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第1章 夢見る少女の旅立ち編
プロローグ
しおりを挟む「卒業証書授与。アリア・ヴァレンティン。――前へ」
「はい!」
黒髪でボブカットの女性に名前を呼ばれ、イスから立ち上がったのは一人の少女でした。
その少女は学園長が待つ演台へと向かいました。
その少女の名前はアリア・ヴァレンティン。十歳で、魔法使いになる夢を抱く普通の女の子です。
今日はこちらの『シャマルティス・ジュニアスクール』の卒業式です。
アリアは鮮やかな紫色の髪を持っていて、その髪は少し波打ち、まるで紫色の宝石のような輝きを放っています。彼女の大きな瞳は、魅惑的な紫色で、その眼差しはアメジストを連想させます。紫色の円形の小さなネックレスと、中央に宝石のように綺麗な石が嵌められている黄金に輝くブレスレットを身に着けています。
「首席卒業、おめでとうございます。あなたの優れたリーダーシップと夢への情熱、そして努力は称賛に値します。年齢や性別に関係なく、優しさに溢れたあなたは卒業後も変わらず、在校生たちの誇りとなるでしょう。改めて卒業おめでとう」
一枚の卒業証書が手渡され、アリアは「ありがとう先生。私、頑張るね!」と元気よく応えました。
アリアの言葉の後、在校生たちも続いて感謝の言葉を述べます。
「アリアお姉ちゃん、おめでとうー!」
「俺たちのこと、忘れんなよー!」
満面の笑みを浮かべたアリアは演台からみんなに向けて手を振りながら言葉をかけました。
「ありがとうー! 元気でねー! また遊びに来るからーーー!」
「こほんっ。アリアさん、いい加減に進んでください。次に進めません」
学園長は白髪が美しい年老いた女性の先生で、魔法が得意。とても優しく、みんなに好かれています。
「あ! ごめんね、学園長!」
アリアはそのまま黒髪ボブカットのユーリ先生の所へ向かいます。
「準備はいいですね? ではアリアさん。行きますよ」
「大丈夫! 楽しみだなー!」
卒業証書を片手にアリアはルンルンな気分でユーリ先生とともに学園長室へ向かいました。
学園長室のドアの前で一度立ち止まります。
ユーリ先生はアリアに確認を取ります。
「いいですかアリアさん。お偉いさんなので、きちんと敬語を使ってくださいね。失礼します。本日はよろしくお願いします。ですよ?」
「うん! 分かった!」
「ほんとですか……?」
少し心配そうに思った先生でした。
そのままコンコンッとドアをノックすると、室内から「どうぞ」と渋い男性の声が聞こえました。
「失礼します」
ユーリ先生の後にアリアは続きます。
「失礼しまーす! 本日はよろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いします。どうぞこちらへお掛けください」
そう声をかけたのは渋い声の持ち主。その人物はアリア達とは違い、きちんとした身なりで、白髪で短髪の年老いた男性で、優しい笑みを浮かべてアリアを見つめました。隣には山吹色で喜怒哀楽が読み取れない表情のツインテールの若い女性が立っていました。
「よろしくお願いします!」
アリアは元気よく返事しました。
各地のジュニアスクールでは三年間頑張った卒業生に卒業特典として『ステータス鑑定状』が贈られます。これをギルド会館へと持っていくと、無料でステータス鑑定をしてもらえます。普段は三百クオンが必要となります。
卒業生のステータスを一秒でも早く見るため、鑑定士たちはわざわざ出向くのです。言わば出張鑑定です。
「では、お名前を教えてくれるかな?」
「はい! アリア・ヴァレンティンです!」
「アリア君だね。僕は王都のギルド会館で鑑定士をしているモーリーだ。この人は同じく鑑定士のライラ君だ。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします!」
モーリーと名乗った男性は、アリアの名前を確認し、ライラに1枚の紙を渡しました。
ライラは頷くと所持していた白紙の紙をモーリーの目の前に置きました。
「では、ステータス鑑定の前に、アリアちゃんはギルド会館でのお仕事には興味はあるかい?」
「はい! スクールを卒業した後、魔法の勉強をするため冒険に出るから、ギルド会館はお世話になると思います!」
