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8. 結ぶ
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ふいに、髪の毛が引っ張られるのを感じて足を止める。
辺りを見渡しても誰も居ない。服のどこかに引っかかったんだろうな、と教室に向かって歩く。たまに一本だけ引かれるような感覚がするときあるよね。最近、多いような気もするけれど、きっとそれだそれ。
そんなことを思って歩いていると、もう一度髪の毛を引かれたような気がしたので勢いよく振り返った。すると、近くの曲がり角に吸い込まれていく髪の毛が見えた。
気のせいなんかじゃなかった。これはあれだ、怪異。お仲間の仕業だ。
誰だろうと思いつつ曲がり角に向かうと、また出てこようとしている髪の毛と鉢合わせした。驚いたように引いていく髪の毛を、慌てて掴む。アッと思った時には握ってしまっていたので、痛かったかもと申し訳ない気持ちになったけどもう遅い。
「待って待って。私に用事があったんだよね?」
戸惑うように私の手の中で動いていた髪の毛だったけど、大人しくなると同時に一人の子が私の前に現れた。その子の長い黒髪はお尻の下くらいまである。私の手をすり抜けて戻っていった髪の毛も同じ位の長さに落ち着いた。左目が長い髪の毛で隠されていて、逆光ということもあって余計に顔がよく見えないから根暗そうなイメージを受ける。
相手が三メートルほど間を開けたまま近付いてこないので、私の方から歩み寄る。近付いていっても逃げないので、話す意思はあるんだろう。
近くに行って顔を見ると、引っ込み思案っぽい感じはするものの、垂れ目で大きな目を潤ませた女子が立っていた。
「どうかしたの?」
「あ、あの……えっと……」
「まだ時間あるし、ゆっくりで良いよ。……そうだ、エントランスホールに行こう」
座って話してても違和感ないところは、ここからすぐのところにあるエントランスホールだ。立ち話でも良いけど、なんかこの子は落ち着いたところの方が話してくれそう。突然の提案にも頷いて、大人しく私の後に付いてくる。ちょっと雛鳥を連れて歩いている気分。
まだ早いこの時間は、エントランスホールにも人が少ない。空いている席に座った子に、待っててと告げると私は自動販売機で飲み物を買って戻る。遠目であの子を確認するけど、多分後神なんだと思う。
最近、後ろ髪を引かれるようなことなんかあったかなあと思いつつ、私は彼女の向かいに座った。同じクラスじゃないから名前は知らない。まずは自己紹介からするかー。
「私は澄。あなたの名前は?」
「涼……です。一つ下のクラスなんです」
「そっか。じゃあ、後輩の涼ちゃんは私になんの御用かな?」
飲み物ありがとうございます、と言った後、何度か口をパクパクとさせた涼は、俯き加減のまま話し始める。
「あの、澄先輩とお話がしてみたかったんです」
「ん? 私と?」
「はい。私、友達少ないんですけど、仲の良い子たちがみんな先輩の話をするんです。あ、悪い話じゃないです。困ってたときに助けてくれたとかそういう類いの話で。だからとても気になって話をしてみたいと思ったんですけど、私は接点がなかったからどうにか縁を結べたらなって最近先輩の側をウロウロとしていて……」
ちょっと待って。この子、半泣き状態になっているんだけれど。エントランスホールを歩いて行く人々が、不審な目をこちらに向けている。まあ、そんな視線は別に気にしないから良いんだけれど、目の前で泣きそうな子がいるのは困る。可愛い子を泣かせたくはない。
「そっか。でも特に何も起きなかったのね」
「はい。そうしたら私の意思とは関係なく、勝手に髪が先輩のところに行ってしまって……。素直に声をかければ良いのに、面倒なことをしてしまってすみませんでした」
瞳を潤ませた涼の頭をあやすように撫でてやる。えー、もうこれはこうするしかないでしょ。
ところで、私のことを吹き込んだこの子の友達って誰なんだろう。こんな必死にただの猫又の私と話がしたいって思わせるほど、何を話したんだ。後輩とも普通に話はするけれど、特別なことをした記憶は無い。
私に何かあったのかと思ったけれど、後ろ髪を引かれるような心残りなことがあったのは、私ではなくこの子だったのか。
「良いよ、気にしないで。それにほら、涼の言い方でいくと、髪の毛が縁を結んでくれたわけだし。知り合いになったし、これからは気軽に声かけれるでしょ」
「え、声かけても良いんですか?」
「駄目なの? そんなに話しかけにくいかな? それとも……」
「う、嬉しいです。やっぱり優しい」
「その友達も涼も、過大評価してるんじゃない? そんなに優しくなんてないと思うけど。まあいいや、今度声をかけるときは驚くから髪の毛じゃなくて涼が声かけてね」
