41 / 59
menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(6)
しおりを挟む
「もう修一くん、怖い顔しないの! 俺に早く乗り換えて、おーぎさんのことなんか忘れなよ! その方が精神的にもいいよ!」
「え……、ああ……?」
それはそうかもしれないが、それと今の行動に何の関係があるのかと、修一はやや混乱した頭で思う。
困惑した表情をする彼に対して、奏太は実に清々しい笑顔を向けた。
「それにおーぎさんのことだもん、ちょっとでも修一くんの記憶に自分が残ってるって知ったらきっと喜びそうだからねぇ。そんなのシャクじゃん?」
「まあ……それはそうだが……」
「……フフ」
笑い声を漏らしながら、奏太は修一の頭をそっと抱き寄せる。右手で彼の後頭部を優しく撫でつつも、左手で彼の右耳を露出させた。
え、と奏太以外の全員が思っていると、その露出させた耳元で奏太が声を吹き込む。
「……青木組の人のことだけ、キレイさっぱり忘れちゃえばいいよ、修一くん」
その声音に、修一は背が泡立つような感覚を覚える。
表情が僅かに変わったことに紫苑も気づいたのか、奏太を信じられないような目で見始めた。
「……修一くんの悲しいことも、ムカついたことも、俺が半分背負うから」
注ぎ込まれる声音は、優しくて、甘くて、とろかしてくるようなもので。だが、その甘さは一種の劇薬にも似ている。
奏太は自分が紫苑たちに背を向けていることをいいことに、激情を隠しもしない仄暗い笑みを浮かべていた。
「だからさ、これからは楽しいことをたくさん考えようよ。ね?」
奏太の言葉は正しいのかもしれない。だが修一はそれに頷くことは出来そうになかった。
修一にとっては、青木に監禁されていた月日は忌むべき時間であると同時に絶対に忘れてはならない戒めでもあるのだ。
歴代の被害者たちの末期を思うと、自分の幸せなどどうして求められようか。
修一はため息をつきながら黙って視線を外すと、やんわりと奏太を引き剥がした。それに奏太は不満そうに唇を尖らせる。
紫苑が修一への助け船を出してやろうとしたその時、玄関の音がした。
「奏太ぁ~! 帰ったぞー!」
嘉一の声に、奏太はため息をついてから「お帰り~」と返す。嘉一、裕吾、そして二つのエコバッグを片手に一つずつ持ったネイサンが室内に入ってきた。
嘉一と裕吾には、今回の件はほとんど説明していないも同然だったので、ここで話をいったん切り上げる雰囲気に自然となる。
嘉一と裕吾が主体で、夕食の鍋に使う材料とそうでないものの仕分けをしていく3人。その様子を見ながら神谷が腹をさすりつつぼやく。
「……腹減ったなぁ」
「そのぼやき何回目ですか先輩」
「腹減ったもんは仕方ねえだろうがぁ。……それじゃあ佐々木さん、我々はそろそろ」
腹減ったと嘆きつつも、神谷は退出の旨を伝える。
「えっ、もう帰っちゃうんですか」
「あんまり長居するのもお邪魔でしょうからね。あと、交代でおやっさんのストッパーに着いててやんないと……」
ここで刑事2人は遠い目をした。彼らの様子を見て、修一は怪訝な顔になる。
「……もしやあの人、法律違反ギリギリの汚職警官に成り下がってないだろうな?」
「さあ……どうだろうな……」
「……口を利かない期間を臨終の間際までに延ばしてやろうか……」
「そんなことしたらおやっさん、マジで泣き上戸オヤジになっちまうから適当なところで切り上げてやってくれよ……」
「知るか。職務に関しての自分の身の振り方を見直せと匿名で伝えておけ」
「へいへい……」
まあ、おそらく伝えたとしても井上は今回の件に関しては反省はしても後悔はしないだろうな、と神谷は思う。
そもそも、井上以外の担当刑事たちは全員反対したのだ。話を聞きつけた部長も出てきて、彼に心変わりを促していた。
だが井上はどう部長を説得したのか、結局奏太の協力を得ることになったのだかタチが悪い。
だがおそらく、井上が今回のような手法をとるのは修一を助け出すためだけだったのだから、以後はこんな手段は取らないだろう。
つまり、修一に睨まれていること以外、井上にとっては痛くも痒くもないのだ。
一応は伝えておくか……、と思いながらも、刑事組は奏太に見送られて玄関にて靴を履く。
「それでは、また何かありましたらご連絡します」
「はーい」
そこで、神谷が奏太に向かって手招きする。
彼が近寄ってくると、リビングダイニングに聞こえないように自分も奏太に近寄って声を潜めた。
「……青木組は今のところ、今回の件に関しての動きは見えないようです。……ですが、今代と先代の組長が何よりも恐れている相談役が、影で動いているとかなんとか」
「……そうですか」
「なにがあるか分かりませんから、あなたと春川の身辺には十分にご注意を」
「ありがとうございます」
「それでは」
そう言い残し、神谷と大塚は奏太宅を辞した。
神谷にとって修一は、奏太にとっての嘉一・裕吾と同じ存在だ。自身の夢のために、目標を同じくし邁進する仲間で戦友。
だからこそ、今修一を匿っている奏太に対して多少の忠告や報告は当たり前になっているのだろう。
担当刑事が仲間思いで本当に良かった、と奏太は消えた表情でそう思う。
本当に心ない言葉を吐く警察官も、世の中にはごまんといるのを奏太は身に染みて分かっている。
「……さて」
ぱしぱし、と表情に生気を取り戻すため、両頬を平手で軽く打つ。それからリビングに戻った。
「え……、ああ……?」
それはそうかもしれないが、それと今の行動に何の関係があるのかと、修一はやや混乱した頭で思う。
困惑した表情をする彼に対して、奏太は実に清々しい笑顔を向けた。
「それにおーぎさんのことだもん、ちょっとでも修一くんの記憶に自分が残ってるって知ったらきっと喜びそうだからねぇ。そんなのシャクじゃん?」
「まあ……それはそうだが……」
「……フフ」
笑い声を漏らしながら、奏太は修一の頭をそっと抱き寄せる。右手で彼の後頭部を優しく撫でつつも、左手で彼の右耳を露出させた。
え、と奏太以外の全員が思っていると、その露出させた耳元で奏太が声を吹き込む。
「……青木組の人のことだけ、キレイさっぱり忘れちゃえばいいよ、修一くん」
その声音に、修一は背が泡立つような感覚を覚える。
