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プロローグ

女神との邂逅

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 少年は目を覚ました。

 先程までの苦痛はなく、病院ではない真っ白な空間に座っていた。

「ここは、何処だ」

 少年は困惑した。

 自分はついさっき、母親によって送られた老人によって殺されたはずと。しかし、今は確かに意識があると。

 空間には何も無かったが、この場で少年は走ることができた。以前までには考えることもできなかった、走るという行為が意図も簡単に。

 少年は自覚した。ここは、死後の世界だと。

「正解です。少年」

 少年は声のした場所に目を移した。

 そこには見たことのない美女が立っており、彼のことを手招いていた。

 彼の足は引きつけられるかのように、自然と動いた。

「ここは死後の世界。言い換えれば無の空間。貴方がここにいる理由は、死の寸前に強い意志が感じられたからです」

「?」

 少年は首を傾げた。記憶は曖昧である。

「記憶が失われて欠けているのも無理はありません、本来ならばここで記憶は消去されますから」

「そう、なんですね」

 理解は出来ていない。けれど、何らかの反応をしておかないといけない気がしていた。

「今の世では珍しいのですよ、あんなに強い意志があったのって。ここ数百年ぶりです」

「数、百年?」

 気が遠くなるような数だった。

 少年は指を折って数える。まるで子供のように。

「ああ、その様子ですと脳が消えかけていますね。なら、私の思考能力を分けましょう。その方が良い対話が出来そうですし」

 そう言うと、女性は少年に光を振り掛けた。

(────ッ!)

 目の前の女性が僕に光をかけた時、失われつつあった思考能力は急激な復活を遂げた。

 いや、本来の僕にはここまでの思考力はない。正確にいえば女性の思考能力を分け与えられたというべきだ。

 驚く僕に彼女は微笑む。

「ちゃんと出来たみたいですね」

「はい。なんとお礼をすれば良いか……何処か自分ではないような気はしますが」

 実に不思議な感覚だった。

 一分前までは空虚なモノローグのような感覚だった対話が、新たな感覚で行えている。

 自分でもよく分からない単語が無限に脳を行き来し、僕に会話の手助けをしてくれているような感覚がする。

 とても楽しい。

「いえいえ。では、話を戻しましょうか」

「はい」

 女性は指を鳴らす。すると、無だった空間は一瞬にしてモダンな造りの部屋に早変わりし、僕は促されるままに現れた椅子へ座った。

 女性は慣れた手つきで珈琲のようなものを淹れると、コップに注ぎ僕へ手渡した。

「どうぞ。一応死んでいますので、味は思考処理によってしますが体には影響しませんよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 女性も明日に腰掛ける。

「貴方をお呼びした理由は、転生のお誘いをするためなんです」

「転生?」

「はい。貴方は生前、死ぬ間際に血の君主とやらに憧れていましたよね?その記憶はお有りで?」

 確かにある。他の記憶の大半が失われている中、それだけははっきりと僕の心に残り続けている。

 死ぬ間際、血の君主になりたいと強く心に願ったことも覚えている。

「有ります」

「なら話は早いです。私がご提案するのは、日本とはまた別の世界にはなってしまいますが、血の君主として転生しませんかということです」

 血の君主として異世界に転生?そんな上手い話があっていいのだろうか。

 何か裏がありそうで少し怖い……まぁ、話だけでも聞く価値はあるか。ただ裏があるだけなら、ここまで良くしてはくれないだろうし。

「転生と言ってもどうやって?」

「言い忘れていましたが、私は神です。貴方の魂を産まれる予定の赤子一人にすり替えることなんて造作もありません」

 さらっと言うけどとても怖いことを言っている気がする。それに神を自称するか、信憑性は疑いたくなるほどあるけれど。

 いや、今は取り敢えず聞くに徹しよう。裏があるならいつかボロが出る筈だ。

「そちら側に何のメリットがあるのですか?その話ですと、僕にしか得は無いように思えます」

 慣れない。尋問のようなことは本当に慣れない。

 自分でも分かる。言動が翻訳の甘い海外サイトみたいになってしまっているのだから。

「そう畏まらないで。勿論、得はありますよ」

「というと?」

 女神は中に映像を流す。

「例えば、私が貴方を転生させるとします。そうすると、私は貴方の専属の神となれます」

「はい?」

「神には誰かしらを見なければならないという任務がありますが、私は興味のない人の人生を見守るつもりはありません。なんなら、手助けするつもりはありません。ですが、貴方なら話は別です」

 女神は机に勢いよく手をつき、前のめりになって僕に顔を近づける。

「貴方は死の直前、強く願った。自分では分からないでしょうけれど、そこには神に届くほどの力があった。そんな貴方が目指す夢に、私は惹かれた。共に見てみたいと思った。だから、私は貴方の専属の神になりたい。それが、私にとっての得なのですよ」

 もしやこの人、結構やばかったりする?

「は、はい……」

 気迫に圧倒され、僕は空返事しか出来なかった。

「しかし、それでは私の一方的な得。だから貴方を手助けするのです。まぁ、転生してからの過度な干渉は出来ませんので、ここである程度構築する必要がありますが」

 どうやら、この人に裏なんてなかったようだ。もう、問い詰めることはやめよう。

 なんなら、話に乗ろう。

「じゃあ、お願いします。僕が聞きたかったことは聞けたので、次に行ってください」

 僕がそう告げると、女神はたいへん嬉しそうに目を輝かせて先程の映像を閉じた。

「貴方の人生はここへお連れする前に拝見しています。貴方が何を見て、何を食べ、何を感じ、どう生きたか全てを。なので、貴方が何にどうなりたいかは理解できているつもりです」

 女神は椅子から立ち上がると、僕に付いてくるように指示し、別の場所へと歩き出した。

 相変わらず無が浸透しているこの場だが、向かった先は明らかに他の場所とは一線を画していた。

 巨大な光の柱がある、神秘的な空間。

 女神はそこに入るよう言った。

「そこで貴方の成長後の体を構成します。一応、私が基礎を作り上げておきましたが、付け加えたい点があったら言ってください」

「は、はい。分かりました」

 僕は光の柱へ足を踏み入れた。

 すると莫大な量の情報が一気に脳内に流れ込んできた。

 女神から分け与えられた思考能力が無ければ、この量の情報は追いつけない。

 下手したら思考回路が焼き切れ、それどころではなくなっているだろう。

「凄いな、あの人は。本当に僕のこと理解しているよ。怖いくらいに」

 女神が構築したと言っていた体は、確かに生前僕が思ったことのある情報が組み込まれていた。

 身長は178センチという高身長、顔はナチュラルイケメンで黒髪。足は長くモデル体型。

 昔にドラマを見て思ったことが綺麗に反映されている。顔こそ見たことない人ではあるが、紛れもなくイケメンだ。

 次に使える能力。主となるのは【血液操作】と【血液加工】、【即時回復】に【血液量増加】。

 血の君主には必要なものが揃っている。

 運動能力も高水準に設定されていて、使いたい武器も触った瞬間に使い方が分かり、適応できるようだ。

 現段階を見ると、とても加えるようなものは無いように思える。

 あって困らないものといえば、魔法適正とか身体能力増加とかだろうか。

 二つとも前に見たアニメのものだけど。

 でも、これだけあれば十分か。

「あの、追加してほしいものは【魔法適正】と【身体能力増加】です!お願いします!!」

 僕が大声で叫ぶと、光の先から「了解ー」と返事が返ってきた。

「もういいよー」

 どうやら設定が終わったらしいので、僕は光の外へ出る。

「ん?」

 既に視界に異変が起こっていることに気づいた。

 視力はずば抜けて良くなっているし、急に目線も高くなっている気がする。

「変化、早くない?」

 僕があたふたしていると、女神は僕の方に近寄り、いつものように無から鏡を生み出した。

 鏡を覗くとそこにいたのは、僕ではない誰かだった。

「……さっきの人だ」

「どうです?私好みで、貴方好みの人の姿は?」

 新しい自分の姿に魅入っている僕に、女神は問い掛ける。

「素晴らしいや」

 うんうん、と女神は頷く。

「貴方が危惧していることは大半できるようにしています。なので、心配はいりません」

「ありがとう、女神さん」

 僕は深々とお礼をし、先程いた部屋まで歩いて戻ろうとする。と、後ろから女神に押し倒された。

 痛くはない。反射で受け身をとったので、背中から落ちた。けど、凄い女神の顔が近い!!

 え?なんで押し倒したのだろう。別にする必要ないよね?

 じゃあ、何の意味が?

「一応、貴方の性欲は一定に納めてありますが……あちらは美しい女性ばかりです。貴方がなりふり構わず手を出す可能性は否定できません」

 嫌な予感がする。これ、アニメで見たぞ。

「私は、貴方の初めてを見ず知らずの女に奪われたくはありません。だから、先に手は打って起きます」

 そう言うと、女神は服を脱いだ。

 今まで気にしてみていなかったけれど、しっかりと見れば女神は綺麗な肌をしている。それに胸も大きい。

 女神というのは伊達じゃなく、それ相応の魅力を待っていた。

 女神の体に魅入られていると、彼女は顔を僕に近づけ唇を重ねた。彼女の柔らかい唇が直に伝わり、変な気分になる。

「それでは少しだけ、私に体を預けてください……ね?」

 あ、やばい僕終わった。これは、まずい!!


 僕の防衛本能は、この時初めて、危機を察知した。
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