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第4章 悪夢の王国記念日編

第6話 ビーリスと国王

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 数日が経ったある夜、ビーリスはリトニア国王の前に姿を現しました。

「リトニア国王、お忙しい中、お時間を頂き誠に感謝いたします」

 頭を下げながら礼を述べ、ビーリスは片膝をつきました。

「やぁ、ビーリス君。僕たちの仲じゃないか。今は誰もいないんだから、そんなに堅苦しい敬語はよしてくれよ」

 リトニア国王は三十三歳の若きリーダーで、優雅さと穏やかさを兼ね備えた人物です。彼の髪はダークブラウンの短髪で、整った容姿が際立っています。鋭い目を持ちながらも、その視線には常に優しさが宿り、周囲に安心感を与えていました。王は細身でありながら堂々とした立ち姿を保ち、その存在感はひときわ目を引きます。彼が着ている衣装はリトニア王国の伝統を反映した美しい刺繍が施され、シンプルなデザインの王冠からも気品が漂います。

「ご配慮ありがとうございます」と、ビーリスは少し肩の力を抜きました。

 国王はビーリスの顔に貼られたガーゼに気付き、眉をひそめました。

「その頬のガーゼはどうしたんだい? またお友達と喧嘩でもしたのかい?」

「はい、そんなところです。お見苦しい姿をお見せして、申し訳ございません」

「仲直りはできたのかい?」

「いえ、まだです。事が落ち着き次第、お詫びしようと考えております」

 リトニア国王は微笑みながら「若いなぁ、ビーリス君は」と優しく声をかけました。その言葉に、ビーリスも少し笑みを浮かべますが、目にはどこか憂いが残っています。

「君がこの時期に僕と話をしたいってことは、例の件のことだね?」

「はい、そうです」ビーリスは一呼吸置いてから、静かに言葉を紡ぎました。

「もう一度お聞きします、リトニア国王……あなたの記憶が禁忌に触れるものであることを理解しています。それでも、どうか女神に会って、その記憶を差し出していただけないでしょうか?」

 リトニア国王は少し眉を上げ、ビーリスの言葉に反応しました。「彼女の能力、明晰夢世界ルシッドドリームワールドで物を取り出すことができる……という話だったかな?」

「はい。彼女の力を使えば、現代に存在しない者、たとえ亡くなった人であっても、現代に呼び戻すことが可能です」

 その言葉を聞いたリトニア国王の目が、一瞬鋭く光り、驚きが顔に浮かびました。

「それって……まさか、魔王や『七邪獣』ですら、復活させることができるということかい!?」

「おっしゃる通りです。しかし、彼女の本当の目的は、邪神が封印されている場所を知ることのようです」

 リトニア国王は腕を組み、しばし考え込みました。やがて、彼はゆっくりと口を開きました。「そこまで知られているのか……それならますます、僕は教えるわけにはいかなくなったね」

「そう……ですか……」ビーリスは落胆を隠せず、少しうつむきました。

「おや、そんな暗い顔をしないでくれ。僕だって君の力になりたいんだ」国王は優しく笑いかけますが、その声には慎重さが滲んでいました。

「邪神を封印している場所については教えることができるかもしれない。ただ、僕は彼女たちの真の目的を知りたい」

 ビーリスは一瞬希望を感じ、顔を上げます。

「彼女の話では、邪神の封印が解かれかけているので、それを完全に修復したいと……そう言っていました」

 リトニア国王は少し眉を寄せながらも、再び慎重に言葉を選びました。

「それが真実なら、協力できるとは思う。だが……その信憑性を確かめる必要があるね」

 ビーリスは期待に満ちた瞳で国王を見つめました。

「本当ですか!? 本当に協力していただけるのですか?」

 国王は軽くうなずきました。

「だって、彼女たちの目的が本当にそれだけなら、協力できるに越したことはないよね? お互いの利益が一致するなら、無理に争う必要なんてない。僕の未来視も万能じゃないし、見たいものを自由に見れるわけでもないんだ」

「未来視で、どこまで見えているのですか?」

 ビーリスは、慎重に問いかけました。

「君の作戦の全貌は、おおよそ見えているよ」

「どこまで、具体的に?」ビーリスの声は少し硬くなりました。

「君が仲間たちと計画を立て、王国記念日に実行しようとしていること……おそらく、ワープの類かな。そこを越えると、闇が広がっている。そして、その先で君が僕の腹に刃を突き立てている場面が見えたんだ」

「なるほど、作戦もバレているのですね」

 ビーリスは淡々と返事をしながら、内心の焦りを隠しました。

 リトニア国王は微笑を浮かべ、少し肩をすくめながら言いました。

「それを見た時、僕自身もこの能力を疑ったよ。でも、覚えておいてほしい。これは確定した未来じゃない。過去は変えられないけど、未来は君の手で簡単に変えられる。君次第でね」

 ビーリスは一瞬、国王の言葉を反芻し、意図を探りました。そして、冷静に答えました。

「おっしゃる通りです。未来は簡単に変えられます。たとえば……ここであなたを説得できなければ、今この場であなたを殺し、無理やり女神のもとへ連れて行くこともできるでしょう」

