こどくな患者達

赤衣 桃

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すなお問題

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「ハチの仮説が本当だったら、一番あやしいのはニイってことになるんだよな」
 エビフライを食べ終えて手を合わせていると黙っていたゴウがようやく口を開いた。
「どうしてそうなるんですか?」
「そもそも今回の事件の根幹は、人間になりたいって欲だろう。それが一番強いのは今のところニイだからな。シイも共犯として誘う可能性も高そうだし」
 人間に憧れていてその真似事をしている、アンドロイドには基本的にはないはずの感情のようなものを振りかざしているニイだからシイも御しやすいと考えたってことか。
「その根幹が間違ってないって証拠もないがね。もしかしたらこのシェアハウスのような生活が嫌になり、その欲を建前に殺している可能性もないとは言えない」
 シイが人間に憧れていたって話はほとんど確定だと考えても良いけど、その犯人までも同じものだとひとくくりにするのは駄目だと思う。
 ナナの意見にゴウも賛成をしているようで目の前の白い丸テーブルに向かって頭を上下させていた。
「シイの件はおいといてもイチを壊した犯人候補としてだけなら、ニイが一番あやしいんですよね?」
「確かに、そうだね。わたしとハチがファッションルームに行くまで、二人きりだったんだろうから」
「だけどよ、それならわざわざ二人きりの時にイチを殺すか? 犯人にはめられた、って可能性よりも疑われるほうが確率は高くなるはずだし」
「その辺りも含めて、三階に行く前にサンとロクにもシイとイチが殺されてしまった日のアリバイを聞いておこう」
 ナナ的にはあらかた今のところ導きだせる答えのようなものが出尽くしたと思ったようで椅子から立ち上がっている。
「あ、そうだ。イチが壊されてしまったのでグループ分けをまたしないといけないんじゃないですか?」
 とりあえずサンの部屋に向かっている途中でわたしがそんな質問をするとゴウとナナは同じような種類の笑みを浮かべていた。
「それなー。多分、ニイが反対をするだろうからもうできないと思うんだよな」
「ニイが、なんでですか?」
「さっきの話を思い出してほしいんだけど。シイの時と違ってイチが殺されてしまった時は近くにニイがいただろう?」
「そうですね」
 わたしの鈍さを可愛いとでも思っているのか前を歩いているゴウが普段と違って優しく頭を撫でている。
「ハチみたいにさ、あんまり他人を疑わないタイプなら良いんだが。人間の真似事をしているニイは疑われていると考えているはず」
「疑心暗鬼」
「そういうことだ。ニイがイチを殺した確率は高いが絶対じゃない、それなのに本人からすればそう思われているに違いないと疑ってしまっている」
 皮肉なことにさ、ニイが憧れている人間っぽくな……とゴウが言っていた。
「ハチとならグループになる」
「それもないな。ナナ、お前と同じグループだったんだから色々と邪推をされるのは目に見えている」
「なるほど、言われてみればそうだね。ハチだけなら疑われる可能性は低いが相性の悪いわたしがなにかしらを吹きこんでいると思われるか」
 あんまり面白いことではなかったはずなのにナナが楽しそうに笑っている。
「それじゃあグループ分けを強制することはできない」
「そうなるな。まあ、遅かれ早かれ……そうなっていたと思う」
 ゴウが大きく欠伸をしていた。
「からよ、そんなに気にする必要もないけどな。それに」
「わ」
 後ろに回りこんできたゴウがわたしを抱きしめてきている。歩きづらいが全く動けなくほどではない。
「強制的じゃなくなるってことは好きなグループに入れるのと同じ意味だからな。ナナも反対はしないよな? わたしが加入するの」
「もちろん。味方なら、一人でも多いほうが良いからね」
「そういうとこだぞ。ニイに変なやっかみをされるのは」
 なぜか機嫌が良いようで、普段よりもゴウの言葉づかいが女の子っぽくなっている気がする。そもそも女性だから変でもないのか。
