1 / 2
1
しおりを挟む
『運が良い』
そう声をかけられて、自分の運のなさに項垂れたのは二年も前のことになる。
現在、俺がいるのは人間界ではなく異界。今までここに神社なんてあったかなぁと、たまたま見つけた神社に、たまたま足を運んだのが運の尽き。鳥居をくぐった瞬間、胡散臭い男に声をかけられたのだ。運が良い、と!
黒髪で目元の隠れた男は口元だけで笑い、異界への通行券が発券された、と異界移住強制参加の券を無理やり俺に握らせた。そして、今に至る。
「それにしたって運が悪すぎる」
「おやおやぁ? 何をそんなにしょぼくれているんです?」
あんたのせいだよ、と胸の内で叫びながら、視線も向けずに俺は作業を続けた。
男の目は長めの前髪で隠れているから想像でしかないけど、俺の表情を窺いながらウロウロと心配そうに目の前を行き来する。でもこの男、胡散臭いが決して悪いやつではないのだ。行く宛のない俺に衣食住、そしてここで生きていくための知恵と仕事をくれたのだから。
強制的に移住させられた異界に頼るところがあるはずもなく、俺は右も左も分からない異界でこいつと一緒に住むことになった。そこが、この神社だ。こいつの住処は神社である。こんなに胡散臭いし、身なりも神主とは程遠く黒づくめのラフな格好をしているのに、神主だなんて詐欺だと思う。
そんな俺は、神社の稼ぎ時というのは語弊があるが、年始に押し寄せる異形の者たちが引くおみくじを量産中だった。
男が書き上げたおみくじをせっせと折っては、箱に投げ入れていく。その時、ふとおかしなことに気がついた。去年は自分のことに精一杯で、おみくじ制作を手伝わなかったから気づかなかったのか。
「なぁ、これおかしくねぇか? なんで、大吉と大凶しかないんだよ」
良いか、悪いか。あまりにも極端すぎるし、元旦にここまで大量の大凶を入れておく神社ってあるのだろうか。もし俺が大凶引いたら、正月早々運が悪いとショックを受けると思う。俺はわりと打たれ弱い。でも、そんなドン引きしている俺を気にした様子もなく、男は胸を張る。
「それがまったくおかしくはないんですよねぇ。これがうちの神社のおみくじなので」
なぜそこで誇らしげにしてるのか、まったく分からん。
「え、二分の一の確率にかけて、みんなここの神社のおみくじ引くの?」
「そうですよ。うちの神様はきっちりしてますから」
知ってる。きっちり俺のこと連れてきたもんな。神様がなんでそんな事してるのか分からないけど、異界移住強制参加を決めるのってここの神様なんだって。いや、本当になんで俺が選ばれたのかさっぱりだよ。
「あんたも引くの?」
「そりゃあ、引きますよ、と言いたいところですが、もう引かなくてもいいかなと」
「ふぅん。じゃあ、俺もやめとこ」
大凶が出たら泣きそうだし。わざわざダメージ受けるために引かなくてもいいよね。
俺は目の前に積み上げられたおみくじを、勢い良く掻き回す。そして、境内で猫と遊んでいた男を手招きし、更にその山を混ぜろと告げた。すると、男は首を傾げながら言う。年齢不詳のおっさんなんだけど、いや、そもそも異界人だから何歳だか知らないけど、何だその仕草かわいいぞと思ったのは内緒だ。
「あなたが掻き回したから、もういいんじゃないですかねぇ」
「二分の一の確率だろ。俺が混ぜただけじゃ、不安なんだよ」
俺の混ぜ方が足りなかったせいで、連続大凶が出たりしたら心が痛む。少なくとも二人で混ぜたら、混ぜ方が甘かったという心配はしなくてもいい気がする。
そう伝えると、男はくつくつと喉の奥で笑い、おみくじの山に手を伸ばした。そのままゆるゆると山を混ぜ、いくつかの箱におみくじを入れていく。
「これでよし。うちはずっとこのおみくじなんですから、そんなに気にしなくてもいいんですよ。皆、分かってて引くんですから」
その気持ちが分からないんだけど。ずっと昔からそういうおみくじだって知ってたら、博打みたいなおみくじも気にならないものなんだろうか。まぁ、引く人たちが良いって言うなら、俺も気にしないことにしよう。
それより、さっき気になることを聞いた気がする。もう引かなくてもいい、って言わなかったか?
