少年少女のくすぶった感情ども

赤衣 桃

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失恋プレイボール

第1話

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 ルイノサキは目を覚ました。
 ヘンな夢。大きい日本刀でたくさんの黒い湯気のような塊を切りまくるなんて。でも、とっても楽しそうに笑っていたな……わたし。
 ストレス? まあ、どうでもいっか。
 サキはベッドからすばやく起きあがり、洗面所に向かおうと部屋を出た。階段をおりて、リビングを横切っていく。廊下であくびをしている彼女の姉であるアヤと顔を合わせた。
「んー、やー。サキ……おはよう」
 だらしない笑顔をつくっているアヤがサキのほうに近寄っていく。
 またパジャマがはだけている。今のお姉ちゃんを見たらクラスの男子もさすがに幻滅するだろうな。
 洗面所のほうから来たから顔を洗ったりしたはずなのに、なんで寝癖がそのままなんだろう。面倒になったのかな?
「おはよう……お姉ちゃん。昨日も徹夜でゲームをしていたの?」
「ふふっ、正解。ははーん、さてはお姉ちゃん博士だな。サキ」
 アヤがサキの目の前で立ち止まる。
「そんな博士はいないと思うよ」
「そっか。そうかもねー」
 サキの頭をなでるとアヤはリビングに向かう。
「子ども扱いしないでほしいな」
 アヤになでられたところを触りながらサキは不満そうに口にしていた。



 サキは朝食をとり、鞄をもって玄関の扉を開けると……アヤの同級生のハリヤマヌイがいつものように待っていた。
 塀にもたれかかって本を読んでいたヌイが家からサキが出てきたことに気づき、そちらのほうに視線を向けた。
「おっ。やー、サキちゃん。おはよう。今日もかわいいね」
 ヌイは本を鞄にしまうと屈託のない笑顔をつくりサキのほうに近づいていく。
 サキは思わず目を逸らしてしまった。
 顔とか赤くなってないかな?
 サキの反応を見てか、立ち止まったヌイがばつが悪そうに人差し指で頬をかく。
「お……おはようございます。ハリヤマさん」
「ヌイで良いって。アヤ、お姉さんもそんな感じで呼んでいるしさ」
「先輩ですから」
 サキがようやくヌイの顔を真っすぐに見た。
「そっか。サキちゃんは律儀なんだね」
 サキがこわがらないように意識をしているようでヌイは明るめの口調で話しかけている。
 あと一年で同じクラスの男子たちがハリヤマさんみたいになれるとはとても思えないな。
「ハリヤマさんって宇宙人に誘拐をされたこととかありますか?」
「ん? ないけど。なにかの心理テスト?」
 うぅ、そのかわいい顔でそんな風に首をかしげるポーズは反則すぎませんか……ハリヤマさん。
「えっと、そんなところですね」
「よかったら結果を教えてくれる」
 珍しく、サキから話題を振ってきたことがうれしかったのかヌイが笑いかける。
「あ、その」
「サキ。おまたせ」
 サキが返事を言いあぐねているとその右肩をアヤに軽く叩かれた。
「おはよう、アヤ。寝癖なおってないけど?」
 ヌイが自分の頭を指差し、アヤに寝癖のある位置を教えている。
「んー、あー、女の子のお茶目ってことで」
 アヤが寝癖ではねた自分の黒髪をなでる。
「それはだらしないやつの言いわけ」
「ちゃんとする時はちゃんとしてるんだから、別にいいでしょう。母親か!」
 サキを盾のようにしつつ、アヤは舌を出してヌイに抗議した。
「いや。父親だと思うんだが?」
「ハリヤマさん。そういうことじゃないですよ」
 サキが弱々しくつっこむとヌイは笑う。
「ちゃんと分かってるよ。サキちゃんは優しいね」
「そんなこともないかと」
 お姉ちゃんもだけど、どうしてそんなに真っすぐ自分の気持ちを言えるんだろう。
「おい。こら……ヌイ。わたしのかわいすぎる妹をたぶらかすんじゃない」
 サキが恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見たからかアヤは眉をひそめている。
「かわいい妹は共有をするべきでは?」
「わたしの妹である必要はないってこと」
 サキの右手を引っぱり、アヤは力強く彼女を抱きしめた。
「お姉ちゃん。恥ずかしいよ」
「サキは誰にも渡さないから」
 尊重するべきサキの言葉を無視して、ヌイの顔をアヤはしばらくの間にらみつけていた。



