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1.始まりは妹の男体化

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 その日、お母様は寝込み、妹は引き籠るという異常事態の中、私は父に呼び出された。

 コンコン

「エリアナです、お父様」
「入れ」

 部屋に入ると今まで見た事がない程の険しい表情をしているお父様に私は嫌な予感がした。
 隣国アリニャーヌ公国と戦争状態になった時でさえ、こんな表情は見せなかった。
 それ程までに重大な事が起きたとして、私が関わる事と言えば発明した魔導具の事くらい?
 それとも、錬金術で作ったポーションでしょうか。

「エリアナ、頼みがある、聞いてくれるかね」

「ええ、お父様のお頼みとあらば断る訳にはいきませんから」

「そうか、では言わせてもらう」

「──はい」

「妹、アリアナに成りすまし、ジェイミー殿下の婚約者になってくれ」

「あ、ごめんなさい。さっきの嘘です。無かった事にしてください。それは流石に無理です。では、さようなら」

 こんな不味い話、乗れる訳がない。
 詐欺罪で絞首刑になるのは御免です。
 私は逃げる様に部屋を出ようと踵を返した。

「まて!そう言うと思っていたよ。お前の欲しがってたコレが交換条件であるならどうだ?」

 ドンッと机に置かれたのは“分厚い”を通り越して、凶器と思えるほどの大きい本だった。
 それはどこの書店にも置いてない稀覯本きこうぼんで蒐集家が涎を垂らす程に欲しがるモノだ。
 133年前に書かれ、写本が存在できないレベルのボリュームに魔導製本による立体解説付きの内容は厚み以上の価値を持つ。
 高難易度でもきめ細かい図解と、分かりやすい立体映像でで優しく解説。
 超上級者であっても満足させ、涙を流す程のクオリティ。
 この本を入手する為なら殺人も厭わない者がわんさか居る程の品物。
 そのタイトルは『世界錬金術大全』、こんな物で私が釣れる筈が────

「やります!」

「よし、取引成立だ!」

「あ・・・」

 結局、結婚式までという条件で引き受けた。
 それまでは本はチラ見すら許してくれない、なんて酷い親なのでしょう。


 □□ □ □ □□

 私はエジャー家に生まれた長女。サザーランド公爵を父に持つ、いわゆる公爵令嬢という立場。
 6歳の頃に何かの事故で記憶障害を持ってしまい、傷物令嬢と呼ばれています。
 そうは言っても、悲観する程の事ではない。
 たた、事件よりも以前の事の記憶を思い出せなかったり、思い出そうとすると気分が悪くなる程度の話。

 その頃から引き籠り始めて、気づけば16歳。
 世に言う結婚適齢期になっていた。
 すっかり本の虫になって日々読書しあわせを満喫しているけど、お陰で少し目が悪くて眼鏡が離せなくなった。
 いいんです、舞踏会ダンスなんかより読書こっちの方が楽しいですからね。
 と、言う感じに私は過度に本好きの、魔導具や錬金術を趣味で嗜む普通の子です。
 一応、錬金術や魔道具の成果物は軍向けに納品して、そこそこの収益を出しています。

 双子の妹は背丈も見た目も瓜二つで、私が眼鏡を外せば誰にも見分けがつかない程だ。
 ただ、私と違って社交的で活発、教会から聖女であると神託を受けた為、舞踏会に夜会に引っ張りだこで忙しい。
 その上、少し前になかなかお相手を決めない風船王子の心を射止めた猛者。
 母も鼻が高いと言って大喜び。
 お陰で『その点、姉はこれだから、はぁ~』なんて小言が増えましたよ。
 どうして独身である事が駄目なのでしょうね?

 その風船王子の事を私はあまり好きじゃない。
 その蔑称の通り、風船の様にふわふわとしていて女性関係がだらしない。
 妹もよくこんなのと結婚しようと思ったな、なんて呆れたものです。

 その妹に今回の成りすましの件を問い質さなくてはなりません。
 ところがノックをしても中から誰も声がしない。

 妹の悪い癖、その1。
 何か嫌な事があると自分の部屋に引き籠り、返事すらしない。
 こんな事もあろうかと、以前から持っていた合鍵で開錠、勝手に入りますよっと。

 ガチャリとドアを開けて入ると、部屋の中には誰もいない。
 絶対に居るはずだと思い、ベッドのあたりまで近づくと背後でドアがバタンッと閉まった。

「やはり、お姉様が来ましたか」

 少し低く若い男性の声に私は戸惑った。
 この家に若い男と言うのは弟のウィリアム(8歳)しかいない。
 妹が男を連れ込んだとなれば、それはもう一大事。
 父が険しい表情をするのも頷けます。

