光の勇者と闇の巫女

柚月 明莉

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光の勇者と闇の巫女

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「姉さん、今頃気付いたの?」



さらりとした黒髪を風になびかせ、我が弟がのたまった。

整った顔立ちから、おそらくイケメンと称される部類に属するだろう彼は、仕方ないなぁと言わんばかりの苦笑を浮かべている。こんな表情でもイケメンはイケメンなのか、くそう。



「……ど、ぅいう……こと……?」



混乱に次ぐ混乱で、頭がパンク状態の私は、それだけを言うのが精一杯だった。

掠れた声が紡いだ言葉は、彼の耳に届いたようだ。

弟──かなでは、見惚れる程の美しい笑顔を向けた。



「姉さん、大好きだよ」







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







自己紹介が遅れました。失礼しました。



私の名前はひびき 織音おとね

地元の高校に通う、女子高生をやっております。

まぁ、親が共働きで、帰宅するのも深夜になってからなので、家事は私が担当しているっていうこと以外は、ごくごく普通~の女の子です。

成績も中の上ぐらい。

容姿は弟と違って、ごく平凡なもの。

何処にでも居るような、只の女子高生です。



──が。



対する我が弟は、と言えば。

正に、私と対極を為す存在でした。



父に似た私と違い、美人の母にそっくりな彼は、幼い頃から美少年。

すくすく育つに連れ、美少年からイケメンへと変貌を遂げ、ご近所では勿論、学校でも有名な存在になっていました。

成績も上位クラス。

学業もスポーツも出来て、品行方正な、素晴らしい少年。

その上態度も紳士的ともなれば、女性にも大人気なわけで。

バレンタインチョコやらラブレターやら、橋渡しを何度押し付け……ゲフンゲフン、頼まれたことか。

またかよと内心で嘆息しつつ、人当たりの良さそうな顔をする私。

そんな毎日が、明日も続くのだと思っていた。

普通にやって来るものと、信じて疑わなかった。



なのに。

ある日突然、それが崩れた。

何と私と弟は。

異世界召喚、されてしまったのです──。







「…………異世界、召喚……?」



呆然と呟く私達の前に立つのは、王様やら大臣様やら神官やら、数人の重鎮達。

私達が喚ばれたのは、この世界でも指折りの大国にある神殿で、彼らが喜色満面で説明してくれた。



曰く。

私達を召喚したのは彼らで。

魔物で溢れるこの世界を救って欲しいこと。

その魔物達の頂点に居る魔王を、倒して欲しいこと。

そして私達には、勇者と巫女という立場を用意したこと。

魔王を倒す為の支援は惜しまないし、それを達成できた暁には、元の世界の元の時間、場所に還してくれること。



「………………」

「………………」



何やら難しい顔をして考え込む弟。

その隣で、正直言うと私は呆れていた。

うわー異世界だー! 凄ーい、映画みたーい!

…………なんて思う程、幾ら何でも私は楽天的じゃない。

大体これって、誘拐だと思うんだけどな。

だって見ず知らずの場所に、本人達の了承も得ないままに連れて来てさ。

「魔王を倒してね」=「やってくれなきゃ還さないよ☆」

ってことでしょ?

やってらんないよ、そんなのー!

今日の晩ご飯だってまだ作ってないし、洗濯物も取り込んでないし!

明日可燃ゴミの日だから、ちゃんとまとめておきたいのに!

こっちの都合はまるっと無視して、そんなのアリ!?



ところが、私が内心でぐるぐる叫んでいる内に、弟はアッサリ承諾してしまった。



「……──分かりました」



って、イケメン笑顔で!

ちょ、おま、何言ってんの!?

ビックリし過ぎて言葉も出ない私に代わって、奏はサクサク話を進めていった。

…………神官の女の人、顔が赤い。何だか、ぽーっとしてる。奏クン、もうイケメンっぷりを発揮ですか。



王様や大臣様達も頷き頷き、感謝と共に説明し始める。

旅に必要な装備やアイテム、魔王の居る城までの地図など……。



(……えぇー……本当にやるの?)



弟を見れば、何故か微笑み返される始末。

何その「大丈夫だよ」みたいな微笑。

あ、神官さん倒れた。イイ笑顔だな。



そして最後に王様より一言。



「それでは、どうか宜しくお願いします。──巫女殿」



物々しい空気の中、視線が向けられた先は──。



………………奏。



「…………──って、そっちー!?」



…………私が思わず叫んだのも、無理は無いでしょ?







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







何とビックリ。



勇者=私。

巫女=奏。



という図式でした。

えぇえええぇぇええ普通逆じゃないのー!?



「ステレオタイプだね」



奏、バッサリ。

えぇえええぇぇええ、そういうもんー!?



