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エピローグ
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あの館であったであろう、事件の話を聞き終えると。ベッドの傍らにあるパイプ椅子に座っている博士と顔が似ているお医者さんは目を輝かせていた。
「なるほどなるほど。面白い話だったよ……ヤガミちゃん。その館が、どの人間の中にも存在するものだとしたら睡眠をとっている間はそこで脳や身体や精神を休ませているって仮説も」
自ら思春期の女の子にとっては全く興味のない話題だと気づいてくれたようで、お医者さんはなんとも言えない表情をしていた。
「すまない。ついつい興奮をしてしまった。できればで良いんだがその事件が起こる前の彼女達との思い出も聞かせてほしいな」
「人間になった影響か、記憶が曖昧になってきていて思い出せません。それなのに変な話なんですけど、まだ自分がアンドロイドなんだと勘違いしている気がします」
まだ、ヤガミちゃんと呼ばれていることになんとなく違和感があるし。この身体の本当の名前なのは分かっているがわたしはアンドロイドでハチだったからな。
「そうかい。そんなに残念そうな顔をしなくても良いよ。ヤガミちゃんが助かった時点で成功なんだし、それ以上を望むのは強欲だ」
「強欲とは?」
「すでに十分すぎるほど面白い情報をヤガミちゃんから聞かされているのに、さらにその館の話を引き出そうとしているって感じ」
「美味しいエクレアですでにお腹がいっぱいなのに、さらにシュークリームを食べようとしているんですか。欲深いですね」
「ヤガミちゃんの言う通りだね」
冗談を言ったつもりはないのだが、お医者さんが軽く笑っている。
「質問とか良いですか?」
「ん、ああ。ぼくに答えられることならね。本当はヤガミちゃんじゃなくてハチちゃんだから、その身体の家族のことでも聞いておきたいのかな?」
「そっちのほうは事故の影響による記憶障害とかで、ごまかすつもりなので別に」
それに家族の絆みたいなものがあるのか。わたしの雰囲気が、本来のヤガミちゃんとは違ったからかすでに母親と父親には別人だと思われている可能性が高そう。
だけど、わたしは本来のヤガミちゃんではないはずなのに母親と父親はどこか安心しているようにも見えた。
シイがあれだけのことをして人間に戻ろうとしたのはあの二人のためだっただろうに、なんだかな。
「さっきの館の話に出てきた博士の顔がお兄さんと似ているんですが、この身体になにかをしてくれていたんですか?」
「血を提供させてもらい定期的に眠り続けていたその身体に声をかけていたからじゃないかと思う」
「この身体と恋人だったとか?」
「年齢的にアウトだからね、それはないよ。お医者さんは人を助けるのが仕事なのさ」
どことなく、うそっぽい感じがした。それとも人間はこんな風に話すのが普通だったりするのかもしれない。
「爆発で身体がばらばらになったらしいですけど。縫合? の痕が全くないように見えてしまってます」
少なくとも、わたしの色白な腕の辺りには傷痕が一つもない。ホクロはいくつかある。
「腕の良い医者と医学の進歩のおかげで縫合の痕を完璧に分からないようにできるんだ」
「そうなんですか」
まだ病院の窓からしか外を見てないけど、わたしが思っているよりも化学が発展をしているのか。
「おっと、そろそろ眠らないといけない時間だね」
なんとなく黒くなっている病院の窓を見ているとお医者さんがカーテンを閉めていた。
「明日からリハビリだし、今日はゆっくりと眠りなさい。不安だったら睡眠薬でも用意をするけど」
「平気です。眠るのは得意なので」
「そうかい。それじゃあ、おやすみ」
首を縦に振ってから目をつぶった。
アンドロイドだった時と同じように、身体を動かすためのコンセントを一つずつ外していく姿を想像していると、すぐに。
都合の良い夢をわたしは見ていた。
わたしの姿はハチになっていて、あの館でなにかしらのパーティーを食堂で開いているようだな。
イチは普段よりもおしゃれをしていて……ニイはサンと仲良くワインみたいな赤い液体を飲んでいる。
シイはパーティーが苦手なのか、はしっこのほうでヘッドホンをしていた。だけどゴウに声をかけられて不承不承とでも言いたそうにしながらもまんざらではない様子。
