私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

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第二章

009

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 海に咲く星のような花を堪能したあと、私たちはヴィルヘルム様の邸宅へと向かった。
 港町の上を飛んでいくけれど、慣れているのか皆が竜を見上げ、ヴィルヘルム様たちに声をかける。この土地の者は、竜を恐れてはいないのだろうか。それとも、信頼している者が乗っているから安心しているだけなのだろうか。
 何はともあれ、ヴィルヘルム様たちが慕われている様子は微笑ましい。思わず口元が緩んでしまう。私も自分の事のように嬉しい。
 こんなにも多くの人に信頼を置かれるには、並々ならぬ努力と功績が必要だったに違いない。それが伝わったからこそ、こんなにも愛されているのだと思う。
 ヴィルヘルム様が婚約者である私を迎えに行くことが知られていたのか、私にまで徐々に声がかかって驚いた。歓迎されているのは間違いないので、笑顔で手を振っておく。すると、控えめだった声は周りの声と重なり、次第に大きくなっていった。

「ヴィルヘルム様は、皆から慕われているんですね」
「ありがたいことに」

 かけられる声に応えながら活気に満ちた町中を飛ぶ。この行為も、犯罪の抑止効果に繋がるのだそうだ。まぁ、確かに竜を操る人と闘って、勝てる人はそう多くないだろう。それに、上から眺めると路地裏問題なども見えてくる。すぐに対処できるものばかりではなくても、知っておくことは大切だ。
 それにしても良いところだわ、と潮の香りを感じながら眺めていると、港付近で見知った顔を見つけた。

「イーナ嬢?」

 小さな私の呟きにヴィルヘルム様はすぐに反応して、私の見ている方へと竜を向ける。
 露天で買い物をしていたのは、やはりイーナ嬢に見える。しかし、着ている服はみすぼらしいし、ここにいる理由も分からない。すぐに後を追おうとしたけれど、喧騒に紛れ露天の屋根と屋根の影に入ってしまったらしく、姿を見失ってしまった。

「あれは……」
「イーナ嬢に見えましたよね」
「ああ。だが、あの服は海の向こうの国のものだ。この港は貿易船もやってくるから、他国の者も多い。似ている別人ということも……」
「遠目ですし、その可能性は否定できませんけれど」

 ただ、他人の空似とするには場所が悪い。私を邪魔だと思っているイーナ嬢がここにいるのは、なにかしら理由があるのではないかと考えてしまう。なにか起きるのではないかと考えずにはいられない。服がみすぼらしいのも、町に溶け込むためという理由であれば分かる。
 それに、もし本当に他人の空似だとしても、ここで出会うことに意味があるのではと思ってしまうのだ。
 先程、見つけたときに声をかけていればよかった。そうすれば、こんなに気になることはなかったし、不安になることもなかっただろう。
 私の知っているゲームのイーナ嬢が、この世界のイーナ嬢と色々違うのも気になる。違うのは、私がここで皆を幸せにするべく引っ掻き回したせい、もしくは隠しルートではそういう設定と言われてしまえばそれまでだけれど。ただ、私はその隠しルートをプレイできていないから、ここでのイーナ嬢の正解なんて分からない。
 いずれにしても、やっぱりこのままにはしておけないと思う。

「あの、お願いがあるのですけれど……明日の予定は」
「そうだな。港町の散策にしようか」

 やっぱりヴィルヘルム様は優しい。私の言いたいことを先回りして提案してくれた。

「ありがとうございます」

 本当はきっと違う予定だったのに、私のワガママで変更させてしまった。そのことが心苦しいけれど、港町の散策が前倒しになっただけということで許してほしい。譲れない用事であれば、そのまま変更されることはなかっただろうし。
 私は、ごめんなさい、という言葉を飲み込んで、ありったけの気持ちを込めて微笑んだ。


 ヴィルヘルム様の邸宅に着いてからは忙しなかった。具体的に言うと、部屋の片付けだ。婚約者の家に来て、まず初めに行うのが服と装飾品の整理だとは思わなかった。
 掃除がされていなかったという話ではなく、部屋に贈り物が溢れていて片付けないと何があるのか分からないという状態だっただけだ。
 ある程度の顔合わせは済んでいたので、のほほんとしながら私が使う部屋へと行ってみれば、山のような贈り物が置かれていた。それがつい先程のことだ。
 どうりで服は最小限でいいし、装飾品は持ってこなくても良いと言われる訳だ。

「なんて恐ろしいの、ヴィルヘルム様……私の好みを完璧に把握しているわ」
「これもお好きですよね」
「えぇ、そうね」

 贈り物の多さを目の前にし、さすがに黙っていられずヴィルヘルム様の部屋へと押しかけてしまった。多すぎます、と伝えたのだけれど、届けようと思っているうちに溜まってしまったものだから貰ってほしい、と押し切られてしまった。
 喜ばれると思っていたのか、多いと言われてしょんぼりとした顔のヴィルヘルム様は可愛かった。叱られた犬のようで、ペタッとたたまれた耳と尻尾が見えたような気がする。とても可愛かったんだけれども、それに絆されてしまう私の意志の弱さが憎い。
 攻防の末、今回は頂戴するけれど今後こういった物は一緒に選びましょう、というところで納得してもらった。好きな人が選んでくれた贈り物は心がこもっていて嬉しいけれど、数は要らないし高価なものも必要ない。たとえ湯水のように使っても良い財力があったとしても、私にお金を費やし過ぎて財政破綻が起きたりするのは困る。
 けれど、先程顔を見せてくれた執事のペールさんが、旦那様が浮かれて買ってしまっただけで普段はこんなに暴走しないのでご安心を、とこっそり教えてくれた。
 浮かれて買ってしまった量がこれとは、なんてすごい。浮かれた姿のヴィルヘルム様は想像できないんだけれど、周りにも影響が出るから気をつけようと思う。マルクスさんたちの話からも、感情が高ぶると暴走するところがあるのは分かったし。話は聞いてもらえるから、そこは良しとしよう。

 ヴィルヘルム様は私のことをもっと知りたいと言ってくれたけれど、好みは把握されているし、思考も先読みされてしまっている気がする。人心掌握は年の功なのか分からないけれど、私ももっとヴィルヘルム様のことが知りたいなと思う。ここにいる間に、もっといろんな顔を見ることができればいいと思う。一緒にたくさんのことを経験したい。

「やっぱり好きなのよねぇ」

 知らず知らずのうちに心の声が漏れてしまう。ドレスをかけていたレラにくすりと笑われるけれど、本当の気持ちだしいつものことだ。
 私はほんのりと頬を染めながら、いただいた贈り物の数々を眺めたのだった。
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