こどくな患者達

赤衣 桃

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一人目①

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 この館のどのアンドロイドも人間になれる可能性がある、ただし選ばれるのは一人だけ。もしもこの事実を証明したいのなら、きみたちをメンテナンスしている存在に確認すれば良い。
 なんてメールがそれぞれのアンドロイドの部屋のパソコンに届いたのが二週間ほど前。
 誰が送ってきたか分からなかったがわたしや他のアンドロイドが秘密裏にメッセージを一斉送信することはできた。
 こんなメッセージを送ってきた可能性は二つ。
 わざと誤った情報を流して殺し合いをさせようとしている。アンドロイドなんだから壊し合いのほうが正しい気もするけど細かい部分はスルーしよう。
 もう一つは、すでにアンドロイドが人間になれる方法を知る誰かがわざと全員に教えた。
 ナナの推測によると、一人で他のメンバーを壊すよりもアンドロイド特有の欲求を利用して同士討ちさせるほうが効率的に。
「頭がこんがらがってきました」
「メッセージを送った誰かさんは、アンドロイドの人間になりたい欲求を利用して殺し合いをさせたいことだけは確定だ」
「わたしやナナにその欲望はなさそうですが」
「まだ生まれてからそんなに時間が経ってないからだろう。ハチの話によれば少なくともニイとシイは人間に憧れている傾向があったみたいだし」
「つまりイチとサンも人間に憧れている」
 ナナが頷き、自分の部屋のベッドに座りなおす。パソコンの画面を見すぎて疲れたのか目を閉じて、左右のまぶたを両手でそれぞれに撫でる。
「このメッセージが全て正しいという確証もないんですよね、アンドロイドが人間になれるという部分以外は。博士が前例のはずなので」
 パソコンに向けていた肉体の正面をベッドに座るナナのほうへ移動させた。
「だったら、この館にいる全員が人間になることができると情報の上書きを」
「一時的には疑心暗鬼や殺し合いを止められるかもしれないが根本的な解決にならない」
 実行したいのであれば確実に全員を人間にできる方法が分かってから、どちらにしてもその作戦自体に意味がなさそうだけど。
 と口にするナナがベッドの上に仰向けに倒れる。
「どうして意味がないんでしょうか」
「アンドロイドと人間の違いを誰も正確に説明することができないからさ」
「博士は人間なので比較はできるのでは」
「生物だとしても人間という種族かどうかは不明で調べ方も分からない。極端な話、博士が犯人か共犯の可能性だってある」
 ナナの推測通り、人間と違う生物だからこそ博士は三階のあの部屋から出られない。なのに館から姿を消せているのは不思議すぎる。
「アンドロイドが人間になれるという情報が、デマだとしたら犯人の目的は」
「悪戯か、本気でこの館のアンドロイド全員を殺したい動機があるかな」
 悪戯の場合は博士が手伝っている可能性が高い。わたしに託したメッセージもハチを驚かせるために用意するほどの手の込みよう。
 ハチは博士の一番のお気に入りだから、からかうのが楽しいんだと思うとナナがまとめた。
「わたしたちを破壊したい動機がある場合は」
「アンドロイドとはいえ感情のようなデータがあるけれど相性が悪い程度で殺したいレベルに到達するとは思いたくないね」
 食堂でシイがニイとは相性が悪いみたいなことを言っていたっけ。
 ニイに対して殺意があっても、わたしに話したりはしないか。できるだけ自分の胸の中に隠しておきたいのが人間的な考え方だし。
「ナナは悪戯と本気のどちらだと」
「人間になれるなんて不確かな情報で殺そうとするアンドロイドはこの館にいないはずだよ」
 柔らかな口調でナナが力強く口にする。
「悪戯だとしたら、発案者はイチしかいないかと」
「イチは悪戯が大好きだし。博士のハチに他のメンバーとのコミュニケーションを促したいという願望と一致したとかかな」
 悪戯説が本当だとすると性格表も相手を疑ったり身を守る武器ではなくて、どのように接すれば良いかの道標みたいな情報になるのか。
「現実的というか悪戯説だと納得をできる点が多いですね」
「ハチが言うように確実な情報だけで組み立てた説なんだし筋が通っていて当たり前さ」
「ナナはへそ曲がりなんですか」
「八割は正しかったとしても、残りの二割が外れるのも事実だろう」
 まともそうな理論だけど騙されている気がした。
 ナナが立ち上がり、壁のフックに引っかけていた黒いチェック柄で茶色のクロッシェと呼ばれる帽子をかぶる。
 帽子は男性的なのに短めのスカートを穿いているのでちぐはぐな感じだった。
 回転椅子をできるだけ元の状態に戻して、部屋の扉を開けてくれているナナを横切って廊下に出た。
 オートロックの音が聞こえて、すぐに。
「ナナ。ハチ。聞きたいことがあるんだけど」
 廊下を南のほうから歩いてきたイチが、こちらに手を振る。
 相変わらず動きづらそうな服装だと思いつつ見ていたらイチの目が輝きだした。
「ハチもこんなスカートを穿いてみたいとか考えるようになったのかしら」
「クラゲみたいなスカートだと思っただけです」
 シースルーではないが透明な水色をしていてイチが歩くたびに奇妙な動きをするからクラゲに見えてしまったに違いない。
「ナナはどうかしら」
「カエルの卵を真っ二つにしたようなスカートだと個人的には思ったよ」
「クラゲにカエルの卵、残念ながらナナの負けね」
 勝負はさておき、クラゲスカートの話は本題ではなかったようでイチの顔つきが険しくなっていく。
 イチの話によると、一階の南側にあるフリースペースの開かない扉の近くの壁に立てかけてあった斧がなくなっていたらしい。
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