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ジャック・オ・ランタンのなる木

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 王都から遙か遠く、暗い森を抜け海岸沿いを進んだところに古びた城があった。
 美しい女領主がその城の主で、その庭には世にも奇妙なジャック・オ・ランタンのなる木があるという。誰かが吊しているんだろ、と言う者もいたが、調べてみるとしっかりと果実と同じようになっているのだそうだ。
 私はそのジャック・オ・ランタンのなる木目当てで、女領主に会いに来た。一年に一度開かれるという仮面舞踏会の情報を手に入れたのだ。その開催日が今日だ。招待状は伝手を使って入手した。この日のために、久々に仮面舞踏会用の服を引っ張り出して、周りから驚かれたのはまた別の話。
 遠路はるばるやってきた城への入城は、招待状を見せればすぐに許可された。始まるまでは好きに過ごして良いと言われたので、目当ての木を探すために庭に出る。
 さてさて、お目当ての木はどこかな。
 ジャック・オ・ランタンの元の姿はカボチャである。それに魂が宿ったものがジャック・オ・ランタンと言われているが、カボチャに施した装飾に過ぎないと私は思っていた。木になるカボチャに魂が宿ってるかどうかはどうでもいい。本来は土の上になるものが木になり、装飾までされているという不思議な現象を解き明かしたい。私は不思議なものに目がないのだ。
 どんな魔術なのか、それとも呪いなのか。
 ああ、でもそうなると、やはり本当に魂が宿っているのかも気になるな。
 そんなことを考えているうちに、大きな木が見えてきた。その枝に橙色のカボチャがいくつも見える。遠目には装飾がされているかどうかまでは分からない。
 早く近くで眺めたくて、私は子どものように木をめがけて駆けだした。
 近くに行って眺めてみると、噂の通り、木になっているのは本当に目や口の装飾が施されたカボチャだった。パッと見ただけでは詳細は分からないが、魔術の痕跡はないと思う。魔術ではないのなら、呪いか。
 その時、私の思考は甘い声によって中断された。

「あら、あなた。ここへ来るのは初めてかしら」

 振り返ると、この城の主である女領主が立っていた。豊かな赤髪は赤薔薇のように艷やかで、豊満な体を強調するようなドレスを纏っていた。しかし、私に声をかけてきたのはなぜだろう。まさか、毎度盛大に開かれる仮面舞踏会への参加者を、全員覚えているというのだろうか。仮面もつけているというのに。
 まさか、と思いつつも、尋ねられたらこう答えればいいと教えられた言葉を告げる。

「はい。ジャックと申します。用があり参加できなくなったサノス男爵が招待状を譲ってくれたため、この場に立っております」
「ああ、聞いているわ。ようこそ、我が城へ。ずいぶんと熱心に眺めていたけれど、ジャック・オ・ランタンが今日の目的なのかしら」

 その問いに、なぜか私は、いいえ、と答えてしまっていた。ここは頷いても問題はなかったはずなのに。嘘をつくような場面ではない。

「あら、あなたの名前がジャックだというから、親近感でも湧いてわざわざ見にきたと思ったのに」

 くすりと笑われ、揶揄われたのだと分かる。けれど、嫌な気持ちにはならなかった。木を見上げながら私は呟く。

「不思議な木だと思って眺めていたんです。ただのカボチャではなく目や口もあるジャック・オ・ランタンが、どうしてここになるのかなって」
「そうねえ。では、舞踏会を楽しみにしていて。そこで話をしてあげるわ」

 本当ですか、と尋ねれば形の良い唇が楽しそうに弧を描く。
 暫くすると他の来客も集まってきたため、女領主に別れを告げ木に背を向けた。その時、常連客と思われる者の言葉とそれに答える女領主に首を傾げる。

「今年も楽しみにやってきましたよ。今日もたくさんコイツがなるんでしょうな」
「ええ、昨年も皆様のおかげでこんなに」

 仮面舞踏会のたびにジャック・オ・ランタンが増えている。そんなふうに受け取れるが、どういうことなのか。
 彼らはどんどん遠ざかっていってしまい、それ以上の話は聞けなかった。なんにせよ、舞踏会でジャック・オ・ランタンの話をしてくれると言っていたから、それを楽しみに待とう。私の今日の目的は達成されそうだ。私はほくそ笑みながら舞踏会場へと向かった。

