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menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(2)
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三人で黙々と準備を進めていると、唐突に来客を告げるチャイムが鳴った。
「んあ? 誰だろ。ゆーご頼むね」
「はいはい」
斜め切りのネギをざるに入れたところで奏太から鍋番を変わる裕吾。
奏太はそれを確認しつつインターホンの通話ボタンを押す。
「はーい」
『カナター、いるんでしょ。例のブツ持ってきてやったわよ』
『佐々木さん、春川にちょっと話が』
二件分の要件がスピーカーから聞こえてくる。
どうやら別々の用事で来た彼らがブッキングしたらしい。
「はいはい、今開けますね~」
相手の顔をしっかりと認識してから、奏太はオートロックの解錠ボタンを押す。
「誰だったんだ、今の」
嘉一が言うと、奏太は曖昧な笑みを浮かべた。
「俺と修一くんへのお客さんだよ。怒らせるようなことだけはしないでね」
ほーん……と嘉一が気のない了承を返す。どうやら、自分には直接関係ないと判断したらしかった。
数分後、玄関チャイムの音が鳴った。土鍋を洗っていた奏太が、土鍋を手早くすすぎタオルで手を拭いながら玄関に走って行く。
家主の招きで入ってきたのは、紫苑とそのパートナーのネイサン・アバロス、そして職務中の格好をしている神谷と大塚だった。
オネエ系男性と筋骨隆々とした南米系男性、明らかに一般人ではないスーツの二人組という、共通点を探る方が難しい面々に、台所組の手が止まる。
「お邪魔しますよ~」
「いらっしゃ~い」
鷹揚に訪問の挨拶をする神谷と、同じような雰囲気で返す奏太。その背後で修一と目が合い、2m近い身長を丸めてしまう大塚刑事。
大塚は高校生の頃、部活の大会で他校の上級生だった修一にトラウマを与えられて以降、同じ警察官になった後も彼には畏怖の念を崩せずに、今に至っている。
そうでなくとも、課内では「(青木組関連案件のみ)殺人以外は何でもやる悪鬼のような男」という悪名を背負った井上を怒鳴りつけ殺気すら向けた修一に対し、課員全員「職務外では喧嘩を売らないようにしよう……」と心に誓ったのだ。
そんなことになっているとは露知らず、紫苑は奏太に向かって大判の紙袋を差し出した。
「はい、メールで頼まれてたシュウの着替えと家庭薬。それにしてもカナタ、あんた本気でコイツの面倒見る気?」
言いつつ、彼女は修一を盗み見る。その先では、神谷がすー……と修一に近づきつつ、鍋の準備がなされていることに対して羨ましがっていた。夕食時なので空腹らしい。
成人――大の男が3人とミスコン入賞者にも負けないレベルの美人――が増え、嘉一と裕吾はアイコンタクトを送りあう。
――足りると思うか?
