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身を焦がすほどのひそかな恋
第23話
しおりを挟む「サキちゃん、大丈夫?」
顔を青ざめるサキのほうにヌイが近づいている。
なにかにおびえているようにヌイの両手を握り、サキがなん回も謝罪をしていた。
「サキ。とりあえず、ここに座ろっか」
アヤがスペースをあけて、ベッドを右手で叩く。
「お言葉に甘えて座ろうか。サキちゃん」
サキはうなずき、ヌイの両手を握ったままでアヤの隣にゆっくりと座る。
パイプ椅子を移動させて、サキの目の前にヌイも腰をおろしていた。
「落ち着いてきた?」
サキの表情がやわらかくなったように見えたのかヌイが笑みを浮かべる。
「はい。なんとか」
「ムリしなくていいよ」
「もう大丈夫です」
それにもう終わってしまったんだから。今さら、どうしようもないことだ。
「死んじゃったの?」
なにかに気づいたようでサキの顔を見ながらアヤが唇を動かす。無意識なのか彼女は流れている涙をぬぐおうとしない。
「多分……ベニナワさんが」
「そっか」
やっと自分が泣いていたことに気づいたらしく、アヤは涙をふいている。
「まだエニシが死んだと決まったわけじゃ」
「それじゃあ聞いてもらえますか……わたしの仮説を。それからベニナワさんに連絡をとっても遅くはないと思いますよ」
間違いなら笑い話になるが、もし仮説が当たっていたのなら。
サキは大きく首を横に振っていた。
「さっき体育館で白い怪物に襲われたことは言いましたよね」
「言っていたね。親玉がお腹を蹴られて内臓がとびだしちゃったとか、なんとか」
サキの両手が震えているからか、ヌイは冗談めかした調子で口にする。
アヤも彼女の不安そうな顔つきを見てか、サキを後ろから抱きしめていた。
「その時に白い怪物の右足に血がついたことも言いましたよね」
「言って」
なにかに気づいたようでヌイが黙ってしまう。
「もしも、あの人が自分の死をなかったことにしたのなら白い怪物の右足についた血も消えると思うんですよね」
「でも実際には血が残っている。いや、死んだことはなかったことにできないのかもしれない」
「けどさ、死んでないじゃん。親玉は」
アヤがヌイにつっこんでいる。
「死んだのをなかったことにはできないけど。他の誰かに死んだことをなすりつけられるなら、結果は同じ」
サキの目から涙があふれていた。
もしくは、わたしの見分けたりする力を一時的になかったことにする能力で無効にしてから白い怪物の幻覚でベニナワさんの姿に……どちらにしても。
「それだけの能力だとしたら、リスクはあるはずだとは思うけど。かなり厄介なことに」
「その能力をつかってエニシを殺した」
ヌイの言葉をさえぎり、アヤがつぶやく。
「真っ先に殺された理由は能力だろうね。なかったことにする能力に対抗をできるのが分かったから」
「お姉ちゃん」
「へへっ、大丈夫だよ。サキはこーんなに小さい頃からネガティブというかちょっぴり心配性なところがあるよね」
サキの頭をなでると、アヤはベッドからとびおり上靴を履いている。彼女がそっぽを向いた。
「もうすぐ昼休みも終わるでしょう。サキも教室に戻らないとね」
「でも」
「大丈夫だってエニシは生きているよ。お姉ちゃんが保証をするからさ。だから先に教室に」
「うん……分かった。また、あとでね」
サキはベッドから立ち上がり、ヌイに会釈をして保健室からそそくさと出ていった。
「連絡しようか」
「わたしがするから、ヌイは黙っていて」
アヤはスカートのポケットからスマートフォンを取りだしてエニシに電話をかけたが。
「はっはーん。エニシのやつ学校だからって電源を切っているんだな。全く、真面目すぎるんだから」
「教室に戻るか」
「ごめん……頭が痛いからさ。ここで寝てる。先生には上手く言いわけしておいて」
「分かったよ」
パイプ椅子から立ち上がったヌイは、うなだれているアヤを横切り保健室から出た。廊下を歩く上靴の音だけが響いていく。
ベッドに座りなおしアヤがもう一回エニシに電話をかけた。なん回も、なん回も……なん回も。
アヤがスマートフォンを床に落としてしまう。
「勝ち逃げしないでよ、ばか」
放課後。サキはエニシが所属していた教室の近くにいる女子生徒に確認をしていた。
女子生徒は質問に答えるとサキが泣きそうな顔をしたからか、ひどく慌てている。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。ごめんなさい。質問のほう、ありがとうございます」
「う、うん。えっと……あのアヤちゃんの妹さんだよね。お姉さんに似ていてかわいいね」
女子生徒はサキの気を晴らそうとしているようでほめ言葉を並べた。
「かわいいかは分からないですけど、お姉ちゃんに似ていて良かったと思ってます」
「んん、うー、そういう堅苦しい感じはアヤちゃんとは違うみたいだね。もっともっとこうフランクに話していいんだよ」
「でも先輩風が吹いているので」
「どのへんから!」
にやつくサキを見てか、うれしそうに女子生徒が笑っている。
「やるねー。てっきり、つっこみタイプだと思ってたから油断していたよ」
女子生徒がサキの肩を軽く叩いた。
「女の子は笑顔が一番だよ。嫌なことがあっても、悲しいことがあっても、笑わないと。それに好きな男の子にはできるだけかわいい姿を見てもらわないとね」
「持論ですか?」
「ん、う……うん。まあね。わたしレベルの女の子になると笑顔だけで男の子を悩殺できちゃうんだ」
「大変ですね」
「つっこんであげてよー。わたしがダメになる」
「ほめまくって成長するタイプかと」
「ほめ殺しになっちゃっているんだよ」
「あれっ、サキちゃん?」
サキと女子生徒がしゃべっていると隣の教室から出てきたヌイが話しかけている。
「良かったー。今からサキちゃんの教室に行こうとしてたんだよね」
「そ……そうなんですか。あの、お姉ちゃんは?」
サキの慌てる姿を見つめて女子生徒がにやつく。
「お姉さんならここに」
「親友のアヤちゃん! 一緒に帰ろう」
教室から顔を出しているアヤに、女子生徒は詰めより声をかけた。
「ツムギ。なにを言って」
「ええー、さっき約束したじゃん。放課後に遊びに行こうってさ」
「そうだっけ?」
首を傾げているアヤを尻目にサキになにかを伝えようとしているのかツムギが唇を動かす。
ツムギのきらきらとした視線がヌイのほうに向けられているのに気づき、サキは首を横に振る。
「忘れていたんじゃないか? 今日は色々とあったからな」
「そうだけどさ。うーん……まあ、いっか。サキのことお願いね、ヌイ」
納得するとツムギとともにアヤはどこかへ。
遠ざかっていくツムギがほんの一瞬、サキの顔を見てウインクをしていた。
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