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menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(3)
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大塚が咳払いをして、気を取り直す。
「……さて、当日の事情聴取をさせてもらってもよろしいですか? 佐々木さんはこちらの協力者なので、対外的なものになるんですが……」
「俺は大丈夫ですよ」
奏太が了承したのを見て、大塚は修一と並んでカウンターからキッチンを眺めている神谷に声をかける。
二人は裕吾から小皿に出汁を取り分けてもらっていて味見をしていた。
「神谷先輩、メシなら後で行きますよ。ほら仕事してください仕事」
「えー、でもこの出汁めっちゃ美味えんだぞ大塚ぁ」
暗に腹が減ったと言いたいのか、神谷はうだうだとカウンターに張りつく。
修一は〝この出汁めっちゃ美味い〟という部分のみ抽出して反応した。
「当たり前だ奏太が手ずから取った出汁だぞ昆布に鰹節と煮干しという素材自体はスタンダードでありながらそれらが合わさることによって肉と魚の旨味と出汁をより引き立てかつ」
「分かりました先輩、ご高説はあとで聞きますから」
一息オタク早口を繰り出す修一になんとかして事情聴取したい大塚は、彼を宥めるように口を開く。
しかし修一はそれが気に入らなかった。彼からしてみれば、奏太の料理の素晴らしさを説いている最中にキャンセルをされたようなものだったのだ。
当然、きつい目つきで大塚を睨みつける。
「あ? なんだ大塚貴様奏汰の料理に関する感想をその一言で切り捨てるとは何様だ?」
「ヒッ頼みますからや気だけは向けないでくださいよ!!」
あわや、大塚のトラウマ再来となりかかったところである。
そんな状況を、奏太と神谷は楽しそうに、紫苑は頭を抱えて、ネイサンはどこか遠い目で見ている。
嘉一と裕吾は目の前で繰り広げられている光景について、なるべく存在感を消しながらひそひそと呟きあう。
「……なんだこのカオス」
「ていうか春川さん、さっきとキャラ違ってないか?」
「人一人ぐらいは殺ってる目だよな、間違いねえよ。クレープ食ってる時のあのゆるっゆるな顔面と、無駄かつクソいらねえ色気はどこやったんだアイツ」
「まあまあ、人にはいろんな顔があるから」
「……はあ、まあいい」
嘉一のフラストレーションが溜まっているとは知らず、奏太は腹ぺこの神谷としおれている大塚、そしてやや不機嫌な修一を、今は空いている客室に案内した。
その部屋はがらんとしていて、かろうじてカーテンだけはかかっているものの家具らしい家具はない。壁面クローゼットのみである。
「すいません、今この部屋、作業とかが煮詰まったときに寝るためだけの部屋にしかしてなくて、クローゼットの中に置いてある布団しかないんですよ」
「いや、構いませんよ。床に座りゃいいんです」
よっこらせ、と神谷がクローゼットを斜め後ろにしてあぐらをかく。大塚もそれに習った。
修一も彼らの正面に座ろうとしたところで、奏太が全員分の座布団を慌てて配る。
それに全員座ったところで、神谷がメモ用の手帳とボールペンをスーツの胸ポケットから出した。
「では春川さん。事情聴取を始めさせてください」
神谷の顔つきと声音が、刑事のそれになる。
「まず、当日の大まかな行動を教えてもらえますか」
そう訊ねられ、修一はあの日の行動を思い出していった。
「……午前9時頃に起床、最低限の身支度を整えた後、……あのコンクリートの箱内で何をするでもなく窓から外を眺めていた。正午頃、奴の子飼い共が昼食を届けに来たのでそれで食事を摂り、その後は奏太の動画チャンネルのアーカイブを1からずっと見直していた。18時の少し前に紫苑からの電話を受け店に呼び出されたので、開店時間に合わせて【prism-Butterfly】へ。あの部屋から店までは、俺の足で徒歩4、5分といったところだ。ゆっくり歩けばもう少しかかると思う。