わたしの目の前に座っているロクは以前に英語で色々とあったからか多分、フランス語で話しかけてきていた。
「ほめていただき、ありがとうございます」
フランス語で話しかけていたのにわたしが日本語で返事をしたのが悪かったんだろう、顔を赤くしているロクが逃げていく。
ロクが、イチに対してなにかしらの文句を言っているようだった。
「フランス語も分かるみたいじゃない」
「ハチは意外と博識なのね」
みたいなことをイチとロクは話しているんだと思う。あんまり話しているところを見たことなかったが二人は仲が良かったらしい。
「これがハチの見たかった夢なのか」
いつの間にかわたしの隣に座っていたナナが白く透明な液体の入っているワイングラスを傾けている。
「珍しく酒を飲んでいるわたしに、聞きたいことはないのかい? ハチ」
「あったかもしれませんけど、忘れてしまいました」
「わたし達のことも忘れて良いんだよ」
「アンドロイドだったら簡単にできた可能性もありますが人間だとそうはいかないみたいです」
なんて言いながらも、目を覚ましたら忘れちゃっているのがわたしだからな。
「覚えている間は忘れないようにします」
「奇妙な言葉の羅列だな。ハチらしいけど」
「おはよう、ヤガミちゃん。今日も良い天気だよ」
寝ぼけてて、ふざけた顔になっているからかベッドの上で寝転んでいるわたしを見下ろしているお医者さんが笑っていた。
「はやくにすまないね。少し、あの館のことについてヤガミちゃん。いや、ハチちゃんに確かめておきたい話があって」
「館? ハチちゃん? なんですかそれ」
お医者さんが目を見開いている。がすぐに笑みを浮かべつつ小さな子どもを相手にしているようにわたしの頭を撫でている。
「ごめんごめん。ぼくの勘違いだったよ」
「そうですか。えと、確か今日からリハビリでしたよね?」
「そう。はやく退院をしてクラゲスカートを穿いて友達と遊びに行けるようにするためにもがんばらないとね」
そんなことを言った記憶はないけどお医者さんがうそをつくわけがないので。わたしは言ったんだろうな、忘れているけど。
「朝食までまだ時間がかかるから、もう少し眠っていてくれるかな。ごめんね、間違って起こしちゃって」
「気にしてませんよ、ハルヨシさん」
「ぼくの名前は。いや、そうだね。ハルヨシで合っているよ」
ハチ……と目の前のハルヨシさんが言ってくれた。とても、うれしい気分だな。
寝ぼけているのか遠くから、なん回も名前を呼ぶ声が聞こえてきている。
ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。
少し遅れて恥ずかしそうな声でもう一回。ハチ、と呼ばれた。
またわたしは夢を見ているのか大きな館の扉を開けようと、ゆっくりドアノブを回している。
扉の向こうに皆がいる。誰一人としてその姿は見えていないのに、わたしはなぜか確信をしていた。
「今度は皆で仲良くできたら良いな」
すっかり黒こげになってしまっている館の扉を勢い良く開けて、わたしは大きく一歩を踏みだす。
館の中に入ったはずなのに、外にいた。
自分で穿いていたことを忘れていたクラゲスカートが風に吹かれて動きまわっている。
「おーい、ハチ。こっちだ……こっち」
「はやくはやく」
「はやくしないと置いていくぞ」
「ほらっ、ハチ」
皆の声がするほうに歩いていく。不思議な花なのか、強く踏まれてもすぐに元に戻っていた。
「これが館の外か、広いな」
「じじいは?」
「先に行っているって言っていたわね」
「あとはハチだけ。おっ、来た来た」
「ハチ。どうして泣いているんだい?」
彼女の言う通りで、悲しくもないし心臓も取れてないのにわたしの目からは涙が流れてきている。
「疲れ目ですかね」
「そうか」
忘れてくれて良かったのに、全く。ハチは甘えんぼうだな。そう言いつつ彼女が優しくわたしの手を引っぱってくれていた。
黒こげの彼女の手に引っぱられているはずなのに、わたしはベッドの上に寝転んだままでいる。
傍らにハルヨシさんが座っているのが……ぼんやりと見えた。
手を引っぱられているだけなのにわたしがハルヨシさんに別れの挨拶をしているみたいになってしまっている。
ぷつんと糸が切れたように天井に引っぱられていた右手がベッドの上に倒れていく。
