく花が似合う女性じゃった」

 セイルは思い出を静かに引き出すかの様に、両肘を湯船の縁に預けて上を仰ぎ見た。

「最初はわしの一目惚れでのぅ。花畑に佇む姿があんまりにも可憐じゃったものじゃから、思わず話しかけに行ってしもうたんじゃ。わしが槍を持っておったし、こんな厳つい顔をしておるもんじゃから怖がらせてしもうてのぅ。」

「うん。実は僕も最初怖かった」

「や、やっぱりそうじゃったか……。まあそんなもんで彼女を襲っていると勘違いしたテッチに攻撃されたりもしたのぅ。」

「ワウッ」

「えっ!?」

「この左頬の三本の傷はその時テッチにつけられたものじゃぞ」

「もっとこう……熊とかに襲われたのかと思ってたよ……」

「熊程度で怪我なんぞ負わんわい」

「そ、そっか……」

(熊が弱いのかおじいちゃんが強いのか……。きっとおじいちゃんが強いんだろうな。いや、それよりも……)

「ひょっとしてテッチって……」

「プリムの契約精霊じゃの」

 なるほど。
 セイルとテッチの関係性がなんとなくわかってきた。

「おばあちゃんは精霊使いだったんだ」

「いや、正確にはプリムは精霊術師じゃよ」

「ん? それって何が違うの?」

「そうじゃのぅ……。簡単に言うとじゃな。精霊の魔力を使って戦うのが精霊使いで、精霊と一体化して戦うのが精霊術師じゃ」

「う、うーん……」

「まあ精霊使いの目標が精霊術師と考えておけばよいよ」

 つまり自分の目標はおばあちゃんなわけだ。

「精霊術って魔物に有効な攻撃手段なんだよね?」

「うむ。場合によってはシエラ以上の有効打になるのぅ」

「そっか……。よし! 頑張って修得するぞキュウ!」

「キュウッ!」

「ほほほ。心配せんでも明日からみっちり魔法から戦闘術まで教えてやるから安心するがいいぞ」

「お、お手柔らかにお願いします……」

「ほほほ……」

 セイルはこちらを見ずそれ以上何も言わない。

「ちょっ!? なんとか言ってよおじいちゃん!」

「ワウッ」

「キュ~……」

 一人は焦り、一人は不敵な笑みを浮かべ、一匹は「やれやれ……」と呆れ、最後の一匹はのぼせる。
 そんな二人と二匹での生活は、それから半年程続いたのであった。


―――――――――――――――――――――――――――――

 辛い寒さを越え、閑寂としていた森には命の気配が満ち満ちて、青々とした木々が新しい季節との出会いを盛大に祝っているようなそんな中――

「さて、今日のご飯でも仕入れに行くか。行くよキュウ!」

「キュウッ!」

 一人の少年にもまた、新しい出逢いが訪れようとしていたのであった。


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