20時頃に【prism-Butterfly】に着。それから……体感で数十分程、紫苑と話をしていた」
「紫苑さんからも伺っていますが、話の中身を改めて教えていただけます?」
「……俺が、紫苑にメールで依頼していたことについての顛末と、……奏太が青木剛と何かの契約をしたという話、一ヶ月前に奏太と初めて会った晩の勘ぐりを少々された」
「……嫌なことを訊くとは承知なんですがね、その勘ぐりとは?」
修一はここで眉間に皺を寄せる。黙秘するようなことでもないだろうが、元同期と後輩であり、元々の自分を知っている二人にはあまり聞かせたくもないことだった。
だが刑事として情報を多く得たいという彼らの気持ちも理解出来る。
少し逡巡した後、正直に答えることにした。
「……奏太がバイセクシャルだということは知っているか?」
「ええ、ご本人から聞いていますよ」
それを知っているのなら、少々濁してもまあ大丈夫かと判断する。
「……俺が奏太に、性的に手を出されていやしないか、と」
「あっ、そういう……」
「……青木は、俺が誰かにナンパされることすら極端に嫌っていたからな……。のこのことついていった俺が言えた話ではないが」
「……そうですか」
「……続きだが、話の終わりかけの頃に奏太が【prism-Butterfly】に来て、しつこく絡んできたので、奏太の身の危険を遠ざける意味もあって店を出た。あの店に俺がいるときは、俺をつけてきている青木の手の者が入店しているからな……。……まあ、奏太に追いかけられたんだが。三丁目との境あたりの交差点で追いつかれたが振り払った。その後、帰って寝る気にもなれずに歌舞伎町をフラフラしていた時に青木に捕まり、奴の管理しているあのビルの最上階に連れて行かれた。……そこ、で……、奏太が……」
そこで、修一の言葉が詰まった。
当然だろう。奏太の生死に関して、修一の心はまた青木によって踏み潰されたも同然だった。
継ぎ接ぎだらけのガラス板を、接着剤ごと粉砕しようとしていたのに等しい。
不意にあの光景が脳にフラッシュバックする。背を向けている青木が、パイプ椅子に拘束されている奏太に足を振り下ろす場面。
ひぐ、と息が止まり、心臓がぎちぎちと、有刺鉄線に締め上げられているような気がする。
「……さて、当日の事情聴取をさせてもらってもよろしいですか? 佐々木さんはこちらの協力者なので、対外的なものになるんですが……」
「俺は大丈夫ですよ」
奏太が了承したのを見て、大塚は修一と並んでカウンターからキッチンを眺めている神谷に声をかける。
二人は裕吾から小皿に出汁を取り分けてもらっていて味見をしていた。
「神谷先輩、メシなら後で行きますよ。ほら仕事してください仕事」
「えー、でもこの出汁めっちゃ美味えんだぞ大塚ぁ」
暗に腹が減ったと言いたいのか、神谷はうだうだとカウンターに張りつく。
修一は〝この出汁めっちゃ美味い〟という部分のみ抽出して反応した。
「当たり前だ奏太が手ずから取った出汁だぞ昆布に鰹節と煮干しという素材自体はスタンダードでありながらそれらが合わさることによって肉と魚の旨味と出汁をより引き立てかつ」
「分かりました先輩、ご高説はあとで聞きますから」
一息オタク早口を繰り出す修一になんとかして事情聴取したい大塚は、彼を宥めるように口を開く。
しかし修一はそれが気に入らなかった。彼からしてみれば、奏太の料理の素晴らしさを説いている最中にキャンセルをされたようなものだったのだ。
当然、きつい目つきで大塚を睨みつける。
「あ? なんだ大塚貴様奏汰の料理に関する感想をその一言で切り捨てるとは何様だ?」
「ヒッ頼みますからや気だけは向けないでくださいよ!!」
あわや、大塚のトラウマ再来となりかかったところである。
そんな状況を、奏太と神谷は楽しそうに、紫苑は頭を抱えて、ネイサンはどこか遠い目で見ている。
嘉一と裕吾は目の前で繰り広げられている光景について、なるべく存在感を消しながらひそひそと呟きあう。
「……なんだこのカオス」
「ていうか春川さん、さっきとキャラ違ってないか?」
「人一人ぐらいは殺ってる目だよな、間違いねえよ。クレープ食ってる時のあのゆるっゆるな顔面と、無駄かつクソいらねえ色気はどこやったんだアイツ」
