こどくな患者達

赤衣 桃

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三人目

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 夕食をとってから、三階の医療室でゴウとナナとわたしの身体を調べて時間がかかったのもあってそこで眠ることになった。
 ゴウとナナが交代で眠ろうとか言っていたような記憶があるけど、誰かに捏造をされている可能性もないとは言えない。
 だから、わたしはベッドの上で眠っていても問題なかったはず。それにうそをつけないタイプのアンドロイドなので言いわけもできませんし。
「こんなことなら、イチの死因を調べた時にでもついでにやっておくんだったな」
「アンドロイドとはいえ全てを完璧にできるものでもないらしいね。結果論だが三人とも異常はなかったんだから良しとしておこう」
 寝ぼけているであろうわたしを挟んでいる左右のベッドにそれぞれ寝転んでいると思うゴウとナナが会話をしていて。
「ハチはまだ寝ているっぽいな。今のうちに聞いておくがよ。日記の最後のほうについてナナはどう思っているんだ?」
「どうもこうもすりこみに近いものだろう。本人もほれたはれただとは自覚してなさそうだし」
「そうか? 案外ハチも自覚をしていた時があるかもしれないぜ。また忘れちまっているだけでさ」
「忘れてしまっているなら自覚してないのと同じだと個人的には思う。いずれにしても、アンドロイドと自称人間との恋は、言うだけ野暮か」
 コーヒーでも飲もうとしているのか、ナナがベッドから下りて歩いている音が聞こえていた。
「そういえば、すりこみって鳥の習性みたいなものだったよな?」
「鳥類限定でもないが、おおむねその解釈で合っている。それがどうかしたのかい」
「あー、いや。月曜日だしさ、ジジイに確認をしておきたいことがあってな」
「わたしには確認しないのかな?」
「合理的なナナに教えるには情報が不十分な気がしてね。それこそ、前に言っていた荒唐無稽ってやつすぎてな」
「ものは言いようだね……それが事実だった場合は色々なことがひっくり返ってしまうんじゃないか」
 多分、にやついているであろうナナの言葉を聞きながすように。どうだかな、とゴウは答えていた。
「どうしても聞きたいのならナナの荒唐無稽も教えてほしいかな。ハッピーエンドにならない時点で確実に外れているけどよ」
「ゴウのとは違う、ってことだけは確かだと答えておくよ。もしも同じだったら、もっと悩んでいてもおかしくないほどだし」
「お姉ちゃんが聞いてやろーか?」
「わたしは一人っ子だからね、遠慮しておくよ。それにゴウのように自分を犠牲にしようと思っているタイプにはなおさら聞かせられない」
「お互いさまじゃねーか」
 根っこの部分が違うんだよ、ゴウのは正義感やら慈愛によるものだろうが、わたしのは罪悪感だ。正しいんじゃなくて、そうやって罪滅ぼしをしているつもりなだけさ。
 そう、ナナが声を震わせていた。
「結果は同じだと思うがな」
「過程が違う時点でそれは別のものだよ」
「ややこしい考えかたをするよな……ハチが言っていたように全員が生き残ってハッピーエンドになるのが一番」
「そうなると良いね」
 目をつぶっていてナナの顔は見えないけど笑っているんだと思う。
「心配するな、ハッピーエンドになるよ」
「ふふっ。ときめくってのはこういうことを言うのかもしれない。今、男前なゴウにほれそうになってしまったよ」
「わたしは女でも愛してやれるぜ」
「お互いにアンドロイドだし、戸籍もないんだから結婚は無理そうだがね」
「らしい返事だな」
 なにが面白かったのかは全く分からないがゴウは声をだして笑っていた。
 会話が終わって、わたしを起こそうとしているのかゴウが近づいてきている。
「おーい、ハチ。起きろ、もう朝だぞ」
「はっ、おはようございます」
「んー、どうした? 涙なんか流したりしてよ、こわい夢でも見ちゃったのか?」
 ゴウに言われるまで気づかなかった。確かにわたしの両目からは涙があふれてて流れてしまっている。
「えっと、夢の中で失恋しました」
「それは災難だったな」
「ウェディングケーキをつくったのに」
「愛が重すぎて振られたんじゃないか」
「愛の適切な重さはどれくらいですか?」
 少なくともご飯の時に使う箸より重くあるべきだよな、と白い天井のほうを見つつゴウは言っていた。



 鍵をかけておいた三階の医療室を出ていき月曜日だから、ゴウとナナとわたしは二階の博士の部屋の扉を開けていた。
 待ってました、とでも言わんばかりに博士はいつもと同じように回転椅子に座った状態で出迎えてくれている。
 普段は一人ずつ面談するのにアンドロイドが三体も同時に部屋に入ってきたから、びっくりしているんだと思う。
「おい。ハチ、なにしているんだ」
 年功序列を無視してわたしが博士の目の前にある椅子に座っているからなのか、ゴウが声を荒らげている。
 そんなゴウの肩を触っているナナがなん回も首を小さく横に振っていた。
「博士が面談は一人ずつで今日は特別にハチからだと言っているし、わたし達は部屋の外で待っているよ。終わったら出てきてくれ」
