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プロローグ

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「あ……」

   あぁ……腹減った。
   もう声を出そうにも掠れて出なかった。

   喉を潤おせば?と思うだろ?
   腹減りすぎてもう動く力も無いんだ。

   塩と水で生活を始めてもう既に18日目だ。
   こっぴどく社会の厳しさを見せられ心がポッキリ折れてしまった。

   会社との信頼は築けてなかった。
   知らないミスで現場から追い出され、知らない問題やトラブルで会社を追い出された。

   いや正確なことを言おう。
   嫌らしく笑みを浮かべた上司から

「別に責任感じて辞めなくても良いよ?その代わり大人しく自主退社した方が後悔しないと思うよ?
 懲戒免職での強制退社は意味が変わるし転職にも不利になるよ?
 まぁどっちにしろ君がこの先、私達と同じ業界には入れないけど」

 とな。

   気持ち悪かった、部署に戻れば俺が戦犯扱いに既になっていた。

   会社を出れば同僚達は解放された様に会社や上司の文句を言うが俺の耳に入っても理解は出来なかった。
   それを聞く度に心の奥底にしまってある不満が吹き出しそうになるのだ。

『今更、何文句言ってるんだ?自分達に被害が及ばない所で俺という対岸の火事を見つめてるだけの癖に』

 とね。

   自分達には一切の被害が無いからこそ言える文句だ。
   それに会社内では俺に対して戦犯扱いや居場所が無い様に仕向けているくせに

   そして俺は会社で徹底的に自分の責任やミスでは無い事を資料や報告書を作り更に上の上司に直訴したが

「そんなことは知ってるよ。しかし交流のある会社に対してからの責任の追求をどうするんだね?
 ミスした人間は社内で言及出来ない人だ。
 なら誰かが責任を負わないとうちの会社の信頼が無くなるんだよ? 責任取れるの?」

   ただの人柱だった。
   そもそも、会社を世襲制にする意味が分からなかった。
   経営者一族の信頼や社会的に位の高い人達だとミスやトラブルの責任すら負わずに只管人柱を捧げるだけになる事に何故分からないんだ?

   痛みの負わないミスなんてミスじゃない。
   ヒューマンエラー製造機や中身幼子大人を作ってるだけだと言うのに。

   この直訴の数日後呼び出され懲戒免職になった。

   それからは俺は人が怖くなり貯金だけで数年暮らしていたが、遂に貯金が底を尽いた。

   それから10日は何とか動けていた。
   空腹も慣れれば何とか我慢出来た。

   しかしそれから更に5日経つと……
   脚に力が入らなくなり、水を飲みに行くの億劫になり空腹で眠れず疲れ気絶する様に寝て起きてはこう思うのだ。

「まだ生きてるのか……」

 と、最近は変な幻覚も見えてきた。
   黒いモヤが視界の端に映ったり、隣の部屋の音がはっきり聞こえたりし始めた。

   そして俺は気絶した様に目の前が真っ暗になった。

   お金が無くなってから19日後、ついに俺は目覚めることが無かった。



 ◇

   俺は今温かい温泉の湯の中でぷかぷか浮いてる様な感覚に陥っていた。

『すみませーん!聞こえてますかー?』

   はぁ、今日の幻聴はよく聞こえる。
   それとも隣の部屋か?

『いえいえ、やる気無しの貴方ですよー!
 歪な魂を持ったアナタです!』

   俺はそこでどうせ起き上がる力は無いのでカッと目を見開き睨もうとして声の聞こえた方向を見て……硬直した。

   怖いぐらい綺麗な金糸のサラサラとした髪を靡かせている女性がこちらを覗き込んでた。

   女性と会話をする事等社会人になって5年の間ほぼ無かった俺はパニックになる。

「んへ?」

   そんな腑抜けた声を上げ完全に俺の脳はフリーズする。

『えー?私でも思考読めなくなった?え?何この情報量この人怖っ!この数秒でどんだけ考え込んでるの?あ!それ!今のそれ君は死んだの!』

「うん、それは理解してる。だって現実世界で君みたいな綺麗な人に話しかけられる筈が無いから」

   すっげー綺麗な女性の顔が驚く程に歪んだ。

『貴方はどうしてそんなに自分の価値を下げるのですか?あ、良いです。今読み取ります』

   女性は俺の額に指をツンと置くと何か目の前の空間に波紋が浮かび上がった気がした。

『ふむふむ?えー?貴方の顔は平均よりやや上だったのに
 常に親や兄弟に罵倒されて来た結果、常に自分の価値が低いと受け入れ、
 その雰囲気を感じ取った人々に常にいじめやエスケープゲートにされて魂がボコボコにされ歪んだのに
 恨み辛みも無く納得も無しに死んだ結果、半端じゃないエネルギー保有量の魂になったのですね』