「なるほど。なら、冒険者登録することをオススメするけどどうだい?」
「是非!」
「いいお返事を聞けて嬉しいよ。少し待っててね」
モーリーはアリアの返事を聞いた後、黒色の金属製のカードに魔力を込めました。
「はい。これがアリア君の冒険者カードだよ。これがあれば、どこのギルド会館でも仕事を斡旋してもらえるし、買い物で割引きなどの恩恵があるからね。ランクによって違いはあるけど。無くした場合はすぐにギルド会館に知らせてね」
銅色に輝く長方形のカードには、名前と冒険者ID67012、ランク:プロンズ5と書かれていました。
「ありがとうございます! 大切にします!」
「喜んでもらえて何よりだ。いくつか質問させてもらうね。君の目標や夢はあるかい?」
アリアは立ち上がり言いました。
「私の夢――それは魔法使いになることです!」
「アリアさん。座って下さい!」
ユーリ先生はアリアの肩を持って座らせました。
「いい夢ですね。魔法使いになって何をしたいの?」
「私が小さい頃、おばあちゃんが読んでくれた絵本に出てくる魔法使いのようになりたいんです!」
「なるほどなるほど。ちなみになんて言う絵本ですか?」
「聖なる魔法使いと五つの魔の秘宝です!」
「おぉ。その本は僕も読みました。その絵本に出てくる主人公の魔法使いに憧れたのですね」
聖なる魔法使いと五つの魔の秘宝――それは絵本作家『サザンカ・レベレッタ』の代表作であり、王都で大人気の作家です。その内容は邪神と人々が争っていたひと昔の時代、一人の心優しき冒険者の魔法使いが邪神を五つの秘宝を使い封じ込め、この地に平和を取り戻すという物語。
「そうなの! 聖なる魔法使いのように強く! 何かを成し遂げる魔法使いに! ――私はなりたいんです!」
アリアの強い思いに心を打たれたのか、モーリーは満足気な顔をしました。
「アリアさんの気持ち、僕に強く伝わりました。聖なる魔法使いのように、人々のために何かを成し遂げるそんな魔法使いになることを祈ってます」
「私! 頑張ります!」
ライラは一枚の紙をアリアの前に差し出して言葉を切り出します。
「では、ステータス鑑定を始めます。この紙に魔力を注いでください」
「はーい!」
ついに自分のステータス鑑定が始まります。アリアは内心とてもワクワクしていました。そして、魔力が極端に少なく、使える魔法も今のところない彼女が、自分は魔法使いの適性があるのかないのか、やっと分かる瞬間です。
「えいっ!」
アリアは言われた通りに紙に魔力を通します。
「魔力が乱れています。一点に集中を」
「はいぃぃ」
魔法を使えないアリアは魔力の扱い方もよく分かっていません。今まで先生の見様見真似で過ごしてきた彼女にとって、こんなに魔力を集中させるのは初めてのことでした。
「あと少しです。頑張って下さい」
「アリアさん。頑張って」
ユーリ先生もアリアが心配でその場で見守ります。ユーリもアリアが魔法を成功させたのを見たことがなく、何故アリアの魔力が極端に少ないのかなどの原因も分かっていません。
「はい。大丈夫です。結果がでました」
アリアは元々少ない魔力をかなり消耗してしまい、顔は青ざめていました。
「うぅ。気持ち悪いぃ」
「アリアさんお疲れ様。魔力を消耗したんだから仕方ないよ。これ飲んで」
ユーリはアリアに魔力回復ドリンクを渡して飲ませました。
アリアの顔色は少しずつ良くなっていきました。
ライラはその結果を見て驚きを隠せないでいました。
「アリアさんのステータスは筋力、器用さ、知力全て星5ランクです」
「それは本当かね!? ライラ君!」
その言葉を聞いたアリアの顔は喜びで歪んでいました。
「それはすごいんですか?」
この世界には四つのステータス値があります。
剣士に必要なステータスは筋力と器用さの二つの適性が高いほど良いです。
筋力は純粋な力の総合。重たい物を持てたり、攻撃力が高いなど。冒険者以外だと運搬作業などの仕事にも向いています。
器用さが高いほど物を扱うことが上手く、戦闘面では弓を扱う人が多いです。戦闘以外では手芸などの器用さで編み物などの仕事にも向いています。
続いて魔法使いに必要なステータスは知力と魔力。
知力はその人物の賢さを表しています。頭の良さ、頭の回転の速さなども含みます。知力が高い人物ほど魔法や剣技などの技を多く覚えられます。
