少年少女のくすぶった感情ども

赤衣 桃

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善人の選ぶ平和

第36話

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「サキ。どうかしたの?」
「へっ」
 ソファーに座るサキの顔を隣にいるアヤがのぞきこんでいる。
「お……お姉ちゃん」
 サキは頭を押さえながら視線を動かして、自宅のリビングにいることを彼女は確認しているようだ。
「そうだよ。お姉ちゃんだよ。頭が痛いの? 休むなら学校に連絡しとくけど」
「ううん、大丈夫。ただの寝不足だと思う」
 アヤに見えるように首を大きく横に振ってサキが笑みを浮かべた。
「なるほど。お姉ちゃん不足か」
「寝不足だってば!」
 抱きついてきたアヤを見てサキが目を丸くする。
「お姉ちゃん、寝癖は?」
 首を傾げるアヤのつややかな黒髪をサキがなでるように触った。
「んー、寝癖。お姉ちゃんはしっかり者だから寝癖なんてないよ」
「そっか。そうだよね」
 なんでわたし、お姉ちゃんに寝癖のことを。
「やっぱり疲れているんじゃないの。今日は学校を休んだら」
「大丈夫だって。ほらほら、元気だよ」
 アヤに元気な姿を見せるためか、サキはテーブルの上にあったフレンチトーストをすべて一気に口の中に入れている。



 サキは朝食を終えて鞄をつかみ玄関の扉から外に出ると塀にもたれかかっているヌイと目が合った。
「おはよう。サキちゃん」
「おはようございます。ハリヤマさん」
 サキがそう返事をするとヌイが不思議そうに目を見開き近寄っている。
「サキちゃんだよね」
 サキの目の前で立ち止まりヌイがその顔をのぞきこむ。とつぜんの行動で驚いたのか彼女がそっぽを向いてしまった。
 ヌイから距離をとろうとしたようでサキが後ろに下が……玄関の扉から出てきたアヤとぶつかった。
「こら、ヌイ。わたしのかわいい妹にちょっかいをかけるなんて」
「お姉ちゃん。誤解だよ」
「サキ。こういうことは泣き寝入りしたらダメなんだよ。そのかわいい顔を見られたんだから相手の顔を殴らないと」
「歩けなくなっちゃうよ!」
 サキのつっこみが面白かったようでヌイが大声で笑いだした。そんな姿を見てアヤも毒気を抜かれてしまったらしく振りあげていた拳をおろしている。
「気のせいみたいだね。なんかいつもと違うような気がしたからさ、大人びた感じかな」
「セクハラだぞ、ヌイ」
「お姉さんがこんなんだから、余計にそう思ったんだろうね」
「ヌイ、やっぱり殴られ。サキ……どうかしたの」
 ヌイに殴りかかろうとしたアヤが動きをとめた。彼女の視線の先には笑いながら涙を流しているサキの姿が。
「えっ、なんで」
 自覚がないらしくサキは自分が泣いていることに戸惑っているようだ。
「笑いすぎたの?」
「違うと思う」
「お姉さんが暴力的すぎて悲しくなったとか」
「お姉ちゃんのそれはいつものことなので」
 サキの言葉でショックを受けたようでアヤが少しだけふらついている。
「あっ、でもお姉ちゃんのことは好き」
「お姉ちゃんもサキのことが好きだよー」
 アヤにサキは抱きしめられてしまった。
「やっぱり今日はちょっと違うみたいだな」
 抱きしめあっている二人から視線を逸らしつつ、ヌイは唇を動かしていた。



「ねえ、わたしってどこかヘンかな」
 昼休み。サキはカスリとキヌにそんな感じの奇妙な質問をしていた。
「天然ではあるかな、メルヘンって感じ。でも悪い意味じゃないね。いじめたくなるというのか色々なことを教えたくなるというか」
 カスリの返事にサキの隣に座るキヌも大きくうなずいている。
「そういうのじゃなくて。こう、いつものわたしと違ってないかな? と思って」
 彼女の向かいに座っているカスリの言葉が意外なものだったのかサキの頬が赤くなっていた。
「間違いさがしだったら、寝癖ぐらいしか気にならないけどね」
「えっ、どこどこ」
「ここだよ。ちょっとだけど、はねているね」
 サキの後頭部を指差しキヌが寝癖の位置を教えている。かなり強力なようで彼女はなおすのを諦めてしまったようだ。
「寝癖とかでもなくて、雰囲気みたいなもの。とか言うのかな」
「いつもと同じだと思うけどね」
 カスリは椅子から立ち上がってサキに近寄り青みがかった黒髪のにおいをかぐ。
「シャンプーを変えたね」
「いやいや。いつもと同じなんですが」
 髪を触られるのが恥ずかしいようでサキがカスリから顔を逸らす。
「それじゃあ、ポニーテールにしてみようか」
「なんに対してのそれじゃあ?」
 カスリの提案にサキが首を傾げている。
「まあまあ、たまにはいいじゃん。サキの髪はつややかできれいだから触りたくなるんだよね」
 そんな風にほめながらキヌもサキの青みがかった黒髪を触れていた。
「えーと、なにしているの」
 紙パックのりんごジュースを飲みながら、教室に戻ってきたユイがサキの青みがかった黒髪を触っているカスリとキヌをうらやましそうに見つめる。
「スキンシップだと思うよ」
「ふーん、あたしも触っていい?」
「わたしの髪の毛が足りているなら、別にいいよ」
 サキのジョークを聞き、軽く笑うとユイはカスリが座っていた椅子に腰をおろした。
「今日はやめとくよ。できれば二人きりの時にでも触らせてほしいな」
「うん。いいよ。その時はわたしもユイちゃんの髪を触らせてね」
「相変わらずサキはおこちゃまだな。まあ、そこが良いところなんだけどさ」
「おーい、ルイノ。ちょっとだけいいか」
 サキとユイが声のしたほうに身体を向けている。照れくさそうに頭をかくカサナが立っていた。
「悪いな。話している時に」
「んーん……大丈夫だよ。それでなにか用事なの。アキグチくん」
「告白とかじゃない。ねえ、アキグチ」
 ユイがにやつき、カサナをからかっている。なにかを感じとったのかサキの髪を触っているカスリとキヌも笑う。
「告白、ああ。髪フェチなんだね。でも、さすがに男の子に触らせるのは抵抗があるから、ごめんね」
「ルイノ。勝手におれを髪フェチにしないでくれ」
 胸にいちもつがあったらしく、カサナがため息をついている。
「今日はおれじゃなくて先輩がルイノに用事があるんだってさ。廊下にいるからさ、ちょっとだけ付き合ってくれないか」
「いいけど。アキグチくんの先輩って野球部の?」
 カサナはうなずくと教室の出入り口のほうへ歩きだした。カスリとキヌに髪をはなしてもらい、サキも追いかけていく。
「先輩。ルイノを連れてきました」
 廊下で待っていたキズナにカサナが声をかけた。窓からの青空を見ることに集中していたようで彼が驚いた表情をする。
「ああ。悪いが二人だけにしてもらえるかな」
 カサナは戸惑いながらも教室に戻っていった。
「あの、初対面ですよね」
「まあ、一応はそうなるね」
 キズナがサキの顔を見つめている。
「君は分かりやすいから本当に助かるよ」
 そしてキズナはいつものように指ぱっちんした。
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