 サキが校舎から体育館につながっている渡り廊下を歩いていると黄色い葉っぱがゆっくりと目の前に落ちてきた。
 思わずとっちゃったけど、どうしよう? これ。
「押し花にでもするの?」
 体操服を着ているマイイツユイが寒そうに両手をポケットに入れたままでサキがもつ黄色い葉っぱを見つめる。
「んーん。なんとなくほしくなったんだと思う」
 サキは黄色い葉っぱの細くて枝のようなところを親指と人差し指ではさみ回転をさせていた。
「あっ。そういえばアキグチが放課後にサキに用事があるとか言っていたよ」
「アキグチくんが? なんだろう? さっき話してくれたら良かったのに」
 サキの子どもっぽい反応を確認したからかユイがにやつく。
「サキはおこちゃまだな。放課後の用事なんてさ、一つしかないじゃん」
「部活か。けど今さら勧誘とかされても」
 しかもアキグチくんって野球部だったような……マネージャーも大変そうだし。断らせてもらおう。
「まあ、サキには王子さまがいるから関係ないか」
「な、なんのことかな」
 青みがかった黒髪を揺らしつつ首を横に振るサキをユイがうれしそうに見ていた。
「いいのいいの。サキは自分の気持ちに正直に答えればそれでいいの。そうそう、間違ってもアキグチに同情したらダメだよ。余計に傷つけちゃうから」
「うん。分かった」
 アキグチくんにというか大変そうなマネージャーの方たちに対して同情しないように、って意味だよね。ユイちゃんが言いたいことは。
「春だねー」
「いや。秋だよ」
「そっか。そうだったねー」
 体育館のほうへと歩きだしたユイの背中をサキも追いかけていた。



 放課後。サキはアキグチカサナが所属をしている野球部の部室に向かうことに。
 教室を出て、廊下を歩いていると夕日の光とともに間違って翻訳されてしまった日本語のような運動部のかけ声がサキの耳にとどいた。
 下駄箱でスニーカーに履き替え、サキは運動部のかけ声が聞こえるほうに走っていく。
 学校のグラウンドに引かれている楕円形の白線にそって走り、周回している野球部の集団のいる辺りにサキはおもむろに近づいている。
 一人、また一人と野球部員がサキの顔を盗み見ては通りすぎていった。
「アキグチなら部室のほうにいるよ」
 野球部員の一人がサキの前で立ち止まり野球部の部室のほうを指差している。
「あ、ありがとうございます」
 どうして分かったんだろう? わたしがアキグチくんをさがしているって。
「ダメそうだな。せめてもの救いは同じように天然そうなところか」
「なにか?」
 野球部員のつぶやきにサキは首を傾げた。
「お姉さんにそっくりだなと思って」
「あー、そうですね。よく言われます」
「ごめんね。嫌なことを言ったようで」
 笑いながら頭をかいているサキに野球部員が深々と頭を下げた。
「えっと、頭を上げてください。それになんのことを言っているのか全く」
「こっちの勘違いならいいけど我慢をするのはあんまり良くないと思うよ。と先輩としてアドバイスをしておきます」
 野球部員はそう言うとサキに一礼し、周回をしている野球部の集団のもとに戻っていった。
「勘違いですよ。先輩」
 自分が思っていた以上に低くて、冷たい声が出たことにサキは驚いているようだ。
 もし今のわたしのこの感情に名前をつけるとしたら……なんてつけるべきなんだろうね。
 今朝ヌイがかわいらしく首を傾げたことでも思い出したのかサキは楽しそうに笑っていた。
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