「誰!?」

 見た事もない男性の姿に後退りすると男性は私に近づき、ベッドに押し倒してきた。
 悲鳴を上げようにも口をふさがれ、どうにもならない状態に。

「お姉様、大人しくして下さい、私です、アリエナです」

 何を言っているんだコイツ。
 気が狂ったヤバイ奴なら何をしでかすかわからない。
 私は一先ず頷いて大声は上げない事を伝えると、口を塞ぐ手が緩んだ。

「馬鹿な事を言わないで、妹はそんな図体は大きくありません、髪も長くて女性らしくて可愛らしいのですよ!」
「そんなぁ、てれますわぁ・・・じゃなくて魔女に姿を変えられたのよ!」
「魔女?」

 少し話をしている内に分かって来た。
 確かに口調といい仕草といい、男性のそれではなく明らかに妹のものだった。
 ただ、簡単に信じる事は出来ないので、記憶の確認をする事にした。

「では一問目!妹が最後のオネショをした歳は何歳?」

 男性はその問いに絶望に表情を歪めた。
 それもそうだ、自分の最も恥ずかしい記憶を口に出すだけでなく、相手がそれを覚えているという事のがより一層の絶望感を与えていた。

「──10の時ですわ・・・」
「本当にそれでいいのですか?答えを変えるなら今の内ですよ?」

 男性は目線を逸らし、少し考えた。
 勿論、間違えれば大声出して、屋敷から追い出します。

「──そ、それで間違いありませんわ・・・」
「ふぁいなるぅ~~──」

 私の言葉に被せる様に男性は答えを訂正した。

「──12の時ですわ!!」
「正解です!!ぱちぱちぱちぱち~」

 妹らしき男性は耳まで真っ赤になり、手で顔を覆い隠している。

「よくぞ正解しました。あの時は一度、私に罪を擦り付けようとシーツを取り買えたのに、絨毯にまでおしっこが浸透していた為に発覚したのでしたね」
「もういいでしょう!これで証明できたよね?」

 もうこの時点で信用しても良かったのですが、この際だから聞きたい事を聞いてみましょう。

「いいえ、次が最終問題です、ここで正解なら信頼ポイントは倍、間違えれば不信で屋敷から追放します」
「もう、なんでも答えるわよ!望むところですわ!」

「妹は王子の心を射止めましたが、その決め手になったのは次のどれ?
 ①裸で口説いた
 ②純愛をアピールした
 ③美貌で惚れさせた
 ④特殊なアイテムで惚れさせた」

 男性はその問いに対して言葉を詰まらせ、暫くしてからボソりと答えを口にする。

「──3、ですわ」
「はっ?えーと、ではそれが最終回答でよろしいですね?」
「間違いありませんわ」

 妹の悪い癖その2、嘘をつくと目線を逸らす。
 今が正にその状態です。

「そうであれば、姿が瓜二つの私が代わりになっても、殿下は同じ様に惚れたまま、と言う事ですね」
「──な、内面に惚れてると思いますわ」
「え?あの風船王子が?それはないわー・・・」
「もうっもうっ、わかりましたわ、4ですわ!」
「正解です!!ではその証拠の品を頂きましょう」

 男性・・・いえ、もう妹と認めましょう。
 妹は引き出しから高そうな首飾りを持ち出して私に渡した。
 私は錬金術と同じくらい魔導具関係にも詳しく、私のメガネも鑑定できる機能が付いてる。
 それで見た限り、とんでもなくヤバいアイテムと言う事が判明する。

「これ、魅了効果が有りますね、しかもかなり強めの」
「──はい」
「じゃあ、これ、壊しますね」

 床に落として踏みつけた。
 バリンと言う音と共に効果が消滅したのが感じ取れる。

「はい、これで魅了効果終了、バレたら絞首刑ものだったのよ、だからこれで罪に問われなくなるしハッピーね」
「何てことするんですの!これがなきゃ結婚できないのに!お姉様!責任取ってくださいませ!」
「何言ってるの、こんなのに頼らず正々堂々と口説き落としなさい、女に戻ったらアリアナが婚約者に戻ればいいのよ、破談にならなければだけどね」
「どうやったら戻るのですか・・・」

 そう言って妹は泣き出した。
 それはコッチが聞きたいよ。

 改めて見ると、妹の姿はお父様の若かりし頃の肖像画とそっくりだった。
 これから徐々にM字型に髪の毛が後退して行くのだと考えると、少し可愛そうな気分になる。

「もう、泣かないで、きっとどうにかなるわ」

 ここにきて優しい姉を演じた。
 妹との確執をあえて忘れた事にした。
 口がどれだけ悪くても妹は妹。
 呪われた時点で、十分に仕打ちを受けているでしょう。
 それに、あの本が手に入る切っ掛けが出来たのですからね、多少なりと感謝しないと。

 だからと言って、自分に降りかかった厄介事は簡単ではない。
 魅了の首飾りを壊した以上、王子から相手にされない可能性がある。
 でも、これは私のせいじゃない。

 公爵家の為に一応は頑張ろうと思う。
 頑張る姿勢を見せないと、破談になった時に報酬が貰えないかもしれない。
 あの本が手に入らないのは本末転倒。
 つまり、狙うは破談の上にお情けで報酬を貰う事です!
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