「まあまあ、人にはいろんな顔があるから」
「……はあ、まあいい」
嘉一のフラストレーションが溜まっているとは知らず、奏太は腹ぺこの神谷としおれている大塚、そしてやや不機嫌な修一を、今は空いている客室に案内した。
その部屋はがらんとしていて、かろうじてカーテンだけはかかっているものの家具らしい家具はない。壁面クローゼットのみである。
「すいません、今この部屋、作業とかが煮詰まったときに寝るためだけの部屋にしかしてなくて、クローゼットの中に置いてある布団しかないんですよ」
「いや、構いませんよ。床に座りゃいいんです」
よっこらせ、と神谷がクローゼットを斜め後ろにしてあぐらをかく。大塚もそれに習った。
修一も彼らの正面に座ろうとしたところで、奏太が全員分の座布団を慌てて配る。
それに全員座ったところで、神谷がメモ用の手帳とボールペンをスーツの胸ポケットから出した。
「では春川さん。事情聴取を始めさせてください」
神谷の顔つきと声音が、刑事のそれになる。
「まず、当日の大まかな行動を教えてもらえますか」
そう訊ねられ、修一はあの日の行動を思い出していった。
「……午前9時頃に起床、最低限の身支度を整えた後、……あのコンクリートの箱内で何をするでもなく窓から外を眺めていた。正午頃、奴の子飼い共が昼食を届けに来たのでそれで食事を摂り、その後は奏太の動画チャンネルのアーカイブを1からずっと見直していた。18時の少し前に紫苑からの電話を受け店に呼び出されたので、開店時間に合わせて【prism-Butterfly】へ。あの部屋から店までは、俺の足で徒歩4、5分といったところだ。ゆっくり歩けばもう少しかかると思う。
20時頃に【prism-Butterfly】に着。それから……体感で数十分程、紫苑と話をしていた」
「紫苑さんからも伺っていますが、話の中身を改めて教えていただけます?」
「……俺が、紫苑にメールで依頼していたことについての顛末と、……奏太が青木剛と何かの契約をしたという話、一ヶ月前に奏太と初めて会った晩の勘ぐりを少々された」
「……嫌なことを訊くとは承知なんですがね、その勘ぐりとは?」
修一はここで眉間に皺を寄せる。黙秘するようなことでもないだろうが、元同期と後輩であり、元々の自分を知っている二人にはあまり聞かせたくもないことだった。
だが刑事として情報を多く得たいという彼らの気持ちも理解出来る。
少し逡巡した後、正直に答えることにした。
「……奏太がバイセクシャルだということは知っているか?」
「ええ、ご本人から聞いていますよ」
それを知っているのなら、少々濁してもまあ大丈夫かと判断する。
「……俺が奏太に、性的に手を出されていやしないか、と」
「あっ、そういう……」
「……青木は、俺が誰かにナンパされることすら極端に嫌っていたからな……。のこのことついていった俺が言えた話ではないが」
「……そうですか」
「……続きだが、話の終わりかけの頃に奏太が【prism-Butterfly】に来て、しつこく絡んできたので、奏太の身の危険を遠ざける意味もあって店を出た。あの店に俺がいるときは、俺をつけてきている青木の手の者が入店しているからな……。……まあ、奏太に追いかけられたんだが。三丁目との境あたりの交差点で追いつかれたが振り払った。その後、帰って寝る気にもなれずに歌舞伎町をフラフラしていた時に青木に捕まり、奴の管理しているあのビルの最上階に連れて行かれた。……そこ、で……、奏太が……」
そこで、修一の言葉が詰まった。
当然だろう。奏太の生死に関して、修一の心はまた青木によって踏み潰されたも同然だった。
継ぎ接ぎだらけのガラス板を、接着剤ごと粉砕しようとしていたのに等しい。
不意にあの光景が脳にフラッシュバックする。背を向けている青木が、パイプ椅子に拘束されている奏太に足を振り下ろす場面。
ひぐ、と息が止まり、心臓がぎちぎちと、有刺鉄線に締め上げられているような気がする。
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