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京夜という男
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真っ青な空と容赦なく照りつける日差しに、目の前を行き来する人々は一様に疲れた表情を見せる。しかしそれも一瞬のことで、不快な感情を上回る喜びに胸を躍らせるのだ。
ここは、賑やかで心が弾むような音楽が絶えず流れる遊園地。
子供から大人まで、興奮とスリルを求めてやってくる場所である。
今は夏休みということもあって、連日どのアトラクションも大盛況だった。
それは高村京夜の受け持つ幽霊屋敷も同じで、ひっきりなしに悲鳴が聞こえてくる。それを心地よいBGMとして、京夜は受付に座りながら今日も人間ウォッチングに余念がない。
夏休み期間の短期バイトとして遊園地に勤務中の京夜は、桜舞い散る四月に大学に通い始めたばかりの学生だ。
表の顔は大学生だが、姉に担ぎ上げられあれよあれよという間にBL作家になったのは半年前。受験まっただ中でのデビューが死ぬほど辛かったのも今では良い思い出だった。
今まで小説家になるという人生設計など立てていなかった京夜だったが、文章を書くのは幼い頃から好きだったため、小説を書くことを仕事とするのに特に異論はなかった。
ただ内容が男同士の絡みで、書いている京夜も男であるため、周りにはデビューしたことを伏せている。オープンにしても良いのだが、最近は悪い意味で人々の興味の対象として取り上げられることもあり、興味本位で騒がれるのは本意ではないからだ。
ちなみに京夜自身は姉による教育の賜で、中学生のうちにBL、少年愛、薔薇、やおいなどには免疫があり理解もあったため、男と男の恋愛が絡む話を書くのも苦ではない。むしろ願ったり叶ったりだ。
京夜の恋愛対象は女性だったが、男同士の絡みを見ることは至上の喜び。見つけた瞬間、もっとやれ、と姉と共に拳を握る程だ。それが高じて昨年まで京夜は全寮制の男子高校に通っていたのだ。もちろん姉弟で王道学園を楽しむためにだ。姉への報告はもちろんかかさず、自分に降りかかる火の粉はすべて笑顔で躱し、京夜は学園の特色に染まることなく、綺麗な身のまま卒業することに成功した。自分の容姿が特に秀でていることを自覚しての振る舞いと、腐男子としての知識を総動員してなされた偉業というべきか。
京夜の容姿は見る者の目を一瞬で奪う程に強烈だった。顔の造形が整っているのはもちろんのこと、色白の肌に烏の濡羽色の髪がとても艶やかでよく映えており、タレ目が柔らかな雰囲気を醸しだしている。しかし、ときたま見せる表情が凛としていたため、それがチワワ系の可愛らしい部類の男にもマッチョ系にもとても人気があった。特に左目の目元にある泣き黒子は色っぽさを倍増させ、京夜の魅力を上げている。それと見た目はとても綺麗でおとなしそうに見えるのに、実際に話すと軽い口調で誰とでも対等に、そして目上の者には礼節を持って話すのが好感度を更に上げていた。
そして京夜が高校生活を楽しめたのは親衛隊という存在も大きい。京夜を崇めて作られた親衛隊だったが、穏健派できちんと統率されており、ほかの親衛隊にも幅をきかせていて学園を裏で牛耳っていた。そんな自分の親衛隊を武器に、京夜は見事に王道学園ライフを満喫したのだった。
現在、楽しんで過ごした高校生活と同じように、日常生活でも萌えを追求することに全力を費やしている。また、今でも周りに隠してはいるが年二回の大きなイベントにはサークルとして、姉がイラストを担当し文章を自分が担当し姉弟で参加している。美人姉弟としても有名な二人は、壁サークルとしてそこに鎮座していた。
自分の萌は可能な限り追求するべし、とは姉の言葉で、京夜の最も共感する言葉だった。その言葉に従って京夜はこのバイトを選んだ。
多くの人が集まる遊園地は様々な人を観察することができる。京夜のターゲットは初々しい高校生カップルでも、それは男女ではなく少年たちのカップルだった。ただ友達同士で遊びに来ていようと、京夜の脳内ではそれがカップルへと変換される。とても都合の良い脳みそをしているのだ。
そして京夜の趣味は幅広く、中年受けでも不良受けでもどんとこい状態で、殿方たちが一緒にいるだけで脳内にパラダイスが広がる。
