上 下
40 / 59

menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(5)

しおりを挟む
 客間のドアを開けながら、神谷と奏太がそのようなやりとりをする。
 リビングダイニングに出ると、ダイニングテーブルに座ってスマートフォンを見ている紫苑しかいなかった。見渡しても嘉一、裕吾、ネイサンの姿がない。
 平ザルに用意してある野菜にはラップが被さり、出汁を取っていた鍋には蓋がしてある。鍋の側には出汁殻がザルにあけられているので、そこまでは終わったのだろうが。
 あたりを見渡しながら奏太が紫苑に問う。
「あれ? 紫苑ママぁ、まっちゃんとゆーごは?」
「スーパーにお鍋の具の買い足しに行ったのよ。今日はお店お休みにしてきたって言ったら、ならバカナタが迷惑かけた詫びに鍋をご一緒にどうですか、って言ってくれてね」
「バカナタ……」
 あんまりな言われようをされていたことに気づき、奏太の目が死んだ。紫苑はそれに構わず続ける。
「ダーリンには、二人の護衛兼荷物持ちで同行してもらったの。……ほら、そこのおバカ、カナタが触った料理だったら、胃がはち切れても詰め込みそうだし……」
 ちらりとこちらの方を見ながら遠慮の欠片もなしに言う紫苑に、思わず修一はじとりと睨みつけてしまう。流石に胃の容量を考えずにドカ食いするほど年齢を考えていないわけではない。
 彼女は今の自分の食の細さを知っているはずなのに、何の冗談か。
「それに、シュウの事情にカナタを巻き込んだのはこちら側も一緒だから、って追加の材料費はこちらで持つことにしたのよ。だから、ダーリンは支払い係も兼任かしらね」
「ええ? そんないいのに~」
「……いや、『奏汰のcookin'ちゃんねる』フルメンバーの関わる鍋だぞ。金をきちんと積むべきだ」
「あんたはその積むべきキャッシュを持ってないでしょうが、エラそうに言ってんじゃないわよ」
「……仕方ないだろう、奴の方針だったんだからな」
「……ん? キャッシュを持ってない? ってどゆこと?」
 何やらきな臭い話になってきた気がする。首を傾げて訊ねる奏太に、紫苑はため息をつきながら答えた。
 ついでに、彼らの背後で刑事二人の目が僅かに鋭くなってもいる。
「青木サンの方針よ。現金を持たせてどこぞに高飛びされても面倒だって、そういう理由でコイツは現金どころか財布すら持たされてなかったの。おんなじ理由でコイツのスマホには電子マネー系のアプリもインストールされてないわ。公共交通支払いアプリもアウト。その変わり、GPSとか盗聴送信系のアプリは消せないように細工されてるみたい」
 ふと、修一は急にスマートフォンの存在を思い出した。
 別に無ければ無いでいいのだが、一度思い出すと少し気になってしまう。「……そういえば存在を忘れていたが、スマートフォン、どこにやったんだろうな……」
 昨晩から今日の昼間まではそれどころではなかったし、この部屋に戻ってきてからは食い気が勝ってそれ以外のことは意識の外だった。
 青木に捕まるまでは確かに所持していたと、自信を持って言えるのだが。
 そう思っていると、意外な所から回答が飛んできた。
「実はな、青木本人のものとは別にもう一台スマホが押収されたんだ」
 神谷が、胸ポケットに仕舞ったはずの手帳を再び開きながら言う。
「多分、お前が何かしらの理由で手放した時に拾ったんじゃないか? そのままお前に戻すことも出来ただろうが、おそらく青木はあの晩、お前を解放するつもりはなかっただろうからな。自分が持っていようがお前に戻そうが、どちらでも良かったんだろう」
「……そうか」
「どうする? 今は証拠品の一つとして扱われてるんだが、捜査が一段落した頃にでも返すか? 昨日お前に押しつけられた腕時計も、ガワは超高級ブランドのヤツだしなぁ」
「いらん」
 そう訊かれ、修一は躊躇いなく断る。
 あのスマートフォンで奏汰のチャンネルと出会ったが、それ以外に特に思い入れもない。それどころか、腕時計と共に自身に填められた電子首輪であることもあって、忌々しいものであることに変わりはない。
「いっそスクラップにでもしてくれた方がいい」
「あー……いらんなら、後で書類書いてもらうか」
「ああ」
 正直、青木から押しつけられた支給品のことを考えるのも嫌になってきたのだ。
 あれらのことを思い出すだけで、付随してこれまでのことも思い出してしまう。吐き気すらする。
 その吐き気をごまかすために、修一は憎悪の滲む嘲笑を浮かべていた。
 帰宅時を狙われ大人数に囲まれたとはいえ、むざむざと拉致され、屈した自分に。その心の弱さ故に、命や尊厳を奪われてしまった歴代の被害者たちを哀れむ資格などない。
 その時、ぴょん、と奏太が修一に飛びつく。その勢いのまま、修一の顔面を自分に引き寄せてキスをした。
 思わず固まる神谷に何故か目を覆う大塚と、刑事組は少なからず動揺しているようだった。大塚に関しては、恋人がいたことすらない。
 紫苑はといえば、その手の場数は二人よりも踏みまくっているので、これくらいでは動じない。ダイニングテーブルの椅子に座ったまま、呆れた目で見やるに留まる。
 急なことに対応出来ず、されるがままになった修一。ぽかんとしている彼に、奏太は「めっ」というふうに眼前に人差し指を立てる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

近親相姦メス堕ちショタ調教 家庭内性教育

オロテンH太郎
BL
これから私は、父親として最低なことをする。 息子の蓮人はもう部屋でまどろんでいるだろう。 思えば私は妻と離婚してからというもの、この時をずっと待っていたのかもしれない。 ひそかに息子へ劣情を向けていた父はとうとう我慢できなくなってしまい…… おそらく地雷原ですので、合わないと思いましたらそっとブラウザバックをよろしくお願いします。

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

いろいろ疲れちゃった高校生の話

こじらせた処女
BL
父親が逮捕されて親が居なくなった高校生がとあるゲイカップルの養子に入るけれど、複雑な感情が渦巻いて、うまくできない話

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

【R18】奴隷に堕ちた騎士

蒼い月
BL
気持ちはR25くらい。妖精族の騎士の美青年が①野盗に捕らえられて調教され②闇オークションにかけられて輪姦され③落札したご主人様に毎日めちゃくちゃに犯され④奴隷品評会で他の奴隷たちの特殊プレイを尻目に乱交し⑤縁あって一緒に自由の身になった両性具有の奴隷少年とよしよし百合セックスをしながらそっと暮らす話。9割は愛のないスケベですが、1割は救済用ラブ。サブヒロインは主人公とくっ付くまで大分可哀想な感じなので、地雷の気配を感じた方は読み飛ばしてください。 ※主人公は9割突っ込まれてアンアン言わされる側ですが、終盤1割は突っ込む側なので、攻守逆転が苦手な方はご注意ください。 誤字報告は近況ボードにお願いします。無理やり何となくハピエンですが、不幸な方が抜けたり萌えたりする方は3章くらいまでをおススメします。 ※無事に完結しました!

僕は社長の奴隷秘書♡

ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。 性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。 これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である―― ※日本っぽい架空の国が舞台 ※♡喘ぎ注意 ※短編。ラストまで予約投稿済み

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

家庭教師はクセになっていく〈完結〉

ぎょく大臣
BL
大学生の青年が家庭教師でバイトしている先で親子に体を開発されていく話。 マニアックなプレイ上等。 頭からっぽで読めるエロを目指してます。

処理中です...