「あの、ゴウは犯人じゃないと思いますよ」
「わたしをフォローしてくれるのか、ハチ。可愛いやつだな……キスしてやるよ」
「ナナ、助けてください」
「いやいや。今、犯人じゃないって言ったのに助けを求めるなよ」
 なんて言いながらもサンの部屋の扉の前に立っているナナがゴウにキスをやめるように説得をしてくれた。
「それでハチがゴウは犯人じゃないと考えた理由は?」
「勘です」
「直感も大事なんだがね」
「わたしの勘はさておき。冷静に考えれば、ゴウの行動を見られる立場であるほうが得な気がしますよ」
「それは同意だけど。本人の前で言わないでほしいね、お互いさまだと思うが」
 ナナの言葉を聞いて、後ろから抱きしめているゴウのととのった顔をなんとなく下から見上げていた。
「そんなに心配そうな顔をしなくてもハチのことは疑ってない。だけどわたしはそんなにナナを信じられてないからな」
 もしかしたらハチという名前の最強の盾を使っている可能性もあるだろう。そうゴウが女の子っぽく笑みを浮かべて視線を合わせるようにわたしを見下ろしている。
「わたしはそんなに頑丈じゃないかと。この館のアンドロイドの耐久性は同じはず」
「隠れ蓑って言ったほうが分かりやすいか。すなおな性格のハチに、色々と手伝いをしてもらっていたかもしれないってことだな」
「ナナ。そうなんですか?」
「さてね、ハチはわたしを良い人だと思ってくれているんだからそんなことをしてないと信じてくれていると」
「ナナはへそ曲がりですが。根っこは良い人のほうに傾いていると思います」
 いや。根っこが良い人のほうに傾いていると思っているやつのことをへそ曲がりと言わないでやれよな。と、ゴウが頭の上からつっこんできていた。
「ハチにへそ曲がりと言わせているんだから信じてやろうかね」
「信じる信じないはどうでも良いとしても、わたしとゴウはお互いの牽制にはなる」
 それにさっきハチも言っていたように監視もできるし、わたし的にはゴウの考えかたは参考になるから助かったりもする。
 そんな風にナナがゴウをおだてていた。
「苦手なんだから、おべっかは言わないほうが良いぞ。そのメリットもだがわたしはハチと同じグループになれれば、ナナが犯人でも問題はないからな」
「暴力反対だよ、ゴウ」
「とは言っても最終的にそうなるのはナナも分かっているんだろう? あと二人ほど……この館のアンドロイドの数が半分になったらその可能性はさらに高くなってくる」
「それだけでゴウが安心をして同じグループになってくれるんだったら、そういうことにしておこう」
 ゴウとナナの会話には分からないところもあったがなんやかんやで同じグループ、同盟が成立をしたらしい。
「さっそくで悪いけど、同じグループとしてお願いをさせてもらうがロクも入れてやってくれないか?」
「こちらは別に問題ないけど本人が嫌がるんじゃないか。特にハチが同じグループにいると分かっているのなら、なおさら」
「なんでそんな話になるんだ? ロクもハチのことは気に入っているぞ」
 ゴウの言葉に、ナナとわたしは同じような反応をしてしまった。
「もしかしてさ、ハチもロクに嫌われているとか思っているのか」
「えっと、そうですね。嫌われたくて、嫌われているつもりはないですが」
 シイが壊されてしまった日の廊下でのこと以前に、よくよく思い出してみれば基本的にロクから避けられている印象はあったような記憶がいくつかある。
「全く、わたしと二人で話している時みたいにすなおになっていれば。こんな変な誤解を与えなかったのによ」
「ゴウも大変だね」
「ハチが言うのなら分かるがナナに言われてもな」
 そんな感じで話がまとまるとナナがサンの部屋の扉をノックした。
 チェーンロックがかかっている扉を開け、サンがその隙間から顔を覗かせている。
 イチが壊されたことを話して、シイの事件の日のアリバイなども聞いたが目立った反応やめぼしい情報はなかった。
「ニイから聞いたことなんだが、シイが殺されてしまった日に五階と六階の踊り場の辺りですれ違ったとか」