遊園地とはすばらしいパラダイス空間。
遊びにやってくる人にとっても、京夜にとってもそこはまさしく楽園だった。
しかし京夜は思考が顔に出ないのが幸いしてか、今まで腐男子ということに気づかれたことはない。どれだけ脳内にパラダイスが広がっていようと、それが他人に知られることはなかった。
よって、見目の良い京夜が受付に座っているだけで女性客が集まり、それでなくても夏には需要の高い幽霊屋敷の人気は更に高まる。それに比例して京夜の観察対象も増えるわけで、京夜は毎日そのバイトをとても楽しんでいた。
「いらっしゃいませ。ようこそ幽霊屋敷へ。お連れ様と手をつないでどうぞ。お気をつけて」
にっこりと笑顔で客を見送り、京夜はようやく一区切りついたところでペットボトルの水を飲んだ。ほうっとため息を吐きつつ、軽く俯くと艶やかな黒髪がさらりと頬を滑り落ちる。それを軽く押さえながら視線をあげた京夜は、目の前の人物たちに目を奪われた。
目の前にいたのは高校生くらいの少年が二人。ふわふわの髪の毛で明るい感じの少年と、茶髪で目つきが鋭いがえらく顔の良い少年の二人組だった。ぐいぐいとふわふわの髪の毛の少年Aが目つきの鋭い少年Bの腕を引き、幽霊屋敷へと誘っているようだった。
リアルBLキター!、と京夜は手元が見えないのをいいことに小さくガッツポーズをする。不良×元気かな、と想像しながら視線は二人に釘付けだ。辺りに幽霊屋敷へやってきそうな客もいないため、ゆっくりと観察することができそうだった。ほくほくしながら京夜は二人が仲良く受付へやってくるのを待つ。
やがて遊園地に響く軽やかな音楽を後ろに、少年たちの会話が京夜の元に聞こえてきた。
「なんだよ、オマエ怖いのかよ」
「別にそういう訳じゃない」
少年Aがニヤニヤとからかうような視線を向けながら、渋る少年Bを引きずって近づいてきた。少年Bが引きずられているのは少年Aの力が強いのか、いや少年Bが渋りながらも本気で嫌がっているわけではないからだろう。
「なら、一緒に入ろうぜ! なっ!」
「……ったく……オマエの方がこういうの苦手なくせに」
「なんか言ったか?」
「いいや。ほら、行くぞ」
話はついたのか、今度は少年Bが少年Aの手を引いて京夜の元へとやってきた。京夜は会話を聞きながら内心ほくほくとしつつ、営業スマイルを浮かべ少年たちを待つ。
「いらっしゃいませ」
「大人二人で」
少年Bがぶっきらぼうにそう伝えてくるのを、これまたにやけそうになりながら京夜は差し出されたチケットを受け取った。
「お預かりします。足下暗くなっておりますのでお気をつけて」
敢えて繋いだままの手のことには触れずに笑顔で二人を送り出す。その時、二人が京夜の笑顔に見惚れていたことなど、京夜にはまったく興味のないことだった。そんなことよりも京夜の脳内では、微笑ましく映る二人に幽霊屋敷内部で訪れるであろうラブハプニングを想像することに忙しかったのだから。
少年二人を見送ってから、京夜は想像を膨らませて出てくる二人を待つ。どんな状態で出てくるのか楽しみで仕方がなかった。脳内では先ほどの少年Aが大変いやらしいことになっていたりもしたのだが、顔には微塵も出さずに接客をする。器用なものだ。
そしてようやく京夜の待ちに待った瞬間が訪れた。
出口に現れた二人の様子に京夜は再びガッツポーズを繰り出す。
呆れた表情を浮かべつつ自分にしがみつく少年Aの頭を優しく撫でてやる少年B。先ほど京夜の元まで聞こえてきた絶叫は少年Aのものだったに違いない。
実はこの遊園地の幽霊屋敷は昔ながらのものだったが、恐怖を煽るような演出がなかなかうまい具合にされているのだ。閉める際に懐中電灯一つで、しかも京夜がたった一人で見回りをするのだが、その際も作り物だとはわかっていてもかなり怖い。毎日見ている運営側がそう思うのだから、何も知らない客はもっと恐ろしいに違いない。
やはり怖いのが苦手なのは強気受けに見える少年Aだった、と京夜は脳内に次のネタにしようとメモし、視線をそっと外した。余り長く見ていては気づかれてしまう、と京夜は経験から知っていた。
目の端に映る二人は徐々に遠ざかっていく。これがデートではなくどちらかのデートの下見だったら、あの二人とはまた会うこともあるかもな、と京夜は思う。リアルBLなら良いなとは思っても、それが信実だとは思っていない。遊園地とは夢見る場所なのだ。
