少年少女のくすぶった感情ども

赤衣 桃

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ツインかくれんぼ

第18話

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「お……おねえ」
「しっ。あんまり大きな声でしゃべらない、あいつに気づかれるかもしれない」
 トイレの個室に引きずりこんだアヤは左手でサキの口をふさぎつつ耳もとでささやいた。
 サキがうなずくと、アヤは左手を口からはなして木製の壁にもたれかかる。
 アヤと向かい合わせになるようにサキもピンクのタイルの壁に背中をくっつけた。
「あいつって、ジンノさんのこと?」
「そう。サキはあいつの能力でなにかをされたからヘンに思うかもしれないけど相手は怪物の親玉なんだよ」
 そんなアヤの言葉に腹を立てたのかサキが彼女の顔をにらみつけている。
「ヘンなのはお姉ちゃんだよ。わたしの知っているお姉ちゃんはむやみに人を疑ったりしない……ハリヤマさんのことだって本当は信じていたよね」
「ヌイとは友達だったからそういうことを分かっているつもりだった。けど、あいつは知らない。疑うのは普通じゃない」
 サキの態度につられてかアヤも声が大きくなっていた。
「やっぱりヘンだよ。はっきりとは言えないけど、なにかあったの? お姉ちゃん」
「別になんにもないよ。でも、頭ごなしに否定したのは良くなかったね。ごめん」
 アヤは胸に手を当てて深呼吸をくり返す。
「消臭剤のにおいがする」
「トイレだからね、ここ」
 いつものアヤらしい言葉を聞けたおかげかサキの表情もやわらかくなった。
「一応……今からあいつを怪物の親玉だと確信している理由を説明するけどサキは信じないだろうね」
「うん。わたしはジンノさんのことを信頼しきっているみたいだから」
 サキっぽい発言に安心したのかアヤがにやつく。
「確認だけど。お姉ちゃんやヌイ、ついでにエニシの能力のことは覚えているんだよね」
「うん。切る能力、触れたものの時間を戻す能力。それと触ったものをくっつける能力」
「お姉ちゃんとヌイの能力はその解釈でいいけど。エニシだけはちょっと違うかな」
 アヤが困った様子で人差し指で頬をかいている。
「あー、そっか。サキはテーブルとポットがくっついたことしか知らなかったのか……それなら分からなくて当然。悪いのエニシだけだ」
「お姉ちゃん、ベニナワさんになにかされたの」
 勝手に納得をして、うなずいているアヤをサキは心配そうに見つめている。
「なんにもないよ。まあ、今回はそのエニシの能力のおかげであいつを怪物の親玉だと認識をできたんだから感謝しないとね」
 サキの頭をアヤが左手でなでた。
「エニシの能力は左手で触ったものに対し、なにかを定着させることができるんだよ」
「定着?」
「そう。くっつけるでもいいんだけど、ニュアンスが違うから嫌なんだってさ。かたくるしすぎるやつだよ……全く」
「それは物理的じゃなくてもできるから、ってことじゃないの」
 ぶーたれているアヤにサキはそう聞く。
「むー。本当、サキはエニシと考えかたが似ているんだね。お姉ちゃんなんか三回ぐらい説明を聞いてやっとこさ分かったのに」
 腹いせなのか、サキの頬をアヤは右手で軽くひっぱっている。
「サキの言うとおり。テーブルとポットをくっつけたりするだけじゃなく今みたいに左手で頭を触っている生きものに、特定の記憶を忘れないようにすることもできる」
「ベニナワさんに頭をなでてもらったんだね。お姉ちゃんは」
「そっちはどうでもいいでしょう」
 アヤは頭をなでるのをやめてサキの左の頬も指先で挟んでいる。その時の姉とエニシの光景を頭の中で浮かべているのか彼女がにやけていた。
「とにかく……お姉ちゃんはエニシの能力でジンノキズナのことを敵だと忘れないようにしてもらったの、分かった?」
「それは分かったけど、なんでお姉ちゃんにだけ。わたしとハリヤマさんも忘れないようにしておいてくれたら良かったのに」
 サキの疑問を聞き、アヤは右手の人差し指と中指をのばしてピースサインをする。
「それはできないんだよ。エニシがくっつけたり、なにかを忘れないようにできるのは一つだけ。たとえば……テーブルとポットをくっつけるために能力をつかったあと。お姉ちゃんにあいつのことを忘れないようにするとテーブルとポットのほうの効果が消えちゃうんだ」
「能力を発動したあと、もう一回べつのことに能力をつかうと上書きされちゃうってことか」
「そんな感じ。多分だけど、今のお姉ちゃんの状態であいつのなかったことにする能力をつかわれたら同じように上書きされちゃうと思う」
 中指を曲げながらアヤはうなずいた。
「お姉ちゃんに能力をつかったのはサキがこういうヘンな空間に引きずりこまれちゃった時に、一緒に引きずりこまれる可能性が一番高かったから」
「姉妹だから血もつながってるし……同じカテゴリの人間として選ばれる可能性が高かった、ってことだね」
「そういうこと。正直、あいつもお姉ちゃんがここに引きずりこまれたのは。いや、あえて一緒に引きずりこんだのかもしれないね」
「えっ……なんで?」
「サキは気にしなくていいの。お姉ちゃんがこれで切っちゃえばいいだけの話なんだし」
 アヤが自分の寝癖に触れている。
「そうだよ。お姉ちゃんがさっさとあいつをやっつければわざわざ説明する必要もない。サキはここ、じゃなくてもいいけど安全そうな場所で待って」
「ぜんぜん良くない」
 サキの低い声にアヤは驚いた表情を、うなだれている妹が気になるのか彼女は右手をのばして。
「お姉ちゃんってさ、いつもそうだよね」
 右手の動きがとまってしまった。
「わたしのこと、んーん。自分の力だけでなんでもできるってさ……いっつも思っている」
 だから能力のことも事情も、それに妹のわたしにさえも頼ろうとしてくれない。
「ち、違うよ。お姉ちゃんは」
「うん。分かっているよ。この感情はわたしのわがままだって。お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、お母さんとお父さんがいないからこそがんばってくれているってことも」
 サキは顔を上げてアヤの顔を見つめる。
「でもね、そんなお姉ちゃんだからわたしの弱さが分からない。それはしょうがないことなんだよ」
 お姉ちゃんは強くて、かっこよくて、好きなのは認めるけど……それと同じぐらい。
 サキは大きく首を横に振っている。
「説明してくれないんでしょう? だったらここにいる必要もないね。お姉ちゃんの邪魔はしないけどさ、わたしの邪魔もしないで。おねがい」
 サキが個室から出ようとすると。
「あいつにはスマートフォンがつかえるかどうかを試していたから、時間がかかったって言うんだよ」
 アヤの顔を見ないままでサキはうなずいていた。
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