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電車内のおやじ狩りに注意
第11話
しおりを挟む女性が黒っぽい背広を着ている男性にメール内容を教えたのとほぼ同時に電車がとまった。
電車の扉が開いたのを確認し女性は立ちあがる。
「それじゃあ、ここなんで」
「ああ。気をつけてね、最近は色々と物騒な事件が多いみたいだからね」
女性はうなずくとプラットホームのほうへと姿を消してしまう。彼女と入れ替わるように電車の扉が閉まる直前にヌイが乗車をした。
「ぎりぎりセーフ。あれ? 今朝の」
ヌイは肩で息をしながら座席に腰をおろしている黒っぽい背広を着ている男性に目を向ける。
「奇遇だね」
「ええ、なにか良いことでもあったんですか。今朝と違って、ずいぶんと晴れ晴れとしているような」
「まあね。それよりも妹さんは?」
「家まで送ってきたところです」
ヌイの言葉を聞いて、なにかしらの事情があると想像したらしく黒っぽい背広を着ている男性はそれ以上は言及をしなかった。
電車が動きだし、ヌイは黒っぽい背広を着ている男性の向かいがわの席に座る。
「なにを聞いてるんですか?」
「ああ。最近の若者たちの主張ってところかな……なかなか面白い内容でね」
「取材とかそんな感じですか」
「そんなところだ。聞いてみるかい」
黒っぽい背広を着ている男性は、上着のポケットからボイスレコーダーを取りだしイヤホンジャックを抜こうとしていた。
「いいですよ。ぼくらだけとはいえ電車内ですからね、迷惑になります」
「それもそうだな」
残念そうな様子で黒っぽい背広を着ている男性はイヤホンジャックを抜こうとするのをやめる。
「それよりも気になることがあるので聞いてもいいですかね」
「君もなかなか物好きだね。まあいい、なんなりと聞いてくれ」
「ゲームセンターで出会った栗色の髪をした女の子を殺したのはどうしてですか?」
黒っぽい背広を着ている男性は左耳に押しこんでいたイヤーピースをはずして、ボイスレコーダーのスイッチを切る。
ボイスレコーダーを傍らに立てかけていた鞄の中に入れるとヌイのいるほうに前かがみになった。
「栗色の髪をした女の子を殺した」
「そのままの意味です。ゲームセンターのクレーンゲームでしたかね……その場所で栗色の髪の女の子と話してましたよね」
「なんだ、見られていたのか。話しかけてくれれば良かったのに」
黒っぽい背広を着ている男性の右手の甲に血管がなん本も浮きでている。
「さすがにサキちゃんをかばいつつ、あなたと戦うのは不利だと思ったので。知らない女の子の命よりもそちらのほうがぼくにとっては重かったですし」
「なるほど。さっきのパーカーの女の子も君とつながりがあったわけか」
黒っぽい背広を着ている男性は座席の背もたれに身体をあずけた。
「いつから気づいていたんだい、目の前のおじさんが人殺しだと」
「気づいたというか少し考えさせられることがありまして、その結果あなたが人殺しだと分かっただけです。ただの偶然というやつかと」
「運が悪かったようだね」
「そ」
黒っぽい背広を着ている男性の蹴りをヌイはとびあがるようにして避けた。
「おっとと、そうみたいですね。ぼくが考えさせられたことについては取材しなくていいんですか」
「なんとなく分かるよ。あの妹さん、サキちゃんと言っていたかな……その子の能力みたいなものなんだろう」
「さあ、どうですかね」
黒っぽい背広を着ている男性のほうを警戒しつつも後ろをちらちらと確認しているヌイ。
「駅員の心配をする必要はないよ。ここで殺すのは君だけだから」
「和解とかできませんかね」
「諦めてくれ」
「ですよねー」
黒っぽい背広を着ている男性に背を向けてヌイは思いきり走りだした。慌てているのもあり彼が電車の揺れとあいまって転びそうになる。
黒っぽい背広を着ている男性も早足でヌイを追いかけていく。
ムリヤリ金属の棒がへし折られた時のような奇妙な音がした。
ヌイが隣の車両へつづく扉を開けようとしたのとほぼ同時につり革がとんできた。先ほどの奇妙な音を聞き、すでに予測をしていたのか座席に勢いよく座るように彼は避けた。
座らされたヌイに黒っぽい背広を着ている男性がゆうぜんと迫っていく。
ヌイのみぞおちに黒っぽい背広を着ている男性の右足がめりこんだ。顔をゆがめ、唾液をとばす。
みぞおちにめりこんでいる右足を折ろうと考えたのかヌイは左手で固定し、右の拳を振りおろした。
拳が黒っぽい背広を着ている男性の右足に当たるよりもほんの一瞬だけはやく……ヌイのあごがはね上がった。
勢いよく後頭部を車窓にぶつけながらも、ヌイは黒っぽい背広を着ている男性がつり革を握っているのを。
意識がとんだのかヌイが黒っぽい背広を着ている男性の右足をはなしてしまった。
「さよならだな」
黒っぽい背広を着ている男性は車窓をわり、ヌイをもちあげて電車の外へとほうり投げる。
砂利が散らばったような音がなん回かしたがすぐに静かになった。
黒っぽい背広を着ている男性が楽しそうに口笛を吹く。無意識だったのか口もとを右手で覆いかくすとやめてしまった。
「そろそろ出てきたらどうだい」
黒っぽい背広を着ている男性が隣の車両へつづく扉を見つめながら距離をとっている。
「えへへ。バレていましたか」
隣の車両へつづく扉を少しだけ開いて、先ほどのパーカーの女性もといアヤが顔をのぞかせた。
われている車窓から吹きこんできている風がアヤの前髪を揺らす。
「上手く隠れていたつもりなんだろうが、おじさんは視線にとても敏感でね」
「罪悪感で?」
アヤは自分の寝癖を軽くなでた。
「そんなところだ。けど、お嬢さんのほうが罪悪感というやつでいっぱいなんじゃないのかい」
黒っぽい背広を着ている男性の台詞にアヤが首を傾げている。
「友達……いや。彼氏だったのかな? お嬢さんがもう少しはやく」
「あー、ヌイのことか。だったら心配をしなくてもいいですよ。電車から落とされたていどで死ぬような男の子じゃないので」
「は?」
「そうだよね! ヌイ」
われている車窓をアヤが見た。つられて黒っぽい背広を着ている男性も思わず目を向けてしまう。
誰もいない。
黒っぽい背広を着ている男性が瞬時にアヤのほうに視線を戻そうと。
「おじさん、女の子には気をつけたほうがいいよ。こんな風にだまされやすいからさ」
黒っぽい背広を着ている男性の懐にはいりこんでいたアヤが日本刀で切りつけようとしていた。
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