俺は早速、おみくじを片付けてお茶を淹れている男に尋ねる。
「なぁ、さっきの、もう引かなくていいってことは、一回は引いたことがあるってことだろ?」
男にしては珍しく、口ごもりながら明後日の方を眺めている。都合の悪いことを聞くと、いつもならするりとうまく躱すのに一体どういうことだろうか。口元に手を当て黙り込んでしまった男に、俺は人の悪い笑みを浮かべてにじり寄る。普段、のらりくらりとかわされるから、こういう時でもないと本心を聞くことができない。
「どうして、そういうとこに気づきますかねぇ」
「失言したって思うんなら、自分を恨めよな。だいたい、本心を隠すし顔もよく見せてくれないし、もう二年も一緒に暮らしてるのに、あんたのことよく分かんないんだよ。聞けるのはこういう時だけだろ?」
俺が知ってるのは、料理は上手いけど片付けるのが苦手で、ちょっと抜けてるとこもあり放っておけない。飄々としてるけど、親切な奴ってことくらいだ。名前も未だに教えてくれない。真名が駄目なら偽名でもいいから教えてくれればいいのにね。
「ほら、観念して話してよ」
「いや、これを話すと芋づる式に色々とその、バレてしまうというか」
「諦めろ」
とてもいい笑顔で俺は男の肩を叩いた。気分は刑事ドラマの尋問役。人間、この男は人間じゃないけど、諦めが肝心だよな。
男はしばらく唸るような声を上げていたけど、観念したのかポツポツと話しだした。
そう声をかけられて、自分の運のなさに項垂れたのは二年も前のことになる。
現在、俺がいるのは人間界ではなく異界。今までここに神社なんてあったかなぁと、たまたま見つけた神社に、たまたま足を運んだのが運の尽き。鳥居をくぐった瞬間、胡散臭い男に声をかけられたのだ。運が良い、と!
黒髪で目元の隠れた男は口元だけで笑い、異界への通行券が発券された、と異界移住強制参加の券を無理やり俺に握らせた。そして、今に至る。
「それにしたって運が悪すぎる」
「おやおやぁ? 何をそんなにしょぼくれているんです?」
あんたのせいだよ、と胸の内で叫びながら、視線も向けずに俺は作業を続けた。
男の目は長めの前髪で隠れているから想像でしかないけど、俺の表情を窺いながらウロウロと心配そうに目の前を行き来する。でもこの男、胡散臭いが決して悪いやつではないのだ。行く宛のない俺に衣食住、そしてここで生きていくための知恵と仕事をくれたのだから。
強制的に移住させられた異界に頼るところがあるはずもなく、俺は右も左も分からない異界でこいつと一緒に住むことになった。そこが、この神社だ。こいつの住処は神社である。こんなに胡散臭いし、身なりも神主とは程遠く黒づくめのラフな格好をしているのに、神主だなんて詐欺だと思う。
そんな俺は、神社の稼ぎ時というのは語弊があるが、年始に押し寄せる異形の者たちが引くおみくじを量産中だった。
男が書き上げたおみくじをせっせと折っては、箱に投げ入れていく。その時、ふとおかしなことに気がついた。去年は自分のことに精一杯で、おみくじ制作を手伝わなかったから気づかなかったのか。
「なぁ、これおかしくねぇか? なんで、大吉と大凶しかないんだよ」
良いか、悪いか。あまりにも極端すぎるし、元旦にここまで大量の大凶を入れておく神社ってあるのだろうか。もし俺が大凶引いたら、正月早々運が悪いとショックを受けると思う。俺はわりと打たれ弱い。でも、そんなドン引きしている俺を気にした様子もなく、男は胸を張る。
「それがまったくおかしくはないんですよねぇ。これがうちの神社のおみくじなので」
なぜそこで誇らしげにしてるのか、まったく分からん。
「え、二分の一の確率にかけて、みんなここの神社のおみくじ引くの?」
「そうですよ。うちの神様はきっちりしてますから」
知ってる。きっちり俺のこと連れてきたもんな。神様がなんでそんな事してるのか分からないけど、異界移住強制参加を決めるのってここの神様なんだって。いや、本当になんで俺が選ばれたのかさっぱりだよ。
「あんたも引くの?」
「そりゃあ、引きますよ、と言いたいところですが、もう引かなくてもいいかなと」
「ふぅん。じゃあ、俺もやめとこ」
大凶が出たら泣きそうだし。わざわざダメージ受けるために引かなくてもいいよね。
俺は目の前に積み上げられたおみくじを、勢い良く掻き回す。そして、境内で猫と遊んでいた男を手招きし、更にその山を混ぜろと告げた。すると、男は首を傾げながら言う。年齢不詳のおっさんなんだけど、いや、そもそも異界人だから何歳だか知らないけど、何だその仕草かわいいぞと思ったのは内緒だ。
「あなたが掻き回したから、もういいんじゃないですかねぇ」
「二分の一の確率だろ。俺が混ぜただけじゃ、不安なんだよ」
俺の混ぜ方が足りなかったせいで、連続大凶が出たりしたら心が痛む。少なくとも二人で混ぜたら、混ぜ方が甘かったという心配はしなくてもいい気がする。
そう伝えると、男はくつくつと喉の奥で笑い、おみくじの山に手を伸ばした。そのままゆるゆると山を混ぜ、いくつかの箱におみくじを入れていく。
「これでよし。うちはずっとこのおみくじなんですから、そんなに気にしなくてもいいんですよ。皆、分かってて引くんですから」
その気持ちが分からないんだけど。ずっと昔からそういうおみくじだって知ってたら、博打みたいなおみくじも気にならないものなんだろうか。まぁ、引く人たちが良いって言うなら、俺も気にしないことにしよう。
それより、さっき気になることを聞いた気がする。もう引かなくてもいい、って言わなかったか?