「ハロウィンの夜に、皆様ようこそ。常連の皆様も、そして初めましての方も、舞踏会をお楽しみください。ただし、仮面で顔を隠しても、心は隠せません。今年もよろしくって? わたくし、嘘は嫌いなの」

 突然、何の話が始まったのか分からず、女領主を見上げる。私の他にも同じような者がたくさんいた。常連客と思われる者たちは、気味の悪い笑みを口元にたたえ辺りを見渡している。まるで物色しているようだ。

「この子は嘘を見抜くのが得意なの。知ってるでしょう? 嘘の匂いを嗅ぎ分け、獲物を追い詰める狩人よ」

 そう言って女領主が指笛を吹くと、大きな黒い影が足元に寄り添う。それは見たことのない生き物だった。頭には一角獣のようなツノが生え、体は猫科の獰猛な肉食獣のようだ。黒い毛並みは艶やかで、深くまで覗き込むような力強い目をしている。

「一人目よ」

 行って、と女領主が告げると、黒い獣はホールへと降り立つ。そして、一人の男に近づくと脇腹に噛み付いた。ごっそりと肉と内臓が獣の口内へと消えるのを見た。遅れて、男の絶叫が響く。一瞬のことで、何が起きたか分からなかったろう。

「やれやれ、最初からこれではな」

 そう言いながら、叫び暴れる男の口を押さえたのは、先ほど木のところで会った男だった。

「痛い、なんでこんな」
「そりゃあ、あんたが嘘をついたからだろう」

 そんなやりとりをしている間にも黒い獣は男を食べ続ける。
 骨を砕く音は優雅に奏でられる音楽のスパイスとなり、男の声はまるでオペラのようだ。

「ハロウィンの夜にここで生まれた魂はジャック・オ・ランタンとなり、永遠の命を得るのよ。嘘をついた人間はね、天国にも地獄にもいけないの」

 辺りに濃い血の臭いが漂い、吐き気がする。耳にまとわりつくような女領主の声に頭痛がした。先ほど、甘い声だと思ったのが嘘のようだ。
 その時、弾けるような音が響き、光が外へと飛び出した。向かう先は、ジャック・オ・ランタンのなる木だ。そして、そこに一つ灯りがともった。
 先ほど襲われていた男を眺めると、首だけが転がっている。魂だけになった男は、ジャック・オ・ランタンになったのだ。

「さあ、皆様。この子だけでは今夜中に嘘つきを全員捕まえるのは難しいわ。今年も手伝ってくださるのでしょう?」
「ああ、もちろんだとも。そのために来たんだ」
「えぇ、わたくしもよ」

 黒い獣が嘘つきに噛みついて放置すると、そこに群がる人々。悪魔のような仮装をしていると思っていたが、もしかしたら本物の悪魔なのではないのか。倒れた人を笑いながら手にかけていくのが、一人や二人ではない。
 女領主の額に、いつの間にか山羊のようなツノが生えている。人間に酷い嘘をつかれて酷い目にあった悪魔。その悪魔と目が合った。

「そうそう、今日はジャックがいらしているの。あなたも嘘つきでしょう?」

 瞬きをしたら、目の前に女領主がいた。不気味な笑みを浮かべ、私の耳元で囁く。

「わたくし、嘘つきは嫌いなの」

 反論する間もなく、酷い痛みに膝をつく。心臓を鷲掴みにされていた。声も出ないほどの痛みに涙をこぼしながら、私は女領主にすがりつく。

「ジャック・オ・ランタンになりなさい」

 ただ、不思議な木の謎を解きに来ただけなのに。まさか、自分がそのジャック・オ・ランタンになるなんて。嘘つきの魂がなる木に、もうすぐ私の灯りもともるだろう。
 なにもかもがすべて、悪い夢のようだった。
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