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身を焦がすほどのひそかな恋

第27話

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「え?」
 ヌイの秘密を聞きサキはもっていたペットボトルのりんごジュースを手放してしまった。
 中身がこぼれないようにキャッチをしたヌイがペットボトルのりんごジュースをサキに渡している。
「あっ、ありがとうございます。それよりもさっきのことは本当ですか」
「うん。本当だね。まあ、正確には脳みその時間を戻して記憶する前の状態にしている感じかな」
「記憶消去じゃないですね」
 一定の記憶を覚える前の状態に戻しているんだし記憶回帰かな、ヘンな言葉になるけど。
「そうだね。まあ、サキちゃんが」
「それはやっぱりダメですよ。ハリヤマさんもそのことは分かっているでしょう」
「そうだね。今のは忘れといてね」
「分かりました」



 電車に乗って……あいていた座席にサキとヌイは並んで腰をおろした。
 色々なことがあり疲れたのかサキは口もとを右手で隠しながら小さくあくびをする。
「サキちゃんの今の気持ち、メンタリズムで当ててみよっか」
「当てられるものなら当ててみてほしいですね」
 にやついているヌイにつられてかサキも浮きでてきた涙をぬぐいつつ笑う。
「今の気持ちは眠たいですね」
「な……なぜに、それを」
「サキちゃんが眠そうな顔をしていたので」
「メンタリズムとは全く関係がないような」
 閉まりかけている扉をくぐり抜けようとした女性がいたからか警笛の音が響いた。乗り降りをする扉のすぐ近くにある座席に息をととのえてから彼女は腰かけていた。
「知り合い?」
 サキが女性を見つめているのが気になりでもしたのかヌイが彼女の顔をのぞきこんでいる。
「いえ。でも……電車とかで色々と想像をするのが好きなんですよね」
「想像?」
 電車が動きだし、景色が流れていく。
「たとえば今わたしが見ていた女性はどうして駆けこみ乗車をしたんだろうな、とか」
「連想ゲームみたいな感じか」
「そうですね……わたしは階段をおりている最中にハイヒールが脱げちゃったんだと」
 ヌイが気づかれないように女性の黒いハイヒールを見ている。どこかでこすってしまったようで少し傷ついていた。
「なるほどねえ。お兄さんは急な仕事でこの電車に乗らないといけなくなったんだと思うな」
 女性は時間を気にしているのか右手で握りしめているスマートフォンをにらむ。
「仕事だったらスーツ姿では」
 駆けこみ乗車をしたことで火照っているのか女性はカーディガンを左手で軽くはためかせている。
「ファッション関係の仕事をしているのかも」
「それにしては少しオシャレすぎるような」
「だったら」
 ヌイがつぶやこうとした直前、電車がとまった。乗り降りをする扉が開くと女性はとびおりプラットホームに立っていた男性の背中を軽く叩いた。
「どっちもはずれだったみたいだね」
「ですね」



 いつの前にか眠ってしまっていたのかサキはヌイにもたれかかっている。
 ヌイも眠っているようで隣のサキが起きたことに気づいていない様子。
「ん? あっ……ごめん。寝ていたみたいだね」
 軽く伸びをしながらヌイがうなり声をだす。
「あれっ、もしかして寝過ごしちゃったとか」
「いえ。大丈夫ですよ」
「それならいいんだけど」
 サキが目を合わせてくれないのを不思議に思っているようでヌイは首を傾げていた。
 電車がターミナル駅に到着をするとサキとヌイは下車する。自動改札機を通り抜け、ゲームセンターのほうへ歩いていく。
「ちょっとだけ寄っていく?」
 ゲームセンターの前を通りすぎる途中ヌイが顎でしゃくった。
「今度でいいですよ。それに制服ですし」
「ヘンなところが真面目だよね」
 もしかして今のはデートの約束になるのかな。
「サキちゃん、どうかした? 顔が赤いけど」
「夕日のせいかと。ゲームセンター、そんなに好きなんですか」
「ちょっとした思い出があるからね」
「女の子とですか」
「ないしょ。お兄さんにも恥ずかしいって気持ちがあるみたいだからね」
 自分にとって都合のいい想像でもしたのかヌイに見えないようにサキが小さく首を横に振っている。
 足もとにはりついている黒い影を置き去りにするようにサキは走りだした。



 シンショウ中学校の近くのスーパーマーケットで買いものをしてからサキは自宅に向かっている。
 ヌイにはキャリーバッグや鞄を家へと先に運んでもらうために別行動をとっていた。
「おっ、やっぱりサキじゃん」
 サキが白線の上を綱渡りでもしているかのように歩いているとカスリが後ろから右肩を軽く叩いた。
「まっすぐに帰るところ?」
「んー、そうだね。スーパーに寄り道をしちゃっているけど」
 サキが食材などを詰めたビニール袋をもち上げてカスリに見せている。
「ふーん、そっか。それにしては時間が」
 カスリは奇妙なことに気づいたようで、にやつきながらサキの顔を見つめていた。
「優等生のサキちゃん、鞄はどうしたの?」
「えっと、お姉ちゃんに預かってもらって」
「あれれ? おかしいなー。ついさっきアヤさんとそのへんで出会ったんだけどな」
「ほ……本当に」
 慌てているようでサキの声が震える。
「ごめんごめん。嘘だよ。でもさ、サキは隠しごとできないのもかわいいところだよね」
 サキを安心させるためなのかカスリが彼女の両肩を軽く叩く。
「あのね、カスリちゃん」
「いいよ。いいよ。分かっているつもりだからさ、サキが話したくなったらきちんと教えてねー」
「うん。その時はちゃんと教えるね」
「楽しみにしているから、がんばりなよ。サキ」
 サキに大きく手を振りつつカスリは足早に曲がり角のほうへと姿を消してしまった。



 サキは自宅にもどって夕飯の用意をした。
 夕食をとったあと、アヤとサキは一緒にお風呂に入ることに。
 入浴をしている最中……アヤは一緒に寝てくれるようにサキに提案している。彼女はそれをあっさりと了承した。
 入浴のあとサキはパジャマに着替えて、歯をみがいてからアヤの部屋へ。
 その途中リビングのソファーで眠っているヌイを見つけてか、サキがほころんだ。
「おやすみなさい」
 起こさないようにヌイの頭をなでたあと、サキはすばやくリビングを出ていき階段をあがっていく。
「んー、なにか良いことでもあったの。サキ」
 慌てた様子で部屋に入ってきて、うれしそうな顔をしていたサキをアヤが不思議そうに見つめる。
「んーん、なんでもないよ。電気……消すね」
「うん。お願い」
 ベッドに寝転んでいるアヤが天井のほうに右手をのばして左右に振った。
 サキがスイッチを押すとアヤの部屋が暗くなる。
「おやすみなさい。お姉ちゃん」
「おやすみ。サキ」
 布団の中に入ったサキはゆっくりと目を閉じた。
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