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電車内のおやじ狩りに注意
第8話
しおりを挟むしばらくの間、サキの左手を引っぱり前を歩いていたヌイが立ち止まった。
「サキちゃん」
「はい」
「デートってなにするの?」
サキのほうを振りかえりながら真面目な顔つきでヌイが質問をしている。
「ゲームセンターに行ったり、二人きりでカラオケしたりするんだと思いますよ」
恋人同士だったらキスとかしたりすると思うけどあんまり意識はされてなさそうだな。
「なるほど。じゃあ、とりあえずゲームセンターに行ってみようか」
「はい」
ヌイとサキはふたたび歩きだす。
風が吹いて、サキの青みがかった黒髪が揺れる。すれ違っていく人々の視線が気になるのか頬も赤く染まっていた。
どこかから歌が聞こえてきている。それが自分が口ずさんでいるものだとは気づいてないらしくサキは視線をあちこちに動かす。
手をつないだままでシンショウ中学校とは反対の方向にヌイとサキは歩いていく。
「それ、なんの曲?」
「へ?」
前を歩いているヌイにいきなり声をかけられサキは歌うのをやめてしまった。
「どこかで聞いたことあるんだけど思い出せなくてね」
「わたしも分かりません。うれしいときとかに自然と口ずさんでいるみたいで」
「ふーん、うれしいときにか」
「はい。うれしいときにです」
ヌイにつられてなのか、サキもぎこちなく笑顔をつくっていた。
駅前に到着をするとヌイが立ち止まる。隣に並ぶサキも同じように動きをとめた。
「どうかしました?」
サキがヌイの横顔を見つめている。
「ごめんごめん。ゲームセンターがどっちだったかど忘れしちゃっただけ」
「女の子と遊びすぎでは」
「今日がはじめてだって……サキちゃんは甘いものが好きだったよね?」
「はい。好きで」
なにかが見えたようでヌイの後ろを歩く黒っぽい背広を着ている男性にサキが視線を向けていた。
気のせいかな? 一瞬……アキグチくんみたいにあの人の身体全体が光っていたような。
「サキちゃん?」
「あっ……えと、甘いもの好きです。大好きです」
ヌイのほうにサキが視線を戻す。さっきまで彼女が見ていた黒っぽい背広を着ている男性を彼がいちべつする。
「サキちゃんのタイプだったの」
「ち、違いますよ。知り合いに似ていたので、ついつい見ちゃっただけです」
「そっか」
「そんなことより甘いものって」
「ん? ああ。この辺りに冷めないスイートポテトを売っている移動販売車があるんだ。それを一緒に食べようとか思ったんだけど、さっき朝食を」
「大丈夫です。わたしは育ち盛りですから」
サキの言葉を聞いたからかヌイの顔がほころぶ。
「オッケー。ちょっとだけそこで待っていて、すぐにお兄さんが買ってくるからさ」
駅前に設置されているベンチをヌイが指差した。
「わたしも一緒に行きますよ」
「実はそのスイートポテト、ちょっと変わっていてさ……見てからのお楽しみということで」
サキの左手をはなすと移動販売車があるであろう方向へヌイが走りだした。彼女もなんとか追いかけようとしたが姿が見えなくなってしまい、大人しくベンチで待つことにしたようだ。
「陸上部に入ればいいのに」
ぼやいていたが恋愛ドラマのワンシーンみたいな状況だな……とでも思ったようでサキはにやついていた。
「すみません。ちょっといいですか?」
ヌイが話しかけると黒っぽい背広の男性はいぶかしげに振り向いた。
「まさかあなたの息子だとか言わないだろうね」
「いえ。誰かに言われたことがあるんですか」
「ついさっきね、高校生ぐらいの娘だったが」
ヌイの冗談に付き合ってあげたのか黒っぽい背広を着ている男性が表情をゆるめる。
「それでなんの用かな。さっきの恋人にプレゼントを渡すためにお金を借りに来ましたなんて言わないでくれよ」
黒っぽい背広を着ている男性は警戒しているのか視線を泳がせる。右手にもっている鞄を背中のほうに移動させて、いつでも逃げられるように肩幅まで足をひろげていた。
時間帯のせいもあり、ヌイと黒っぽい背広を着ている男性以外には人気がなく互いの息づかいが聞こえてきそうだった。
「警戒されているようですけど、こんな時間に強盗なんてしませんよ。それにこの辺りは閑静とはいえ住宅街ですから。ほら、監視カメラもありますし」
黒っぽい背広を着ている男性がヌイの視線の先を確認する。
ヌイの言っていたとおり電柱に監視カメラが設置されている。飼い主に名前を呼ばれたペットのように監視カメラが黒っぽい背広を着ている男性のほうに動いた。
「確かに君の言うとおりだな。気を悪くしたなら、すまないね」
「お気になさらず。最近、物騒な事件がありましたからね。警戒をするのも無理はないかと」
「物騒な事件?」
黒っぽい背広を着ている男性が視線を鋭くする。
「ええ。知りませんか? 一昨日のニュースだったような……この辺でカップルが殺されてしまったんですよ」
「初耳だね」
「そうですか。カップルの殺害方法が印象的というか、とても陰惨なものだったので記憶に残っていると思ったんですけどね」
あてが外れたようでヌイが残念そうにしていた。
「それだけ陰惨なものなら逆に覚えていたくないと脳みそが働いてしまう場合もあるのでは」
「そういう考えかたもありますね。ぼくも悪い結果だったテストのことはすぐに忘れてしまいますし」
黒っぽい背広を着ている男性が腕時計を見た。
「悪いがあんまり時間がなくてね。用事があるなら手短にしてくれないか」
「こちらこそ、すみません。小さい頃からムダな話をするのが大好きでして。用事というより質問ですね、アンケートだと思って気軽に答えてください」
「分かった。それでどんなアンケートかな」
「はい……ぼくとあの女の子がカップルだと思ったのはどうしてですか? そのことだけをあなたから聞きたかった」
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