「えっと、はい。分かりました」
 わたしには目の前にいる博士の唇が動いてなかったように見えたがナナは耳が良かったはずだから、そうなんだろうな。
 部屋の扉を閉める音が響いてからしばらく経っているのに博士は話しかけてこない。
 いつもだったら日記のことやら他のアンドロイド達と仲良くしているかい、的な話題を振ってくるのに。
「えっと、今日は博士の調子が悪そうなので話しかけますね」
 博士は表情を変えない。にっこりというか笑みを浮かべているような顔つきでわたしを真っすぐに見つめたままでいた。
 さっきからまばたきをしてないような。
 だけど、わたしの勘違いだと思う。人間もアンドロイドもまばたきをしないと目が乾燥してしまって取れちゃうみたいだし。
「博士、今日は面白い服を着てますね」
 もしイチが生きていたなら今の博士の服装に興味をもっていたかもしれないな。
 普段の博士は真っ黒な服に白衣を羽織っていてベージュのズボンを穿いているのだが。
 今日の博士は心臓のところから、ナイフの握る部分のようなものが生えている。ファッションセンスの意味も分からないわたしには全く理解できないがイチだったら。
 今、気づいたけど博士は朝食で赤いものを摂取したのか白衣に赤く染まっているところがあった、心臓の近くだ。
「博士もおちょこちょい野郎ですね。朝からトマトジュースなんて飲むからですよ」
 わたし的にはそれなりに面白かったのだが博士は反応さえもしてくれない。
「そうだ。先週、博士が言っていた。わたしにしかない機能は忘れっぽいですよね」
 博士が首を縦に振った気がした。
「正解のようですね……あんまり悩んでなさそうに見えるかもしれませんが色々と考えましたよ。たまにそのこと自体も忘れてしまい大変でしたし」
「それは災難だったね」
 やっぱり博士の唇は動いてないけどそんな声が聞こえている。
「やっと喋ってくれましたね。今日は身体の調子が悪かったりしたんですか?」
「ああ。見ての通り、心臓からナイフの持つところが生えてきていて声をだそうとすると遮るツボを刺されているのさ」
「なるほど。そうでしたか」
 博士の顔色は悪いままなのに、わたしの目には普段と同じで笑っているように見えた。
「だが聞いてもらった通り、今は話すことができる。また話せなくなるかもしれないが、それまで会話を楽しもうじゃないか」
「なんだか、いつもと違う気がします」
「一週間ぶりにハチに会えたからね。緊張をしているんだろう、気にしないでくれ」
 気のせいなのかな、博士の声もわたしの口からでてきている感じがする。もしかするとこちらの声帯を使っている可能性もあるな。
 だったら存分に使ってもらわないと。
「博士はシイとイチが壊されてしまったことを知っていますか?」
「人並みにはね。でもハチからも聞いておきたいかな。ニイやサンの時とは違った印象を受けるかもしれないしさ」
 シイが自分の部屋で斧でばらばらにされてイチがファッションルームで頭が痛くなったことをできるだけ細かく、下手なりに博士に説明した。
「他に情報はないのかい?」
 シイとイチの壊されかたについてはすでに聞いていて、目新しいものがなかったからか博士がそう言っている。
「えと、イチの頭が痛くなった原因はシイがつくった機械によるものだということぐらいですかね」
 斧のほうはサン本人から自分のものだったと聞いているだろうしな。罪悪感だっけ? あのへそ曲がりのナナでも発症するんだから誰かに話してスッキリしたいと思うはずだ。
「そっちは知っている。斧のほうは誰のものか分かっているのかい?」
「斧はサンのものですよ」
「珍しく不思議そうな顔をしているね。イチの頭が痛くなった原因を分かっていて、シイをばらばらにした斧については知らなかったぐらいでそんなに驚かれるとはね」
「そのイチの頭が痛くなった原因については誰から聞いたんですか? もしかするとメンテナンスの時に気づいて」
「いや。本人から聞いていたよ」
 ナイフで心臓を突き刺される前にイチ本人から、博士が唇を動かさないでわたしにそう伝えている。
「なんだか変です」
「ああ、そうだね。殺されている人間は話せないんだから、一人で会話を成立させるしかない」
「博士が知っていたんじゃなくて、わたしが知っていることをそれっぽく。あなたに言わせているだけでしたか」
「そういうこと。さすが名探偵ハチだ」
「犬の名探偵みたいですね、それは」
 胸が痛いはずなのに違う気がしてしまう。なんだろうな? どす黒くてもやもやとしていて誰かに、このなにかを向けたいと思っているのにそんなことをしても無駄だと頭では理解できている。
「博士は殺されてしまったんですね」
「その通り。大正解だ」
 はじめて、博士がつくったクイズに正解をしたような気分だな。でも思っていたよりも晴れやかなものではないらしい。
「わたしはどうすれば良いんでしょうか?」
「ハチの自由にすれば良いさ。このまま一人で会話を続けていても部屋を出てゴウとナナと犯人を見つけようとしてもね」
「そうですか」
「泣いているのかい?」
「アンドロイドですよ、泣けません」
 たまっていた目薬があふれてきているかもしれないが、それは涙じゃない。
