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出会い編
11.餌付け
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「それで、どうすることにしたんだい?」
先ほどの話し合いが一旦終わり、獅朗がくれたジンの写真をデスクに飾っているところに成徳がやって来る。
「悪くない話だと思うので、引き受けようと思っています。」
あとはお給料交渉だなと、どうやって賃上げして貰おうか頭の中でシミュレーションする。
「そうか。じゃあ、ここでの仕事の引き継ぎ担当者を誰にするか決めないとね。」
「そうですね。ここにはベテランの方が多いので誰が担当になっても問題は無いかと。」
三課での新人研修担当は美云と成徳の他に十人程在籍している。
美云が三課に異動になる時にたまたま前任者が退職したため、そのポストを満場一致で美云が引き継ぐことになった。
だから、それ以前から研修担当をしている社員がいるため、誰がリーダーになっても問題は無いと確信している。
「あ、それと・・・」
「はい?」
「獅朗に返事をするのは来週以降にしたら良いよ。」
少しは焦らしてやきもきさせてやろう。と成徳はウインクしてくる。
五十半ばの成徳はロマンスグレーヘアーのイケおじだ。こんなイケおじにウインクなんてされたらきっと、その気のある女性はイチコロかもしれない。今でもきっとモテるだろう。
「やきもきですかぁ・・・」
「もしかしたらお給料も希望より上げてくれるかもしれないよ。」
一課を退いてもなお成徳は打算を働かせることを忘れていなかった。それも良い手かもしれない。
………
翌朝、美云が出勤ラッシュのエレベーターに乗っている時だった。ぎゅうぎゅうに詰め込まれ人の揺れに釣られて揺れていたら、ちょんちょん、と肩をつつかれた。つつかれた方を振り向けばいつの間にやら獅朗が立っている。
「はい。どうぞ。」
優男スマイルでコーヒーらしきものを手渡される。
「・・・あ、りがとう、ございます。」
「ここのコーヒー美味しいので、良かったら美云も行ってみてください。」
うっ。さりげなく呼び捨て再び。
手渡されたコーヒーのカップを見ると、確かに美味しいと評判のお店のものだった。
「獅朗はコーヒーが好きなんですか?」
良くわからない競争心が生まれ、負けじと呼び捨てにする。
「いいえ。」
「えっ?!」
「ふふ。ウソです。コーヒーの香りには癒し効果がありますから。それが気に入ってます。」
三課の階に着きましたよ。と、促され肩をそっと押される。
人の流れにコーヒーカップが押し潰されないように死守しながらエレベーターを降りると、その場でカップのフタを開け香りを嗅いでみる。フワッと甘いコーヒー豆独特のフルーティな香りが鼻の中に広がった。
確かに、この香りは癒されるかもしれない。デスクまで歩きながら、でもこれは餌付けと言うものではないだろうかと、昨日、成徳に言われたことを思い出す。
焦らし作戦、やる価値はあるのかもしれない・・・
………
「あれ?獅朗さん、今日はいつものコーヒーじゃないんですね?」
給湯室で獅朗がコーヒーを淹れていると、別のチームの社員が話しかけてきた。
「ええ。たまには自分で淹れるのも悪くありませんから。」
本当は、たまたまエレベーターに乗り合わせた美云にあげてしまったのだが、そんなことを言ってもしょうがない。
拒否せずに受け取ったと言うことは、コーヒーは嫌いではない。と言うことだ。
「コーヒーはお好きですか?」
「いえ。コーヒーよりは紅茶の方が好きですね。あ、でもコーヒーの香りは好きです。」
別のチームの社員がボトルいっぱいに紅茶を用意して給湯室を後にする。
そうか。飲むのはダメでも香りが好きな場合があるのか。。。人の好みは難しいものだな。次はどうしようか?次の作戦を練りながら獅朗もデスクに戻った。
………
美云は、香りの良いコーヒーを飲みながら仕事をしてると獅朗からメールが送られてきていることに気が付いた。
読んでみると、昨日の話し合いの内容を箇条書きにしたものだった。
今後のスケジュール
三課の引き継ぎに1ヶ月
その後、一課で研修準備、計画等に1ヶ月
3月からご令息の研修スタート。
給与は要相談。
ざっとこんなことが書かれていた。マメだなぁと思いつつ、このマメさが獅朗自身の魅力を作り出しているのだろう。
ご令息の研修は本人のたっての希望で三月から始めることが決まったらしい。
写真も見せてもらったが、まれに見る美形顔の男性だった。噂だと、もしこの国がずっと王位継承を続けていたら皇子さまの身分だったとかなんとか。
「やっほー、姉貴」
「何よ?こんな朝早くから」
遊びにきたんだよーとおどけて話す路臣はどうやら一課に行くついでに三課の美云のところへやって来たらしい。
勝手に美云の引き出しを開けてゴソゴソする路臣はチョコを見つけて頬張る。
「このチョコ美味しいな。」
「新しく出来たチョコレートショップで買ってきたの。」
毎日、空輸でフランスから運ばれてくるできたてのチョコレートが気になって、お店がオープンしたとたん買いに走って今に至る。
じゃあ、行くねと、いったい何しに三課に来たのかわからないまま戻ろうとした路臣に、"これ獅朗に"とコーヒーに合うビターチョコを渡してもらうことにした。