「だって姉さんはあれでしょ? 勇者と言えば男の人、巫女と言えば女の人って思ってるんでしょ?」



「えぇっ、違うの?」



「まぁでも、普通はそうだろうね」



くすくす笑って、奏が手を伸ばす。そのまま私の頭をぽんぽんと撫でた。



「大丈夫だよ。僕が必ず、姉さんを守るから」



「……うん、返す言葉も無いです……」



そう溢しながら、周囲を見回す。

其処には倒された魔物で一杯となった、恐ろしい光景が広がっていた。

けれど、その魔物を倒したのは私ではなく。

目の前でにこやかに微笑む彼である。

巫女の力として、奏には凄い力が宿っている。祈るだけで、聖なる力で魔物が浄化されるんだって。

わたしゃ何の為に聖剣を授けられたんだか……。



しょぼくれる私に、弟はもう1度「大丈夫だよ」と笑んだ。



「姉さんは、そのままで良いんだよ」



「……うん……」



守ってもらってばかりで申し訳ない。

けれど、この時の私は知らなかった。

幾ら巫女の力を持っているとは言え、どうして奏が易々と魔物を平伏させられるのか。

微笑んでいる彼が、その胸中で何を考えていたのか。



全然、気付きもしなかった。







◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







何やかんやで、やっとこさ魔王の居る城に着いた。

サクサク城内を進んで、やっとの思いで辿り着いたのは、魔王の玉座がある部屋の前。

大きな扉を見上げ、私は知らず息を詰める。



「……やっと、此処まで来たね」



「そうだね」



「とにかく、無事に還れるように頑張ろうね」



「うん」



「怪我なんかしちゃ、元も子も無いもん」



「そうだね」



「……奏、何か余裕だね?」



「え、そう?」



隣に立つ彼を伺うと、正にそんな感じだった。

だって最終目的地だよ? 遂に魔王と闘うんだよ? 此処で私達の運命が決まるんだよ?

なのに奏は「やっと此処まで来た……!」って感が無い。寧ろ「あー来ちゃったねー」みたいな感じ。

何か必勝策でもあるのかな?



じーっと見つめる私に気付いて、見上げていた扉からこっちに目をやる奏。

相変わらずのイケメン顔で、にっこり笑う。



「ちょっとね、残念だなって思って」



「……? 残念?」



「うん。だって、もうすぐ姉さんとの旅が終わっちゃうってことでしょ?」



「んん? うん、まぁ……そう、だね……?」



「せっかく姉さんと2人っきりだったのに」



「………………」



………………ん?

…………今……何か、変なこと、言わなかった……?



「…………えっと、それ、どういう──」



「──ようこそ、お戻りくださいました。我らが王」



──えっ!?

突然聞こえた声に驚いて、急いで奏から目を離した。

扉の方に顔を向ければ、1人の青年が立っている。えっ、いつの間に現れたの!?



彼は雪みたいに真っ白な髪で、それを後ろで1つに束ねていた。それと、ワインレッドの色の丈の長い服を着ていて、水色の瞳をしている。

人間と変わらない姿だけど、彼もきっと魔物なんだろうな。だって耳が長く尖ってるもの。これは魔物のしるしだ。

それにしても、弟ほどじゃないけど、彼もなかなかのイケメンさんだ。



「…………──って、えっ? この人、今、何て…………?」



じっと観察していたけれど、ちょっと待って。

さっきこの人、何て言った?

何か引っ掛かること、言わなかった?



混乱気味に目を瞬く私に構わず、彼は丁寧に腰を落とした。そのまま、ゆっくり跪く。



「──我ら一同、お帰りをお待ち申し上げておりました」



「……そう。心配かけたね」



耳元で聞こえた返事は、奏の声。

……って、えぇっ!? ど、どういうこと!?



まるで知り合いに声を掛けているような対応に、私はもう1度隣を振り仰いだ。

胸中で叫んだ言葉を、ぶつける為に。

けれど──。



「……あ、れ……? 奏……?」



其処に居たのは、知らない人だった。

すらりと背が高く、艶やかな黒髪は背中まで伸び。

モデルみたいに細身で、でも貧弱には見えない。

林檎みたいな真っ赤な瞳が印象的だ。

まるで、奏がもう少し大人になった人みたい。



弟の姿が消えてしまって、私は軽くパニックになった。

だって、今さっきまで其処に居たのに!

動転している様子を眺めながら、隣の美丈夫さんがふわりと微笑んだ。それはまるで、「大丈夫だよ」と言っている奏そっくりで。

既視感を覚えながら、私は内心あれ?と首を傾げる。

そして。

次に届いた言葉に、全身が凍り付いた。



「……──やっと、姉さんを僕のものに出来るね」



嬉しそうに。

幸せそうに。

にっこり優しく微笑む彼。

きっと、心から本当に、そう思っているんだろう。

それが如実に分かって、私はぞっと身震いした。ばくばくと心臓が鼓動を速め、じわりと嫌な汗を掻く。



「…………奏……なの……?」



まさか。

だって、そんなわけはない。

だって、目の前の青年の耳は、尖っているんだもの!

奏は魔物じゃない!

私のたった1人の弟だ!

