こどくな患者達

赤衣 桃

文字の大きさ
上 下
2 / 39

質疑応答②

しおりを挟む
「話を戻そうか、わたしに質問したいんだっけ」
「正確にはナナからの伝言です。ネジを外すのは頭だけにしておいたほうが良いですよ、だったかと」
 わたしが不安そうだからか博士が、合っているよと答えてくれた。
「メンテナンス中にナナにも言われたからね、解答まで添えられて」
 ハチの心臓が取れやすいようにネジを緩めていたのがナナにばれていたらしい。
 という博士の言葉を聞いて首を傾げてしまう。
 こちらの反応が面白いのか博士は目を細めて人間なら意地が悪そうだと思われそうな表情をする。
「どうしてだと思う」
 わたしの心臓を固定するためのネジを緩めた理由を聞いているのだろう、言葉足らずだけど。
「悪戯とか嫌がらせの類い」
「間違いでもないが正解とも言えないな」
「うっかりミスを隠したかった」
「考えすぎだね。わたしの性格を把握している存在からすればそんな答えは出てこない」
 ナナが伝言を頼んでいるし、意図があると考えるべきだよと博士が続けた。
 心臓の理由をこちらから知りたいと言ってないのにいきなり説教されたような気分だ。アンドロイドのわたしに感情はなかったはずなのに。
「降参するので答えを教えてくれませんか」
「勝負していたつもりはないが順番に解説しよう」
 まずなにかのきっかけで心臓が取れてしまいハチは驚いた、博士がわたしに確認をする。
「昨日、廊下で激しく転んだせいで心臓が取れたとわたしは思っていました」
 本当は博士の嫌がらせだったがその時は焦った。心臓がなくても一日は平気みたいだけどお腹の中で暴れ回って、なんとも言えなかったし。
「色々と考えましたが、どうしようもないしお腹も空いたので夕食を頂くことに」
「自称アンドロイドらしく冷静な判断だね。それで夕食をとりながらナナに相談を」
「心臓なしでもしばらくは平気だと知っていたので博士の来る次の日までなら保つと放置しました」
「ハチはチャレンジャーだな」
 博士がメモ書きしようとしたがやめてしまった。
「他の誰かに相談しようとは考えなかったのかい。確かニイがハチと親しいと言っていた記憶があるんだが」
「エネルギーの消費を最小限にすることを優先していたのでニイとの会話も控えていたんでしょう」
 納得してもらえたようでペンを一回転させてから博士が紙に文字を書く。わたしがまじまじ見ていたからか日本語ではなく多分、英語でメモしている。
「だとするとナナがハチの違和感に気づいたのか。好奇心旺盛なきみが大人しいのを不思議に思った、というところかな」
 ナナ本人も同じことを言っていたっけ。わたしの記憶と矛盾をしてそうだが、大まかな出来事は合致するので気にしないでおこう。
「一応、ナナにも確認をしておきます」
「聞く必要はないよ、その答え合わせもすでにナナとしているからさ」
 ハチには自分の個性とも呼ぶべき機能を自覚してもらおうか、と博士が提案をしてきた。
「次の月曜日までにハチにしかない機能がなにかを考えるのが今回の宿題だ」
「答えが間違ってたらペナルティがあるんですか」
「特にない。次回の話題を決めておこうとしただけさ、気軽に宿題と向き合ってくれ」
 興味はないかもしれないが、心臓のネジを緩めた理由はナナに聞くと良い。彼女のほうが説明は上手だから。
 なんて博士の台詞がわたしの頭の中を左から右に通過する。今日は覚えることが多くて大変だ。
 きちんと心臓のネジを締めると博士がへその近くのファスナーを真っ直ぐに首へと戻していく。
「もしかしたら心臓を取り出すたびに帝王切開している気分になるのがわたしだけの個性」
 やんわりと間違いだと博士に指摘をされた。
 膝の上の畳んだ青いブラジャーと灰色のパーカーを博士の目の前で身につける。彼が苦笑をした。
「余計なお世話だと思うけど、たまにはイチにコーディネートしてもらったらどうだい」
 女性同士、アドバイスをもらえるかもしれないと博士がオブラートに包むように話している。
「選んでもらったスカートを穿いた時に転んで心臓が取れたのでトラウマだったりします」
「すまないね。辛い記憶を思い出させてしまって」
「お気になさらず、二階に生息をするトラウマにも同じように話したりできてます」
「二階の動物とは会話できなかったはずだがわたしの記憶違いだったかな」
 それよりシイに心臓のネジを締めてもらったこと以外に、博士に話があったような。
「博士に相談してみたかったりするのですが」
「ハチがわたしに話したいことがあるのならいくらでも聞くよ」
 わたしがパイプ椅子に座りなおすと、前のめりになっている博士と目が合った。
「アンドロイドなのに人間みたいに夢を見たのですが、どんな内容か忘れてしまったので博士に聞こうかと思って」
 ハチが見た夢の内容までは分からないと言い博士が回転椅子に凭れかかる。
「力になれなくて、すまないね」
「気にしないでください。色んなことを忘れるのはハチにしかない特別な特徴と言ってくれたのは博士ですし」
「宿題の答えを聞かされるとはハチらしいことで」
 博士の呟きはこちらまでは聞こえなかった。
「今日もメンテナンスをありがとうございました。では、また月曜日に」
「さようなら。また月曜日に会おう、ハチ」
 軽く頭を下げて部屋を出る。すぐに扉を開けたがすでに博士の姿はどこにもない。
「この館には外に出るための扉がないのに、博士はどうやって消えているんでしょうか」
 博士が座っていた回転椅子を見つめつつ、無意味な質問をしていた。誰も答えを教えてくれないのは知っているのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

怪奇事件捜査File2 ドッペルゲンガーと謎の電話編

揚惇命
ミステリー
首なしライダー事件を解決して3ヶ月経った夏の暑さの厳しい中、出雲美和の新たな事件が幕を開ける。今度の怪異はドッペルゲンガー、それにえっメリーさん。浮かび上がる死のメッセージの数々、突然出られなくなる温泉宿。外との連絡も途絶え。首なしライダー事件で世話になった鈴宮楓と山南宇宙、閉鎖された温泉宿に取り残された人達と共にこの温泉宿から無事に脱出することはできるのか。怪異ドッペルゲンガーの正体とは。怪異メリーさんとの関係は。謎が謎を呼ぶ。迫り来る死の恐怖の数々に出雲美和は立ち向かうことができるのか。 ※小説家になろう様・カクヨム様でも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺が咲良で咲良が俺で

廣瀬純一
ミステリー
高校生の田中健太と隣の席の山本咲良の体が入れ替わる話

処理中です...