――多分ムリ。
2人は通じたところで頷き合う。同時に奏太の冷蔵庫を漁り始めた。
ここからの材料は全部奏太持ちだ。俺たちは知らん。知らんったら知らん。
キッチン周りの光景に苦笑しつつ、奏太は紫苑に答える。
「うん、節約すればしばらくニートしてても大丈夫だし。それに2,3ヶ月で広告収入が尽きるほどヤワなチャンネルでもないしね」
「……春川先輩のご様子はどうでしたか」
不意に大塚が、控えめに声をかけてくる。
彼は修一たちの2年後輩で、彼の最初の配属先が歌舞伎町交番だ。そのせいか今でも先輩呼びが抜けない。現役の警察官だった頃の修一を知る最後の世代でもある。
「……あー、井上さんに怒鳴り散らしたあと、気を取り直せたと思います。エレベーターの中でおやつを所望されたんで、それならまっちゃんとゆーご……俺の動画チームのメインメンバーとの顔合わせついでにクレープ会をやったんですよ。その流れで鍋になだれ込むところです」
「そうですか……」
筋骨隆々とした巨体を丸めながら恐縮してくる大塚に、奏太は物語上の優しい心を持つクマを連想してしまう。
そして、少しだけ気になっていたことを訊いてみた。
「井上さんこそ、あの後どうしてます?」
「ああ……」
大塚は遠い目をした。
「部署に戻った後はちゃんと職務を果たしてますが、休憩に立つとどこかに電話をかけて相手に泣きついているみたいで……」
「はぁ……」
1時間に一回は喫煙場所に立ち、そこで誰かに電話をかけている様子を同階の警官多数に目撃されている。
その度に大塚らは「そちらの課長はとうとう乱心でもしたのか」などと心配されているのだ。
「部長はご結婚されていないので、相棒だった春川元警部補のお子さんである先輩を、自分の本当の甥のように思って猫かわいがりしていたらしいので……。嫌われたのがよっぽどショックだったんでしょうねえ……」
ハハ……、と大塚と奏太の間で乾いた笑いが漏れる。
「いやそれ反抗期が来た愛娘にボロクソ言われてショック受けたお父さんじゃないですか」
「まるでそんな感じだと年頃の娘さんがいらっしゃる先輩に呆れられてましたよ。思春期の娘じゃなくてとっくに成人済みの男性相手に」
「そう改めて言われるとキッツイなぁ……」
そのとき、黙って話を聞いていた紫苑が口を挟む。
「でもカナタ、あんただって今更シュウに嫌われたらショック受けるんじゃない?」
その言葉に、奏太が真顔になった。
「あ、それはちょっとムリ、二度と言わないで」
ごろりとまろび出た低い声に、紫苑は首を竦める。
井上と奏太では修一に抱いている感情に違いがあることぐらい、彼女は十分分かっているが、おそらく重さだけで比べればどちらもそれほど変わらないだろうと思う。
だからこそ、井上は警察官でありながら民間人で若造の奏太を利用したし、奏太も一般人でありながら場数を踏んだベテランの警官である井上を利用し返したのだ。
「んあ? 誰だろ。ゆーご頼むね」
「はいはい」
斜め切りのネギをざるに入れたところで奏太から鍋番を変わる裕吾。
奏太はそれを確認しつつインターホンの通話ボタンを押す。
「はーい」
『カナター、いるんでしょ。例のブツ持ってきてやったわよ』
『佐々木さん、春川にちょっと話が』
二件分の要件がスピーカーから聞こえてくる。
どうやら別々の用事で来た彼らがブッキングしたらしい。
「はいはい、今開けますね~」
相手の顔をしっかりと認識してから、奏太はオートロックの解錠ボタンを押す。
「誰だったんだ、今の」
嘉一が言うと、奏太は曖昧な笑みを浮かべた。
「俺と修一くんへのお客さんだよ。怒らせるようなことだけはしないでね」
ほーん……と嘉一が気のない了承を返す。どうやら、自分には直接関係ないと判断したらしかった。
数分後、玄関チャイムの音が鳴った。土鍋を洗っていた奏太が、土鍋を手早くすすぎタオルで手を拭いながら玄関に走って行く。
家主の招きで入ってきたのは、紫苑とそのパートナーのネイサン・アバロス、そして職務中の格好をしている神谷と大塚だった。
オネエ系男性と筋骨隆々とした南米系男性、明らかに一般人ではないスーツの二人組という、共通点を探る方が難しい面々に、台所組の手が止まる。
「お邪魔しますよ~」
「いらっしゃ~い」
鷹揚に訪問の挨拶をする神谷と、同じような雰囲気で返す奏太。その背後で修一と目が合い、2m近い身長を丸めてしまう大塚刑事。
大塚は高校生の頃、部活の大会で他校の上級生だった修一にトラウマを与えられて以降、同じ警察官になった後も彼には畏怖の念を崩せずに、今に至っている。
そうでなくとも、課内では「(青木組関連案件のみ)殺人以外は何でもやる悪鬼のような男」という悪名を背負った井上を怒鳴りつけ殺気すら向けた修一に対し、課員全員「職務外では喧嘩を売らないようにしよう……」と心に誓ったのだ。
そんなことになっているとは露知らず、紫苑は奏太に向かって大判の紙袋を差し出した。
「はい、メールで頼まれてたシュウの着替えと家庭薬。それにしてもカナタ、あんた本気でコイツの面倒見る気?」
言いつつ、彼女は修一を盗み見る。その先では、神谷がすー……と修一に近づきつつ、鍋の準備がなされていることに対して羨ましがっていた。夕食時なので空腹らしい。
成人――大の男が3人とミスコン入賞者にも負けないレベルの美人――が増え、嘉一と裕吾はアイコンタクトを送りあう。
――足りると思うか?
