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第3章 実りと香り
Week 11
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ズボンの裾が濡れるほど、雨の滴が地面を叩きつけている。過ごしやすい爽やかな季節から、ジメジメと憂鬱な季節が始まろうとしている。天気予報ではまだ、梅雨入り宣言はしていないが間も無くであろうと天気予報士が今朝のニュースで話していた。学校へ向かうと途中の電車もバスも、室内の湿気でガラス戸が曇り、外の景色が見えづらくなっていた。最寄りのバス停を降りて校門へ向かう途中、雨水が川のようになって坂を降り、それを避けながら大事な革靴を守って駆け上がるその姿が少し女々しく他人の目に映るように思えた。革靴は守れても、歩くたびに跳ね返る水しぶきでズボンの裾が汚れてしまうのは避けられなかった。雨自体嫌いではないが、この梅雨の季節というのは身体の中にも湿気が溜まるような感覚や、衣服がまとわりつく鬱陶しさがどうも好きになれなかった。やっとの思いで職員玄関の中に入ると、高橋先生も朝からネットリ挨拶をしてくれた。
「大谷先生、おはようございます。あら、肩が濡れちゃってる、拭かないと。」
パタパタとローラーアシュレイの柔らかいタオル地のハンカチで僕の肩を拭いて、女性らしさを武器に朝から若い男を狙っている。ただでさえジメジメしていて鬱陶しいのに、この人には季節を感じるという感性はないのかと少しイライラする自分がいた。「梅雨前線はすぐそこまで来ています」、そう言った気象予報士にここにその前線が来ていると伝えてあげたい思いだった。
「ありがとうございます。自分で拭けるので大丈夫です。」
カバンからコンビニで買った可愛げのない水色のフェイスタオルを出して、バサバサと身体中を拭いて見せた。彼女の入る隙などないくらいに身体中を勢いよくふくその様は、まるで男性からのお誘いを女性が簡単に断るときのように撥ね付けるようなものがあったが彼女の鈍感力には敵わない。
「先生、ちゃんとタオル持ってこられてるなんて素敵ですねー。」
「え、普通じゃないですかね?」
「そんなことないですよ、他の先生方は濡れたまま職員室に来られますよ。」
しまった。また、普通から外れてしまうことをやっていた。タオルで拭くこと自体が通常の男性はやらないなんて、生まれてきて四半世紀経つが初めて知ったことだった。彼女がこんなにも役に立つ時が来ることと同じくらいの衝撃的な事実であった。
「おはようございまーす。」
「大沼先生、おはようございます。」
体育会系の大沼先生が玄関に入ってきて、傘を傘立てにさしている。僕は内心、この体育会男子であればタオルを持っているのではないかと期待をして挨拶をした。大沼先生が僕らに近づきながら、リュックの中をガサゴソと漁っている。きっとこれは、サッカーチームや野球チームの細長スポーツタオルが出てくるのだと僕は確信した。すると、彼はリュックの中からiPodを取り出し、再生されている音楽を停止した。普通の、普通による、普通の反逆。彼のiPodが今は憎く、その憎しみが視線と共にiPodに注がれる。
「大谷先生、どうしたんですか?あ、もしかして先生もiPod欲しいとかですか?」
こちらの鈍感については、とても助けれらた。
「そうそう、そうなんですよ。やっぱり便利ですかね?」
「いいですよ、1万曲以上入りますからね。最新のだと、動画だって見れるみたいですよ。」
「大沼先生詳しいんですね、買うときは先生に相談しますね。」
ぜひに、と彼は僕につげて濡れたままの状態で職員質へと向かった。彼の滴る水滴を追いながら僕たちも職員室へと向かっていった。
職員室について窓を見ると、ほとんどガラスが曇って外が見えない。湿気というのはまとわりついてうっとしいものだと思いながら、進路相談の日程を確認する時期になっていた。各生徒たちが自分の進路を固め、どこに向かうのか希望候補とすり合わせながら面談を行う。生徒たちが提出をした用紙をめくりながら希望の進路先を見ていて、ほとんどの生徒たちが記入したものは想像がつくものが記されていた。大半の生徒は大学進学、残りの半数は専門学校、そしてそのまた半数は就職。この時期になるとよくあるのが、名前のみを記入した紙がひっそりと混在する。用紙の提出日までに自分がどこに進みたいのかを見つけ出すことができずにいる生徒だ。毎クラス一枚は白紙の用紙が入っている。
「大谷先生、白紙の用紙って入ってました?」
「今確認してるところなんですけどー・・・。」
パラパラと用紙をめくりながら、白紙のものがないか探す。希望欄が真っ白な状態のものは、束になった用紙の後ろの方にあって、名前だけが記されていた。
「あ、ありました。」
「アラ、大変。白紙で出した生徒は誰ですか?」
詮索好きな高橋先生が用紙をのぞき込もうとしていたのを上半身でとっさ隠し、彼女から守った。
「生徒にもプライバシーがありますから、個人情報保護させてもらいますね。」
体は反射的に動いて、言葉は頭脳から計算で導き出されたものなのだろう。瞬時のことであったが、この先生といるときは気が抜けないと改めて感じた。
「先生って、ほーんとにお優しいんですねぇ。」