でもおいしい二人組だった、と京夜は今日一番の笑顔を浮かべ、次の客のチケットを受け取った。
ここは、賑やかで心が弾むような音楽が絶えず流れる遊園地。
子供から大人まで、興奮とスリルを求めてやってくる場所である。
今は夏休みということもあって、連日どのアトラクションも大盛況だった。
それは高村京夜の受け持つ幽霊屋敷も同じで、ひっきりなしに悲鳴が聞こえてくる。それを心地よいBGMとして、京夜は受付に座りながら今日も人間ウォッチングに余念がない。
夏休み期間の短期バイトとして遊園地に勤務中の京夜は、桜舞い散る四月に大学に通い始めたばかりの学生だ。
表の顔は大学生だが、姉に担ぎ上げられあれよあれよという間にBL作家になったのは半年前。受験まっただ中でのデビューが死ぬほど辛かったのも今では良い思い出だった。
今まで小説家になるという人生設計など立てていなかった京夜だったが、文章を書くのは幼い頃から好きだったため、小説を書くことを仕事とするのに特に異論はなかった。
ただ内容が男同士の絡みで、書いている京夜も男であるため、周りにはデビューしたことを伏せている。オープンにしても良いのだが、最近は悪い意味で人々の興味の対象として取り上げられることもあり、興味本位で騒がれるのは本意ではないからだ。
ちなみに京夜自身は姉による教育の賜で、中学生のうちにBL、少年愛、薔薇、やおいなどには免疫があり理解もあったため、男と男の恋愛が絡む話を書くのも苦ではない。むしろ願ったり叶ったりだ。
京夜の恋愛対象は女性だったが、男同士の絡みを見ることは至上の喜び。見つけた瞬間、もっとやれ、と姉と共に拳を握る程だ。それが高じて昨年まで京夜は全寮制の男子高校に通っていたのだ。もちろん姉弟で王道学園を楽しむためにだ。姉への報告はもちろんかかさず、自分に降りかかる火の粉はすべて笑顔で躱し、京夜は学園の特色に染まることなく、綺麗な身のまま卒業することに成功した。自分の容姿が特に秀でていることを自覚しての振る舞いと、腐男子としての知識を総動員してなされた偉業というべきか。
京夜の容姿は見る者の目を一瞬で奪う程に強烈だった。顔の造形が整っているのはもちろんのこと、色白の肌に烏の濡羽色の髪がとても艶やかでよく映えており、タレ目が柔らかな雰囲気を醸しだしている。しかし、ときたま見せる表情が凛としていたため、それがチワワ系の可愛らしい部類の男にもマッチョ系にもとても人気があった。特に左目の目元にある泣き黒子は色っぽさを倍増させ、京夜の魅力を上げている。それと見た目はとても綺麗でおとなしそうに見えるのに、実際に話すと軽い口調で誰とでも対等に、そして目上の者には礼節を持って話すのが好感度を更に上げていた。
そして京夜が高校生活を楽しめたのは親衛隊という存在も大きい。京夜を崇めて作られた親衛隊だったが、穏健派できちんと統率されており、ほかの親衛隊にも幅をきかせていて学園を裏で牛耳っていた。そんな自分の親衛隊を武器に、京夜は見事に王道学園ライフを満喫したのだった。
現在、楽しんで過ごした高校生活と同じように、日常生活でも萌えを追求することに全力を費やしている。また、今でも周りに隠してはいるが年二回の大きなイベントにはサークルとして、姉がイラストを担当し文章を自分が担当し姉弟で参加している。美人姉弟としても有名な二人は、壁サークルとしてそこに鎮座していた。
自分の萌は可能な限り追求するべし、とは姉の言葉で、京夜の最も共感する言葉だった。その言葉に従って京夜はこのバイトを選んだ。
多くの人が集まる遊園地は様々な人を観察することができる。京夜のターゲットは初々しい高校生カップルでも、それは男女ではなく少年たちのカップルだった。ただ友達同士で遊びに来ていようと、京夜の脳内ではそれがカップルへと変換される。とても都合の良い脳みそをしているのだ。
そして京夜の趣味は幅広く、中年受けでも不良受けでもどんとこい状態で、殿方たちが一緒にいるだけで脳内にパラダイスが広がる。
遊園地とはすばらしいパラダイス空間。
遊びにやってくる人にとっても、京夜にとってもそこはまさしく楽園だった。
しかし京夜は思考が顔に出ないのが幸いしてか、今まで腐男子ということに気づかれたことはない。どれだけ脳内にパラダイスが広がっていようと、それが他人に知られることはなかった。