――多分ムリ。
2人は通じたところで頷き合う。同時に奏太の冷蔵庫を漁り始めた。
ここからの材料は全部奏太持ちだ。俺たちは知らん。知らんったら知らん。
キッチン周りの光景に苦笑しつつ、奏太は紫苑に答える。
「うん、節約すればしばらくニートしてても大丈夫だし。それに2,3ヶ月で広告収入が尽きるほどヤワなチャンネルでもないしね」
「……春川先輩のご様子はどうでしたか」
不意に大塚が、控えめに声をかけてくる。
彼は修一たちの2年後輩で、彼の最初の配属先が歌舞伎町交番だ。そのせいか今でも先輩呼びが抜けない。現役の警察官だった頃の修一を知る最後の世代でもある。
「……あー、井上さんに怒鳴り散らしたあと、気を取り直せたと思います。エレベーターの中でおやつを所望されたんで、それならまっちゃんとゆーご……俺の動画チームのメインメンバーとの顔合わせついでにクレープ会をやったんですよ。その流れで鍋になだれ込むところです」
「そうですか……」
筋骨隆々とした巨体を丸めながら恐縮してくる大塚に、奏太は物語上の優しい心を持つクマを連想してしまう。
そして、少しだけ気になっていたことを訊いてみた。
「井上さんこそ、あの後どうしてます?」
「ああ……」
大塚は遠い目をした。
「部署に戻った後はちゃんと職務を果たしてますが、休憩に立つとどこかに電話をかけて相手に泣きついているみたいで……」
「はぁ……」
1時間に一回は喫煙場所に立ち、そこで誰かに電話をかけている様子を同階の警官多数に目撃されている。
その度に大塚らは「そちらの課長はとうとう乱心でもしたのか」などと心配されているのだ。
「部長はご結婚されていないので、相棒だった春川元警部補のお子さんである先輩を、自分の本当の甥のように思って猫かわいがりしていたらしいので……。嫌われたのがよっぽどショックだったんでしょうねえ……」
ハハ……、と大塚と奏太の間で乾いた笑いが漏れる。
「いやそれ反抗期が来た愛娘にボロクソ言われてショック受けたお父さんじゃないですか」
「まるでそんな感じだと年頃の娘さんがいらっしゃる先輩に呆れられてましたよ。思春期の娘じゃなくてとっくに成人済みの男性相手に」
「そう改めて言われるとキッツイなぁ……」
そのとき、黙って話を聞いていた紫苑が口を挟む。
「でもカナタ、あんただって今更シュウに嫌われたらショック受けるんじゃない?」
その言葉に、奏太が真顔になった。
「あ、それはちょっとムリ、二度と言わないで」
ごろりとまろび出た低い声に、紫苑は首を竦める。
井上と奏太では修一に抱いている感情に違いがあることぐらい、彼女は十分分かっているが、おそらく重さだけで比べればどちらもそれほど変わらないだろうと思う。
だからこそ、井上は警察官でありながら民間人で若造の奏太を利用したし、奏太も一般人でありながら場数を踏んだベテランの警官である井上を利用し返したのだ。
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