思い通りにならない状況に腹をたてているのにも関わらず、その気持ちとは裏腹の言葉を口にできるのが女性の素晴らしいところである。嫌味や皮肉を言われようと、白紙の生徒が誰なのかということは彼女には関係のないことだ。彼女にその名を伝えるのには、そうする必要がある時でかつ生徒の同意が必要だ。その時までは情報を開示することはできない、僕が生徒なら教師にはそうして欲しい。生徒にとって白紙で用紙を出したということは何かが起こっていて、話すかどうかさえもまだ決めかねているのだ。その生徒のテリトリーへと入る許可が本人から出るまでは、担任の僕ですら過剰な詮索は禁物なのである。この女性教師はそこまで考えが及んでいないように僕には見えて、親切の押し売りをするタイプである確定をさせていただいた。
「とんでもないです。生徒も一人の人ですからね、一応許可をもらうのが良いかと。」
そうですよね、っと言いながら彼女は納得はしていない様子で正面を向いて仕事に戻った。
「大谷先生、おはようございます。あら、肩が濡れちゃってる、拭かないと。」
パタパタとローラーアシュレイの柔らかいタオル地のハンカチで僕の肩を拭いて、女性らしさを武器に朝から若い男を狙っている。ただでさえジメジメしていて鬱陶しいのに、この人には季節を感じるという感性はないのかと少しイライラする自分がいた。「梅雨前線はすぐそこまで来ています」、そう言った気象予報士にここにその前線が来ていると伝えてあげたい思いだった。
「ありがとうございます。自分で拭けるので大丈夫です。」
カバンからコンビニで買った可愛げのない水色のフェイスタオルを出して、バサバサと身体中を拭いて見せた。彼女の入る隙などないくらいに身体中を勢いよくふくその様は、まるで男性からのお誘いを女性が簡単に断るときのように撥ね付けるようなものがあったが彼女の鈍感力には敵わない。
「先生、ちゃんとタオル持ってこられてるなんて素敵ですねー。」
「え、普通じゃないですかね?」
「そんなことないですよ、他の先生方は濡れたまま職員室に来られますよ。」
しまった。また、普通から外れてしまうことをやっていた。タオルで拭くこと自体が通常の男性はやらないなんて、生まれてきて四半世紀経つが初めて知ったことだった。彼女がこんなにも役に立つ時が来ることと同じくらいの衝撃的な事実であった。
「おはようございまーす。」
「大沼先生、おはようございます。」
体育会系の大沼先生が玄関に入ってきて、傘を傘立てにさしている。僕は内心、この体育会男子であればタオルを持っているのではないかと期待をして挨拶をした。大沼先生が僕らに近づきながら、リュックの中をガサゴソと漁っている。きっとこれは、サッカーチームや野球チームの細長スポーツタオルが出てくるのだと僕は確信した。すると、彼はリュックの中からiPodを取り出し、再生されている音楽を停止した。普通の、普通による、普通の反逆。彼のiPodが今は憎く、その憎しみが視線と共にiPodに注がれる。
「大谷先生、どうしたんですか?あ、もしかして先生もiPod欲しいとかですか?」
こちらの鈍感については、とても助けれらた。
「そうそう、そうなんですよ。やっぱり便利ですかね?」
「いいですよ、1万曲以上入りますからね。最新のだと、動画だって見れるみたいですよ。」
「大沼先生詳しいんですね、買うときは先生に相談しますね。」
ぜひに、と彼は僕につげて濡れたままの状態で職員質へと向かった。彼の滴る水滴を追いながら僕たちも職員室へと向かっていった。
職員室について窓を見ると、ほとんどガラスが曇って外が見えない。湿気というのはまとわりついてうっとしいものだと思いながら、進路相談の日程を確認する時期になっていた。各生徒たちが自分の進路を固め、どこに向かうのか希望候補とすり合わせながら面談を行う。生徒たちが提出をした用紙をめくりながら希望の進路先を見ていて、ほとんどの生徒たちが記入したものは想像がつくものが記されていた。大半の生徒は大学進学、残りの半数は専門学校、そしてそのまた半数は就職。この時期になるとよくあるのが、名前のみを記入した紙がひっそりと混在する。用紙の提出日までに自分がどこに進みたいのかを見つけ出すことができずにいる生徒だ。毎クラス一枚は白紙の用紙が入っている。
「大谷先生、白紙の用紙って入ってました?」
「今確認してるところなんですけどー・・・。」
パラパラと用紙をめくりながら、白紙のものがないか探す。希望欄が真っ白な状態のものは、束になった用紙の後ろの方にあって、名前だけが記されていた。
「あ、ありました。」
「アラ、大変。白紙で出した生徒は誰ですか?」
詮索好きな高橋先生が用紙をのぞき込もうとしていたのを上半身でとっさ隠し、彼女から守った。
「生徒にもプライバシーがありますから、個人情報保護させてもらいますね。」
体は反射的に動いて、言葉は頭脳から計算で導き出されたものなのだろう。瞬時のことであったが、この先生といるときは気が抜けないと改めて感じた。
「先生って、ほーんとにお優しいんですねぇ。」
思い通りにならない状況に腹をたてているのにも関わらず、その気持ちとは裏腹の言葉を口にできるのが女性の素晴らしいところである。嫌味や皮肉を言われようと、白紙の生徒が誰なのかということは彼女には関係のないことだ。彼女にその名を伝えるのには、そうする必要がある時でかつ生徒の同意が必要だ。その時までは情報を開示することはできない、僕が生徒なら教師にはそうして欲しい。生徒にとって白紙で用紙を出したということは何かが起こっていて、話すかどうかさえもまだ決めかねているのだ。その生徒のテリトリーへと入る許可が本人から出るまでは、担任の僕ですら過剰な詮索は禁物なのである。この女性教師はそこまで考えが及んでいないように僕には見えて、親切の押し売りをするタイプである確定をさせていただいた。
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