シンデレラの物語

柚月 明莉

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第2話

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昔むかし。

とある貴族の家に、天使のように美しい、双子の赤ちゃんが生まれました。

両親や産婆、執事や召使いに至るまで、皆がその誕生を喜び、祝いました。

愛くるしい赤ちゃん達は、男の子と女の子のきょうだいでした。

おっぱいを飲むのも一緒、お昼寝も一緒、母を呼んで泣くのも一緒。

何をするにも常に一緒で、対の存在のように、共にすくすく元気に育ちました。

お互いの手を取って仲良く遊ぶ、双子のきょうだい。

それを見守る両親と家人。

春のように暖かい毎日が、続いていました。



──けれど。



ある日、唐突に、それが壊れました。

双子の女の子の方が、早逝してしまったのです。



女の子を連れて行ってしまったのは、流行り病でした。

長い期間を苦しまずに済んだのは、不幸中の幸いだったかも知れません。

ですが、それは同時に、残された者達に実感を与える暇が無かったことを意味します。



……特に、母親には顕著でした。



「──あら、シンデレラったら。そんな男の子みたいな格好をして。ドレスが気に入らなかったかしら?  それじゃあお母様と一緒に、仕立てて頂きましょう?」



双子の片割れ……男の子を見て、そう言った母親。

彼女の目には、自分に似た可愛い娘に映っていたのです。



「……か、母様……?」



「どうしたの、シンデレラ?  さあ、お母様と一緒にお茶にしましょう?」



にこにこと、母親はいつも通りの笑顔を向けます。

流行り病が崩したのは、あの暖かな日常だけではありませんでした。

彼らの母親をも、壊してしまったのです──。







◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇







「……──ってことは、6歳の頃からずっと、そういう格好だったんだ?」



「……そうです……」



自分の物ではない筈のベッドにどっかりと腰を下ろし、黒の魔法使いがシンデレラを眺めながら言いました。

先程は思いがけない事態に驚愕していましたが、もうすっかり本調子に戻っています。流石は幾多の動乱を乗り越えてきた魔法使いです。



長い足を組み、その膝の上で頬杖をつくイケメン魔法使い。

その彼に対し、まるで怯えたようにおどおどと顔色を伺うシンデレラ──いえ、本来は、その双子の兄。



魔法使いがサクッとまとめた通り、彼は6歳の頃からずっと女装させられ、シンデレラとして過ごすことを強要されてきました。

母親はあの調子でしたし、その母親を盲目的に溺愛する父親は、これ以上彼女が壊れてしまわないよう、己の息子にそう命じたのです。



「…………あれ?  でも確か、もうそんな必要無いんじゃねぇの?」



ふと思い出して、魔法使いが問い掛けました。

確かに、もう母親は病で亡くなっているのですから、女装の必要は無くなった筈です。

筈です、が──。



シンデレラ──金の髪の少年は、暗い顔のまま、小さく頷きました。



「……えぇ……確かに、そうなのですけれど……」



「けれど?」



「……──僕、こんな見てくれでしょう?」



そう言いながら、腕を少し広げて見せる彼。

その格好は、先程の清楚なドレス姿のままです。

そしてそれは、違和感が限り無くゼロに近いものでした。



「胸無ぇけどな」



「そればかりは如何いかんとも」



そうです。

この哀れな少年は、既に『シンデレラ』として周囲に認識され、母が亡くなったからと言って、すぐに元々の姿に戻るなんて、ほぼ不可能だったのです。



「……流石に、10年は長かったですよ……」



「おえ」



天を仰いで内心を吐露した少年に対し、黒い魔法使いの返答は、とてもシンプルでした。

露骨に嫌な顔をした彼に、金の少年はようやく表情を和らげます。口許を綻ばせ、小さく苦笑しました。



「……でも、こうやって、素の僕で誰かとお話しするのは、本当に久しぶりです……」



唯一事情を知っている父親は、仕事にかまけて滅多に家に居ません。

継母達は女の子として扱っておりますし、その他の世間様なんて、絶世の美少女と見ています。

他人からの『シンデレラは美少女』という押し付けられた概念をまるっと無視して、自分の思った通りに、自分の言葉で話し、行動するなど、この10年間、1度たりともありませんでした。

久しぶりに己の胸中を吐き出せて、少年はとても満足です。



嬉しそうに微笑む麗しの彼が、魔法使いには何だか気の毒に思えてきました。そうせざるを得なかったとは言え、彼の人生の大半が、彼ではない者の為に使われていたのですから。

自分なら耐えられない。

内心そう感想を述べていたところで、ふと思い出しました。何故、自分が此処に足を運んだのかを。



「……──ん?」



それから端正な顔を歪ませ、気難しい表情で考え込みます。その面立ちのお陰で上手く隠せていますが、正直なところ、魔法使いはテンパっていました。



「……あれ、これってもしかして……」



顔を俯かせて独り言ちながら、思考を巡らせる魔法使い。

その様子に少年も気が付いて、どうしたのだろう?と、そっと見守ります。自分が声を掛けることで、彼の思考を邪魔させてしまうと分かるとは、何て空気の読める子でしょう。



それから、ややあって。

漆黒の魔法使いが、顔を上げました。其処には、とても晴れやかな表情。

それから、ぽんと手を叩きます。



「何も問題無いんじゃね?」



にっこり微笑む彼。

金の少年は理解できず、頭の上に疑問符を浮かべたまま、小首を傾げました。



「えっと……、魔法使いさん。一体どうし──」



「なぁシンデレラ、ちょっと俺と一緒に来てくれねぇ?」



思いっきり言葉を被せてきた魔法使い。

それに嫌な顔をするでもなく、少年は小さく「えっ?」と驚きの声を上げました。



「あの、それって、どういう……?  あと僕、シンデレラじゃ──」



「悪い、細かい説明は後にしてくんねぇ?  俺の上司に、あんたを会わせなきゃならねぇんだ」



「えぇっ?」



「ホント悪い。でもあんたを舞踏会へ連れて来るように、命じられてるんだ」



「ぼ、僕を?  お城へ?」



「そう。悪いけど、時間が無ぇから急いで行くぞ」



「えっ!?  ちょっ、待っ……!」



つい先程も、そう叫んだ気がする。

頭の何処かでぼんやり思いながら、少年は眩い光に飲み込まれました。






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