「どうだったかな。五階と六階の踊り場ってことはアスレチックから部屋に戻ろうとしていたんだろうから、朝ぐらいだと思うが」
 扉の隙間からサンがわたしのほうに視線を向けている気がする。
「多分、すれ違ったんじゃないかな。なんとなくニイを見た記憶がある。だけど毎日同じことをくり返しているからな。朝飯を食べてからアスレチックに行き、部屋で筋トレしてって感じでさ」
 シイが殺されてからは部屋でトレーニングをしているがな、ゴウに付き合ってもらうのも悪いしさ。とサンが続けている。
「なるほど。色々と感謝するよ」
「それは別に良いけど。あのさ……グループ分け、まだするのか? 前と同じで年功序列ならニイと組むことに」
 隣の部屋のニイに聞こえるかもしれないと考えているからなのか、サンにしては珍しく小さな声でナナに聞いていた。
「いや……そのニイがグループ分けを嫌がるだろうからね。イチが殺されてしまった件で一番疑われている立場だし」
 まさに今、自分のしたことがニイにとって一番嫌がっている類いのものだと理解をしたようでサンの目が泳いでいる。
「そっか。それもそうだな」
「そこまで気にする必要もないよ。アンドロイドとはいえ命がかかっているんだからサンのような反応になるのが普通だ」
「というか、ナナとハチが動じなさすぎるんだよ。少しはサンを見習え」
 ナナはどうか知らないけど、わたしは。
「わたしはともかく、ハチは表情に出にくいだけだと思うよ。イチが壊れてしまったのを認識した瞬間に涙を流していたからね」
「今までたくわえていた目薬が出てきた」
 ジョークを言おうとしたのになんだか空気が冷たくなっているような。
「へー、面白い機能だな。あのじじいもたまには良いことをするじゃん」
 気がしただけで、ゴウが普段と同じ感じでわたしの頭を乱暴に撫でている。耳からなにかが出てきたような。
 いや、そもそも冷たい視線を向けてきたのはゴウじゃなくて。
「ハチがね、涙を」
「ああ、珍しいだろう。少なくとも、わたしはハチ以外に涙を流しているアンドロイドを見たことがなくてね」
「だよな、わたしにも見せてくれよ」
「その、泣けと言われてできるものでもないかと。わたしは女優じゃないですし」
 どちらかというと大根役者のほうが色々とわたしにぴったりな気がする。
「ハチの涙はまた別の機会に拝ませてもらうとして。できれば部屋の中を見せてほしいんだがね、サン」
「良いけど、バーベルとかしかないよ。あとは皆と同じでパソコンとベッドぐらいだし」
 部屋の扉のチェーンロックを外してもらい三人でチェックしたが言っていた通り筋トレに使う道具以外は……特に変わったところはない。
「ナナ、パソコンの操作は得意なほうか? わたしは機械が苦手でさ。パスワードを入力してくれとか催促されているんだが」
「ゴウもアンドロイドのはず。さすがに他人のパソコンのパスワードまでは分からない。サン、やってくれないか?」
「それも良いけどさ。あとで皆の部屋もチェックさせてよ。はい……できた」
 サンがパスワードを入力するとパソコンの画面には半裸の男の姿が映っている。
「むきむきですね」
「お、ハチにもこのむきむきさが分かるか。良いよな、この左腕の辺りとかさ」
 そこまで考えた発言ではなかったのにサンがうれしそうにパソコンの男性の左腕に浮きでている血管を人差し指で囲んでいた。
「サンは筋肉が好きなんですか?」
「んー、筋肉っていうか。この男の人が全体的に好きって感じかな。身体も良いけどさ、イケメンだからな」
「イケメン」
 確か、見てくれに関する言葉だったっけ。サンがうれしそうに話しているんだし、パソコンの男性の顔を良いと認識しているのか。
「そうか? あんまり見てくれに関して口をだすのは嫌だけどよ。なんか、なよなよしてそうな面じゃないかね?」
「そこが良いんじゃん。アンバランス、って言うんだっけ? やわらかそうな顔面とそれに反比例をする強靭な肉体がくっついているから、そそられ」
 どうかしたか? ナナ。とパソコンの画面をできるだけ見ないように右手で顔を隠している彼女にサンが視線を向けていた。