よって、見目の良い京夜が受付に座っているだけで女性客が集まり、それでなくても夏には需要の高い幽霊屋敷の人気は更に高まる。それに比例して京夜の観察対象も増えるわけで、京夜は毎日そのバイトをとても楽しんでいた。
「いらっしゃいませ。ようこそ幽霊屋敷へ。お連れ様と手をつないでどうぞ。お気をつけて」
にっこりと笑顔で客を見送り、京夜はようやく一区切りついたところでペットボトルの水を飲んだ。ほうっとため息を吐きつつ、軽く俯くと艶やかな黒髪がさらりと頬を滑り落ちる。それを軽く押さえながら視線をあげた京夜は、目の前の人物たちに目を奪われた。
目の前にいたのは高校生くらいの少年が二人。ふわふわの髪の毛で明るい感じの少年と、茶髪で目つきが鋭いがえらく顔の良い少年の二人組だった。ぐいぐいとふわふわの髪の毛の少年Aが目つきの鋭い少年Bの腕を引き、幽霊屋敷へと誘っているようだった。
リアルBLキター!、と京夜は手元が見えないのをいいことに小さくガッツポーズをする。不良×元気かな、と想像しながら視線は二人に釘付けだ。辺りに幽霊屋敷へやってきそうな客もいないため、ゆっくりと観察することができそうだった。ほくほくしながら京夜は二人が仲良く受付へやってくるのを待つ。
やがて遊園地に響く軽やかな音楽を後ろに、少年たちの会話が京夜の元に聞こえてきた。
「なんだよ、オマエ怖いのかよ」
「別にそういう訳じゃない」
少年Aがニヤニヤとからかうような視線を向けながら、渋る少年Bを引きずって近づいてきた。少年Bが引きずられているのは少年Aの力が強いのか、いや少年Bが渋りながらも本気で嫌がっているわけではないからだろう。
「なら、一緒に入ろうぜ! なっ!」
「……ったく……オマエの方がこういうの苦手なくせに」
「なんか言ったか?」
「いいや。ほら、行くぞ」
話はついたのか、今度は少年Bが少年Aの手を引いて京夜の元へとやってきた。京夜は会話を聞きながら内心ほくほくとしつつ、営業スマイルを浮かべ少年たちを待つ。
「いらっしゃいませ」
「大人二人で」
少年Bがぶっきらぼうにそう伝えてくるのを、これまたにやけそうになりながら京夜は差し出されたチケットを受け取った。
「お預かりします。足下暗くなっておりますのでお気をつけて」
敢えて繋いだままの手のことには触れずに笑顔で二人を送り出す。その時、二人が京夜の笑顔に見惚れていたことなど、京夜にはまったく興味のないことだった。そんなことよりも京夜の脳内では、微笑ましく映る二人に幽霊屋敷内部で訪れるであろうラブハプニングを想像することに忙しかったのだから。
少年二人を見送ってから、京夜は想像を膨らませて出てくる二人を待つ。どんな状態で出てくるのか楽しみで仕方がなかった。脳内では先ほどの少年Aが大変いやらしいことになっていたりもしたのだが、顔には微塵も出さずに接客をする。器用なものだ。
そしてようやく京夜の待ちに待った瞬間が訪れた。
出口に現れた二人の様子に京夜は再びガッツポーズを繰り出す。
呆れた表情を浮かべつつ自分にしがみつく少年Aの頭を優しく撫でてやる少年B。先ほど京夜の元まで聞こえてきた絶叫は少年Aのものだったに違いない。
実はこの遊園地の幽霊屋敷は昔ながらのものだったが、恐怖を煽るような演出がなかなかうまい具合にされているのだ。閉める際に懐中電灯一つで、しかも京夜がたった一人で見回りをするのだが、その際も作り物だとはわかっていてもかなり怖い。毎日見ている運営側がそう思うのだから、何も知らない客はもっと恐ろしいに違いない。
やはり怖いのが苦手なのは強気受けに見える少年Aだった、と京夜は脳内に次のネタにしようとメモし、視線をそっと外した。余り長く見ていては気づかれてしまう、と京夜は経験から知っていた。
目の端に映る二人は徐々に遠ざかっていく。これがデートではなくどちらかのデートの下見だったら、あの二人とはまた会うこともあるかもな、と京夜は思う。リアルBLなら良いなとは思っても、それが信実だとは思っていない。遊園地とは夢見る場所なのだ。
でもおいしい二人組だった、と京夜は今日一番の笑顔を浮かべ、次の客のチケットを受け取った。
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