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彼と私
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子どもたちが近くで見たいと言うので、触る部分は翼の部分だけと念を押してから渡す。歓声を上げながら仲良く見ているのを確認して、私はベンチに腰掛けるコンラッド様の元へと向かう。ハンカチを敷いてくれた彼にお礼を告げてから、ゆったりと隣に腰を下ろし尋ねた。
「お話は終わりました?」
「ああ。父上への連絡も神父様の特別回線を借りてしてしまったし、今日のところはゆっくりできそうだよ」
「良かったわ。コンラッド様がいらっしゃるからって、うちの者たちがとてもはりきっていたから」
「それは楽しみだね」
ところで、とコンラッド様が子どもたちが光にかざしたりして喜んでいるペーパーナイフを眺めながら言う。
「二本出てきたから、てっきり私とシルヴィアのものだと思ったのに」
「あら、落胆させてしまいました?」
「どうだろう」
口ではつれないことを言いながら喉の奥で笑うコンラッド様は上機嫌で、私の口角も上がる。
「お揃いにしようと思ったけれど、思いついたイメージが翼だったものですから。片翼では上手く飛べないでしょう? お二人には私の元に揃って無事に戻ってきていただきたくて」
私に翼はなくても大丈夫だもの。
私が欲しいのは揺るぎない私の居場所。心が疲れているとき、私の存在が迷惑をかけてばかりで本当に必要か不安になってしまう度に、私の周りの優しい人たちは居場所をくれる。私の隣にいたいと言ってくれる人の力になりたい、とまた前を向くことができる。ただ待っているだけは性に合わないけれど、翼がなくてもできることはある。
耳がなく性別を偽り生きていることを不自由だと思ったことはないけれど、私と同じ状況で天と地の差がある暮らしをしている者を知ってからは、このまま守られて生きていて良いのかと思い始めていた。そう思う事は守られ、大切にされてきた私の驕りだとも思う。
でも、守られたまま何もできない自分ではいたくない。誰もが耳がなくたって胸を張って生きていくことができる世界を望んでいたし、今の国王陛下たちが変えてくれると信じていた。そのためにも、私は私のできることをしたい。どんなにちっぽけでも、それが世界を変えることに繋がるとは思えなくても。
私には私にしかできないことがきっとあると信じたいから。
「もちろん戻ってくるよ。いつだってシルヴィアの元に」
コンラッド様は誓うように、私の右手の薬指にはめられた指輪に口付ける。私は嬉しさと恥ずかしさから消え入りそう声で、はい、と呟くことしかできない。私が欲しい言葉をいつもくれるのに、私はちゃんとコンラッド様に言葉で気持ちを届けられているんだろうかと不安になる。
その時、背後で小さな咳払いが聞こえ、私は尻尾を震わせ膨らせたまま振り返った。後ろにいたのはぐったりと項垂れたお兄様だ。
「無粋だね」
一段低くなった声でコンラッド様が言うけれど、お兄様は気にした様子もなく深い溜息と共に言葉を吐き出す。
「誓い合うのにここほど最適な場所は無いと思うが、周りを確認しろといつも言っているんだが」
その言葉で私は今の状況を思い出す。ぎこちない動作で顔を前に向けると子どもたちが興味津々といった様子で、こちらを見つめていた。一気に顔に血が上る。
「あ、あの! 私、お祈りしてきますね」
背後から聞こえる、お姉ちゃんの顔まっかー!、という声に聞こえないふりをしながら、私は全速力で礼拝堂へと逃げ出したのだった。
コンラッド様を連れて屋敷に帰ると、お父様たちも集まっての賑やかな夕食となった。自分が王族だからと特にかしこまらないで欲しい、という彼の願い通り、いつもの夕食とあまりボリューム的には変わらないメニューだった。ただ、コンラッド様の好きな料理が目白押しだ。皆、コンラッド様がいらっしゃるのを楽しみにしているから。
いつもお兄様と共に帰ってくるので、だいたい昼間におちあい、夜は夕飯を食べたあとにそのまま屋敷に泊まることが多い。当伯爵家にはコンラッド様用の客室が用意されていた。
王子たるもの護衛が必要だけれど、それがお兄様だ。護衛兼参謀、それにコンラッド様自身もお強い。うちの護衛も精鋭が揃っているし、備えは万全だ。
婚約者なのにすでに家族みたいな関係がくすぐったいけれど、コンラッド様とは十年以上も前からの付き合いになる。
懐かしい日々のことを思い出しながら、私はその日笑顔で眠りについた。
翌朝、支度を済ませ階下に降りていくと、ちょうどコンラッド様たちが出かけるところだった。
「おはよう。それ、とてもよく似合ってる」
似合う色だと思ったんだ、とコンラッド様は眩しいくらいの笑顔を見せる。
昨日は動きやすさに重きをおいたドレスを着ていたけれど、今朝はコンラッド様もいらっしゃるからとこの間いただいたばかりのドレスに袖を通した。それが正解だったみたいで私も嬉しい。ネイビーのしっとりとした色が私の銀色を美しく引き立てる素敵なドレス。細やかな細工と斬新な切り返しが美しい。革で作られている私専用のウエストバッグもセットだった。太めのベルトで身につけるタイプで、鎖やビスが派手すぎず品よく仕上げられている。
「ありがとうございます。私もお気に入りです」
「よかった。でも残念だった。今日はシルヴィアと出かけようと思っていたのに、父上から呼び出しがかかってしまって。もう少し時間がとれると思ったんだけどね」
「私も残念ですけれど、いつでも会えますもの。……また、お待たせしているんでしょう?」
私は苦笑気味にコンラッド様に告げる。まだまだ大丈夫、とよく国王陛下からの誘いを躱しているのを知っている。ただ顔を見るだけで安心なさるんだから、渋らずにお目にかかればよろしいのに。本人曰く面倒ごとを頼まれるからあまり近付きたくないらしいけれど。
「そうだね。また来るよ」
「いつでもお待ちしております」
お兄様は先に外に出ているのだろう。手を振りながら去って行くコンラッド様を見送って、私は彼に褒められたドレスを眺める。今日はこのドレスのまま、久々に訪れた休日を楽しもうと思った。
「お話は終わりました?」
「ああ。父上への連絡も神父様の特別回線を借りてしてしまったし、今日のところはゆっくりできそうだよ」
「良かったわ。コンラッド様がいらっしゃるからって、うちの者たちがとてもはりきっていたから」
「それは楽しみだね」
ところで、とコンラッド様が子どもたちが光にかざしたりして喜んでいるペーパーナイフを眺めながら言う。
「二本出てきたから、てっきり私とシルヴィアのものだと思ったのに」
「あら、落胆させてしまいました?」
「どうだろう」
口ではつれないことを言いながら喉の奥で笑うコンラッド様は上機嫌で、私の口角も上がる。
「お揃いにしようと思ったけれど、思いついたイメージが翼だったものですから。片翼では上手く飛べないでしょう? お二人には私の元に揃って無事に戻ってきていただきたくて」
私に翼はなくても大丈夫だもの。
私が欲しいのは揺るぎない私の居場所。心が疲れているとき、私の存在が迷惑をかけてばかりで本当に必要か不安になってしまう度に、私の周りの優しい人たちは居場所をくれる。私の隣にいたいと言ってくれる人の力になりたい、とまた前を向くことができる。ただ待っているだけは性に合わないけれど、翼がなくてもできることはある。
耳がなく性別を偽り生きていることを不自由だと思ったことはないけれど、私と同じ状況で天と地の差がある暮らしをしている者を知ってからは、このまま守られて生きていて良いのかと思い始めていた。そう思う事は守られ、大切にされてきた私の驕りだとも思う。
でも、守られたまま何もできない自分ではいたくない。誰もが耳がなくたって胸を張って生きていくことができる世界を望んでいたし、今の国王陛下たちが変えてくれると信じていた。そのためにも、私は私のできることをしたい。どんなにちっぽけでも、それが世界を変えることに繋がるとは思えなくても。
私には私にしかできないことがきっとあると信じたいから。
「もちろん戻ってくるよ。いつだってシルヴィアの元に」
コンラッド様は誓うように、私の右手の薬指にはめられた指輪に口付ける。私は嬉しさと恥ずかしさから消え入りそう声で、はい、と呟くことしかできない。私が欲しい言葉をいつもくれるのに、私はちゃんとコンラッド様に言葉で気持ちを届けられているんだろうかと不安になる。
その時、背後で小さな咳払いが聞こえ、私は尻尾を震わせ膨らせたまま振り返った。後ろにいたのはぐったりと項垂れたお兄様だ。
「無粋だね」
一段低くなった声でコンラッド様が言うけれど、お兄様は気にした様子もなく深い溜息と共に言葉を吐き出す。
「誓い合うのにここほど最適な場所は無いと思うが、周りを確認しろといつも言っているんだが」
その言葉で私は今の状況を思い出す。ぎこちない動作で顔を前に向けると子どもたちが興味津々といった様子で、こちらを見つめていた。一気に顔に血が上る。
「あ、あの! 私、お祈りしてきますね」
背後から聞こえる、お姉ちゃんの顔まっかー!、という声に聞こえないふりをしながら、私は全速力で礼拝堂へと逃げ出したのだった。
コンラッド様を連れて屋敷に帰ると、お父様たちも集まっての賑やかな夕食となった。自分が王族だからと特にかしこまらないで欲しい、という彼の願い通り、いつもの夕食とあまりボリューム的には変わらないメニューだった。ただ、コンラッド様の好きな料理が目白押しだ。皆、コンラッド様がいらっしゃるのを楽しみにしているから。
いつもお兄様と共に帰ってくるので、だいたい昼間におちあい、夜は夕飯を食べたあとにそのまま屋敷に泊まることが多い。当伯爵家にはコンラッド様用の客室が用意されていた。
王子たるもの護衛が必要だけれど、それがお兄様だ。護衛兼参謀、それにコンラッド様自身もお強い。うちの護衛も精鋭が揃っているし、備えは万全だ。
婚約者なのにすでに家族みたいな関係がくすぐったいけれど、コンラッド様とは十年以上も前からの付き合いになる。
懐かしい日々のことを思い出しながら、私はその日笑顔で眠りについた。
翌朝、支度を済ませ階下に降りていくと、ちょうどコンラッド様たちが出かけるところだった。
「おはよう。それ、とてもよく似合ってる」
似合う色だと思ったんだ、とコンラッド様は眩しいくらいの笑顔を見せる。
昨日は動きやすさに重きをおいたドレスを着ていたけれど、今朝はコンラッド様もいらっしゃるからとこの間いただいたばかりのドレスに袖を通した。それが正解だったみたいで私も嬉しい。ネイビーのしっとりとした色が私の銀色を美しく引き立てる素敵なドレス。細やかな細工と斬新な切り返しが美しい。革で作られている私専用のウエストバッグもセットだった。太めのベルトで身につけるタイプで、鎖やビスが派手すぎず品よく仕上げられている。
「ありがとうございます。私もお気に入りです」
「よかった。でも残念だった。今日はシルヴィアと出かけようと思っていたのに、父上から呼び出しがかかってしまって。もう少し時間がとれると思ったんだけどね」
「私も残念ですけれど、いつでも会えますもの。……また、お待たせしているんでしょう?」
私は苦笑気味にコンラッド様に告げる。まだまだ大丈夫、とよく国王陛下からの誘いを躱しているのを知っている。ただ顔を見るだけで安心なさるんだから、渋らずにお目にかかればよろしいのに。本人曰く面倒ごとを頼まれるからあまり近付きたくないらしいけれど。
「そうだね。また来るよ」
「いつでもお待ちしております」
お兄様は先に外に出ているのだろう。手を振りながら去って行くコンラッド様を見送って、私は彼に褒められたドレスを眺める。今日はこのドレスのまま、久々に訪れた休日を楽しもうと思った。
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