「だんだん物騒な話になってきたね」リトニア国王は、軽い調子でそう言いながらも、鋭い視線をビーリスに向けました。

「もっと前向きに考えていこうじゃないか。力でねじ伏せるより、交渉で解決する方がずっとスマートだろう?」

 ビーリスはしばらく黙考した後、小さくうなずきました。そして、ふと思いついたように「素朴な質問をよろしいでしょうか?」と口を開きました。

「なんだい?」

 リトニア国王は少し興味深そうに答えました。

「リトニア王国の王位は代々、特殊な力を継承していると聞いています。もし、仮にあなたを殺した場合、その力はエビネ王子に継承されるのでしょうか?」

 国王は少し驚いた表情を見せましたが、すぐに冷静さを取り戻しました。

「いいや、僕の弟であるドランジヤに継承されると思う。エビネはその次だね」

 ビーリスは、しばらく無言で国王を見つめました。その瞳には何かを計算するような冷静さが漂っていました。

「思う?」ビーリスは少し驚いたように問い返しました。「それに、弟さんがいらっしゃったのですか?」

 リトニア国王は軽くうなずきながら言葉を続けました。

「一応いるんだ。昔、この力をどちらが継承するべきかで、ドランジヤと喧嘩をしたことがあったんだ。でも、父上が急死したことで、僕に能力が継承された。それが決定打となって、ドランジヤは国を去ったんだよ。それ以来、彼が生きているのか、どこにいるのかすら分からない」

 国王は深く椅子に座り直し、天井を見上げながら、少し寂しげに続けました。

「だから、君も友達や仲間ともし喧嘩をしているなら、早めに仲直りすることをお勧めするよ。僕たち兄弟みたいに、喧嘩別れのまま永遠に会えなくなるかもしれない。後悔は遅いからね」

 ビーリスは一瞬、国王の言葉を受け止めるように考え込みましたが、やがて「そうですね。私も気をつけます」と静かに答えました。

 そして、ふと疑問を口にしました。「ところで……つかぬことをお聞きしますが、継承とは具体的にどのように行われるのですか?」

 国王は少し考えながら、ゆっくりと説明しました。

「継承には二つの方法がある。一つは、継承者が自らの意思で次の者に授ける継承だ。王族の血が流れていれば、誰にでも渡すことができる。もう一つは、継承者が死んだ時だ。その場合、最も強い意志と力を持つ王族がその能力を引き継ぐ。それで僕が選ばれたわけだよ」

「なるほど……ありがとうございます。もし弟さんがこの世にいなければ、エビネ王子が継承するということですね?」ビーリスは確認するように尋ねました。

「そうなるだろうね。そしてもし、王族が全滅してしまえば……代々受け継がれてきた能力も、記憶も、すべてが消えることになる」

 ビーリスはその言葉に軽くうなずき、視線を床に落としました。しかし、彼の口元には一瞬、冷ややかな笑みが浮かんでいました。それは、国王には見えない角度でした。やがて、ビーリスはゆっくりと顔を上げ、冷静な声で締めくくりました。

「それを聞いて、少し安心しました。今日はこの辺にしておきます。記憶の件については、もう一度ご検討いただければと思います。私としても、あなたに手をかけるようなことは望んでいませんから。それでは、失礼します」

 ビーリスは一礼し、静かに部屋を後にしようとしました。リトニア国王はその後ろ姿を見つめ、心の中で何かを飲み込むようにして、小さく息をつきました。

「あぁ、もう一度よく考えておくよ。君を敵に回したくないからね」

 リトニア国王の言葉に、ビーリスは立ち去ろうとしたが、ふと足を止めました。そして振り返り、確認するように問いかけました。

「最後に一つ、いいですか?」

 国王は柔らかく笑い、手を軽く振って答えます。

「あぁ、もちろんだとも。何でも聞いてくれ」

 ビーリスは少し息を整え、慎重に言葉を選びながら尋ねました。

「あなたの未来視に……私はどう映っていましたか?」

 その質問にリトニア国王は一瞬、思案するように目を閉じましたが、やがて静かに答えました。

「君は泣きながら、ある人と抱き合っているのが見えたよ」

 ビーリスはその言葉を聞いて、一瞬驚いたように目を見開きましたが、すぐに穏やかな表情を取り戻し、小さく微笑みました。

「いい未来ですね。教えて頂き、ありがとうございました」

 その言葉と共に、ビーリスは一礼し、静かにリトニア国王の前から立ち去りました。

 彼の姿が見えなくなると、国王は静寂に包まれた部屋の中で、再び天井を見上げました。しばらくの間、何も言わずにただじっと考え込んでいましたが、やがて独りごちるように低く呟きました。

「もしかして……ビーリス君が復活させたい人って――まさか……ね……」

 その答えが彼の胸に重く響き、静かな部屋に緊張感が漂います。

 窓から差し込む月光りが、リトニア国王の顔を柔らかく照らし、彼の表情に一瞬の陰影を与えました。何か大きな決断が迫っていることを予感しながら、国王は静かにその場に佇んでいました。
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