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menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(6)

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「もう修一くん、怖い顔しないの! 俺に早く乗り換えて、おーぎさんのことなんか忘れなよ! その方が精神的にもいいよ!」
「え……、ああ……?」
 それはそうかもしれないが、それと今の行動に何の関係があるのかと、修一はやや混乱した頭で思う。
 困惑した表情をする彼に対して、奏太は実に清々しい笑顔を向けた。
「それにおーぎさんのことだもん、ちょっとでも修一くんの記憶に自分が残ってるって知ったらきっと喜びそうだからねぇ。そんなのシャクじゃん?」
「まあ……それはそうだが……」
「……フフ」
 笑い声を漏らしながら、奏太は修一の頭をそっと抱き寄せる。右手で彼の後頭部を優しく撫でつつも、左手で彼の右耳を露出させた。
 え、と奏太以外の全員が思っていると、その露出させた耳元で奏太が声を吹き込む。
「……青木組の人のこと、キレイさっぱり忘れちゃえばいいよ、修一くん」
 その声音に、修一は背が泡立つような感覚を覚える。
 表情が僅かに変わったことに紫苑も気づいたのか、奏太を信じられないような目で見始めた。
「……修一くんの悲しいことも、ムカついたことも、俺が半分背負うから」
 注ぎ込まれる声音は、優しくて、甘くて、とろかしてくるようなもので。だが、その甘さは一種の劇薬にも似ている。
 奏太は自分が紫苑たちに背を向けていることをいいことに、激情を隠しもしない仄暗い笑みを浮かべていた。
「だからさ、これからは楽しいことをたくさん考えようよ。ね?」
 奏太の言葉は正しいのかもしれない。だが修一はそれに頷くことは出来そうになかった。
 修一にとっては、青木に監禁されていた月日は忌むべき時間であると同時に絶対に忘れてはならない戒めでもあるのだ。
 歴代の被害者たちの末期を思うと、自分の幸せなどどうして求められようか。
 修一はため息をつきながら黙って視線を外すと、やんわりと奏太を引き剥がした。それに奏太は不満そうに唇を尖らせる。
 紫苑が修一への助け船を出してやろうとしたその時、玄関の音がした。
「奏太ぁ~! 帰ったぞー!」
 嘉一の声に、奏太はため息をついてから「お帰り~」と返す。嘉一、裕吾、そして二つのエコバッグを片手に一つずつ持ったネイサンが室内に入ってきた。
 嘉一と裕吾には、今回の件はほとんど説明していないも同然だったので、ここで話をいったん切り上げる雰囲気に自然となる。
 嘉一と裕吾が主体で、夕食の鍋に使う材料とそうでないものの仕分けをしていく3人。その様子を見ながら神谷が腹をさすりつつぼやく。
「……腹減ったなぁ」
「そのぼやき何回目ですか先輩」
「腹減ったもんは仕方ねえだろうがぁ。……それじゃあ佐々木さん、我々はそろそろ」
 腹減ったと嘆きつつも、神谷は退出の旨を伝える。
「えっ、もう帰っちゃうんですか」
「あんまり長居するのもお邪魔でしょうからね。あと、交代でおやっさんのストッパーに着いててやんないと……」
 ここで刑事2人は遠い目をした。彼らの様子を見て、修一は怪訝な顔になる。
「……もしやあの人、法律違反ギリギリの汚職警官に成り下がってないだろうな?」
「さあ……どうだろうな……」
「……口を利かない期間を臨終の間際までに延ばしてやろうか……」
「そんなことしたらおやっさん、マジで泣き上戸オヤジになっちまうから適当なところで切り上げてやってくれよ……」
「知るか。職務に関しての自分の身の振り方を見直せと匿名で伝えておけ」
「へいへい……」
 まあ、おそらく伝えたとしても井上は今回の件に関しては反省はしても後悔はしないだろうな、と神谷は思う。
 そもそも、井上以外の担当刑事たちは全員反対したのだ。話を聞きつけた部長も出てきて、彼に心変わりを促していた。
 だが井上はどう部長を説得したのか、結局奏太の協力を得ることになったのだかタチが悪い。
 だがおそらく、井上が今回のような手法をとるのは修一を助け出すためだけだったのだから、以後はこんな手段は取らないだろう。
 つまり、修一に睨まれていること以外、井上にとっては痛くも痒くもないのだ。
 一応は伝えておくか……、と思いながらも、刑事組は奏太に見送られて玄関にて靴を履く。
「それでは、また何かありましたらご連絡します」
「はーい」
 そこで、神谷が奏太に向かって手招きする。
 彼が近寄ってくると、リビングダイニングに聞こえないように自分も奏太に近寄って声を潜めた。
「……青木組は今のところ、今回の件に関しての動きは見えないようです。……ですが、今代と先代の組長が何よりも恐れている相談役が、影で動いているとかなんとか」
「……そうですか」
「なにがあるか分かりませんから、あなたと春川の身辺には十分にご注意を」
「ありがとうございます」
「それでは」
 そう言い残し、神谷と大塚は奏太宅を辞した。
 神谷にとって修一は、奏太にとっての嘉一・裕吾と同じ存在だ。自身の夢のために、目標を同じくし邁進する仲間で戦友。
 だからこそ、今修一を匿っている奏太に対して多少の忠告や報告は当たり前になっているのだろう。
 担当刑事が仲間思いで本当に良かった、と奏太は消えた表情でそう思う。
 本当に心ない言葉を吐く警察官も、世の中にはごまんといるのを奏太は身に染みて分かっている。
「……さて」
 ぱしぱし、と表情に生気を取り戻すため、両頬を平手で軽く打つ。それからリビングに戻った。
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