とつぜん消えてしまった、黒こげの彼女のやわらかな手をさがしているのか右手の指先だけがかすかに動いている。
閉じている目からは涙があふれていて。
そうだった、わたしの名前は。
「なるほどなるほど。面白い話だったよ……ヤガミちゃん。その館が、どの人間の中にも存在するものだとしたら睡眠をとっている間はそこで脳や身体や精神を休ませているって仮説も」
自ら思春期の女の子にとっては全く興味のない話題だと気づいてくれたようで、お医者さんはなんとも言えない表情をしていた。
「すまない。ついつい興奮をしてしまった。できればで良いんだがその事件が起こる前の彼女達との思い出も聞かせてほしいな」
「人間になった影響か、記憶が曖昧になってきていて思い出せません。それなのに変な話なんですけど、まだ自分がアンドロイドなんだと勘違いしている気がします」
まだ、ヤガミちゃんと呼ばれていることになんとなく違和感があるし。この身体の本当の名前なのは分かっているがわたしはアンドロイドでハチだったからな。
「そうかい。そんなに残念そうな顔をしなくても良いよ。ヤガミちゃんが助かった時点で成功なんだし、それ以上を望むのは強欲だ」
「強欲とは?」
「すでに十分すぎるほど面白い情報をヤガミちゃんから聞かされているのに、さらにその館の話を引き出そうとしているって感じ」
「美味しいエクレアですでにお腹がいっぱいなのに、さらにシュークリームを食べようとしているんですか。欲深いですね」
「ヤガミちゃんの言う通りだね」
冗談を言ったつもりはないのだが、お医者さんが軽く笑っている。
「質問とか良いですか?」
「ん、ああ。ぼくに答えられることならね。本当はヤガミちゃんじゃなくてハチちゃんだから、その身体の家族のことでも聞いておきたいのかな?」
「そっちのほうは事故の影響による記憶障害とかで、ごまかすつもりなので別に」
それに家族の絆みたいなものがあるのか。わたしの雰囲気が、本来のヤガミちゃんとは違ったからかすでに母親と父親には別人だと思われている可能性が高そう。
だけど、わたしは本来のヤガミちゃんではないはずなのに母親と父親はどこか安心しているようにも見えた。
シイがあれだけのことをして人間に戻ろうとしたのはあの二人のためだっただろうに、なんだかな。
「さっきの館の話に出てきた博士の顔がお兄さんと似ているんですが、この身体になにかをしてくれていたんですか?」
「血を提供させてもらい定期的に眠り続けていたその身体に声をかけていたからじゃないかと思う」
「この身体と恋人だったとか?」
「年齢的にアウトだからね、それはないよ。お医者さんは人を助けるのが仕事なのさ」
どことなく、うそっぽい感じがした。それとも人間はこんな風に話すのが普通だったりするのかもしれない。
「爆発で身体がばらばらになったらしいですけど。縫合? の痕が全くないように見えてしまってます」
少なくとも、わたしの色白な腕の辺りには傷痕が一つもない。ホクロはいくつかある。
「腕の良い医者と医学の進歩のおかげで縫合の痕を完璧に分からないようにできるんだ」
「そうなんですか」
まだ病院の窓からしか外を見てないけど、わたしが思っているよりも化学が発展をしているのか。
「おっと、そろそろ眠らないといけない時間だね」
なんとなく黒くなっている病院の窓を見ているとお医者さんがカーテンを閉めていた。
「明日からリハビリだし、今日はゆっくりと眠りなさい。不安だったら睡眠薬でも用意をするけど」
「平気です。眠るのは得意なので」
「そうかい。それじゃあ、おやすみ」
首を縦に振ってから目をつぶった。
アンドロイドだった時と同じように、身体を動かすためのコンセントを一つずつ外していく姿を想像していると、すぐに。
都合の良い夢をわたしは見ていた。
わたしの姿はハチになっていて、あの館でなにかしらのパーティーを食堂で開いているようだな。
イチは普段よりもおしゃれをしていて……ニイはサンと仲良くワインみたいな赤い液体を飲んでいる。
シイはパーティーが苦手なのか、はしっこのほうでヘッドホンをしていた。だけどゴウに声をかけられて不承不承とでも言いたそうにしながらもまんざらではない様子。
わたしの目の前に座っているロクは以前に英語で色々とあったからか多分、フランス語で話しかけてきていた。
「ほめていただき、ありがとうございます」
フランス語で話しかけていたのにわたしが日本語で返事をしたのが悪かったんだろう、顔を赤くしているロクが逃げていく。
