こどくな患者達

赤衣 桃

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エピローグ

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 館であった事件の話を聞き終えて、ベッドの傍らにあるパイプ椅子に座る博士と顔が似ているお医者さんは目を輝かせた。
「面白い話だったよ、ヤガミちゃん。その館がどの人間の中にも存在するものだとしたら睡眠中はそこで脳や身体や精神を休ませているという仮説も」
 思春期の女の子には興味のない話題だと気づいてくれたようでお医者さんが表情を緩める。
「難しい話はさておき、事件が起こる前の彼女たちとの思い出も聞かせてくれないか」
「人間になった影響なのか、記憶が曖昧で思い出せません。なのにわたしはアンドロイドなんだとまだ勘違いをしていたり」
 ヤガミちゃんと呼ばれることも違和感があるし。この肉体の本当の名前なのは分かっていてもわたしはアンドロイドでハチだからな。
「残念そうな顔をしなくても良いよ。ヤガミちゃんが助かった時点で成功なんだし、それ以上を望むのはこちらの強欲だ」
「質問とか良いでしょうか」
「ぼくに答えられるなら。本当はヤガミちゃんじゃなくてハチちゃんだからその肉体の家族のことでも聞いておきたいのかな」
「そちらは事故による記憶障害とかで誤魔化す予定なので別に問題ないかと」
 家族の絆か、わたしが本来のヤガミちゃんと違う雰囲気だからか母親と父親には別人と思われている可能性が高そう。
 だけど母親と父親はどこか安心しているようにも見えた。シイが残酷になれたのは二人のためだっただろうに、なんだかな。
「館にいた博士の顔がお兄さんと似ているんですが関係があったり」
「血を提供させてもらい、眠り続けるヤガミちゃんに定期的に声をかけていたから精神に影響をしたのかもしれないね」
「実はヤガミちゃんと恋人同士だったとか」
「年齢的にアウトだからそれはないよ。お医者さんは人を助けるのが仕事なのさ」
 どことなく嘘っぽい言葉だった。それともお医者さんみたいに話すのが普通の人間なのか。
「爆発で肉体がばらばらになったらしいですが縫合の痕が全くないような」
「腕の良い医者と医学の進歩のおかげで縫合の痕を完璧に分からないようにできるんだ」
 まだ病院の窓からしか外を見てないけど、わたしが思っているよりも世界は発展しているらしい。
「そろそろ眠らないといけない時間だよ」
 窓の外の赤く輝く星を見ていたのにお医者さんがカーテンを閉める。
「明日からリハビリだし、今日はゆっくりと眠りなさい。不安だったら睡眠薬を用意するけど」
「アンドロイドの頃から眠るのは得意なので、平気だと思います」
 お医者さんのお休みなさいに、わたしは首を縦に振り目を瞑った。
 肉体を動かすためのコンセントを外していく姿を想像していると、すぐに。



 都合の良い夢をわたしは見ていた。
 わたしの姿はハチになっていて、館の食堂でパーティを開いているようだ。
 イチは普段よりもお洒落をしていて、ニイはサンと仲良くワインみたいな赤い液体を飲む。
 シイはパーティが苦手なのか、はしっこでヘッドホンをしていた。だけどゴウに声をかけられて不承不承と言いたそうにしながらも満更でもない様子。
 わたしの前に座るロクは以前に英語で失敗をしたからか多分、フランス語で話しかけてきた。
「褒めていただき、ありがとうございます」
 フランス語に対してわたしが日本語で返事をしたのが悪かったんだろう、顔を赤くしたロクが逃げていく。
「フランス語も分かるみたいじゃない」
「ハチは意外と博識なのね」
 みたいなことをイチとロクが話している。
「これがハチの見たかった夢なのかい」
 いつの間にかわたしの隣に座っていたナナが白く透明な液体の入ったワイングラスを傾ける。
「酒を飲むわたしに聞きたいことはあるかい」
「あったかもしれませんが、忘れてしまいました」
「わたしたちのことも忘れてしまって良いんだよ」
「アンドロイドなら簡単にできた可能性もありますが人間だとそうはいかないみたいです」
 なんて言いながらも目を覚ましたら忘れちゃっているのがわたしの個性だからな。
「覚えている間は忘れないようにします」



「おはよう、今日も良い天気だよ」
 太陽の光から逃げるわたしの姿が面白かったのかお医者さんが笑う。
「寝起きで済まないけど、館のことでハチちゃんに確かめておきたい話があってね」
「わたしの名前はハチではありませんよ」
 お医者さんが目を見開く。なぜだかわたしの頭を撫でつつ彼は軽く謝っている。
「朝食までまだ時間がかかるから、もう少し眠っていてくれるかな。ごめんね、間違って起こして」
「わたしは気にしてませんよ、ハルヨシさん」
「ぼくは。そうだね、わたしの名前はハルヨシだ」
 ハチ、とハルヨシさんが名前を呼んでくれた。
 寝惚けているからかハルヨシさん以外にわたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
 またわたしは夢を見ているのかもしれない。
 大きな館の扉を開けようとドアノブを回す。
 扉の向こうに皆がいる。誰一人として姿は見えていないのに、わたしは確信していた。
「今度は皆で仲良くできたら良いのにな」
 すっかり黒焦げになった館の扉を開けて、わたしは踏み出す。中に入ったはずなのに外にいた。
 穿いているクラゲスカートが風に吹かれて、動き回る。皆の声がする方向にゆっくりと歩いていく。
 悲しくないし、心臓も取れていないのにわたしの目からは涙が流れた。
 忘れてくれて良かったのに全く、ハチは甘えん坊だな。なんて言いながらも彼女が優しくわたしの手を引っ張ってくれる。
 黒焦げの彼女に手を引かれたはずなのに、わたしはベッドの上に寝転んだまま。
 傍らに座るハルヨシさんの姿がぼんやり見えた。
 まるでわたしがハルヨシさんに別れの挨拶をしているみたいだな。ぷつんと糸が切れたように右手がベッドの上に倒れる。
 突然、消えてしまった黒焦げの彼女の手を見つけようとしてかわたしの右手の指先が微かに動く。
 外から入ってきたのか珍しい模様の羽をした蝶がわたしの右手の指先に止まり、すぐに飛び立つ。
 薄く開いた目からは涙が溢れていて、理由もなく蝶の行方を追いかけてしまう。
 そうだった、わたしの名前は。
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