「アンドロイドに感情はありませんから」
「ハチ。なぜ、そう決めつけるんだ? 別に神さまがつくったアンドロイドじゃない人間以外が涙を流したって良いじゃないか。この世界では自由に生きることができるんだし」
 ただ悪いことをしてしまったら誰かが裁きにくる、それだけなんだから。わたしの唇が博士が言いそうな台詞を口にしていた。
「裁く、正義のためにですか?」
「正義のせいにしないでほしいな……ハチが自分で考えて行動して。博士を殺した理由を犯人に」
「分かりましたよ」
「せめて最後まで話を聞いてから納得をしてほしかったな。ハチらしいといえばそうなんだが」
 多分、本物の博士はこんなことを言わないし。こんな風にわたしをあおって犯人を見つけるように促したりもしない、だから。
「今の言葉は、わたしが目の前にある死んでいる博士を利用して。自分がそうしなければならないと納得をさせました」
 それが正しいのか間違っているのか分かりませんけど。わたしは、そうしたいと考えてしまっている。
「アンドロイドに感情はありませんよ」
 もう博士は答えてくれなかった。
 目の前にあるのは白衣を着ていて、ナイフで心臓を突き刺されているだけの遺体なんだからな。
「そういえば博士の名前を一回も聞いたことがありませんでしたね」
 興味がなかったのか、わたしのことだから博士の名前を聞こうとするたびに忘れていた可能性のほうが高そう。
「わたしはどうして博士の名前を知りたかったんでしょうね」
 博士の名前を知っていたところでなにかが劇的に変化しないのに。
「やっぱり、もう博士は喋ることができないみたいなのでゴウとナナを連れてきます」
 椅子から立ち上がって、なんとなく開きっぱなしの博士の目が乾かないようにしようと考えたのか、まぶたを閉じさせてもらった。
「おやすみなさい。博士」
 博士の唇のほうに、わたしは顔を近づけていたけどなにをするつもりだったのか忘れてしまい、すぐにはなれていく。
「好きだったと思います、博士のことが」
 言ってみただけだったり。アンドロイドに感情はないが、今はそういう台詞を口にするような場面だということは分かっている。
 今は泣いてしまうような状況で。
 だからこそわたしも泣いてしまっているんだろうな。
「怒ってないし、泣いてないですが。博士を殺した犯人は見つけたいと思っていますよ、心の底から」
 なんだか、らしくない言葉を口にした気もするけど忘れっぽいわたしなのでそのほうが正常なのか。
「次はアンドロイドになれますように」
 わたしはしばらく泣いてしまった。
 アンドロイドに、感情はないはずなのに。お腹の中で取れてしまった心臓が暴れ回っているような感覚だった。
 怒っているかは分からない。だけど、涙を流しているので博士が殺されてしまった事実を悲しんでいる。
 今日は、ほとんど水分を摂取してないのにどこから出てきているのやら。もしかしたら機械の身体の一部が溶けだしてきているかもしれないな。
 回れ右をして部屋の外に出たいのに博士の遺体をずっと見ていたいと願っている。
 そんな思いのようなものもわたしだから、いつか忘れてしまうのは確定していた。
 はやく忘れてくれれば良いのに。
 お腹の中で心臓が暴れ回っていても本当にそうなっているんだと勘違いをできて。
「忘れないでほしいね、できればさ」
 と、博士の唇が動いたように見えた。
 さっきみたいに……わたしは博士のふりをしてない。部屋の外にいるゴウかナナが悪戯をしようにも、今ほどはっきりと声は聞こえないはず。
 荒唐無稽だったかな? 変なのは分かっているし、魔法みたいな化学はあっても。それそのものはなくてファンタジーが禁止のミステリー小説みたいな世界で。
 わたしの聞き間違いだった可能性のほうが高いんだろうけど。
「分かりましたよ、博士。忘れっぽいわたしだから信じられないとは思いますが、あなたのことを忘れないようにします」
 博士は返事をくれなかった。でも、さっきよりも笑っているような表情になっていた。
「心臓が取れても、そのまま放置しておこうとするわたしなんだから。今さら博士が殺されたぐらいで動揺をするほうが変ですよね」
 変と恋は似てますね。言ってみただけですよ。わたしはアンドロイドなので博士にほれてもはれても意味がないんですから。
 わたしは、博士のことが好きだったんですかね? もう忘れてしまったのでそれが本当だったのかどうかも分かりませんが。
「ハルヨシさんのことは忘れません。約束をしたので、できるだけそうします」
 それにしても本当に博士の名前はなんだったんでしょう。なにかが変わってしまうわけじゃないのにこんなに知りたいと考えて。
「ははっ、相変わらずだな。ハチは」
 部屋の扉を開けようとした瞬間、また博士の声が聞こえた気がした。
 後ろを振り向こうとは全く考えず空耳だとわたしはなぜか確信をしている。
「はい、相変わらずです。忘れっぽくないのは、わたしではありませんから」
 そんな独り言を口にしながら、部屋の扉を勢い良く開けていく。窓から射しこんできている紫の光をまぶしく感じていた。
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