私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

文字の大きさ
上 下
4 / 24
第一章 幸せになっても良いですか

003

しおりを挟む
 さて、そんな皇太子殿下たちのことは置いておいて、目の前のもさもさとした男性との話に戻ろうと思う。私のテンションは最高潮。ようやくきちんとした顔合わせができるのだ。

「こんな姿で申し訳ない。言い訳になってしまうのだが、魔獣の進行を食い止めすぐこちらに向かったためこのような有様で」

 さすがだ、声もいい。ヴィルヘルム様の声優名もその声も覚えているけれど、やはり現実となった世界では声はオリジナルのようだ。でも、それが嫌だってことはなくて、落ち着いたバリトンボイスで耳に心地良い私の好きな声だ。うっとりしつつ、笑顔で返す。

「お気になさらないでください。連絡を頂いておりましたし、約束に間に合うよう急いできてくださったのでしょう?」
「それはそうだが、しかし……」

 バツが悪そうに口ごもるヴィルヘルム様は、叱られた子犬のようにしょんぼりと項垂れている。なにそれ、可愛い。こんな可愛らしいところもある方なのか。
 その後ろの方で従者たちも似たような姿のまま控えている。従者の皆さんにも急かすようなことをして悪かったなと思う。疲れているだろうし、あとでゆっくりと疲れを癒してもらおう。

 辺境伯領は我が家の領地のお隣で国と国の境にあり、危険な魔獣の住処も近い。常に警戒をしておかねばならない地域で、危険度も高いのが特徴だ。
 そんなところから戦闘を終えたその足で来てくれたのだから、血がついていないだけマシだろう。途中で慌てて水浴びをしてきたという話も、先程聞いたばかりである。
 落ち込んだヴィルヘルム様を元気づけるように、私ははしゃいだ声を上げた。

「それより、ようこそおいでくださいました。そちらの立派な竜たちですけれど、こちらに滞在する間、私の竜と同じ場所においても問題はありませんか」
「あなたの竜ですか? こちらにも竜が?」

 竜を移動手段として公に使っているのは、辺境伯領以外にはない。魔獣を飼い慣らすのは困難で、辺境伯領でも幼獣から育ててなんとか人に慣らしている状態だ。他のところで育てているという話は聞いたことがなかったのか、ヴィルヘルム様は私の言葉に疑問を投げかける。
 私は気にした様子もみせずに笑顔で頷いた。

「えぇ。私、こう見えて竜に乗れますし、魔獣に好かれるんです」
「好かれる?」
「他の方々には要らぬ心配をさせてしまうので内緒にしてますが、このことは国王陛下にも報告済みですのでご安心を」

 先に竜舎へご案内します、と私は自ら案内役を買って出る。本来ならば使用人に任せるところだけれど、魔獣が予測できない行動に出たときに対処できるのは私だけだった。
 屋敷の裏にある広大な森へと進む。その後ろに竜たちとヴィルヘルム様と従者が続いた。
 緑豊かな森は、魔獣が住んでいるというわりには空気が澄んでいて心地よい。通常、魔獣が住む場所には瘴気が漂っており、青々とした葉が茂ったり花が咲いたりすることはないのだが、ここは違う。ここへ越してきたときには瘴気が漂っていたけれど、その内それは消えてしまった。
 竜舎とは言ったものの、森に入ってからもそのような建物は見えない。辺りを不思議そうに見渡しているヴィルヘルム様たちだったけれど、森に入り百歩ほど進むと突然現れた大きな建物に動きを止めた。これはすごい、と建物を仰ぎ見ながら呟く声が聞こえた。

「驚かれました? 様々な理由から、見えないように隠してあるのです」

 魔法で隠してあるのだけれど、多分高度な魔術を使える者しかその微かな痕跡は感じられないと思う。見上げるほど大きな建物に、ヴィルヘルム様たちは感嘆のため息を吐いていた。

「こちらへ」

 扉を開け、ヴィルヘルム様たちを中へと促す。指を鳴らすと、竜たちを刺激しないようにゆっくりと辺りが明るくなり、中の様子が見えるようになる。昼間でも薄暗い森の中にあわせて、明かりを少し落としていた。
 元の世界で日常的に使う電気は、この世界ではたいていが魔導具を使って再現されている。電気がなくても魔法があって良かったわ、と使う度に感謝している。ちなみに、ランタンの中に魔石を入れて、微かな魔力でも反応するように調整されているので、魔力量が少なくても使えるようになっている優れものだ。日用品が誰でも使えるようになっているというのは、とても大事なことだろう。