違うと否定して欲しくて問うたのに、私の願いは呆気なく砕け散った。

彼はさも今気付いたかのように、あ。と目を瞬かせる。その瞳は、鮮やかな真紅。



「そっか。もう『元に戻った』んだね」



「……ぇ? も、とに? 戻った、って……?」



「ふふ、姉さん、混乱してるね。可愛い。……うん、そうだよ。こっちの姿が、本来の僕」



「こ、こっち……? 本来って……!?」



「前半はスルーなんだね……」



そう言って、ちょっとしょんぼり気味に眉を下げた。でも私はそれどころじゃない!



「どういうこと!? 奏は!? 奏は何処に行ったの!?」



今にも掴み掛からん勢いで叫ぶ。返答次第じゃ、只じゃおかない!

凄む私を見つめたまま、彼が微笑を向けた。多分この笑顔で数多の女性が虜になっちゃうんだろう。



「うん、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。僕が奏だから」



「──えっ!?」



「うーん……正しくは、奏『だった』かな」



「だ、だった……?」



「うん、そう。……ちょっと訳があって、姉さん達の世界に潜り込んだんだけど。この姿じゃ目立つでしょ? だから、あっちの世界に合った姿に変えてたんだよ」



にこにこにこにこ。

何でもないことのように説明する彼……奏。

認めるのに凄く抵抗があるけど、さっきの既視感は正しかったんだなって、何処かで納得してる自分も居る。

立ってる姿勢とか、笑い方とか、話し方とか。

まるで、奏そのものだから。



「…………」



それでもなかなか受け入れられず、困惑している私を他所に、奏は更に言葉を紡ぐ。



「でもまさか、もう1度こっちに帰って来るなんて、思ってもみなかったな。あのまま、あっちで骨を埋めても良かったんだけど」



「──それは、さすがに困ります。我らが王」



私達以外に、声が響いた。

あっ、そう言えば、魔物さんが居たんだった!

びくっと身を震わせて、急いで振り返る。聖剣に手を伸ばそうとしたけど、ぶるぶる震えて全然使い物にならなかった。

目を向けた先で、白い髪の魔物の青年が困り顔をしていて、内心びっくりする。これまで遭遇した魔物は、こんな人間っぽくなかったから。



(…………あ、れ? そう、言えば…………)



さっきからこの人、奏のこと、何て呼んでいる……?

思い至って、ざっと血の気が引いた。

膝も、かくかく震えている。



「……我らが、王、って……」



呟きながら、恐る恐る隣を見た。

どうして、最初聞いた時に気が付かなかったんだろう。

どうして道中、疑問に思わなかったんだろう。

途中で遭遇した魔物達は、揃いも揃って、弟に逆らわなかった。

それもその筈だ。

だって、『我らが王』ってことは……!



「…………──奏……が、魔王……な、の……?」



思い浮かんだ、結論。

でもやっぱり、受け入れたくない。

今度こそ、違うって言って……!

そう強く願ったのに──やっぱり、叶わなかった。

奏はあっさり、首肯して見せたのだ。



「姉さん、今頃気付いたの?」



さらりとした黒髪を風になびかせ、我が弟がのたまった。

整った顔立ちから、おそらくイケメンと称される部類に属するだろう彼は、仕方ないなぁと言わんばかりの苦笑を浮かべている。こんな表情でもイケメンはイケメンなのか、くそう。



「……ど、ぅいう……こと……?」



混乱に次ぐ混乱で、頭がパンク状態の私は、それだけを言うのが精一杯だった。

掠れた声が紡いだ言葉は、彼の耳に届いたようだ。

弟──奏は、見惚れる程の美しい笑顔を向けた。



「姉さん、大好きだよ」



「ずっと、姉さんを見ていたんだ」



「初めて逢った頃から、姉さんだけ」



「ずっとずっと、欲しかったんだ」



ねぇ、だから──。



「──ずぅっと、一緒に居ようね」



艶やかに笑う、弟──奏──魔王。



何を言われているかなんて、全然頭に入らなかった。

只、もう理解できなかった。



何で?

どうして?

もう──。

何にも、分からないよ──。



考える能力のキャパを越えたのか、オーバーヒートを起こしたのか。

私の意識は、此処でぶつりと途切れた。

鋏でざっくり切ったみたいに。



だから。

だから、私は知らない。

崩れ落ちた私を支えて、抱き止めて。

奏が、どんな顔をしていたのか。

何を、言ったのか。

知る由も無かった。









誰もが見惚れる美しい魔王が、己の腕の中に居る少女を見つめる。

そっと白い頬を撫で、その感触を味わった。

嗚呼、この時をどれ程待ち焦がれたことか──。

けれど、もう、焦燥感で震えることは無い。そんなことをする必要など、無くなったのだ。

それを実感しながら、唇の端を上げる。先程まで姉に見せていたものとは全く違う笑みだ。

そして、くすくすと笑いながら、歪んだ言葉を囁いた。



「──愛しているよ、織音」





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