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貧乏くじ①
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食堂に入る前に見えた廊下の窓の光は青だった。シイが殺された、正確には壊されたかもしれないがそのことについて話し合うために館のアンドロイドが集まっていて。
テーブルのホワイトボードから玉子サンドとカツサンドが出てきた。
「本当にハチは食べることが好きよね」
大きめの玉子サンドを頬ばっていると、ドリンクコーナーの付近に立つロクが冷ややかな目でこちらを見る。
「ロク、ハチに八つ当たりするなよ。普段なら夕食の時間帯なんだから」
ロクの近くの椅子に座るゴウが自分の髪をくしゃくしゃにした。
「ここはハチを見倣い皆も夕食でもどうだい、腹が減っていては頭も回らないだろう」
「わたしもナナに賛成よ。シイが殺されたのは残念だけど今は冷静になるべきだわ」
わたしの向かいに座るナナはナポリタン、さらに奥の窓際にいたイチもホワイトボードに書きこんでいる。彼女はシチューを注文していたようだ。
テーブルに背中を向けていたゴウも椅子ごと肉体を反転させてホワイトボードにペンを走らせた。
ニイとサンとロクは満腹らしく動こうとしない。
わたしの隣に座るサンはテーブルに顔面をくっつけたままで話を聞いているのかさえも分からない。
「皆は誰がシイを殺したと思っているの」
食堂の出入口の前に立つニイの声が響くが、誰も答えなかった。
「殺されたシイを最初に見つけたハチの話によれば斧でばらばらにされていたから、相当な腕力のある存在だとわたしは考えているんだけど」
「基本的な腕力の強さは年功序列でしたっけ」
イチから順番に力が弱くなるからハチが一番非力ということになるわね、とニイが解説してくれる。
「あの斧を使えるぐらいの腕力だったら、それこそ一番弱い」
「やめろと言っただろう、ロク。今は夕食の時間帯だともな。ニイも気持ちは分かるが後にしてくれ」
「ごめんなさい。今はゆっくりと夕食を楽しんで」
ロクの不満そうな顔を見かねてか、ゴウが自分のオムライスを彼女に食べさせていた。
「これは独り言だけど、シイを見つける前にハチはわたしと一緒にいた」
五分ほどハチを部屋の前で待たせていたが、あれほどばらばらにするのは不可能だと思う。とナナが続けるが他のアンドロイドたちは反応なし。
皆の食事を見ていてか、ニイもドリンクコーナーからワイン瓶をいくつか取り出してサンの向かいの席に腰かける。
人間の作法として正しくないであろうラッパ飲みでニイが次々とワイン瓶を空っぽにしていく。
「ハチも飲んでみる」
顔を赤くしたニイがこちらにワイン瓶を傾けた。
人間なら年齢制限があるらしいがアンドロイドのわたしには関係ないはず。ワイングラスを受け取りニイに赤い液体を注いでもらう。
「ニイ、わたしにもお酒をくれない」
サンが上半身をのっそりと起こした。寝不足の時みたいに目の下に隈ができている。
「顔色が悪いし、飲まないほうが良いんじゃない」
酔いたい、という一言だけで全て分かったらしく赤い液体を注いだワイングラスをニイがサンの前に移動させた。
「ナナもどうかしら」
「わたしは下戸なんだ。それにハチがお酒を飲む姿をはっきりと見ておきたかったり」
「二十歳の娘と一緒に酒を飲むような感覚ですね」
「ハチに娘がいたとは驚きだな。どれどれ、わたしも酔った姿を拝ませてもらおうかな」
酔っ払ってないのにおどけているゴウがこちらに椅子を動かす。
「お酒は薬みたいに苦いんでしょうか」
「赤ワインだけど甘くて、ジュースに近いわ」
ぬいぐるみを抱きしめないと安眠できないサンも飲めるんだから大丈夫なはず。彼女がこちらに顔を向ける。
心を読まれてなかったようで、目が合うとサンがにこやかな表情をしてくれた。
赤い液体を口の中に流しこむ。ニイの言っていた通りに甘くて、電気を舐めているような感覚。
まだ美味しいとは言ってないのに、ニイがワイングラスに注ぎ足している。
「ニイにはテレパシー機能があったりとか」
「そんな機能はないわね。だけど今のハチを見たら誰でも同じことをしていたと思うわよ」
ちびちびとワインを飲む。なんとなくニイとゴウとナナと顔を合わせづらいからか天井に視線を。
「お開きね。こんなぬるい空気じゃ真剣な話なんか絶対にでき」
ロクと目が合った、ように思ったけど彼女の分身だったらしく消えてしまう。想像以上に算数が苦手なハチは酔っ払ってそうだな。
「とにかく皆がここに集まってくれているんだから部屋にいるほうが安全だわ。ホワイトボードもあるから食料にも困らない」
「言いたいことは分かるが、今はできるだけ」
「ごめんね、ゴウ。団体行動が苦手なのよ。それにこの状況でわたしが誰かに壊されたとしたら外部犯がいる証明になるんじゃない」
外部犯の可能性もないとは言い切れないが、博士以外の生物がこの館を出入りしているなんてあるのだろうか。
「わたしはロクの意見もありと思っているから止めたりはしないが」
「犯人を特定するためには、どうやっても仲間外れが存在するんだから結果的に良かったでしょう」
ロクの言葉の真意に気づいてか、ナナが目を丸くした。
「なにが目的か知らないけど謝るならさっさとしたほうが良いわよ。シイを壊しちゃった誰かさんは」