「すごい広さだな」
「ええ、彼らは体も大きいですし。窮屈なのは、人も竜も苦手ですわ」

 厩舎のように竜一頭につき個室が与えられている。翼をいっぱいに広げられるスペースはないけれど、悠々と方向転換や寝転んだりすることができる広さは保たれていた。傷が付かないように藁もふんだんに敷いてある。

「皆、元気かしら?」

 私が歩きながら声をかけると、竜たちは幼い雛鳥のように甘い声を上げた。

「これは、甘えているのか」
「ええ。可愛いでしょう?」
「信じられない」

 振り返ると、ヴィルヘルム様の言葉に大きく頷いている従者たちの姿が見えて微笑む。そうよね、魔獣が人に懐くのは難しいものね。でも、私は今までどんな魔獣も愛でてきたのだ。私にとっては動物と魔獣はなんら変わりが無い。

「リヨン、お隣良いかしら」

 手を伸ばしてリヨンと呼んだ竜の頭を撫でてやると、甘えた声で鳴く。承諾の返事だ。この子は、小さい頃から一緒に居る可愛い私の竜だ。

「こちらが私の竜です。この子は特に穏やかなので、隣から順に竜を入れてもらってかまいません。藁はあちらに積んであるのをお使いください。竜のお食事は、あとで係の者が用意しますわ。あ、他の者が与えたものを食べたくない子はいます?」
「いないと思うが……、念のためこちらからも人を出そう」
「そうしていただけると助かります。広いとは言っても暴れるには狭いですし、傷ついては困ります」
「そうだな。しかし、ありがたい。竜たちまで屋根のあるところに入れてもらえるとは思っていなかった」

 森で交代で見張るつもりだったと仰りながら、ヴィルヘルム様は自分の乗ってきた竜の首筋を静かに撫でていた。竜を憎むべき魔獣としてではなく、大切にしているのが分かる。やはり、この方は優しく愛情深い方なのだ。
 そんなヴィルヘルム様を眺めて自然と浮かんでしまった笑みをチラチラと従者たちに見られ、恥ずかしくなった私は思わず咳払いをし佇まいを正す。

「竜の用意ができましたら、皆様をお部屋にご案内致します。まずは戦闘の疲れをとってくださいませ。ただ、お疲れでしょうがヴィルヘルム様だけ、ほんの少し私にお時間を頂戴したく存じます」
「ああ、もちろん構わない」
「ありがとうございます」

 疲れているだろうに、気を悪くした様子も見せずにヴィルヘルム様は頷いてくれた。
 婚約式は明日だけれど、その前に私はヴィルヘルム様に話しておかなければならない。
 こんなにも誠実な方を、だまし討ちするようなことはしたくなかった。
 私の事情とこの国の事情。
 それらすべてをお話しして、一晩考えた上でそれでも良いと言ってもらえたら婚約式に臨みたい。この気持ちは変わらない。
 断られたら縁が無かったと諦め、あまり気は進まないけれど第三候補の神殿へと身を潜めよう。
 私は小さく拳を握りしめ、屋敷までの道のりを歩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【完結】第三王子殿下とは知らずに無礼を働いた婚約者は、もう終わりかもしれませんね

白草まる
恋愛
パーティーに参加したというのに婚約者のドミニクに放置され壁の花になっていた公爵令嬢エレオノーレ。 そこに普段社交の場に顔を出さない第三王子コンスタンティンが話しかけてきた。 それを見たドミニクがコンスタンティンに無礼なことを言ってしまった。 ドミニクはコンスタンティンの身分を知らなかったのだ。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿の両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

【短編集】勘違い、しちゃ駄目ですよ

鈴宮(すずみや)
恋愛
 ざまぁ、婚約破棄、両片思いに、癖のある短編迄、アルファポリス未掲載だった短編をまとめ、公開していきます。(2024年分) 【収録作品】 1.勘違い、しちゃ駄目ですよ 2.欲にまみれた聖女様 3.あなたのおかげで今、わたしは幸せです 4.だって、あなたは聖女ではないのでしょう? 5.婚約破棄をされたので、死ぬ気で婚活してみました 【1話目あらすじ】  文官志望のラナは、侯爵令息アンベールと日々成績争いをしている。ライバル同士の二人だが、ラナは密かにアンベールのことを恋い慕っていた。  そんなある日、ラナは父親から政略結婚が決まったこと、お相手の意向により夢を諦めなければならないことを告げられてしまう。途方に暮れていた彼女に、アンベールが『恋人のふり』をすることを提案。ラナの婚約回避に向けて、二人は恋人として振る舞いはじめる。  けれど、アンベールの幼馴染であるロミーは、二人が恋人同士だという話が信じられない。ロミーに事情を打ち明けたラナは「勘違い、しちゃ駄目ですよ」と釘を差されるのだが……。

処理中です...