表情が僅かに変わったことに紫苑も気づいたのか、奏太を信じられないような目で見始めた。
「……修一くんの悲しいことも、ムカついたことも、俺が半分背負うから」
注ぎ込まれる声音は、優しくて、甘くて、とろかしてくるようなもので。だが、その甘さは一種の劇薬にも似ている。
奏太は自分が紫苑たちに背を向けていることをいいことに、激情を隠しもしない仄暗い笑みを浮かべていた。
「だからさ、これからは楽しいことをたくさん考えようよ。ね?」
奏太の言葉は正しいのかもしれない。だが修一はそれに頷くことは出来そうになかった。
修一にとっては、青木に監禁されていた月日は忌むべき時間であると同時に絶対に忘れてはならない戒めでもあるのだ。
歴代の被害者たちの末期を思うと、自分の幸せなどどうして求められようか。
修一はため息をつきながら黙って視線を外すと、やんわりと奏太を引き剥がした。それに奏太は不満そうに唇を尖らせる。
紫苑が修一への助け船を出してやろうとしたその時、玄関の音がした。
「奏太ぁ~! 帰ったぞー!」
嘉一の声に、奏太はため息をついてから「お帰り~」と返す。嘉一、裕吾、そして二つのエコバッグを片手に一つずつ持ったネイサンが室内に入ってきた。
嘉一と裕吾には、今回の件はほとんど説明していないも同然だったので、ここで話をいったん切り上げる雰囲気に自然となる。
嘉一と裕吾が主体で、夕食の鍋に使う材料とそうでないものの仕分けをしていく3人。その様子を見ながら神谷が腹をさすりつつぼやく。
「……腹減ったなぁ」
「そのぼやき何回目ですか先輩」
「腹減ったもんは仕方ねえだろうがぁ。……それじゃあ佐々木さん、我々はそろそろ」
腹減ったと嘆きつつも、神谷は退出の旨を伝える。
「えっ、もう帰っちゃうんですか」
「あんまり長居するのもお邪魔でしょうからね。あと、交代でおやっさんのストッパーに着いててやんないと……」
ここで刑事2人は遠い目をした。彼らの様子を見て、修一は怪訝な顔になる。
「……もしやあの人、法律違反ギリギリの汚職警官に成り下がってないだろうな?」
「さあ……どうだろうな……」
「……口を利かない期間を臨終の間際までに延ばしてやろうか……」
「そんなことしたらおやっさん、マジで泣き上戸オヤジになっちまうから適当なところで切り上げてやってくれよ……」
「知るか。職務に関しての自分の身の振り方を見直せと匿名で伝えておけ」
「へいへい……」
まあ、おそらく伝えたとしても井上は今回の件に関しては反省はしても後悔はしないだろうな、と神谷は思う。
そもそも、井上以外の担当刑事たちは全員反対したのだ。話を聞きつけた部長も出てきて、彼に心変わりを促していた。
だが井上はどう部長を説得したのか、結局奏太の協力を得ることになったのだかタチが悪い。
だがおそらく、井上が今回のような手法をとるのは修一を助け出すためだけだったのだから、以後はこんな手段は取らないだろう。
つまり、修一に睨まれていること以外、井上にとっては痛くも痒くもないのだ。
一応は伝えておくか……、と思いながらも、刑事組は奏太に見送られて玄関にて靴を履く。
「それでは、また何かありましたらご連絡します」
「はーい」
そこで、神谷が奏太に向かって手招きする。
彼が近寄ってくると、リビングダイニングに聞こえないように自分も奏太に近寄って声を潜めた。
「……青木組は今のところ、今回の件に関しての動きは見えないようです。……ですが、今代と先代の組長が何よりも恐れている相談役が、影で動いているとかなんとか」
「……そうですか」
「なにがあるか分かりませんから、あなたと春川の身辺には十分にご注意を」
「ありがとうございます」
「それでは」
そう言い残し、神谷と大塚は奏太宅を辞した。
神谷にとって修一は、奏太にとっての嘉一・裕吾と同じ存在だ。自身の夢のために、目標を同じくし邁進する仲間で戦友。
だからこそ、今修一を匿っている奏太に対して多少の忠告や報告は当たり前になっているのだろう。
担当刑事が仲間思いで本当に良かった、と奏太は消えた表情でそう思う。
本当に心ない言葉を吐く警察官も、世の中にはごまんといるのを奏太は身に染みて分かっている。
「……さて」
ぱしぱし、と表情に生気を取り戻すため、両頬を平手で軽く打つ。それからリビングに戻った。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説


ハルとアキ
花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』
双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。
しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!?
「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。
だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。
〝俺〟を愛してーー
どうか気づいて。お願い、気づかないで」
----------------------------------------
【目次】
・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉
・各キャラクターの今後について
・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉
・リクエスト編
・番外編
・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉
・番外編
----------------------------------------
*表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) *
※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。
※心理描写を大切に書いてます。
※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる