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第二章
閑話 カールレ視点
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我がパルヴィアイネン家には、大切な宝がある。
それは愛らしい妹のエステリのことだ。
私と同じ赤い髪を持つ妹は目尻が下がっていて、パッと見るとお淑やかで大人しそうに見える。しかし、実際は活発な性格でなんでも自分でやってみたがる傾向にあった。
令嬢がキッチンに入るなんて駄目です、と言われても、一緒に料理がしたいと駄々をこね、見たことのないお菓子を作ったりもしていた。
たまに作るならば問題ないと言った両親だったが、幼い子供の創作菓子に料理人たちが夢中になってしまい、キッチンに入り浸りになるエステリを回収するのはいつからか私と弟のイルッカの仕事になった。作った焼き菓子をこっそりとくれるエステリが可愛くて、私たちは喜んでエステリの回収に向かったものだ。
幼い頃からふんわりとした猫毛の髪を揺らし、家の中を忙しなく動き回ってはあちこちでとびきりの笑みをふりまき、周りの者たちを笑顔にしていくエステリ。
皆が笑顔でいることがとても楽しいと言う。こうしていることが幸せなのだと言いながら、家族だけではなく使用人や領地民のことを考えて行動に移すことができる優しい子だった。
そしてある日、幼いエステリは私たちに秘密を教えてくれた。魔獣と会話ができるというのだ。
人にとって魔獣とは恐ろしいもので、古から害を成すものとして忌み嫌われてきた。襲われれば殲滅し、群れを見れば即座に討伐隊が編成された。
魔獣には小型から大型のものまで様々な種類があると言われているが、すべてを把握できているわけではない。討伐方法がわからない個体を含め、未だに謎に包まれた存在だった。
そんな得体のしれないものと意志の疎通ができるというエステリの言葉を初めは半信半疑で聞いていたが、決定的な出来事が起こる。
家族で湖畔にピクニックに行っていたところ、私たちの目の前に魔獣が現れたのだ。それまでは新緑の美しさや澄んだ空気を堪能し、散策を楽しんでいたのになんてことだろう。
その時の戦力は護衛騎士のみ。安全な場所だという話だったから、特に警戒していなかったのが悔やまれた。
鋭い牙や爪を持った中型の魔獣が――それでも私たちの背丈を優に超えている――私たちの周りを取り囲み、出方を伺っているようだった。
魔獣にも知性があるのだろうか、ふとそんなことを思ったとき、父と護衛騎士に庇われた形のエステリが動いた。
前にも後ろにも動けず誰もが固まる中、エステリが父の背後から顔を出し、こんにちは、と魔獣に声をかけたのだ。
「エステリ、下がっていなさい」
「でも、お話しないと」
「危険だからおやめなさい」
「大丈夫よ、お母様。この子たち、私たちが楽しそうだったから気になったんですって」
騒がしくしてごめんなさい、とエステリが言うと、取り囲んでいた魔獣は私たちに背を向け、森の奥へと戻っていった。
あまりにも呆気なく不思議な出来事に、その場にいた者たちは首を傾げながらも安堵のため息を吐く。
「今のはどうやって……」
「私、あの子たちとお話できるの。何もしないからって伝えてお家に帰ってもらったのよ」
「そんな、まさか」
目の前で起きたことを嘘にはできない。エステリの能力で私たちは救われたのだ。
これは一大事だと極秘で国王陛下への謁見を求めたりと、エステリを守るために父は奔走した。
誰もが危険視する魔獣を、手の上で転がすように操ることができる能力。それは、どこへいっても奪い合いになることだろう。戦争の引き金にもなってしまう。
エステリが安全に暮らすことができるのは王宮だろうという決断がくだされるのは早かった。エステリもそれで納得し、皇太子殿下の婚約者となった。
その話が決まった頃、皇太子殿下とエステリの関係は良好で、ニコニコと笑い合う姿は人々を笑顔にした。
だから余計に私は皇太子殿下の裏切りが許せない。
エステリを大切にすると、泣かせない、と言っていた皇太子殿下はどこへ行ってしまったのか。
エステリを幸せにしてくれるのならばいくらでも手を貸そうと思っていたが、皆の前で手酷く婚約破棄を叩きつけた皇太子殿下を私は生涯許すことはないだろう。手を貸すのも終わりだ。
エステリは傷ついてはいないと言っていたが、婚約破棄されたときに床に倒されて軽い怪我を負っている。その時点で、皇太子殿下の株は地に落ちた。まぁ、その前から評価はマイナスになっていたが。
今度の相手はエステリを幸せにしてくれるだろうか。
私たち家族は、エステリが笑顔でいてくれることを望む。
他人を笑顔にしたいと頑張るあの子が、笑顔でいられないのは許せない。
エステリの選択が良い方に転がることを全力で祈る。
私たちは心優しいあの子の心を守りたいのだから。
それは愛らしい妹のエステリのことだ。
私と同じ赤い髪を持つ妹は目尻が下がっていて、パッと見るとお淑やかで大人しそうに見える。しかし、実際は活発な性格でなんでも自分でやってみたがる傾向にあった。
令嬢がキッチンに入るなんて駄目です、と言われても、一緒に料理がしたいと駄々をこね、見たことのないお菓子を作ったりもしていた。
たまに作るならば問題ないと言った両親だったが、幼い子供の創作菓子に料理人たちが夢中になってしまい、キッチンに入り浸りになるエステリを回収するのはいつからか私と弟のイルッカの仕事になった。作った焼き菓子をこっそりとくれるエステリが可愛くて、私たちは喜んでエステリの回収に向かったものだ。
幼い頃からふんわりとした猫毛の髪を揺らし、家の中を忙しなく動き回ってはあちこちでとびきりの笑みをふりまき、周りの者たちを笑顔にしていくエステリ。
皆が笑顔でいることがとても楽しいと言う。こうしていることが幸せなのだと言いながら、家族だけではなく使用人や領地民のことを考えて行動に移すことができる優しい子だった。
そしてある日、幼いエステリは私たちに秘密を教えてくれた。魔獣と会話ができるというのだ。
人にとって魔獣とは恐ろしいもので、古から害を成すものとして忌み嫌われてきた。襲われれば殲滅し、群れを見れば即座に討伐隊が編成された。
魔獣には小型から大型のものまで様々な種類があると言われているが、すべてを把握できているわけではない。討伐方法がわからない個体を含め、未だに謎に包まれた存在だった。
そんな得体のしれないものと意志の疎通ができるというエステリの言葉を初めは半信半疑で聞いていたが、決定的な出来事が起こる。
家族で湖畔にピクニックに行っていたところ、私たちの目の前に魔獣が現れたのだ。それまでは新緑の美しさや澄んだ空気を堪能し、散策を楽しんでいたのになんてことだろう。
その時の戦力は護衛騎士のみ。安全な場所だという話だったから、特に警戒していなかったのが悔やまれた。
鋭い牙や爪を持った中型の魔獣が――それでも私たちの背丈を優に超えている――私たちの周りを取り囲み、出方を伺っているようだった。
魔獣にも知性があるのだろうか、ふとそんなことを思ったとき、父と護衛騎士に庇われた形のエステリが動いた。
前にも後ろにも動けず誰もが固まる中、エステリが父の背後から顔を出し、こんにちは、と魔獣に声をかけたのだ。
「エステリ、下がっていなさい」
「でも、お話しないと」
「危険だからおやめなさい」
「大丈夫よ、お母様。この子たち、私たちが楽しそうだったから気になったんですって」
騒がしくしてごめんなさい、とエステリが言うと、取り囲んでいた魔獣は私たちに背を向け、森の奥へと戻っていった。
あまりにも呆気なく不思議な出来事に、その場にいた者たちは首を傾げながらも安堵のため息を吐く。
「今のはどうやって……」
「私、あの子たちとお話できるの。何もしないからって伝えてお家に帰ってもらったのよ」
「そんな、まさか」
目の前で起きたことを嘘にはできない。エステリの能力で私たちは救われたのだ。
これは一大事だと極秘で国王陛下への謁見を求めたりと、エステリを守るために父は奔走した。
誰もが危険視する魔獣を、手の上で転がすように操ることができる能力。それは、どこへいっても奪い合いになることだろう。戦争の引き金にもなってしまう。
エステリが安全に暮らすことができるのは王宮だろうという決断がくだされるのは早かった。エステリもそれで納得し、皇太子殿下の婚約者となった。
その話が決まった頃、皇太子殿下とエステリの関係は良好で、ニコニコと笑い合う姿は人々を笑顔にした。
だから余計に私は皇太子殿下の裏切りが許せない。
エステリを大切にすると、泣かせない、と言っていた皇太子殿下はどこへ行ってしまったのか。
エステリを幸せにしてくれるのならばいくらでも手を貸そうと思っていたが、皆の前で手酷く婚約破棄を叩きつけた皇太子殿下を私は生涯許すことはないだろう。手を貸すのも終わりだ。
エステリは傷ついてはいないと言っていたが、婚約破棄されたときに床に倒されて軽い怪我を負っている。その時点で、皇太子殿下の株は地に落ちた。まぁ、その前から評価はマイナスになっていたが。
今度の相手はエステリを幸せにしてくれるだろうか。
私たち家族は、エステリが笑顔でいてくれることを望む。
他人を笑顔にしたいと頑張るあの子が、笑顔でいられないのは許せない。
エステリの選択が良い方に転がることを全力で祈る。
私たちは心優しいあの子の心を守りたいのだから。
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