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電車内のおやじ狩りに注意
第10話
しおりを挟むようやく親指が折れていることを自覚したらしく女の子の顔が青くなっていく。叫ぼうとした瞬間、黒っぽい背広を着ている男性に人差し指を折られてしまい彼女は口を閉じた。
涙目の女の子は折れている親指と人差し指を確認する。残りの指も折られるかもしれない……そんな不安をいだいているのか身体が震えていた。
「こわがらなくていいよ。ただ質問に答えるだけ、それがおじさんのお仕事。さっきみたいに手伝ってくれるよね」
女の子は返事をしようとしたが上手く言葉にできないまま唇の開閉をくり返す。
反応をしない女の子の中指を黒っぽい背広を着ている男性が親指と人差し指ではさむ。
涙を流しながら女の子は大きくうなずいた。
「ありがとう。ここは目立つし場所を変えようか」
ゲームセンターをはなれて、黒っぽい背広を着ている男性と女の子はその近くにあるそれほどつかわれてない公衆トイレに向かっていた。
公衆トイレの近くにターミナル駅はあるが利用者はそれほどいない。おまけに時間帯のせいもあり、人通りがさらに少なかった。
「運が良かったね。もしも誰かと出会ってたら君を殺していたよ。その知らないかたと一緒にね」
公衆トイレの個室に入ると一安心したようで黒っぽい背広を着ている男性がほほえむ。
便座に座っている女の子はうつむき鼻をすする。音を出さないように注意をしているのか、なん回もくり返していた。
「さて、そろそろ質問に答えてもらおうかな。あんまり時間もないからね」
女の子は小さくうなずいている。
スラックスのポケットの中からボイスレコーダーを取りだし黒っぽい背広を着ている男性はスイッチを入れた。
「そうだな。まず彼氏とのなれそめを聞かせてもらおうかな、できるだけ詳しく」
「かの……彼とは小学生からの友達でした。六年生になって、はじめての冬ぐらいだったと思います。その日は彼と雪だるまをつくっていて身体が冷えたから」
「慌てなくていいよ」
たどたどしい口調を気にしたのか黒っぽい背広を着ている男性が女の子の頭を軽くなでる。
「ひ、冷えたから彼のほうもつめたいと思って手を握りました。そしたら、彼も握りかえしてくれて。そういう気持ちになったのかキスをされました」
「なかなか野性的な彼氏のようだね」
女の子の回答に満足をしたらしく黒っぽい背広を着ている男性が口笛を吹く。
「おっと……つい口笛を吹いてしまったな。さてと次の質問は」
黒っぽい背広を着ている男性の質問にていねいに女の子は答える。どの回答も彼を満足させてくれるもののようで上機嫌だった。
「ありがとう。これが最後の質問だ」
黒っぽい背広を着ている男性はボイスレコーダーのスイッチを切る。
「彼氏のいる場所へ行くか。彼氏に来てもらうか。好きなほうを選んで」
公衆トイレの近くに設置をされたベンチに座る、黒っぽい背広を着ている男性が紺色の手帳になにかを書いている。
黒っぽい背広を着ている男性が上半身を起こす。気になることでもあったようで公衆トイレに視線を向けた。
事件でもあったのか公衆トイレはブルーシートで覆って、周りをバリケードテープで何重にも囲う。
「警察も大変だな」
夕暮れで身体が冷えてきたようで黒っぽい背広を着ている男性が上着のポケットに手を入れて、ぎこちなく口笛を吹いた。
続きは帰ってからしようと考えたらしく、紺色の手帳とボールペンを上着のポケットに入れている。
机代わりにしていた鞄をもち黒っぽい背広を着ている男性はベンチから立ちあがった。
ターミナル駅へ向かい、切符を買うと自動改札機を通り抜けた。プラットホームに通じている階段をおりていく……電車がとまっているのが見えたのか黒っぽい背広を着ている男性が早足になっている。
慌てて飛び乗る必要はなかったようで、しばらく電車は動かなかった。
電車内に黒っぽい背広を着ている男性以外に乗客はいないのかエンジン音のようなものだけが響いている。
エンジン音に合わせて口笛を吹き、黒っぽい背広を着ている男性は座席のはしっこに腰をおろした。
鞄からボイスレコーダーとイヤホンを取りだす。
ボイスレコーダーにイヤホンジャックを差しこみ黒っぽい背広を着ている男性は左耳にイヤーピースを押しこむ。
ボイスレコーダーの再生ボタンとリピートボタンを押すと上着のポケットに入れる。
左耳から流れてくる心地よい音楽に心を奪われたようで黒っぽい背広を着ている男性は目を閉じた。
「おっと、寝過ごしてしまったか」
黒っぽい背広を着ている男性は目を開けると首を横に振って、周りを確認している。
太陽が全て沈んだのか車窓は黒く染まっていた。運行をしている最中らしく時折、白い光が横切っていく。
「よく寝ていましたね」
黒っぽい背広を着ている男性が声のしたところに顔を向けた。
パーカーのフードを被っており顔は見えないが、胸が隆起していて声が高いので女性なのだろう。
「ん……ああ。そうみたいだね。できれば次の駅を教えてもらえるかな」
女性は次の駅の名前を教えてジーンズのポケットからスマートフォンを取りだした。
面白いメールでも届いていたのかスマートフォンの液晶画面を見て女性は空気をもらすように小さく笑う。
「どうかしたのかい?」
「あー、いえ。友達から面白いメールが届いていたので。ついつい笑ってしまいました」
「そう。良かったらそのメールの内容をおじさんに教えてもらえるかな」
女性が不審に思っているのを感じたのか黒っぽい背広を着ている男性は笑顔をつくった。
「ごめんごめん。おじさんは物書きをしていてね。取材みたいなことをするのが悪癖になってしまっているんだよ」
「そうなんですか。でも……こんなメールの内容が参考になるんですか」
「内容自体はどうでもいいんだ。そういうやりとりを聞かせてもらうだけでも物書きとしてのインスピレーションを与えられるからね」
「変わっていますね」
女性が肩を揺らしながら笑っている。
「ああ。自覚しているよ」
黒っぽい背広を着ている男性の左耳の奥、イヤーピースの穴からなん回もなん回も女の子の声だけが再生をされていた。
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