僕の彼-桜並木の向こうへ-

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第2章 芽生えと眼差し

Week 9

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 検査にパスをした生徒たちは教室に戻り、彼を含めた『普通』からはみ出された生徒たちは体育館の前方ステージ前に立たされていた。キョロキョロと周りを見ながら次々と流れ作業のように変化していく状況と、おそらく初めて体験することに彼が動揺しているように見えた。そんな動揺する彼心配で、真っ先に彼の元へ向かいたくなった。そう、教師とし心配しているのだから、真っ直ぐ進んで行っても誰も何も思わない。自分の一つ一つの行動に注意を配りながら、体育館の板の間から跳ね返る足音が耳の中で反響をしてしまうのを感じるほど慎重になってい。

「転校生の初瀬川は初めての頭髪検査ですよね。」

何気ない自然な感じで、副担任に話かける。

「そういえば。そうかもしれないですね。説明が必要かもしれませんね。」

「担任の僕から簡単に説明して来るので、その他の生徒はよろしくお願いします。」

基本的にイレギュラーの対応をしたがらない教師には多く、面倒な対応に勝って出てくれたものと思い込んでいるのだろう。普通になることを壊れたレコードのようにリピートする作業は副担任に任せて、僕は新しい経験を選択したのだ。新しい生徒と新たな体験が足取りを軽やかにし、板の間からの反響音はどこか爽やかな5月の空気と重なるように感じた。

「初瀬川、頭髪検査って初めてか?。」

「あ、はい。これまでにいたところではなかったです。」

「そうか、じゃ簡単に説明するな。頭髪の色について基本的に黒と決まっているんだ。」

「え、黒だけなんですか?」

「基本的にはだ。髪を染めている場合は黒に戻さなくてならない。」

「でも、自分は染めてないですよ。」

「うん、もちろん地毛が元々明るい色をしているのわかってるよ。」

「じゃあ、なんで僕も検査に引っかかったんですか?」

「地毛が黒以外の場合、頭髪届に記入してもらう必要があるんだ。」

「トウハツトドケ?」

僕は持ってきていたファイルの中から、少しくすんだ白い紙を躊躇いがあるせいかゆっくりと彼に差し出した。長い間新しく印刷がされていなこの用紙を彼は目を真ん丸くしながら手に取って、初めてみるその紙に穴が開きそうなほどマジマジと見ていた。そこには次のように記されている。

『現在の頭髪は手を加えていない状態であることを、保護者として保証します。卒業までこの状態を維持しますので、よろしくお願いいたします。』

そして、生徒と保護者の証明欄があるのだ。いつの日から、このような差別的を助長するような用紙ができたのだろうか?ここに記していることになんの意味もない、だけどもそこに存在をしているだけで意味があるように思わせる。人々の思想の中にある区別という意識の影の部分と、用紙に書かれている文字の暗さがリンクする。彼がこの用紙を受け取って、どんな気持ちになるのかが心配だった。用紙を長いこと眺めていた彼が、とっさに僕の方を見上げながら口を開いた。

「これ、どうしたらいいんですか?親にサインを貰って来ればいいんですか?」

そう聞く彼の瞳が少しだけ赤みがかったブラウンに見えて、腹を立てているように見えた。先程全体という普通から引き出された直後に、息のつく間も無く普通の外側にいると他人に認めさせられるようなこの状況を喜べるはずはない。ただ、僕は教師で彼にこれを書かなくていいとは言えない。でも、教師である前に1人の人間でもある。だから、僕はこう彼に伝えた。

「この紙は初瀬川が特別っていう証明書なんだろうな。」 

「特別?」

「光合成の時に話していた例外ではなくて、特別の方だよ。」

彼の表情が少し緩み、瞳の色が本来の少しアッシュがかった茶色い眼差しに変わっていた。

「特別か。」

「きっと、もう少し時間が経てばこの紙も化石のような存在になって行くと思う。ジュラ紀の恐竜みたいにな。」

「じゃあ、まだスタンダードではないってことなんですね。」

「初瀬川の言う通りだ。ただ、その特別を楽しめるの今しかないんじゃないかな。」

そう言われると彼は、ハッとしたような表情で僕を見てから下唇を噛んだ。教師をしていて、紙一枚で人一人の心がここまで揺れ動くと想像もしていなかった。地毛証明書という言葉は彼に傷をつけているように見えるが、特別という言葉は彼を安心させ穏やかさをもたらしているようだ。国語の教師ではないが、言葉というものにはこれだけの見えない力が存在しているようだ。

「わかりました、特別を楽しむ証明書が化石になる前に記入しておきます。」

「おう、何かあればいつでも相談してくれ。いつでも時間は取るから。」

「ありがとうございます、大谷先生。」

それまで曇っていた、彼の表情に陽の光が差して、まるで光合成と共に呼吸をする木々のように見えた。僕は光でもありたいし彼に新たな知恵を風のようにも送ってあげたい、教師として。
彼が僕の苗字を含めて呼んでくれたのは初めてで、少しばかり胸の辺りが温かくなった。彼が体育館を去る時に、軽く会釈をして丁寧に僕の瞳を覗き込んだ。彼の素直さなのだろうか、ここまで瞳の景色が変わる人がいるのだろうか?先程とはまた違って、瞳の奥が澄んだ茶色をしていて、そのまま振り返り彼はその場を後にした。僕の耳の中には彼の軽やかな足音が響いて、その音と僕の鼓動がリンクする。
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