そして、一番大切なステータスである魔力。魔法を使用する場合、自分の魔力を消費して使用します。どんな魔法でも魔力を多く消費すれば威力が上がります。
「えぇ。すごい能力値なのですが……。肝心の魔力が0.5ランクになっています」
「そうか。魔力は0.5か。でもすごい能力値に変わりはしないね」
それを聞いたユーリはアリアを慰めるようにポンポンと肩を叩きました。
「私は魔法使いになれるんですか?」
「現実を教えるのはこちらも心苦しいが……。落ち着いて聞いてほしい。生きている人はみんな魔力は持っているでしょ? だから魔法が使えるようになれば、『魔法使い』と名乗ることはできる。けれど、聖なる魔法使いのようなことは難しいかもね。でも落胆しないでほしい。これはあくまで今の君の能力値だ。大きくなれば魔力は増えるだろうから」
モーリーが言った通り、この世界の住人は生まれた時からみんな魔力を持っています。魔力の大きさは個人で違ってくるが、誰でも簡単な魔法なら使うことができます。ステータス鑑定は今の現状のステータスを見る物であり、決してその人の全てを見ているわけではありません。
だが、アリアに取ってその事実はとてもショックな事実であったに違いないのです。
「そうなんだぁー」
「このステータスなら剣士がオススメですね。知名度が上がればパーティーやギルドで引っ張りだこでしょう。アリアさんの年齢ならあの、『英雄王』も超える冒険者になれるでしょうね」
ライラは英雄王の名前を出して、魔法使いではなく剣士を進めました。
英雄王とは七年前の冒険者パーティーのリーダーであり、この世界に呪いをかけた邪神を討伐した人物です。
剣士の職を極め、冒険者ギルドや国民から支持をされた人物が『英雄王』の称号を国王から授与されます。
魔法職の場合は『大賢者』と呼ばれます。
邪神を討伐した後は、平和を取り戻したことでそのパーティーは解散したとの噂がありました。その後の彼らを見た者は数少ないといいます。
今でもどこかで冒険しているのでしょう。
「こらっ! ライラ君! そんなこと言うもんじゃないっ!」
「嘘をついてどうするんですか? 事実を教えてあげないと、この子の成長を止めてしまいますよ」
モーリーとユーリの二人はアリアを心配な目で見つめるが――
「フフッ! 魔力があるってことは魔法は使えるってことだよね! これから魔力が上がるかもしれないし! 全然問題なーーしっ! 鑑定ありがとうございました!」
アリアは未来を見据えており、迷いのない瞳を輝かせていました。その顔を見たユーリは安堵したかのように言います。
「良かったー。心配して損した。それでこそアリア・ヴァレンティンよ」
すると、ライラがアリアに強く言葉を掛けます。
「アリアさん! もう一度考え直してください! あなたの魔力は最低値。大賢者はおろか、魔法使いにすらなれません! 魔法使いになったとしても活躍はできないでしょう。だったら大人しく、剣士の職に就いて英雄王を目指す方がギルドの……いや、国民のためになるんですよ!」
「お言葉ですが、どんなに適正が低くても、その人のためであろうとも、大人が子どもの夢や目標を否定していいはずがありません!」
ライラの言葉に対して、アリアを守ろうとユーリは言葉を返しました。
熱くなったライラはまるで別人のようでした。モーリーは咳払いを一回して続けました。
「ライラ君。君の気持ちも理解はできる。だが、君の私情を挟むのは辞めたまえ」
「ですが……」
「私! 魔法使いになることを諦めたくない! それに私は英雄王にも大賢者にも興味ないもん!」
「すみません。取り乱しました」
アリアの真っすぐな瞳を見つめたライラは下を向き、唇を噛み締めました。
「ライラ君が悪かったね。こっちにも事情があってね。僕は君がどうあれ、今のまま変わらず夢を追いかけてほしい。そしていつか魔法使いになって君の活躍を見せてほしい」
「はい! 聖なる魔法使いやモーリーさん、ライラさん。そしてユーリ先生や子どもたちに見せても恥ずかしくない魔法使いになるよ!」
こうしてアリアのステータス鑑定も無事に終わり、アリアは鑑定結果の紙をもらって家に帰ることになりました。
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