人間じゃなくてアンドロイドを破壊しただけなんだから許してもらえるかもしれないし。
そんな捨て台詞とともに、ロクは堂々と食堂から出た。どんよりとした空気が漂っている気がする。
テーブルのホワイトボードから玉子サンドとカツサンドが出てきた。
「本当にハチは食べることが好きよね」
大きめの玉子サンドを頬ばっていると、ドリンクコーナーの付近に立つロクが冷ややかな目でこちらを見る。
「ロク、ハチに八つ当たりするなよ。普段なら夕食の時間帯なんだから」
ロクの近くの椅子に座るゴウが自分の髪をくしゃくしゃにした。
「ここはハチを見倣い皆も夕食でもどうだい、腹が減っていては頭も回らないだろう」
「わたしもナナに賛成よ。シイが殺されたのは残念だけど今は冷静になるべきだわ」
わたしの向かいに座るナナはナポリタン、さらに奥の窓際にいたイチもホワイトボードに書きこんでいる。彼女はシチューを注文していたようだ。
テーブルに背中を向けていたゴウも椅子ごと肉体を反転させてホワイトボードにペンを走らせた。
ニイとサンとロクは満腹らしく動こうとしない。
わたしの隣に座るサンはテーブルに顔面をくっつけたままで話を聞いているのかさえも分からない。
「皆は誰がシイを殺したと思っているの」
食堂の出入口の前に立つニイの声が響くが、誰も答えなかった。
「殺されたシイを最初に見つけたハチの話によれば斧でばらばらにされていたから、相当な腕力のある存在だとわたしは考えているんだけど」
「基本的な腕力の強さは年功序列でしたっけ」
イチから順番に力が弱くなるからハチが一番非力ということになるわね、とニイが解説してくれる。
「あの斧を使えるぐらいの腕力だったら、それこそ一番弱い」
「やめろと言っただろう、ロク。今は夕食の時間帯だともな。ニイも気持ちは分かるが後にしてくれ」
「ごめんなさい。今はゆっくりと夕食を楽しんで」
ロクの不満そうな顔を見かねてか、ゴウが自分のオムライスを彼女に食べさせていた。
「これは独り言だけど、シイを見つける前にハチはわたしと一緒にいた」
五分ほどハチを部屋の前で待たせていたが、あれほどばらばらにするのは不可能だと思う。とナナが続けるが他のアンドロイドたちは反応なし。
皆の食事を見ていてか、ニイもドリンクコーナーからワイン瓶をいくつか取り出してサンの向かいの席に腰かける。
人間の作法として正しくないであろうラッパ飲みでニイが次々とワイン瓶を空っぽにしていく。
「ハチも飲んでみる」
顔を赤くしたニイがこちらにワイン瓶を傾けた。
人間なら年齢制限があるらしいがアンドロイドのわたしには関係ないはず。ワイングラスを受け取りニイに赤い液体を注いでもらう。
「ニイ、わたしにもお酒をくれない」
サンが上半身をのっそりと起こした。寝不足の時みたいに目の下に隈ができている。
「顔色が悪いし、飲まないほうが良いんじゃない」
酔いたい、という一言だけで全て分かったらしく赤い液体を注いだワイングラスをニイがサンの前に移動させた。
「ナナもどうかしら」
「わたしは下戸なんだ。それにハチがお酒を飲む姿をはっきりと見ておきたかったり」
「二十歳の娘と一緒に酒を飲むような感覚ですね」
「ハチに娘がいたとは驚きだな。どれどれ、わたしも酔った姿を拝ませてもらおうかな」
酔っ払ってないのにおどけているゴウがこちらに椅子を動かす。
「お酒は薬みたいに苦いんでしょうか」
「赤ワインだけど甘くて、ジュースに近いわ」
ぬいぐるみを抱きしめないと安眠できないサンも飲めるんだから大丈夫なはず。彼女がこちらに顔を向ける。
心を読まれてなかったようで、目が合うとサンがにこやかな表情をしてくれた。
赤い液体を口の中に流しこむ。ニイの言っていた通りに甘くて、電気を舐めているような感覚。
まだ美味しいとは言ってないのに、ニイがワイングラスに注ぎ足している。
「ニイにはテレパシー機能があったりとか」
「そんな機能はないわね。だけど今のハチを見たら誰でも同じことをしていたと思うわよ」
ちびちびとワインを飲む。なんとなくニイとゴウとナナと顔を合わせづらいからか天井に視線を。
「お開きね。こんなぬるい空気じゃ真剣な話なんか絶対にでき」
ロクと目が合った、ように思ったけど彼女の分身だったらしく消えてしまう。想像以上に算数が苦手なハチは酔っ払ってそうだな。
「とにかく皆がここに集まってくれているんだから部屋にいるほうが安全だわ。ホワイトボードもあるから食料にも困らない」
「言いたいことは分かるが、今はできるだけ」
「ごめんね、ゴウ。団体行動が苦手なのよ。それにこの状況でわたしが誰かに壊されたとしたら外部犯がいる証明になるんじゃない」
外部犯の可能性もないとは言い切れないが、博士以外の生物がこの館を出入りしているなんてあるのだろうか。
「わたしはロクの意見もありと思っているから止めたりはしないが」
「犯人を特定するためには、どうやっても仲間外れが存在するんだから結果的に良かったでしょう」
ロクの言葉の真意に気づいてか、ナナが目を丸くした。
「なにが目的か知らないけど謝るならさっさとしたほうが良いわよ。シイを壊しちゃった誰かさんは」
人間じゃなくてアンドロイドを破壊しただけなんだから許してもらえるかもしれないし。
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