 うんうんと頷く多分天使か女神の女性、ひとつ気になったことがあったので質問してみる。

「保有量?」

『はい、魂は経験や人との関わりを得て研磨し輝きます。
   つまり人と人との関わりが起きると魂が放出した粒子がお互いの魂の表面を削り削られ互いの粒子を取り込んで中身を蓄えて熟成していくのですが……

   貴方は一方的に抉り取られているのです。
   その上抉り取られた部分を修復しようと粒子の吸着率が凄まじく上がっていたのですが、抉られた他の部分に定着してしまい尚且つ研磨もなかったのです。
   そして貴方は何故か魂の粒子を放出していませんね。
   本来、人との関わり交わりを経て感情やエネルギー放出してバランスを取るのですが……

   こんな状態になっては普通の魂は負荷に耐えられず急死してしまいますが貴方は何故か生き残り他の死因で死んでしまいました。

   そしてその魂のエネルギーを保持したまま天界に来てしまわれたのです』

   俺は意味も分かるし理解出来たが気になる事があった。

「普通はエネルギーを持ったまま天界には来ないのか?」

   そこで女性はハッとした表情をする。

『あ!すみません。
   本来であれば死ぬ時の未練や恐怖、恨み辛みの負のエネルギーの放出又は急激な増加で魂の行先は決まります。
   大概の魂はエネルギーを放出してそのまま天界に来ます。

   しかし、負のエネルギーが発生すると魂のエネルギーは質量を持つのです。
   それが大きい程下へ、貴方達の認識で言うならば地獄へ行きます。
   それが多少の変動はありますが、それなりのエネルギー量だと現世に留まり幽霊になってしまいます。

   なので殆どの魂はどこに行ってもエネルギーはそこまで持ってないのです。
   地獄は負のエネルギーや吸着し過ぎた粒子を削ぎ落とす場でありますので。

   現世でも未練や恐怖、恨み辛みを納得すれば勝手に天界に上がってきますし精神的摩耗で何も分からずに上がってきますからね

   それで貴方の異常さが理解出来たと思います』

   俺は頷く、理解出来てるけど結局俺にはどうする事も出来ないとわかったからな。

『そこで提案なのですが、貴方の魂の中にあるエネルギーを他の世界で使ってみませんか?』

 俺は首を傾げるしか無かった。

『うーん。あ!貴方様はよくスマホで異世界転生物を読んでいらっしゃいましたね?
   貴方様の魂エネルギー保有量は私達でも浄化出来ないのでそれならそのまま転生して貰いもう少し生きてみませんか?という提案なのです』

「ふーん。それで魂エネルギーってのは何に使えるの?」

   俺は心の中で"うぉぉぉ!キター"と喜んでいるが絶対に顔には出さないけど……女性は微笑んでいる。

 バレてーら。

『それはスキルになります。魔法は基本的に魔力量と魔力操作とイメージ次第でどうとでもなりますから!』

   そこで俺は気付いたことを聞こうとしたら心を読まれた。

『あ、それは大丈夫ですよぉ! 私の加護を与えることで歪みを補完します。
 そして中もスキルで補強すれば貴方様はゆっくり生きていけるでしょう』

「へぇ。それでスキルって選べるの?」

   女性は微笑みのまま固まった。
   え?固まった?

『えー……初の事例でしたので分かりません。ファイト!』

   ここで精神論!Oh Nooo!!

『あ、2つだけしか組み込めない。え?これ以上は資質に関するスキルを埋め込む?私の力なのに生意気です!』

   何か光る板と女性が喧嘩してる。

   俺の体が何か明滅してるんだけど……

『ふぇぇぇ……負けたぁぁぁ。
   私の力なのにぃぃ!え!何で?誰?干渉してるの。
   え!?勝手に転生開始?ダメっ!待って!』


   焦った声が聞こえたと思った瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。
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