なぜこんなことをしてしまったのか、後から考えても良くわからなかった。
………
餌付け返しよね;-)
先ほどの話し合いが一旦終わり、獅朗がくれたジンの写真をデスクに飾っているところに成徳がやって来る。
「悪くない話だと思うので、引き受けようと思っています。」
あとはお給料交渉だなと、どうやって賃上げして貰おうか頭の中でシミュレーションする。
「そうか。じゃあ、ここでの仕事の引き継ぎ担当者を誰にするか決めないとね。」
「そうですね。ここにはベテランの方が多いので誰が担当になっても問題は無いかと。」
三課での新人研修担当は美云と成徳の他に十人程在籍している。
美云が三課に異動になる時にたまたま前任者が退職したため、そのポストを満場一致で美云が引き継ぐことになった。
だから、それ以前から研修担当をしている社員がいるため、誰がリーダーになっても問題は無いと確信している。
「あ、それと・・・」
「はい?」
「獅朗に返事をするのは来週以降にしたら良いよ。」
少しは焦らしてやきもきさせてやろう。と成徳はウインクしてくる。
五十半ばの成徳はロマンスグレーヘアーのイケおじだ。こんなイケおじにウインクなんてされたらきっと、その気のある女性はイチコロかもしれない。今でもきっとモテるだろう。
「やきもきですかぁ・・・」
「もしかしたらお給料も希望より上げてくれるかもしれないよ。」
一課を退いてもなお成徳は打算を働かせることを忘れていなかった。それも良い手かもしれない。
………
翌朝、美云が出勤ラッシュのエレベーターに乗っている時だった。ぎゅうぎゅうに詰め込まれ人の揺れに釣られて揺れていたら、ちょんちょん、と肩をつつかれた。つつかれた方を振り向けばいつの間にやら獅朗が立っている。
「はい。どうぞ。」
優男スマイルでコーヒーらしきものを手渡される。
「・・・あ、りがとう、ございます。」
「ここのコーヒー美味しいので、良かったら美云も行ってみてください。」
うっ。さりげなく呼び捨て再び。
手渡されたコーヒーのカップを見ると、確かに美味しいと評判のお店のものだった。
「獅朗はコーヒーが好きなんですか?」
良くわからない競争心が生まれ、負けじと呼び捨てにする。
「いいえ。」
「えっ?!」
「ふふ。ウソです。コーヒーの香りには癒し効果がありますから。それが気に入ってます。」
三課の階に着きましたよ。と、促され肩をそっと押される。
人の流れにコーヒーカップが押し潰されないように死守しながらエレベーターを降りると、その場でカップのフタを開け香りを嗅いでみる。フワッと甘いコーヒー豆独特のフルーティな香りが鼻の中に広がった。
確かに、この香りは癒されるかもしれない。デスクまで歩きながら、でもこれは餌付けと言うものではないだろうかと、昨日、成徳に言われたことを思い出す。
焦らし作戦、やる価値はあるのかもしれない・・・
………
「あれ?獅朗さん、今日はいつものコーヒーじゃないんですね?」
給湯室で獅朗がコーヒーを淹れていると、別のチームの社員が話しかけてきた。
「ええ。たまには自分で淹れるのも悪くありませんから。」
本当は、たまたまエレベーターに乗り合わせた美云にあげてしまったのだが、そんなことを言ってもしょうがない。
拒否せずに受け取ったと言うことは、コーヒーは嫌いではない。と言うことだ。
「コーヒーはお好きですか?」
「いえ。コーヒーよりは紅茶の方が好きですね。あ、でもコーヒーの香りは好きです。」
別のチームの社員がボトルいっぱいに紅茶を用意して給湯室を後にする。
そうか。飲むのはダメでも香りが好きな場合があるのか。。。人の好みは難しいものだな。次はどうしようか?次の作戦を練りながら獅朗もデスクに戻った。
………
美云は、香りの良いコーヒーを飲みながら仕事をしてると獅朗からメールが送られてきていることに気が付いた。
読んでみると、昨日の話し合いの内容を箇条書きにしたものだった。
今後のスケジュール
三課の引き継ぎに1ヶ月
その後、一課で研修準備、計画等に1ヶ月
3月からご令息の研修スタート。
給与は要相談。
ざっとこんなことが書かれていた。マメだなぁと思いつつ、このマメさが獅朗自身の魅力を作り出しているのだろう。
ご令息の研修は本人のたっての希望で三月から始めることが決まったらしい。
写真も見せてもらったが、まれに見る美形顔の男性だった。噂だと、もしこの国がずっと王位継承を続けていたら皇子さまの身分だったとかなんとか。
「やっほー、姉貴」
「何よ?こんな朝早くから」
遊びにきたんだよーとおどけて話す路臣はどうやら一課に行くついでに三課の美云のところへやって来たらしい。
勝手に美云の引き出しを開けてゴソゴソする路臣はチョコを見つけて頬張る。
「このチョコ美味しいな。」
「新しく出来たチョコレートショップで買ってきたの。」
毎日、空輸でフランスから運ばれてくるできたてのチョコレートが気になって、お店がオープンしたとたん買いに走って今に至る。
じゃあ、行くねと、いったい何しに三課に来たのかわからないまま戻ろうとした路臣に、"これ獅朗に"とコーヒーに合うビターチョコを渡してもらうことにした。
なぜこんなことをしてしまったのか、後から考えても良くわからなかった。
………
餌付け返しよね;-)
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