そう伝えたら、はい、と笑顔で頷いてくれたので良しとしよう。
辺りを見渡しても誰も居ない。服のどこかに引っかかったんだろうな、と教室に向かって歩く。たまに一本だけ引かれるような感覚がするときあるよね。最近、多いような気もするけれど、きっとそれだそれ。
そんなことを思って歩いていると、もう一度髪の毛を引かれたような気がしたので勢いよく振り返った。すると、近くの曲がり角に吸い込まれていく髪の毛が見えた。
気のせいなんかじゃなかった。これはあれだ、怪異。お仲間の仕業だ。
誰だろうと思いつつ曲がり角に向かうと、また出てこようとしている髪の毛と鉢合わせした。驚いたように引いていく髪の毛を、慌てて掴む。アッと思った時には握ってしまっていたので、痛かったかもと申し訳ない気持ちになったけどもう遅い。
「待って待って。私に用事があったんだよね?」
戸惑うように私の手の中で動いていた髪の毛だったけど、大人しくなると同時に一人の子が私の前に現れた。その子の長い黒髪はお尻の下くらいまである。私の手をすり抜けて戻っていった髪の毛も同じ位の長さに落ち着いた。左目が長い髪の毛で隠されていて、逆光ということもあって余計に顔がよく見えないから根暗そうなイメージを受ける。
相手が三メートルほど間を開けたまま近付いてこないので、私の方から歩み寄る。近付いていっても逃げないので、話す意思はあるんだろう。
近くに行って顔を見ると、引っ込み思案っぽい感じはするものの、垂れ目で大きな目を潤ませた女子が立っていた。
「どうかしたの?」
「あ、あの……えっと……」
「まだ時間あるし、ゆっくりで良いよ。……そうだ、エントランスホールに行こう」
座って話してても違和感ないところは、ここからすぐのところにあるエントランスホールだ。立ち話でも良いけど、なんかこの子は落ち着いたところの方が話してくれそう。突然の提案にも頷いて、大人しく私の後に付いてくる。ちょっと雛鳥を連れて歩いている気分。
まだ早いこの時間は、エントランスホールにも人が少ない。空いている席に座った子に、待っててと告げると私は自動販売機で飲み物を買って戻る。遠目であの子を確認するけど、多分後神なんだと思う。
最近、後ろ髪を引かれるようなことなんかあったかなあと思いつつ、私は彼女の向かいに座った。同じクラスじゃないから名前は知らない。まずは自己紹介からするかー。
「私は澄。あなたの名前は?」
「涼……です。一つ下のクラスなんです」
「そっか。じゃあ、後輩の涼ちゃんは私になんの御用かな?」
飲み物ありがとうございます、と言った後、何度か口をパクパクとさせた涼は、俯き加減のまま話し始める。
「あの、澄先輩とお話がしてみたかったんです」
「ん? 私と?」
「はい。私、友達少ないんですけど、仲の良い子たちがみんな先輩の話をするんです。あ、悪い話じゃないです。困ってたときに助けてくれたとかそういう類いの話で。だからとても気になって話をしてみたいと思ったんですけど、私は接点がなかったからどうにか縁を結べたらなって最近先輩の側をウロウロとしていて……」
ちょっと待って。この子、半泣き状態になっているんだけれど。エントランスホールを歩いて行く人々が、不審な目をこちらに向けている。まあ、そんな視線は別に気にしないから良いんだけれど、目の前で泣きそうな子がいるのは困る。可愛い子を泣かせたくはない。
「そっか。でも特に何も起きなかったのね」
「はい。そうしたら私の意思とは関係なく、勝手に髪が先輩のところに行ってしまって……。素直に声をかければ良いのに、面倒なことをしてしまってすみませんでした」
瞳を潤ませた涼の頭をあやすように撫でてやる。えー、もうこれはこうするしかないでしょ。
ところで、私のことを吹き込んだこの子の友達って誰なんだろう。こんな必死にただの猫又の私と話がしたいって思わせるほど、何を話したんだ。後輩とも普通に話はするけれど、特別なことをした記憶は無い。
私に何かあったのかと思ったけれど、後ろ髪を引かれるような心残りなことがあったのは、私ではなくこの子だったのか。
「良いよ、気にしないで。それにほら、涼の言い方でいくと、髪の毛が縁を結んでくれたわけだし。知り合いになったし、これからは気軽に声かけれるでしょ」
「え、声かけても良いんですか?」
「駄目なの? そんなに話しかけにくいかな? それとも……」
「う、嬉しいです。やっぱり優しい」
「その友達も涼も、過大評価してるんじゃない? そんなに優しくなんてないと思うけど。まあいいや、今度声をかけるときは驚くから髪の毛じゃなくて涼が声かけてね」
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