ロクが、イチに対してなにかしらの文句を言っているようだった。
「フランス語も分かるみたいじゃない」
「ハチは意外と博識なのね」
みたいなことをイチとロクは話しているんだと思う。あんまり話しているところを見たことなかったが二人は仲が良かったらしい。
「これがハチの見たかった夢なのか」
いつの間にかわたしの隣に座っていたナナが白く透明な液体の入っているワイングラスを傾けている。
「珍しく酒を飲んでいるわたしに、聞きたいことはないのかい? ハチ」
「あったかもしれませんけど、忘れてしまいました」
「わたし達のことも忘れて良いんだよ」
「アンドロイドだったら簡単にできた可能性もありますが人間だとそうはいかないみたいです」
なんて言いながらも、目を覚ましたら忘れちゃっているのがわたしだからな。
「覚えている間は忘れないようにします」
「奇妙な言葉の羅列だな。ハチらしいけど」
「おはよう、ヤガミちゃん。今日も良い天気だよ」
寝ぼけてて、ふざけた顔になっているからかベッドの上で寝転んでいるわたしを見下ろしているお医者さんが笑っていた。
「はやくにすまないね。少し、あの館のことについてヤガミちゃん。いや、ハチちゃんに確かめておきたい話があって」
「館? ハチちゃん? なんですかそれ」
お医者さんが目を見開いている。がすぐに笑みを浮かべつつ小さな子どもを相手にしているようにわたしの頭を撫でている。
「ごめんごめん。ぼくの勘違いだったよ」
「そうですか。えと、確か今日からリハビリでしたよね?」
「そう。はやく退院をしてクラゲスカートを穿いて友達と遊びに行けるようにするためにもがんばらないとね」
そんなことを言った記憶はないけどお医者さんがうそをつくわけがないので。わたしは言ったんだろうな、忘れているけど。
「朝食までまだ時間がかかるから、もう少し眠っていてくれるかな。ごめんね、間違って起こしちゃって」
「気にしてませんよ、ハルヨシさん」
「ぼくの名前は。いや、そうだね。ハルヨシで合っているよ」
ハチ……と目の前のハルヨシさんが言ってくれた。とても、うれしい気分だな。
寝ぼけているのか遠くから、なん回も名前を呼ぶ声が聞こえてきている。
ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。ハチ。
少し遅れて恥ずかしそうな声でもう一回。ハチ、と呼ばれた。
またわたしは夢を見ているのか大きな館の扉を開けようと、ゆっくりドアノブを回している。
扉の向こうに皆がいる。誰一人としてその姿は見えていないのに、わたしはなぜか確信をしていた。
「今度は皆で仲良くできたら良いな」
すっかり黒こげになってしまっている館の扉を勢い良く開けて、わたしは大きく一歩を踏みだす。
館の中に入ったはずなのに、外にいた。
自分で穿いていたことを忘れていたクラゲスカートが風に吹かれて動きまわっている。
「おーい、ハチ。こっちだ……こっち」
「はやくはやく」
「はやくしないと置いていくぞ」
「ほらっ、ハチ」
皆の声がするほうに歩いていく。不思議な花なのか、強く踏まれてもすぐに元に戻っていた。
「これが館の外か、広いな」
「じじいは?」
「先に行っているって言っていたわね」
「あとはハチだけ。おっ、来た来た」
「ハチ。どうして泣いているんだい?」
彼女の言う通りで、悲しくもないし心臓も取れてないのにわたしの目からは涙が流れてきている。
「疲れ目ですかね」
「そうか」
忘れてくれて良かったのに、全く。ハチは甘えんぼうだな。そう言いつつ彼女が優しくわたしの手を引っぱってくれていた。
黒こげの彼女の手に引っぱられているはずなのに、わたしはベッドの上に寝転んだままでいる。
傍らにハルヨシさんが座っているのが……ぼんやりと見えた。
手を引っぱられているだけなのにわたしがハルヨシさんに別れの挨拶をしているみたいになってしまっている。
ぷつんと糸が切れたように天井に引っぱられていた右手がベッドの上に倒れていく。
とつぜん消えてしまった、黒こげの彼女のやわらかな手をさがしているのか右手の指先だけがかすかに動いている。
閉じている目からは涙があふれていて。
そうだった、わたしの名前は。
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