「大したことじゃない、わたしは異性が苦手でね。特にそんな感じの半裸を見るなんて、できることなら考えたくもない」
「女の子みたいな顔ですよ」
「半裸でむきむきなんだろう。その時点で、いくら顔が可愛らしくてもな」
 ナナが半裸でむきむきのイケメンを見られないので消去法でわたしがパソコンの操作をすることに。
 色々とサンのパソコンを調べてみたけど、めぼしい情報は出てこなかった。
「そういえば……前にさ。ロクの部屋にあるパソコンでわたしのところに入ったとかなんとか言われたんだけどさ、あれってどういう意味なんだ?」
「多分ですけど、ロクのパソコンからゴウが使っているコンピュータのほうに入ったよ。って意味かと」
 ゴウには上手く伝わってないようで、首を傾げている。
「えと、そうですね。今わたしが使っているパソコンはサンのものですよね?」
「ああ、それは分かる」
「そのサンのものを使って、わたしの部屋にあるパソコンを操作することもできます」
「ハチ。お前、天才ハッカーだったのか」
「わたしがそれなら、ロクも天才ハッカーになりますね」
 サンとナナはわたしのつたない説明を聞くまでもなく分かっているようで、にやついている。
 ゴウか、わたしのどちらを笑っているのかまでは分からないな。
「さっきのパスワードを入力してください、って画面のことをゴウは覚えていますか?」
「おう。覚えてる覚えてる」
「その画面の時に、わたしのパソコンに入るためのパスワードを入力すると天才ハッカーになれます」
 ここまでの話を頭の中でまとめているようでゴウが目をつぶって、うなっている。
「つまり……さっきのパスワードの画面で、それぞれのパソコンを操作するための暗号を入力すれば。例えばサンのパソコンでもナナのものを操作できるってことだな」
「そうです」
「わたしが、ハチのパソコンのパスワードを知っていれば操作できるってことか」
「それはやめてほしいですね」
 そう、つっこむと。ゴウの目が輝きだした気がする。
「なんだなんだ……ハチにも見られたくないことがあるのかよ? 笑ったりしないからさ教えてみろよ」
 これ以上、激しく頭を撫でられると髪の毛がなくなってしまいそうなので。隠していることをさっさとゴウに教えた。
「日記を書いているんです」
「日記って、毎日か?」
「できるだけ毎日、書くようにしてます」
 かなり意外だったようでゴウが驚いた表情をしている。
「わたしが忘れっぽいのは知ってますよね。だから日記を書いておけば、それとなく対策ができるかな? と思って」
 だけど、その日記を書いていることをたまに忘れるので変な空白期間があったりする。実際に今まで忘れていたしな。
「その日記、どんな内容を書いている?」
 ナナもわたしの日記に興味があるのか食いついてきていた。
「ミステリー小説みたいな……面白いことは書いてないですよ。その日にあった出来事を覚えている限り書いているだけなので」
「それで良い。あとで読ませてくれ」
「はあ。まあ、はい」
 別に良いか……わたしもナナがむきむきの半裸の男性が苦手なことを知ってしまったんだから。
「それじゃあ、ハチの部屋に行くのか?」
「いや。その前にロクに説明するつもりだ。良かったらサンも一緒に来るかい?」
「わたしはパス。皆の部屋を調べるのもな。ハチの日記は気になるけど、好奇心は色々と殺しにくるらしいから。部屋で筋トレをしているよ。そもそも探偵役は向いてないと思うしさ」
 頭電話も使えないから用があるなら部屋に来てくれ。とサンは続けていた。
「分かったよ。それじゃあ……ゴウ。ハチ。外に出ようか」
「あの、んんっ」
 まだ、わたしがなにを言おうとしているのか分かってないはずなのに。ゴウに後ろから抱きしめられて右手で口を塞がれてしまう。
「邪魔をして悪かったな、サン。筋トレがんばってくれよ」
「ん。ああ、ありがとう。ゴウ」
 部屋の扉の隙間から見えているサンの顔もどこか不思議そうにしていた。
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