上 下
50 / 50
第4章 悪夢の王国記念日編

第11話 イグニッション

しおりを挟む
 
 アクィラの姿が見えなくなると、レオンはその場でゆっくりと膝をつき、地面に倒れこみました。

「レオン伯爵大丈夫ですかな? 魔力不足で顔色も優れておりませんぞ」

 バロンが心配そうに声をかけると、レオンは息を荒げながらもかすかな笑みを浮かべ、「ご心配には及びません。私なら大丈夫です。それよりも、リトニア国王を一刻も早くお救いしなければ……」と、かすれた声で言いました。

「それについては俺が引き受けよう。レオン伯爵は今は自分を労うといい」
「……お気持ちはありがたいですが、そういう訳にはいきません」

 その時、奥からロローナ王女が現れ、優しく微笑みながら二人に話しかけました。

「お二人とも、本当にお疲れさまでした。おかげさまで、負傷者も出ずに済みましたわ」

「ロローナ王女様、リトニア国王の件は誠に申し訳ございません。私の力が至らぬばかりに……」と、バロンは深々と頭を下げました。

 ロローナはバロンの謝罪に首を振り、「いいえ、皆さんは立派に任務を果たしてくれました。今日は十分に力を尽くされましたから、後の片付けを済ませてゆっくり休みましょう」と、優しい声で答えました。そして彼女はそっと手をかざし、自身の魔力をレオンに少し分け与えました。

 その突然の行動にバロンとレオンは驚き、少し戸惑いながら問いかけました。

「え? どういう意味でしょうか? ビーリス公爵がお側についているから問題ない、ということでしょうか?」

 レオンの言葉にバロンも続けます。

「もしかして、これは何かの訓練だったのですか? つまり、我々は国王様やビーリス公爵に試されていたということですか?」とバロンが尋ねました。

 ロローナは微笑んで頷き、「えぇ、そういうことです。皆さんを驚かせてしまってごめんなさいね。でも安心してください。外の警備もリュレーン子爵から『異常なし』と報告が入っています」と答えました。

 それを聞いた二人は、肩の力が抜けたように「良かったぁ」と安堵の息を漏らしました。

 ふとレオンが思い出し、「そういえば、ちょうど爵位の昇爵や騎士団の部屋の入れ替えがある時期でしたね。私はさっきの戦闘で痺れて遅れてしまいましたから、もしかしたら降爵の可能性も……あぁ、不覚です」と肩を落とします。

 そんな彼に、バロンは「大丈夫だ。もし降爵するなら一緒だ」と励ましの言葉をかけました。

 二人は苦笑いを浮かべつつ片付けの準備に取り掛かります。

「そうそう、王国記念日の続きは今月末に改めて行いますよ」とロローナが告げると、二人は顔を見合わせました。「ちょうど八月三十一日はリトニア国王の誕生日でもあります。二週間後にはこの大広間を綺麗に整えて、皆さんと気持ちよくお祝いしましょう」と話し、ロローナは優しく微笑みました。


 話が一区切りついたのを見て、ソフィアはゼルたちに声をかけました。

「話は終わったようだが、君たち、そろそろお父上のところに顔を出さなくていいのかい? 今なら話すチャンスじゃないか?」

 ソフィアの言葉に、ゼルとメルジーナは目を合わせ、少し気まずそうな表情を見せます。

「やれやれ、貴族ってのは親とまともに話すこともできないのかい?」

 ゼルは立ち上がりながら、軽く肩をすくめて「貴族には貴族の面倒があるんだよ、ソフィア。それより、今回の件について君から何か教えてくれるか?」と問いかけます。

「ふむ、依頼主からは話さないよう厳命されてるのさ。それにしても、あの大火球を受けても無傷のこの大広間、なかなか驚かされるね」

 そんなやり取りをしていると、メルジーナとゼルが急にピシッと敬礼しました。

「おやおや、ついにこの私の偉大さに気づいたのかい?」とソフィアが冗談めかして言うと、二人はすぐに小声で返しました。

「お前にじゃねーよ」
「まさか、そんなことあるわけないでしょ」

 ソフィアが不思議に思って後ろを振り向くと、そこにはロローナ王女が静かに近づいてきていました。

「これはこれは、ロローナ王女。ご機嫌麗しゅうございます」とソフィアが気取った口調で挨拶すると、ゼルが小声で「おい、王女様にそんな口の聞き方するんじゃない」とたしなめます。

 ロローナはそのやり取りを微笑ましく見守りながら、穏やかな笑顔でソフィアに声をかけました。

「ソフィア様が開発されたこのビニール素材のおかげで、我々は無事に済みました。急なご依頼にもかかわらず対応してくださり、ありがとうございます。国王に代わりまして、改めてお礼を申し上げます」

 ロローナの感謝の言葉に、ゼルとメルジーナは驚きのあまり言葉が出ません。

「気にしないでくれたまえ。私もこの『透明極薄防護服』の改良点を探っている最中さ。実際の使用感や意見を、落ち着いたときにでも教えてもらえると助かるよ」

「もちろんです。落ち着きましたら、ぜひお伝えさせていただきます」

 ロローナが一礼した後、ゼルたちの方を向き直り、優しい笑顔で続けます。

「お二人とも、本当にお疲れ様でした。驚かせてしまってごめんなさいね」

「え? あ、ありがとうございます……。すみません、差し支えなければ教えていただきたいのですが、これは一体……。国王陛下や他の方々はご無事なんでしょうか?」

 ゼルは、ソフィアが答えなかった点についてロローナに問いかけます。

「はい、ご安心ください。これはいわゆる、貴族の皆様への試練の一環です。爵位昇格や部屋の入れ替えなどが近い時期ですからね。それでは、式典の続きは今月末に行う予定です。皆様もどうぞお楽しみに」

 ロローナが微笑んで立ち去ると、ゼルとメルジーナはほっとした表情で「良かったぁ」と息をつき、父と同じような反応を見せました。

 その様子を見ていたソフィアは、鼻のあたりをつまんで引っ張ると、『ビリビリッ』と音を立てて、透明な防護服を脱ぎました。透明な布地が破けて剥がれ落ちる様子に、ゼルとメルジーナは再び目を見張りました。

「それが、ロローナ王女が言っていた防護服なの?」

 メルジーナが尋ねると、ソフィアは得意げに頷きました。

「そうさ。これのおかげで、ビーリス公爵の鱗粉の影響を受けずに済んだってわけ。これで分かっただろう? 何も問題ないってことが」

「体が痺れたのは、ビーリス公爵の力だったのね。ああ、本当に試練で良かった! 安心したわ」

 メルジーナが安堵の表情を見せる中、ゼルは少し不満げに「まあ……な」とだけ応じました。

 その時、『パチンッ』とソフィアが指を鳴らし、みんなの注目を集めました。

「さて、我々も帰るとしよう。徹夜続きでさすがに疲れたよ」と、場を仕切るように言うと、ゆっくりと出口に向かいます。

 やがて、大広間から人々の姿が消え、静寂が戻りました。あとはリトニアたちが無事に戻るのを待つのみです。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約破棄を成立させた侯爵令嬢~自己陶酔の勘違い~

鷲原ほの
ファンタジー
侯爵令嬢マリアベル・フロージニス主催のお茶会に咲いた婚約破棄騒動。 浮気な婚約者が婚約破棄を突き付けるところから喜劇の物語は動き出す。 『完結』

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...