俺は早速、おみくじを片付けてお茶を淹れている男に尋ねる。
「なぁ、さっきの、もう引かなくていいってことは、一回は引いたことがあるってことだろ?」
男にしては珍しく、口ごもりながら明後日の方を眺めている。都合の悪いことを聞くと、いつもならするりとうまく躱すのに一体どういうことだろうか。口元に手を当て黙り込んでしまった男に、俺は人の悪い笑みを浮かべてにじり寄る。普段、のらりくらりとかわされるから、こういう時でもないと本心を聞くことができない。
「どうして、そういうとこに気づきますかねぇ」
「失言したって思うんなら、自分を恨めよな。だいたい、本心を隠すし顔もよく見せてくれないし、もう二年も一緒に暮らしてるのに、あんたのことよく分かんないんだよ。聞けるのはこういう時だけだろ?」
俺が知ってるのは、料理は上手いけど片付けるのが苦手で、ちょっと抜けてるとこもあり放っておけない。飄々としてるけど、親切な奴ってことくらいだ。名前も未だに教えてくれない。真名が駄目なら偽名でもいいから教えてくれればいいのにね。
「ほら、観念して話してよ」
「いや、これを話すと芋づる式に色々とその、バレてしまうというか」
「諦めろ」
とてもいい笑顔で俺は男の肩を叩いた。気分は刑事ドラマの尋問役。人間、この男は人間じゃないけど、諦めが肝心だよな。
男はしばらく唸るような声を上げていたけど、観念したのかポツポツと話しだした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【Rain】-溺愛の攻め×ツンツン&素直じゃない受け-
悠里
BL
雨の日の静かな幸せ♡がRainのテーマです。ほっこりしたい時にぜひ♡
本編は完結済み。
この2人のなれそめを書いた番外編を、不定期で続けています(^^)
こちらは、ツンツンした素直じゃない、人間不信な類に、どうやって浩人が近づいていったか。出逢い編です♡
書き始めたら楽しくなってしまい、本編より長くなりそうです(^-^;
こんな高校時代を過ぎたら、Rainみたいになるのね♡と、楽しんで頂けたら。
逃げられない罠のように捕まえたい
アキナヌカ
BL
僕は岩崎裕介(いわさき ゆうすけ)には親友がいる、ちょっと特殊な遊びもする親友で西村鈴(にしむら りん)という名前だ。僕はまた鈴が頬を赤く腫らせているので、いつものことだなと思って、そんな鈴から誘われて僕は二人だけで楽しい遊びをする。
★★★このお話はBLです 裕介×鈴です ノンケ攻め 襲い受け リバなし 不定期更新です★★★
小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

ホストの彼氏ってどうなんですかね?
はな
BL
南美晴人には彼氏がいる。彼は『人気No.1ホステス ハジメ』である。
迎えに行った時に見たのは店から出てきて愛想良く女の子に笑いかけているのは俺の彼氏だったーーー
攻め 浅見肇
受け 南美晴人
ホストクラブについて間違っているところもあるかもしれないので、指摘してもらえたらありがたいです。
俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした
たっこ
BL
【加筆修正済】
7話完結の短編です。
中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。
二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。
「優、迎えに来たぞ」
でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。

残念でした。悪役令嬢です【BL】
渡辺 佐倉
BL
転生ものBL
この世界には前世の記憶を持った人間がたまにいる。
主人公の蒼士もその一人だ。
日々愛を囁いてくる男も同じ前世の記憶があるらしい。
だけど……。
同じ記憶があると言っても蒼士の前世は悪役令嬢だった。
エブリスタにも同じ内容で掲載中です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる